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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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みんなで工場見学をしよう! 三頁目

「着きました。ここがS工場です。どうですかみなさん?」


 移動を始めてから数分後、リリを加えた五人が目的地の一つであるS工場に到着した。

 外から見たその工場は巨大な長方形で、黒い壁で外界から閉ざされたその建物は、これから事件現場と目される場所に入ろうとする蒼野達に妙な緊張感を抱かせた。


「…………」


 緊張の面持ちのまま、コンクリートづくりの地面を慎重に踏み、中に入る蒼野。

 入ってすぐに彼の視界を埋めたのは昼白色の蛍光灯が照らすロビーで、その奥には灰色の作業着を着こんだ受付らしき人物が存在し、入ってきた五人を視界に納めにこやかに挨拶をした。


「一泊二日の工場見学できました。中、覗いてもいいですか?」

「ええどうぞ」

「ありがとうございます」


 先頭に立つヒュンレイが落ち着いた口調で話し、受付の男性が案内経路と書かれている道に案内する。


「こちらからどうぞ。ただ、中では溶接や組み立てなど集中力が必要な作業も行っていますので、作業中の方には近づかないようお気を付け下さい」


 少し進んだ先にはまた別の女性がおり、笑顔でそう告げ礼をすると、奥の部屋へと消えていった。


「では私が先に歩くので、ついて来てくださいね!」


 するとそこまで大きな声ではない、しかし弾むような声色でリリがそう告げ先頭を歩く。


「ここが境界維持装置を作る工場か。すごいな!」


 そのまま部屋と廊下の境目になる扉を潜り、中に入る。

 そこで彼らの視界に入ってきたのは、工場の中というよりは清潔感に気を使った研究所といった様子の作業室だ。

 縦横百メートルはありそうな部屋には蛇行した真っ黒なベルトコンベアーが設置されており、その左右には向かい合わない程度の感覚で様々な色の手袋をした人々が待ち構えていた。


「ここは余所で作られた境界維持装置の外装部分の仕上げを行っている部屋ですね。手袋ごとに個別のエリアを担当し、別の部屋へと持っていきます」

「簡単に言いますけど、すごいですねこれ」


 リリが説明をした先にいる作業員たちが持って重ねているのは、厚さというものを感じさせないほど薄い板だ。

 その向こう側さえ映す透明度の高い二枚の板を男たちは手に取り、一目見るだけでは乱暴に見えるくらい手早い動作で重ね、ベルトコンベアーの上に乗せなおしていた。


「でも変ね。境界維持装置の外装って、核の直撃だろうが傷一つ付かないことで有名なあの鉄の壁でしょ。あれじゃただの薄いガラスじゃない」

「そう見えますか? そう見えますよね! ではそうおっしゃるお客様はこちらへどうぞ!」

「ちょ、ちょっと!?」


 そこでふと優が疑問を抱いた言葉を口に出すのだが、それを聞いたリリは楽しそうな声をあげ、優の手を引っ張り部屋の先へと進んでいき、防音用の壁で仕切られた四隅の一角に案内した。


「これって?」

「そう。今仕事をしている方々が持っているほぼ透明の板です」


 そこにあったのはリリの言う通り男性職員が持ちあげている透明の板で、その横にはご自由に攻撃して下さいと書いてある立て看板が立っていた。


「さ、いっちょ本気で攻撃をしてください。そうすれば、疑われているこの壁の耐久力を身を持って理解することができますよ!」

「なるほど。確かにそうね…………では!」

「あ、あんまり本気でやりすぎるなよ優。その薄板壊すだけくらいなら問題ないけど、壁に傷つけたりしたら大問題だと思うぞ」


 リリの言葉を聞いた優が水の鎌を作り出し、大きく振りかぶる。

 その様子を見た蒼野が注意喚起を促すと、優が込めた力を多少抜き、


「せりゃ!」


 それでも誰にも邪魔されることなく放たれた一撃は岩や鉄でさえ抉ることができるほどの一撃である。、


「あ、あら?」

「ほう。これはすごい」


 優が振り下ろした鎌の先端は確かにほぼ透明な鉄の板に衝突している。

 にもかかわらず透明な壁はびくともせず、それどころか鎌の先端が触れた場所には跡すら残っておらず、それを目にしたヒュンレイが感嘆の声を上げた。


「…………オーケーオーケー。蒼野の言葉に気を取られて、ちょっと手加減しすぎちゃったみたいね。なら、もう一度!」


 それから何度も何度も大きく振りかぶっては振り下ろすが、ほんの小さな点程度の跡が付くことはあれど、それ以上ダメージを与える事は決してできなかった。


「ま、これが非力な優の限界ってことだろ。ちょいとどいてろ。俺なら一発でぶち壊せるはずだ」


 その様子を見ていた聖野が肩を竦めながら優に場所を譲るように勧めると、優は渋々といった様子でその場から立ち退き、聖野は肩をグルグルと回し始めていた。


「言っとくけど、最後らへんは手加減抜きでやってたわよアタシ。それこそ後ろの壁までぶち壊すつもりで。それで壊れるどころか大きな傷一つつかないんだから、アンタでも多分無理よ」

