狂気の檻 二頁目
「おやおやおやぁ……そこにいるのってウォーグレンの方々ですかー?」
「おや?」
聞こえてきた声を聞き、ヒュンレイが反応する。
それから一度咳込むと、前に出ようとする聖野と優を抑えながら四つ角の方へと向かい、光の先にいる懐中電灯をもった人物の姿を確認できた。
「あ、やっぱりそうでしたか。こんばんはー」
「こんばんはリリ君」
「へ? リリさん」
ヒュンレイが警戒心を解き、彼が呼んだ名前に反応した蒼野が警戒を解き四つ角まで移動する。そこにいたのは同じ真っ黒なスーツに身を包んだリリであった。
「こんなところで何やってるんですかリリさん。しかもこんな夜中に」
「いや、それは俺らが言えたことじゃない」
続いて出てきた優と聖野がそんな話をしていると、彼らを確認したリリが元気よく手を振った。
「あたしというかあたし等は、ここの警備です」
「警備?」
「そ。防犯対策の強化でね。ついでにギルド『アトラー』の面々が見回りをしてるの。内部の探索もできるしね! あたしはいいって言われたんだけど、体力があり余ってて参加希望を出しちゃった!」
リリの満面の笑みを目にしてヒュンレイを除いた三人が目を点にする。
元気がいいなこの人と、その場にいた四人全員が同じ感想を抱いた。
「で、ヒュンレイさん達はどのようなご用事で」
その後彼女がふと気になった事を聞くような態度で尋ねると、子供たち三人が年長者であるヒュンレイの顔を覗いた。
「人探しです。いなくなった人たちを探すためにここに侵入しました」
「迷いなく言った!?」
「目的は同じですから。それに、ここでお伝えしておけば後の行動が、ね」
瞬時に突っ込みを入れる蒼野に冷静に言葉を返し、リリに視線を送るヒュンレイ。
「もっちろんわかっていますよ。館内にいる『アトラー』の面々に伝えておきます。それで、工場の一般警備員を下げればいいですか? あ、監視用システムも外しますか?」
すると彼女はその意図を察した様子で満面の笑みを浮かべ頷き、ヒュンレイに対し提案を行った。
「監視用システムの変更は必要ありませんよ。それをすると現地の従業員に怪しまれます。今日のところは一般の警備員を下げてくだされば十分です、警備システムだけならば何とでもなりますから」
「それもいいですけど、一つ名案があります」
「名案?」
それに対し返事を返すヒュンレイだが、そこでリリが口を挟みヒュンレイを覗きこむ形でニヤリと笑った。
「ヒュンレイさん達があたしと一緒に行動したらどうですか? それなら不法侵入って状況よりはだいぶ中を調べやすいですよ。何せあたしはここを任されてる存在ですから」
「あ、それいいですね!」
「そうね。アタシもそれでいいと思うわ」
リリの意見に賛同する蒼野と優。それに続いて同意とばかりに頷く聖野。
しかしそんな中、ヒュンレイだけは顎に手をやり考えている仕草をする。
「どうしたんですか、ヒュンレイさん?」
「………………とてもありがたい申し出なのですが……丁重にお断りさせていただきます」
「え?」
ヒュンレイの言葉に三人が驚きの表情を見せ、断る理由など見当たらないでも言いたげな視線がヒュンレイに飛ばすと、彼は苦笑しながら理由を説明。
「そんな顔をしないでください三人とも。単純な話ですよ、許可を得ていない私たちを中に入れたのがばれた場合、ギルド『アトラー』の信用は少なからず落ちてしまう。私たちのせいで他のギルドに迷惑をかけるのは避けたいだけですよ」
「そんな大問題にならないと思いますけどね。まあ、断られたらそこまでなんですけど。じゃあ一般の方々だけ下げさせていただきますね」
「ええ。お願いします」
それを聞き渋々といった様子で納得する子供たちを傍目に、リリが電話を行いヒュンレイに言われた通りの事を行うと何も言わずにその場から離れていく。
すると蒼野と聖野が残念そうな顔と不服そうな顔を見せるが、ヒュンレイはさして気にした様子もなく前へ前へと移動。
「そこまで気にしなくてよかったんじゃないんですか?」
「『アトラー』はギルド全体の中でも最大規模の組織を持っている神教寄りのギルドです。神教全体からの信頼も厚い。そんなギルドの評判を私たちと関わった事によって落としたとなれば大問題です。ですからこれでいいんですよ」
聖野が自らの意志を隠さずに伝え、ヒュンレイはそれをサラリと否定した。
「そんなものなんですかね」
「そんなものなんです」
ギルド間の大人の事情を聞くも納得できない様子の聖野が退屈そうな表情で首の後ろで手を組み不平を口にする。
「…………問題はなぜリリ君がその提案をしたのかです」
「ヒュンレイさん、それってどういう?」
ぼそりと呟かれたその言葉は、聖野には届かなかったが優の耳にはしっかり届いており、しかしヒュンレイは彼女の言葉に答えず歩き続けた。
明かりのない廊下を歩いているにもかかわらずヒュンレイの足取りに迷いはなく、途中幾度か球体を壊しては直しを繰り返しながら、彼らは自分たちの息遣いと足音以外聞こえない道を慎重に進んでいく。
「ここです、ヒュンレイさん」
「ありがとう蒼野君」
