阿鼻叫喚 二頁目
竜人王エルドラの息子デリシャラボラス。
彼に対する周りの評価が変わったのは、古賀蒼野達人間の子供たちに負けて以降の事である。
それまで自身の血統や種族に誇りを持ち、他者を見下し傲岸不遜に振る舞う彼は周囲にとって頭痛の種であった。
「夢を見ているみたいだ…………」
しかし世界には自分でも勝てない人間、しかも子供がいると知り、彼はそのような存在に二度と負けないために特訓を行い始めた。
それは他の者が行うよりも遥かに激しくで、ストイックに強さを求め自身の目標を叶えようと必死になる姿は、それまで周りがしていた評価を改めさせ、日に日に周囲の目は彼に優しくなって来た。
と同時に彼はその特訓に見合った強さを習得し、竜人族という種族の中ではまだまだ若い身の上ながらも大人顔負け、いや並の大人を遥かに凌駕する力を得ていた。
「っ!」
「実力は発展途上。だがその意志は素晴らしい」
そんな彼は今、正体がわからない圧倒的な力を前にして何の抵抗もできずに蹂躙されていた。
「おおぉぉぉぉっ!?」
「落ち着きたまえ。まずは立ちあがる事に専念するべきだ」
「ぐぅぅぅぅぅぅ…………」
何の抵抗もできずと言うのは、文字通りなに一つできない状態の事を指している。
「やめろ。やめるんだデリシャラボラス!!」
戦いが始まってからおよそ一分。
エルドラが悲鳴を上げる中、驚いた事に両者はその場から一歩も動いていないように観客は思えた。
史上最強と評される男は地面から僅かに浮いた位置でフヨフヨと浮かぶと、自身へと襲い掛かろうと足掻く巨大な竜を仰ぎ見て、その視線の先にいるデリシャラボラスはずっとその場で足踏みをしていた。
いや正確に言えば、戦いが始まってから今までの間、彼は一歩動くことすら許されていなかった。
拳を振り抜こうと構えれば力を込め始めた瞬間に腕は斬り落とされ、大きく羽ばたこうと思えば羽は既に大地に堕ちていた。
大地に根を張るかのように分厚く強靭な足にしても同じで、真っ黒な鱗に守られた両足は、前に出るために上げようとしたところで膝から下だけが地面から離れず姿勢を崩し、乾いた大地に頭から突っ込んでいた。
「どうしたのだね。この私を殺すのではないのかね」
そしてこれは、驚いた事にたったの一分の間に何度も行われた光景であった。
「ち、畜生! ちくしょぉぉぉぉ!」
竜人族の少年の前に立ちふさがる小さな人間は決してとどめを刺そうとしない。そもそも追撃さえ行わない。
大地に伏したり悲鳴を上げる彼を何の感慨もなくじっと見つめ、鋭利な刃物で切り裂かれたような跡を残している体の一部を粒子術や能力で元に戻すのを待ち続け、デリシャラボラスが再び攻撃を始めようとすると、それまでと全く同じ場所を斬り裂き再び大地に沈めるのだ。
「どうなってやがる!」
同じ場所を斬られるというのも言葉にも嘘偽りはなく、寸分の狂いがなく、デリシャラボラスがどれだけその場所を堅牢に守ろうと、同じ場所が斬り裂かれていた。
「粘るじゃあないか。正直に言わせてもらえばその姿勢は賞賛に値する」
戦う意思を絶えず示し続けるデリシャラボラスを、男は冷めた目で眺め続けながらもそう発言し、そんな彼を前にしてデリシャラボラスは延々と肉体を分離させ続け大地の味を味わい続ける。
それはあまりにも惨たらしく、見る者の心に影を落とす悲しい光景であった。
「ぐっ」
「あぁっ!?」
「やめろデリシャラボラス! やめろお前ら! こいつと戦おうとするな!!」
それを見続ける事ができなくなった者が彼我の実力差を理解しながらも僅かな助けになればと思い動きだそうとするのだが、彼らはみなデリシャラボラス同様に何かをしでかそうとしたところで足や腕を斬り落とされ、なんの成果も見出せぬまま大地に己が身を沈めていた。
「愛されているな、君は」
それほどの現象を巻き起こしているだろうにも関わらず、目の前の男は汗一つ掻いておらず、そもそも動いた素振りすら見せていない。正体不明の攻撃で、延々とデリシャラボラスを追い込み続ける。
それが彼らの心を更なる絶望に叩きこむ。
エヴァ・フォーネスに負けるのならば、彼らは彼女が操る大軍やアイビス・フォーカス顔負けの粒子術を認識し膝を折るだろう。
アイリーン・プリンセスを相手するのならば、その周到に計画された戦略に力の差を理解し敗北を理解するだろう。
シュバルツ・シャークスと戦えば、備えている膂力に、どれだけ足掻こうが避けられない斬撃を前に、なすすべもなく意識を奪われるだろう。
それらの要素は人々は圧倒し、結果として具体的な何かを得る事になる。
だがガーディア・ガルフは違う。根本的に違うのだ。
彼を相手にした場合その者は本当に指一本動かすことすら許されず崩れ落ちる。
その手段は一切知覚できず、どれだけ足掻こうとしても、そのための行動すら許されないという無情な現実が襲い掛かる。
それが延々と続き、己がこれまで積み重ねたあらゆるものがなんの意味も成さず、人ならざる者に蹂躙されるが如き感覚に陥りしばらくすると、彼らはみな同様の答えに辿り着くのだ。
自身が築き上げたあらゆるものは、何の意味もないものであったのだと。
目の前の存在と比較すれば、あまりにちっぽけなものであったのだと。
その感覚は深い絶望であり、多くの者が強烈な虚無感に襲われてしまい、己が無力を思い知り膝を折る。
「そろそろ諦めたまえ。今の君がどれだけ足掻こうと、なんの意味も持つことができないのだよ」
「ぐっ!」
そう告げる男の瞳にはあらゆるものを呑み込む日輪の脅威が宿されており、本来ならばその熱に耐えられるはずの竜人王の息子も原始の恐怖に身を竦ませる。
能力も粒子術も使った素振りを見せず、誰一人として知覚も理解もできない攻撃を続け事務的に敵を退ける唯一無二の称号を得たもの。
これがガーディア・ガルフである。
そして
「…………アクシデントはありましたが話を戻し、この世界で唯一無二の存在である『果て越え』ガーディア・ガルフの強さについて話しましょう」
ラスタリアではそんな彼の強さの正体を神の座が語り出し、それを聞き参加者たちは現場であるベルラテスにいる者達が受けている絶望とは比較にならないほどの絶望を思い知ることとなる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ついに史上最強と呼ばれる存在の真価の一端が垣間見れる話を更新です。
ただ書いていて作者自身思うのですが、強すぎると書いていてちょっと不便ですね。
彼の強さというのは至ってシンプルなのですが、正直シュバルツやミレニアムの方が書きやすいと思ってしまいます。
ただインパクトは抜群で皆さまに『こんなもんどうやったら倒せるねん』とは思っていただけると思うので、もうちょっと付き合っていただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




