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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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みんなで工場見学をしよう! 一頁目


「すまん聖野。俺が参加できなくなった」

「ちょいっ!?」


 依頼当日朝八時半。ギルド『ウォーグレン』に到着した少年に対し壁を背にした善が開口一番で語った言葉を聞き、彼だけでなく全員が目を白黒させた。


「なんでですか! 今回は善さんの武力が必要になる可能性が高いって言ったじゃないですか!」

「そうよそうよ! 久々の善さんとの共同任務でワクワクしてた気持ちをどうしてくれるのよ!」

「すまねぇな。いやホントによ」


 聖野と優の二人からの批判を受け、善が心底申し訳なさげに手を合わせながら謝罪をする。が、二人はそれでも納得がいかない様子で、説明を要求するように善をじっと見続けていた。


「…………『十怪』ギャン・ガイアの出現情報があったんだよ」

「それは……仕方がないですね」

「お、思ったよりも大事で文句言えないじゃない」


 『世界三大災厄』の一角『三狂』に匹敵しうるとされる『十怪』は、放置しておけない危険な存在の集まりだ。

 一部の存在を除いてそれが出たという情報が入ったのならば、対処できる者はすぐに動かなければならないというのが常識であり、二人も黙って口を閉じるしかなかった。


「追い込みから衝突までどのくらいかかるかはわからねぇけどよ、こっちの事情が終わり次第そっちに向かってやるよ」

「いいんですか!?」

「まあ、貰ってる金の額が額だからな。こっちもできる限りの事はさせてもらうってことだ。それでいいな」


 それでも申し訳なく思っている善が息を吐き、妥協案を出す。

 すると聖野もそれに納得し、首を何度も上下に振った。


「それ以上は高望みしすぎですね。なら出来るだけ早く解決してくださいね!」

「ギャン・ガイア相手にそれはちと難しい注文だな。まあ、うまい事サシに持ちこめりゃ希望も見えてくるか?」


 そこまで話せばこれ以上伝えることはないという事なのだろう。

 善は優や聖野から視線を外し、リビングから離れ転送装置が並ぶ廊下へと出て行く。


「まあという事は残った面々が今回の視察のメンバーってことですかね。とりあえず……よろしくお願いします」


 そう言いながら聖野が自身の前に立つ人物。

 蒼野に優、そしてヒュンレイの三人にお辞儀を行い工場視察の依頼は始まった。


 ――――思いもよらない展開へと転がって行く依頼の場へと、彼らは向かい始めた。




「皆さま本日は神教第八工場の見学に参加してくれてありがとー! 目的地までの短い間ですが、本日のバスガイトは――――」


 音一つ、揺れ一つ起こさないバスの中に、黄色い上下のスーツに身を包んだ快活な女性の声が聞こえる。

 彼女が楽しそうに話し翡翠色の手袋をつけた腕を上げれば社内の老若男女の半数が手をあげ、説明を行えば感心の息が漏れた。


「ちょっと蒼野。感心するのはいいけど、先に今回の作戦の確認よ」

「そ、そうだったな。悪い悪い。仕事……仕事っと!」

 

 その面々の中に混じり感激の息を吐く蒼野を前にした優が窓にもたれかかりながら口を尖らせ、それを見た蒼野がやるべきことを思い出し、向かい側にいる優とヒュンレイ、そして隣に座る聖野に意識を戻す。


「じゃあ蒼野もこっちに意識を戻してくれたようなので、現状の説明から。今俺達はさっきバスガイドのお姉さんが言っていた第八工場に行くわけだけど、その方法は観光バスを利用してのものとなります。理由について確認すると――――はい蒼野」

「お、俺か。いきなりでびっくりするな。まあいいけどさ。ギルド『アトラー』の方々が正式に視察団として周囲を回る裏で、俺達は観光客という体で秘密裏に視察を行うから、でいいよな」


