シュバルツ・シャークス、子供たちと語る 二頁目
「うまく撒けたかな?」
先程まで居た場所から数千キロの距離を瞬く間に離れ、シュバルツ・シャークスは息を吐く。
念には念を入れ人ごみに紛れた彼は、しかしすぐさま人通りからレンガの壁に挟まれた裏路地に入り、空間移動を行おうと考える。
「!」
そんな彼が、突如動揺の表情を浮かべる。
なぜなら彼が念じるよりも先に空間が歪み、その奥からは見覚えのある姿が出てきたからだ。
「…………貴様に聞きたいことが残っている」
「ゼオス君か」
完全に予想していなかった追跡者を前にしてその名を告げるシュバルツ・シャークス。
「完全に撒いたはずがこうして遭遇するという事は発信機の類かな。油断はしていなかったはずなんだが、科学の発展は恐ろしいな。それで、聞きたいことと言うのは何かね?」
しかしなおも余裕の表情を見せる彼はそこで空間を広げる事を止めると向き直り、彼の質問に答えるべくそう尋ね、
「…………貴様は己の目的が復讐と語ったが、それはいったい誰に対してだ?」
「その事か。いやはや少々迂闊だったな。それさえなければ追跡されなかった可能性もあるわけか」
語られた質問の内容を聞き苦笑するシュバルツ・シャークス。しかし彼の答えは先程と変わらない。
「残念ながらそれについての答えは既に話した通りだ。細かく語るつもりはないんだよ」
「…………」
穏やかかつ丁寧な口調で語られる、しかし徹頭徹尾突き放す物言いの内容。それを聞くとゼオス・ハザードは目を細め、その様子に彼は僅かに驚いた。
「意外だな。君はさして他人の事情などに関して気にしないタイプだと思ったん。というよりも基本他人に対して無関心だと思ったんだが、なぜそこまでこの点に関してだけ追及する?」
「…………」
細長く明かりさえない裏路地に他の誰かがいるはずもない。
それは当の本人とて十分に理解しているだろうに彼は視線を左右に飛ばし周囲の気を探り、そこまでして周囲に誰もいない事を確認しやっとの思いで口を開く。
「…………簡単な話だ。貴様は俺がこれまでの人生で見て来た中で最も心穏やかな剣士、いや戦士であった。そんな貴様が復讐を考える相手、それが誰であるか気になった」
「ま、マジか!」
そうして語られた内容はシュバルツ・シャークスにとっても大いに驚くべきものであり、思わず戸惑いの声が漏れ出てしまう。
「…………なおも語らぬというのならば仕方がない。勝ち目はゼロに等しいが、それでも貴様が話そうと思う程度の抵抗をさせてもらう」
「いや待て待て。私は君とだけは戦う気はないんだ」
「…………『俺だけは』?」
「まあ何というかね。せめて戦う相手は迷いを持っていない相手がいいなと思っててね。だから君の相手はできない」
「…………シュバルツ・シャークス。貴様何を言っている?」
なおも追及を続けようと剣に手を置くゼオスを前にそう告げるシュバルツ・シャークス。
その答えを前に表情こそ変えずに済んだ物の困惑の声を発するゼオスであるが、そんな彼の様子など全く意識しない状態のシュバルツ・シャークスは腕を組み唸り始め、これまでにない表情を浮かべながら考え事をするのだが、頭を掻き出し一度だけ深いため息を吐くと、
「しょうがないな」
そう呟き、胸中に抱いた思いを吐きだす事を決心。
「正直なところ、私がこの件に関して黙っているのは君達のためでもある」
「…………俺達のため?」
「ああ。だがここまで追ってきた君に対する報酬だ。仲間や上司、いや他の誰に対しても話さないと誓ってくれるかい?」
「……承知した。これから語られる内容は俺の胸にだけ秘めておこう」
疑問を抱くゼオスを前に念には念を入れるように語るとゼオスは了承し、それを聞くとシュバルツ・シャークスは彼をじっと見た後に頷き、
「うん。君のその言葉を信じよう」
そう宣言。
「とは言ってもこの件はかなりデリケートな問題でね。誰が対象であるかはやはり口にすることはできない。だから細かい部分は君自身が考えてくれたまえ」
「…………」
「なぁゼオス君。君は彼の死に関してどう思う?」
「………………彼?」
なおも前置きをしたうえでそう語り出すのだがその内容は煮えたぎらず、色々とその正体に関して考察するものの答えが思い浮かばなかった時点で聞き直し、
「そうだ」
シュバルツ・シャークスが頷き再び口を始めると
「ゲ」
「シュバルツ。それに関しては口にしない約束だったはずだ」
「「!」」
そこに果てへと至った者が現れた。
「ガ!」
「…………ガーディア・ガルフ!」
突如現れた男を前にゼオスだけでなくシュバルツ・シャークスも驚愕の表情を浮かべる。
