みんなで工場見学をしよう! 四頁目
「なんか工場関係者っぽくないですね。あの人達」
当初の予定通り社員食堂に移動し、楽しみにしていた食堂のメニューを覗きこむ蒼野。
そこで蒼野が目にしたのは、全身を黒のスーツで固め、視線を他人に悟られぬよう真っ黒なサングラスを掛け、オールバックに髪の毛を固めた、年齢すらわからない十人程の男たちだ。
「ああ。あれがお前らの同業者だよ」
「同業者? あ、なるほど」
一瞬なんの事だか理解できなかった蒼野だが当初から聞いていた、この施設に潜入しているもう一つの組織の事を思いだす。
「あれが例の…………」
誰かに聞かれてはまずいと考えあいまいな表現で口ずさみ、すぐに視線を側にあるメニューに戻し、注文する品を決め先へと歩いていく。
「ごめんね僕。今そのメニューは販売を中止しているんだ」
「え!?」
名物と書いてある野菜おろし焼肉丼定食がないと聞き、動揺する蒼野。
「ああごめんよ。カレーや蕎麦はあるんだけどね」
「……じゃあカレーで」
「偉いね。あ、ほら。おじさんが飴をあげるから許してくれよ」
そう言って食堂のおばちゃんの横に来たおじさんがオレンジ味の棒付きキャンディを渡すと、蒼野は少々不満が残るような表情で帰り、カレーを待つ間、それをペロペロと舐める事にした。
「なあ、その例の組織はどんな仕事を受けてるんだ?」
注文を終え、周りの人たちがそれぞれ誰かと話をしているのを確認し、コッソリと聞く蒼野。
聖野も同じように周りを確認し誰も聞いていないことを確認すると、優に周りを見張っているように頼み、コソコソと蒼野に説明を始めた。
「配達業にボディーガード。それに土木工事の手伝い。もちろん戦場にでることだってある。まあホントに多岐にわたるな」
「……ヤクザかなんかっていうわけじゃないんだよな」
「もう! 失礼ね!」
思わず溢れてしまった本音。それを口から出した瞬間、聞き覚えのある声と共に頭を叩かれた。
「ギルド『アトラー』は全ギルドの中でも屈指の大きさのギルドでね。いろんな職業をカバーしてるの」
「いろんな職業?」
「そ、例えばあたしなんかだと今回はバスガイドを行ってるわけだけど、これだって資格がなくちゃできないことなのよ。そういうちょっと変わってたり、資格が必要な職業までカバーしているのが、ギルド『アトラー』の特徴よ」
「それで、たしか構成員は数万人でしたっけ。そりゃ、色々な問題をカバーできていいですよね」
背後から現れたリリの話を聞き終えると、聖野が机に肘をつきながら持ってきていたらしい携帯飲料を飲み、然程興味もない様子でそう呟く。
「す、数万!? そりゃすごいな。てどうした優。不機嫌じゃないか」
だが蒼野からすればそれほどの規模であるとは思っていなかったため驚きの声を上げると、優は頬を膨らませていた。
「それが聞いてよ。さっきそこで注文をしてきたんだけどね、その悉くがありませんって言われたのよ。それがもう頭にきて頭にきて」
「それで、注文するのは諦めて帰ってきたってところか?」
「それは流石にお腹がすくから、焼き魚定食を頼んで来たわ。パンケーキとかが欲しかったのに。甘いものは全部受け付けてないってどういう事よ!」
ソフトクリームもかき氷もなく心底不服そうな様子の優だが、彼女がそれ以上何かを言うよりも早く聖野と蒼野の持っていたアラームが鳴り、二人が立ち上がり頼んだメニューを持ってきた。
「それで、お昼からはどうしますか。B塔を見てまわるのはいいですけど、正直さっきの工場以上の成果は得られないと思いますけど」
リリがそう説明し時計を見れば、時刻は十二時半を過ぎており、ここであまり急がず食事したとすれば一時ごろになると予想できる。
もう一ヶ所の現場であるB塔はこの町の中央に位置しており、歩いて十五分程離れた位置存在する建物だ。
加えて境界維持装置の機能面について最も頻繁に研究している施設のため、入場時間が決まっており付き人も同行するため、動きはかなり制限される。
「まあでも行っても意味ない気はしますけどね。二件目の事件と言えどもう五日前だ。そうそう痕跡は残したりしてないですよ」
「…………今、なんと?」
そこで聖野がふと呟いたとある事実。