そうして辿り着いた場所は一際大きな赤丸が打たれている場所。
地図に書いてあるあらゆる部屋の中で最も巨大な部屋で、扉の真上には資材室と書いてあるネームプレートが張ってある。
「資材室って、そんなに怪しいですかね?」
「広くて色々なものを収納するならここ、という感じですね。人の出入りが多い場所ですが、自由に動ける人となれば、限られた人数で済みますしね」
今日一日で何度も行って来た方法と同じやり方で球体を破壊し中に入る一行。
「うわっ!」
「広っ!」
そこで彼らが見たのは、果てがあるのかもわからない倉庫の内面だ。
他の部屋とは違うねずみ色の壁には蒼野が見たこともないような道具がいくつも吊るされており、果てが見えないほど高い天井に向け、床から伸びている謎の物体もある。
「デカいわね」
一つの部屋の中だというのにエレベーターが取りつけられた様子に思わず少年少女の口から感嘆の声が上がり、ヒュンレイがここに行くべきだと考えた事に納得した。
何かを隠すということをするならばここ以上にふさわしい場所はそうそうないだろう。
「どう探しますか?」
「二手に分かれましょう。私が単体で左側から中央に向かって。三人は右側から中央へ。そこまで細かく見ず、大雑把でいいですよ。まだ二階もありますからね」
「へーい」
面倒そうな様子がひしひしと伝わってくる様子の聖野を目にして蒼野の口から思わず苦笑が漏れる。
対して指示を出すヒュンレイはといえばさほど苦にならないという様子ですぐに動きだしていた。
「それと重要な事を一つ。三人とも絶対に離れ離れにならないように。互いが互いの位置を確認できるよう、気を配っていてください」
「「?」」
が、途中で歩を止め振り返った彼が真剣な表情でそう言うと、その発言を訝しむ三人であるが、口を挟むことはせず頷いた。
それから蒼野達は言われた通りの方向へと移動し探索を開始。
「にしても、うわっなんだこれ」
「そこら辺の物には触らないほうがいいかもな。たぶん機密情報の塊だぞ」
十分が過ぎ、先程まで歩いていた真っ白な廊下とは打って変わって天井から降り注ぐ光が反射するほど磨かれた灰色の道を歩き続けながら、きれいに整頓された様々なパーツや道具を眺めていく。
「うわっ!」
「ちょっと。気を付けなさいよ聖野。崩れ落ちたら大変よ」
「そうだな。まあ、俺の能力で戻せるんだけどな」
すると四つ角の一角で聖野が箸を引っかけ、そこにあったノートパソコンを視線に捉えた。
「これってもしかしたらうまい事使えるんじゃないか?」
「記録帳の閲覧とかその類か。いけるか?」
それを利用しようと考えた蒼野が開き、パスワードの類などの事を考え身構える聖野だったがその様子はなく、中には出庫記録に貸出記録、それに返品記録の三つがデータとなって整理されていた。
「出庫記録については専門的なものが多くて見たところでわからないかもしれないが、貸出記録と返品記録は見比べたら何かわかることがあるかもしれない。俺はこういうのの操作はあんまうまくないんだが、聖野は?」
「俺もダメ」
意見が一致した二人がこれは困った事になったという様子で顔を合わせると、優が額に手を当てため息を吐いた。
「もう! 事務仕事なら一通りできるから、二人とも貸して!」
そう言いながら優がノートパソコンを手にして慣れた手つきで弄り始めると、
「はい、できた」
それから間を置くことなく液晶画面にお目当ての画像が開き、三つのリストが現れた。
「これは?」
「左右の奴が貸出記録に返品記録。んで、真ん中はその二つを見比べた時まだ帰ってきてないもののリスト。今読みこんでる最中でそろそろ…………来た……わ?」
――――――――検索結果、未返品2312点――――――――
その結果現れた記録に三人は思わず言葉を失った。
彼らが見ている画面には見る者を不安にさせるような赤文字の羅列とエラー音が延々と垂れ流され、下へ下へと文字だけが無感情に下りていく。
これだけならば、働いている人の人数の多さに比例して未返品の商品も多いのだと納得したり、一日の終わりに返す習慣がないだけだと無理矢理にも納得できたのだが、そんな淡い希望は文字列の左隅に書いてある貸出開始日を見た瞬間に吹き飛んだ。
「優。これってさ」
「ええ。そうね」
ネット上に上がっている貸出開始日は不自然な事にほぼ統一されていた。
日にちは今から約二か月前のおよそ四日間。それから今日と言う日までそれらのものは一切返されていなかった。
この工場はおかしい
失踪事件が起きたにもかかわらずあまり大きな異変もなければ順調に進んでいたため、そこまで実感できなかった危機感。
それがこのパソコンを見た瞬間彼らの双肩にズシリとのしかかり、眺めている彼らはどこからか悪意に満ちた嘲笑が聞こえてくるような感覚を覚えた。。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
夜の工場散策は不気味、それ以上に口にすることはありません。
次回はまた明日更新。
近々余裕があれば、連続更新を行うかもしれません。




