狂気の檻 一頁目
WARNING
これから近いうちに割とショッキングな内容が起こります。ご注意ください。
逆に言えばこれが大丈夫な方は、それ以上にきつい展開は中々ないので、ご安心ください。
どこからともなくフクロウの鳴き声が聞こえてくる。
辺り一面に人の気配はなく、時たま野良猫が脇を駆ける。
「誰にも遭遇せずここまで来れましたね」
「ええ。流石は風の膜。隠密行動にはぴったりですね」
そんな中で周りに神経を張り巡らせながら動き続ける四人は、ほんの僅かな時間でホテルからB塔玄関前にまで移動を終え、これから侵入する建物をじっと見つけていた。
「ええと、今は」
蒼野が身に付けている腕時計を見れば、時刻は二時十五分。昼に一度伺った時から既に半日が経過しており、工場の前には警備員の一人さえ見当たらない。
代わりに辺りを防衛しているのは空に浮かぶ拳位の大きさである三つの球体であり、規則性のない動きで正門前を動き回っている。
「ヒュンレイさん、あれって」
「ええ、この工場の監視システムです」
ヒュンレイ曰く、球体は全方位を見渡すことができ、特定のパスを取得していない相手を見つければすぐさま捕捉。工場内の管理塔に連絡し、加えて神教本部に連絡を回すという手順になっているらしい。
「では手はず通りに」
ヒュンレイが手を前に出すと工場全体を覆うように薄くだが白い霧が漂い始める。
球体には各属性の対策もあるためその正体が薄く広がる氷の属性粒子であることがわかるが、ほんの僅かに曇っただけなので、さして気にする必要もないと放置する。
「ゴホンッ! では蒼野君……用意を」
「あ、ハイ」
ヒュンレイが見覚えのある棍棒を構える真横で、手をかざし自らの身を包む程の巨大な半透明の丸時計を作成。
それを見届けたヒュンレイが氷柱を射出し、蒼野の目に追えない程の速さで、それらは寸分の狂いもなく全ての球体を破壊した。
「よし! 時間回帰!」
と、同時に地面に向け放たれる半透明の丸時計。そのまま地面に触れ、次いで地面に落ちてくる無数の破片全てに触れ効力を発揮する。
「さて…………」
ヒュンレイが思いつき蒼野に協力してもらい行った実験は、蒼野の時間回帰の細かな性能についてだ。
蒼野の能力が時間を戻す事は既に知っていることであったが、問題はどこまで戻せるかという点であった。
このどこまでという点は時間に関してではなく、例えば記憶媒体の録画機能ならば時間を戻したのであれば録画していた記録まで戻せるのかという点。
今回で言うならば監視機能の球体に映ったとして、時間を戻した場合、カメラに映ったという事実までなかった事にできるのかということであった。
結果としてそれはできており、この結果を見たヒュンレイが建てた作戦は単純だ。
「今のうちに行きましょう」
時間を戻している間、監視カメラは機能しないというのならば、その間に通り抜けてしまえばいい。
その間カメラは同じ映像を延々と映し続け、蒼野達は安全に通り抜けることができる。
問題があるとすれば戻す時間を通常速度から変えることで蒼野の使う特殊粒子の量が増えるということだが、蒼野自身特殊粒子の量は一般と比べればだいぶ多く、この行為を十や二十繰り返した所で枯渇するとは一切考えていなかった。
「なんか、無人の工場って不気味ですね。ていうかこんな完全に止めるものなんだな」
「ここで作るブツは職人による手作業が大半で、機械はその補助だしな。まあ動いている必要性がないわな」
そう話しながら無人の工場の鉄に囲まれたかのような鉛色の廊下をのんびりと歩いていた蒼野と聖野。
すると突然彼らの襟首を優が掴みヒュンレイが手で制する。
「い、いきなり何だよ!」
「頭ぶったせいで痛いぞ!」
突然の出来事に文句を口にする二人であるが、優が指差した方角に目を向け、中を覗けばそこには無数の球体が浮かんでおり、それを見てヒュンレイは革袋からレンズの付いた巨大な機械を取りだした。
「ヒュンレイさん、それは?」
「トラップ探知用のゴーグルです。赤外線はもちろんの事、粒子の奇妙な集まりなどを暴くことができます」
「便利ですね」
「うん、でもさ」
「それはちょっと……」
「?」
ヒュンレイがそれをメガネの上からかける姿を見て、他の三人の表情が何ともいえない物に変化する。
その視線を受けどうかしましたかとヒュンレイは聞くが、誰も言葉を返すことなく、視線を動き回る機械に向けた。
「それで、どうですかヒュンレイさん? 行く先にトラップの類はありそうですか?」
意識を別の方向に向けさせよう、そんな意図が丸見えな言葉をヒュンレイはさして疑うこともせず前を見て、息を呑んだ。