それを聞いても彼の者の表情に変化はく、しかし纏う雰囲気にはほんの僅かではあるのだが怒気が含まれており、たったそれだけの事でゼオスは息を呑む。
「いやしかしだ!」
「人に甘すぎるのが君の悪い癖だ。この件に関しては、現状では決して語ってはならない。君だってそう分かっているはずだが?」
「むぅ…………」
「シュバルツ。君は全てを台無しにするつもりか?」
「…………そうだな。俺が迂闊だった。話すのは諦めよう」
シュバルツ・シャークスは彼の僅かな怒気を浴びてもなお話そうとするのだが、ガーディア・ガルフが理知騒然とした様子でそう語るとついに折れた。
「悪いがこの話は終わりだ。君は仲間の元に帰りたまえ」
「っっっっ!」
すると彼はゼオスの方に対し体を向けるのだが、それだけで彼は呼吸することさえできないほどの緊張状態に陥った。
それほどまでに目の前の存在は圧倒的であった。
ただそこにいるだけで周囲の空気が重くなるのは強者を前にしたときに覚える感覚であるゆえにゼオスとてある程度は耐えられるのだが、ほんの僅かではあれど怒気を発した瞬間、それは彼特有のビジョンとなってゼオスに対し襲い掛かっていた。
「…………そうか。本当に僅かではあるが怒気が出ていたか。驚かせてすまなかった」
『十怪』の一角鉄閃。彼が纏う殺気を全力で行使しゼオスに見せたビジョンは、原口積が見た者と同様、大自然の空気を悪意に満ちさせ、己が手にする槍で全身を貫くというものだ。
対する『果て越え』ガーディア・ガルフがほんの僅かに漏れ出た怒気により無意識に見せた光景。それは『火球』であった。
規模が分からないほど巨大で果てしない密度のそれは、触れれば相手を殺すという明確な意思だけは備えており、金縛りにあったように動けないゼオスの体へと虐めるかのように徐々に徐々に迫ってくるのだ。
そしてそれはゼオスの鼻の先に触れると彼の備える熱耐性など嘲笑うかのように灰すら残さず燃やし尽し…………そのタイミングで話掛けられた事でゼオスは何とか現実に戻ってくる事ができた。
想像したくもない事だが、それこそあと一呼吸でも話しかけられるのが遅れていれば自分は無意識のうちに漏れ出てたであろう怒気によって死んでいたと思えるほどであった。
「では我々は撤退する。戦場で会える日を楽しみにしているよゼオス・ハザード」
そんな彼の胸中など露ほども気にした様子もなく、ガーディア・ガルフはシュバルツ・シャークスを連れ虚空へと溶けていく。
と同時に魚を焼く際に利用していた炎に混ぜていたアル・スペンディオ作の同化型発信機は効果を発揮することを止め、ゼオス・ハザードは唖然としながらも一人その場に残された。
「…………『果て越え』ガーディア・ガルフ。あれは本当に――――――同じ人間か?」
後に残った少年の呟きは普段の彼からは想像できないほど弱弱しく、ほんの一瞬その存在に触れた事で更に複数の『扉』を開いてしまった事で鮮明に理解してしまう。
あれは人間に勝てる存在ではないと
そしてもう一つ彼の心を占めるのはシュバルツ・シャークスが気軽に口にした内容。
「…………迷いとはなんだ?」
その答えが見つからず、黄金の輝きを放つ月を見上げていた彼の胸に正体不明の闇が巣食う。
それでも日々は過ぎていく。
決して逃れる事のできない、闘争の日へと向かい進んでいく。
「…………」
「お、帰って来た。どこ行ってたんだよおめぇ」
「シュバルツ・シャークスが置いていった煮物。まだ少しだが残ってる。毒も含まれていない様子だが、本当に何を考えてるんだ野郎は」
「いやなにも考えていないんじゃねぇ。とりあえず食え食え。うまいもん食って力付けるぞ!」
だが何の成果も得られなかったというわけではない。
なぜなら仲間の元に帰還した彼は、シュバルツ・シャークスがついた一つの嘘を見破ったのだ。
そしてそれが、後に大きな意味を持つこととなる
決戦まであと29日
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
修行活動中に行われる遭遇編はこれにて終了。
この奇妙な日々を少しでも楽しんでいただければ幸いです。
なおゼオスが見つけたシュバルツ・シャークスの嘘についてはこの時点で読者の皆さまにも推理していただける内容となります。
そうすると色々と見えてくる物が変わってくるかもしれません。
あと三章もある程度進んできたのでお一つ提示すると、この群像劇にはいくらかの主人公がいるのですが、ゼオスはその内の一人です。
なので彼の動きや動作に注目すると、ちょっと面白いかもしれません
それではまた次回、ぜひご覧ください!