 突然聖野に話を投げかけられた蒼野だが、多少言い淀みながらも正確な答えを返し聖野が指を鳴らす。


「そ。ギルド『アトラー』っていう名の知れた組織を囮にして、俺達は裏でコソコソと確認をしようってことだ」

「ありがたい事に、自由時間も結構あるしね」


 聖野の説明を捕捉するように口を挟む優。

 彼女の手には聖野が渡したものとは別の旅のしおりと書かれたバスガイドが配った小冊子があり、そこには一泊二日で行われる工場見学内のスケジュールと、工場内のマップが書いてあった。

 それによると初日の午前十一時から十五時と二日目の十時から一時が自由時間となっており、今回の事件で神教の視察団が行方不明になった場所も普通に見る事が可能な範囲に入っていた。


「基本的に観光客が入れないエリアは『アトラー』の方々に見てもらいます。観光目的で回れる程度の範囲なら、俺達で回りましょう」

「で、有事の際がえーと」

「『アトラー』と合流。問題に対処だ。ただこれは最終手段だから、お互いできる範囲は自分たちで対処が望ましい」

「なるほど。そういえば一つだけ気になっていた事があったんですよ。通信手段はどうするんですか? ここに記載されていないじゃないですか」


 内部に入ってからの説明を続け、資料をめくる一行。その途中で気になった点をヒュンレイが聖野に尋ねると、聖野は持っていた革袋に手を突っ込み、慎重な手つきでワイヤレスのイヤホンらしきものを取りだした。


「危ない危ない。正式に決まったのが昨日だったので、今まで渡し忘れてました。これを二つずつどうぞ」


 革袋から取りだした真っ白な物体を、恐る恐るといった様子で三人に渡す聖野。


「小型かつイヤホンに似せた遠距離通信機です。見た目通り音楽を流すイヤホンとしても使えるため、カモフラージュも完璧です」

「ほう。便利なものですね。貴族衆の最新商品でしょうか?」


 渡されたものをかざし、機器の細部まで見ようと目を凝らすヒュンレイ。


「はい。えっと、音楽用のコードはこちらを打ちこんでください。これで普通のイヤホンとして使えます。で、こっちがギルド『アトラー』との通信チャンネルに変更用の小型スイッチ。一度押せばオンに。もう一度押せばオフにできます。で、もう一度押すと、この白い見た目のイヤホンを持ってる俺達全員にメッセージを残しておけます。逆に誰かがメッセージを残しておいた場合、それが自動的に流れてきます」


 彼や蒼野は聖野が告げる通りに装置を弄り、便利な機能を確認した。


「連絡の相手は? 誰か決まっているのでしょう」

「原則としてスイッチをオンにした瞬間周囲の人の動きを察知。周りにいる人が少ないイヤホンを持つ『アトラー』の誰かに繋がるように設計されています」

「便利なシステムを入れていますね。流石は貴族衆」

「さっきから貴族衆の名前が出てますけど、ギルド『アトラー』と関係があるんですか?」

「ええ。ギルド『アトラー』を作っているのは貴族衆の一角、ガンク家なのです」

「え」


 ヒュンレイがサラリと口にした事実に蒼野が驚き、手にしていたペットボトルのお茶が僅かに傾き中身が零れ、


「とっとと!」

「危ないわね」


 それが蒼野の服を濡らすよりも早く優が零れたお茶を引き寄せ、掌で吸収する。

 それを見届けるとヒュンレイが一度だけ咳ばらいを行い、蒼野に対する説明を始めた。


「現在Gの座にいるガンク家は、傭兵稼業で稼いできた貴族衆の中でも少々変わった立ち位置の家系なんですよ」

「昔から同じ地位にいたらしいけど、金銭のやり取りを主流にしてる他の貴族衆からは結構煙たがられたらしいわ。ただ千年前の戦いが終わってギルドが設立されてからは、貴族衆の顔っていう意味も込められて、かなり改善されたらしいけど」