「いやはやこれは……まず正攻法では無理ですね」
ヒュンレイ曰く、ここから奥の部屋へと進むのはまず不可能ということであった。幾重ものトラップが待ち構えているからというわけではなく、まず特定の許可証がなければ中に入った瞬間警報が鳴りお縄につくという仕組みであった。
「え、それじゃあ俺達はこれで撤退ですか?」
「それはないんじゃない。ここまでリスクを背負って、なおかつヒュンレイさんが当たりをつけたんだもん。このまま尻尾を巻いて帰れはしないでしょ」
「そうなんですよね。ですから仕方がありません、ここは大人げなくいきましょう」
「「大人げなく?」」
ヒュンレイの言葉に、蒼野と優の声が同調する。
それから彼はさして焦った様子もなく部屋から離れ、少し離れた位置に移動。
そこで壁に手をやり……凍らせる。
「ヒュ、ヒュンレイさん」
「できるだけ静かに……」
見た目からではあまり力を入れたように見えない様子で右手人差し指の第二関節でコンコンと壁を叩く。
それだけの動作で鋼鉄の壁にわずかな亀裂が奔り穴が空き。ヒュンレイはその小さな隙間に指を挟み、いとも容易くという言葉がピッタリな様子で、ゆっくりと、音を立てず、人一人が通れる大きさの穴を作りあげた。
「ショートカットです。三人とも通ってください。その後蒼野は時間回帰を」
「「ええ~」」
鋼鉄の壁は音を外に漏らさぬようかなりの厚さがあるよう設計されているようであった。
それを凍らせたとはいえいとも容易く一部を破壊し、そこから指を突っ込みゆっくり、しかし大胆に破壊していく。
それは蒼野がこれまでで見てきた中で最も繊細かつ力任せなこじ開け方であった。
「……俺の想像だとさ、ヒュンレイさんってもっと知的なイメージだったんだよ。能力的にも性格的にも」
「馬鹿言うなよお前。トップが脳筋だからって下が参謀って言う保証はないんだぜ。ヒュンレイさんはあれだ、頭がまわる脳筋だ」
「それって参謀ってわけじゃないのか?」
「いくら頭がまわろうと根っこは脳筋ってわけだ。ギルド『ウォーグレン』はな、お前が入るまでかなり力任せなギルドだったからな。
脳筋、参謀、戦闘員のバランスチームなんかじゃねぇ。脳筋、脳筋、脳筋の特攻部隊だ。
お前ら二人も今は鼻が効く番犬に、時間戻せるチワワかもしれないがが、将来は脳筋だかんな」
「恐ろしいギルドだ……でもちょっと待て。時間戻せるチワワって俺? 俺チワワなの!?」
「いやなんかいつもビビってる印象があって。今だって実はビビってるだろ?」
「否定できない! でもせめて草食動物とかそこら辺に……」
「二人とも、静かに」
「「はい」」
そうやってできた穴を時間を巻き戻す事で元に戻し、監視カメラの役割をしている球体の場所を確認しながら先へと進んでいく一行。
彼らは昼の探索の際に目星をつけ、地図に赤丸をうってある部屋へと辿り着く。
「さて、蒼野君は準備してくださいよ」
「はい!」
これまでと同じように近くを漂う球体を砕き時間を戻し始め、扉を凍らせ容易く砕きヒュンレイが中へ入ると、それに続いて少年少女も中に入り扉を修復する。
「さて、迅速に仕事をしましょう」
すぐに床や壁、ロッカーの中を覗いたりもするが思ったような成果は得られず、優が肩を落とし、聖野がため息をつく。
「何もなさそうっすよヒュンレイさん」
「そうですか」
聖野の返事を聞き息を吐きながらそう答えるヒュンレイ。
それからすぐに入った時と同様の方法で外へと出て行くと、蒼野が赤丸をいくつも付けているガイドブックに視線を落とした。
「どうしますか。すぐそこに赤丸の部屋はあるんですけど」
(静かに……誰か来ます)
然程周囲に意識を飛ばしていたわけではなかった蒼野の口をヒュンレイが塞ぎ、聖野と優も含め三人に念話でそう伝える。
(相手は……一人か)
呼吸音すらしないよう細心の注意を払いながら、廊下の隅に移動しじっとしている四人。
すると彼らの耳に床を小突くような足音が聞こえてくる。
(ヒュンレイさん!)
(…………………)
どうするべきかと蒼野が頭を捻り、ヒュンレイに対し念話を飛ばす。
すると十メートル程離れた場所にある四つ角に光が差し込み、それは彼らの側までやってきて、
「「!!」」
角を曲がったところで、彼らの姿を完全に捉えた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて珍しく前書きを使って書いた通り、ちょっときつい話の開幕です。
まあタイトルからして、これまでとは纏う風格が違いますからね!
という事で、次回もお楽しみに~
なお、明日は9時以降の投稿なので、よろしくお願いします