「ここ最近お前俺と一緒に仕事した事なかったから知らないだろうけどな、最近また筋力がグングン伸びてるんだよ。今なら小山程度なら余裕で持ち上げられるぞ」


 鼻を鳴らし自慢げに語る聖野。

 彼は武器を持つことなく拳を握り、体を大きく引き、


「おらぁ!」


 渾身の力で拳を振り抜いた。


「いっっっっっってぇぇぇぇぇぇ!」


 が、その結果は無残なものであった。

 殴った腕を真っ赤に腫らしながら上下にピョンピョンと飛び跳ね、少し前にあげた掛け声以上の声をあげた聖野の姿がそこにあった。


「ほら見なさい! このうっすい壁、恐らく何らかの能力が仕組まれてるのよ!」

「そ、そうだな。じゃなきゃ俺やお前が本気で殴ってここまで傷を付けられないなんてことないよな!」


 手ごたえを感じぬ成果を目にして慰め合う二人。


「いいえ。残念ながらこの壁には何の能力も使われていません」


 だがそんな彼らの思いを打ち崩すようにリリは面白いものを見たと思いながらはっきりとそう宣言し、それを耳にした二人が目を丸くしながら彼女を覗きこんだ。


「能力を使ってないというのなら、これだけ固い秘密はなんですか?」

「その答えは簡単。みんなが知ってる圧縮率の問題よ」


 圧縮率とは全ての物質に当てはまるこの世界の基本原則だ。

 粒子で何かをする時、必ず必要な粒子を合わせて何かを起こす。

 ここで出てくる基本原則が圧縮率で、これが低ければ気体に、高ければ固体になる。

 無論圧縮させられる密度の限界は個々人によって違いは出るが、基本的に圧縮させればさせる程、風属性ならば鋭さを増していき、炎属性ならば熱を増していく。

 そして鋼属性ならば、単純にその硬度を増していくなど、その属性の特性が色濃く反映されていく。


「ここにある薄い壁はね、圧縮率が半端じゃないの。この薄い壁一枚一枚に大都市の厚さ一メートル超えの大金庫並の強度があるの。そんな特別な壁に別の属性耐性を持たせて、それを五十枚ほど重ねて外壁の一部にしてるのよ」

「え、えぇ~」


 が、それを聞いても優は信じられなかった。

 優も聖野も単体で崖を斬り崩しそれこそ鉄の壁を砕き先へ進むことができるだけの単体戦闘能力を持っていた。

 そんな二人が傷一つ付けれなかったという結果に終わるのは、想像を絶する結末であり、なによりかなりプライドに障る結末であった。


「あ、ならヒュンレイさんがやるのはどうですか」

「そうだ。俺達の仇を撮ってくださいヒュンレイさん!」


 そんな二人が自分たちの雪辱を果たして欲しいとヒュンレイに頼むが、対するヒュンレイはと言えばそちらに視線を向けることもなく明後日の方角を向いており、二人の言葉に反応することなく防音室から出て行き、周囲を見渡した。


「リリ君。私は境界維持装置の工場についてよく知らないので教えていただきたいのですが、よろしいですか」

「はい。なんでしょうか?」

「この工場はここ最近閉鎖していた時などありましたか? もしくは、この工場地帯全域が動いているわけではないのですか?」

「?」


 質問の意図が理解できずリリの隣にいる蒼野が首を傾げるが、その隣に立つ彼女はと言えばヒュンレイの言葉に驚いた様子であった。


「ええそうです。流石ですヒュンレイさん。この工場は一ヶ月半ほど前まで、ほとんど動いていませんでした」

「そうなんですか?」

「ええ。この工場街事態が、境界維持装置の改造を中心として稼働しているため、基本的に半分以上の工場は最低限の動きをしているだけなんです。だけどここ最近境界維持装置が破壊される事件が相次いだため、生産ラインもフルで動きだしたんです」


 でなければ、予算が足りませんよ。

 そう口にしながら笑う彼女の意見に蒼野達は賛同した。

 一枚一枚が巨大金庫に使われる素材並の圧縮率をした透明な壁を五十枚重ねる作業を延々とやるのだ、それだけの行為を行うために掛かる金額は、途方もないものに違いがなかった。


「そうですか…………ありがとうリリ君」


 それを聞いたヒュンレイは表面上はそう謝罪の言葉を告げるが、内心では何か引っかかっている様子で、周囲をチラチラと覗き見ていた。


(現場に近づいても?)

(怪しまれない程度でしたらいいですよ)


 できるだけ近くに寄り、間の距離を縮める事で粒子が外に漏れ周りの人に気が付かれないよう細心の注意を払い念話を行う。

 それにより許可を得たヒュンレイは不自然のない気軽な足取りで作業をする人々がいるベルトコンベヤの側にまで寄り、床や機器を目にしていた。

 とはいえそうしていた時間はさほど長くなく、二、三秒ほどで蒼野達の元へと戻ってきたかと思えば、次の場所に案内して欲しいとリリに告げた。


「あ、はい。では次はこちらで」


 そうして移動を始める一行。

 がそれから回る場所は事件現場でもないため、蒼野や聖野は気を抜きながら周囲の見学を行い、結果として一時間ほど経ったところで彼らは工場を出て行った。


ここまでご閲覧いただき誠にありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で今回は工場見学と今後の話で延々と出てくる圧縮率という設定のお話。

基本的にこの圧縮率が高い存在程、粒子の扱いに長けていると考えてもらっても構いません。


さて、普段ならば本日分はこれで終わりなのですが、早い目に更新ができたので、本日はもう一話投稿したいと考えています。

恐らく22時以降になると思うので、よければその位の時間になったらポチポチして見てください。


また、いつも通り、感想、評価をお持ちしております。

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