それを聞いたヒュンレイが、優が、蒼野が、すぐに重要な事に気が付いた。
「ちょ、なんでそれを最初に言わないんですか!」
「五日前、五日前でいいんですよね?」
「あ、ああ。そうだけど……それってそんな重要なことなのか?」
事の成り行きを知らず、蒼野と優に問い詰められ困惑する聖野と隣でそれを見て同じように驚いた表情をするリリ。
が、こうなるのも仕方がないだろう。
何せ彼ら二人は、蒼野の能力について聞かされていなかったのだから。
「五日前ならばとてもいい。恐らく『アトラー』の方々に頼らずとも多くの証拠を手に入れる事ができるはずです。まずは、下見として一度B塔に向かいましょう」
目に見えた光明を前にヒュンレイの声に明るさが混じり、持ってきたきつねうどんを啜る。
蒼野や優も同じような面持ちで食事をしていたのだが、その理由がわからない聖野とリリにはただただ不気味であった。
「本日はお忙しい中わたくしたちの工場の視察に来ていただきありがとうございます。わたくし、この工場を案内させていただく真壁と申します。お見知りおきを」
それから二十分後、三時までに全員で集まった際の準備をしなければならないと口にするリリと別れ、B塔の事務員に先導される形で中に入った蒼野達。
灰色のスーツに全身を包みこんだセミロングに細縁メガネをかけた女性は、お辞儀をして彼らを迎えた後、作業員の邪魔にならぬよう、一列に並び先へと進む。
「うぉ、さっきの流れ作業とは全然違うな」
塔内部は真っ白な壁とガラス張りの壁で囲われたまさに研究所といった様子で、珍しさから好奇の目を周囲に向けながら先へと進んでいく蒼野達。
「あれは?」
それから少し進んだ先では、指の爪ほどの大きさの部品を作っており、聖野が尋ねると女性は足を止め彼の方に向き直る。
「あちらの物は装置の中に組み込まれる記憶媒体です。詳細につきましては企業秘密です」
「記憶媒体…………」
そんな事を一般人に教えていいのか、
とでも言いたげな視線が咳払いをするヒュンレイから放たれるが、女性は素知らぬ様子でにこやかに笑い、先へと進んでいった。
「この施設では最新の物や実験作はもちろんの事、既存の物も含めあらゆる機能を作っています。装置自身が空を飛んだり動き回ったりもできる改造もしていますし、高難易度の能力を使えるよう設定もされていまう。あと猫耳も生やせます」
「ね、猫耳……」
その機能は必要なのだろうかと考える蒼野であるが、恐らく意味があるのであろうと察しそれ以上の追及は行わない。
「仕事の形としては一つ一つの部屋に、その仕事に関するプロフェッショナルを数人から十数人いて、一つのパーツの研究をしてるらしいぞ。中でも専門職系の仕事の給料は、すっげぇ金額ラシイ」
なぜそんな事を知っているのだと聖野を見る優。
そんな様子の二人を放って置き蒼野が部屋の中を覗き続けると、新しい部品が転送されてきて、それらを元に新しい記憶媒体を作りだし始めた。
「でも記憶媒体ってことは、何かを記憶するんですよね。何を記憶してるんですかね?」
「んな事私が知るわけがないじゃない。でもまあ、イグドラシル様に限って無駄な事はしていないでしょうけどね」
「では先へまいりましょう」
優の返事を聞いてかどうかはわからないが、案内の女性が蒼野達四人に先に進むように促し、一時間と少しの間、四人がB塔の内部を探索する。
それからは途中現場近くを歩いたりもしたもののさして気になるものもなく、普通の客と変わらぬただの工場見学が続いた。
「あ! お客様! 時間ギリギリですよ! 五分前行動でお願いしまーす!」
「これはこれは、申し訳ありませんでした」
予定の時刻寸前になったところで、謝罪の言葉を述べながら現れる四人。
それからはリリが前もって予定していた場所に観光客全員で回っていたのだが、さして気になる場所はなくスケジュールは終わりを迎え、宿泊施設のホテルにまで移動をした。
ご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前話更新時に宣言した通り、本日二話目です。
書いていると、ちょっとペースが遅すぎるかなと反省。
ただ次回からは徐々に話が動いていくので、また見ていただければと思います。
ではまた明日