「まあ今ではギルドランキング上位の常連ですからね。見る目も変わります」

「ギルドランキング?」


 その時、優とヒュンレイの会話の中に出てきた聞き覚えのない言葉を耳にして、蒼野がオウム返しで同じように口にする。

 それを聞くとヒュンレイは大切な事を言い忘れていたと思いながら自身の頭を小突いた。


「失敬。今後の目標に関する重大な話を教えていなかったのは私の不手際ですね。

 ええそうです。ギルドには依頼達成数と達成率に満足度、その他様々な要素を元に統計されるギルドランキングというものがあるのです」


 左右の目の両端を左手の親指と中指でメガネの上から引っ張りながら説明を始めるヒュンレイ。

 蒼野もまた重要な話という前置きを聞き、これまで以上の集中力をヒュンレイに注ぎ、メモ用紙とペンを革袋から取りだした。


「まあギルドをあまり使用しない方からすれば知らなくてもおかしくありませんが、言うなれば世間一般に公開されているギルドのおすすめ度みたいなものですよ」


 ヒュンレイがそう口にしながら持っていた携帯から立体映像を出し、蒼野の前に一から百まで書いてある表を提示。何かを言われるよりも早く蒼野はそれを覗きこんだ。


「一位『麒麟』二位『メタガルン』三位『エンジェム』。見たところこれが今のギルドのトップ層っていう感じですか?」


 それに続いて四位『倭都』と来て、その下に五位『アトラー』と書いてあった。


「そう。ついでに説明をしておくと、一位『麒麟』、二位『メタガルン』は不動で、その下の三つは拮抗状態で順位変動は激しい感じね」

「そうなのか……ちなみに俺達のギルドは?」

「八十六位よ!」


 下へ下へと見ていく蒼野であるが字が細かいため完全に見れている自信がなく優に話しかけると、彼女は胸を張ってそう言った。


「……意外と低いな」


 ポツリと、素直な感想を口にする蒼野。

 普段のヒュンレイさんの仕事ぶりや任務達成率ほぼ百パーセントという驚異の数字を考えれば、思ったよりも低い順位に声をあげる蒼野だが、そんな彼に対し優は食ってかかった。


「失礼ね。数万あるギルドの中のトップ百よ。十分すごいっての!」

「た、確かにすごいな。俺が悪かった」


 顔を近づけながら怒る優に対し蒼野が体を引き、素直に謝罪の言葉を口にする。

 すると声を荒げた優も座り直し、それを黙って聞いていたヒュンレイも口を挟む。


「まあ私たちのギルドの順位が低い原因はやはり依頼の達成数でしょうね。少人数ゆえに、数百人を超えるギルドにはどうしても負ける」

「けど依頼達成率ほぼ百パーセントはアタシ達しかできていない偉業よ」


 そうこう話している内にバスは明かりの灯ったトンネルに入り、一分ほど時間を置き外に戻る。


「さあ! ご覧ください皆さま! あれが! 私たちの目的地である第八工場です!」


 彼らが進む先にはなだらかなカーブが描かれている綺麗に舗装された道路があり、そこから遠くに視線を向けると、資料で見た鉄色の球体が小さくだが見えていた。


「さあさあ! およそ十五分後、目的地に到着しますよ! 今のうちから出て行く用意をしっかりして、バスに忘れ物をしないよう気を付けてください! あと、トイレもしっかりここで済ませて、中では思いっきり遊んでください!」


 明るく活発な様子でそう伝えながら拳を掲げる彼女に、他の観光客が合わせて拳を掲げる。

 それに釣られて蒼野も拳を上げると、聖野と優が何とも言えない表情でそれを眺めていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回の話は今回の任務のメイン会場への移動です。

そして参加メンバーは話の内容の通り、蒼野・優・ヒュンレイ・聖野の四人です。

タイトルについてはこれから数話のほのぼのとした空気を出すタイプのものです。

元ネタは多くのファンを抱える某奇妙な冒険の『イタリア料理を食べに行こう』です。


明日もまた更新しますので、よろしくお願いします。

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