聖野登場 二頁目
「……一応聞いておくと、この手配書の写真、撮り間違えとかじゃありませんよね」
「詳しくは知らないですけど。こうやってデカデカと乗せる以上そんなミスはないんじゃないですか。間違ってたら大問題ですよ」
「ですよねぇ」
「失礼します」
「どうぞ。ちょうどいいタイミングできましたね蒼野君、聖野君が来ていますよ」
「え?」
「ほら、そこの向かいにいるのが聖野君です」
ノックを三度行い、ヒュンレイが返事をしたのを聞き蒼野が普段よりも勢いよく中に入る。
そうしてヒュンレイの言葉を聞き彼が指を指した方角を見るのだが、蒼野はかなり驚いた。
ヒュンレイ・ノースパスが指を指した方角、すなわち向かい側のソファーをじっと見るのだが、そこには誰もいなかった。
一人掛けソファーの背しか映っていないのだ。
「ヒュ、ヒュンレイさん……もしかして聖野さんは透明化できる類の能力者か、気配やら姿を消せる異能持ちですか?」
「あ、聖野君は一度立ち上がってください。座ったままだと、君の場合見えないようです」
「フカフカのこのソファーは気にいってるんですけど、その点だけは本当に欠陥だと思いますよ。購入者の事を考えてない!」
まさか目に見えないタイプの能力を使っているのか、などと思ったままの事を口にする蒼野であったがそれは杞憂であったと思い知らされる。
ヒュンレイが向かい側にいる人物にそう告げると、ソファーの背もたれにすっぽりと体が隠れていた彼は、『ピョン』という擬音が似合うような動作で立ち上がり蒼野の方を振り返る。
そこでまた蒼野は僅かにだが動揺した。
聖野と呼ばれた人物の容姿は完全に予想外のものであったからだ。
「さてと……」
日焼けした健康的な浅黒い肌に、短く切り揃えられられ自然と立った髪型。
ベージュの短パンにオレンジ色の半袖シャツという夏の名残がまだ残っている服装をした少年は、蒼野よりも一回り程小さく、十代前半、第二時成長期に突入する前の童子にしか見えない見た目であった。
「はじめまして。オレは聖野。よろしく!」
「あ、ああ。よろしくお願いします…………?」
未だ動揺を残しながらも蒼野が握手に応じ、腕をブンブンと振りながら彼は快活に笑った。
「いや会えてよかったよかった。正直今回来た最大の目的がこのギルドに新しく入ったあんたらに会うことだったからさ。これで来た目的の大半は終えたようなもんだな」
「いや仕事をしっかり伝えてくれなきゃ困りますよ聖野君。それと、彼らも君を待っていたんですよ。それなのに転送装置から来るから、すれ違いになりかけるんです」
「依頼については分かってますよ。善さんが戻ってきてから話しをします。あーでもそうか。だから今回は正面から入って来いって言ってたんですね。面倒だからいつも通り転送装置に乗ってきちゃいましたよ」
「転送装置……それで遭遇しなかったわけか」
失敗したと話す少年の姿を見て蒼野が合点がいったと納得。
「あ、ところで君は蒼野? それとも康太?」
「俺は蒼野の方だ。康太は今、店番をしている」
「そっかー。じゃあ一度あいさつに行かなくちゃな」
「その前に依頼の話が先のようですよ。善が返ってきました」
年齢相応の奔放さで、思うがままに動こうとする聖野。
しかし彼が実際に動こうとするよりも早く彼らの誰もが見知った人物の声が廊下の外から聞こえ、聖野は足を止めた。
「工場の視察。そりゃまた珍しい依頼だな」
善が戻ってから数分後、
善は持って帰ってくると持っていた書類をヒュンレイに渡し、少しばかり報告をしてから仕事の話になったのだが、その内容を聞き善は少々意外そうな表情をした。
「普段の依頼とは違うんですか?」
「ああ。普段の依頼はもっと血生臭い依頼だ。戦争を止めろだとか、暗殺者に狙われている金持ちの護衛だったりだな」
「そ、それはまたハードですね」
「そうか?」
いとも容易く語られた話題を前に蒼野が顔を強張らせるが、善はといえばさして気にした様子もなく言葉を返し、それに対し蒼野は勢いよく首を縦に振った。
「とはいえ、まあただの視察じゃないんでしょ聖野君?」
「ええ。ヒュンレイさんの言う通りです」
ただ依頼の内容を話す聖野はと言えば表情は真剣そのもので、それを見たヒュンレイはこの依頼がただ事ではないと悟り、聖野もそれに同意した。
「実は…………この視察は既に三回も行われているんでですが、視察団が誰も帰ってきていないんです」
「帰ってきてない?」
深刻な様子で言葉を返す聖野の言葉に、蒼野が不思議そうな声を発する。
「一回目と二回目はただの視察団だったんですけど、三度目は力天使の階級の人を筆頭に、幾らかの護衛を付けたんです。だけど、今のところ誰一人として帰ってきてないんです」
「…………そりゃ、おかしなこったな」
話を聞いた善が、低い声で断言する。
神教においては神の座とある例外を除いて、九つの階級に分けられている。
力天使はそのちょうど真ん中に位置する五番目の位だが、上三つの位は上位三名の特別階級となっているため、実際には上から二番目の階級の戦士たちが集まっている階級と言っても過言ではない。
それらの兵士たちを護衛につけて帰って来ないというのは、ただならぬ事態が起きているという事の証左なのだ。
「今回の依頼は詳細がわからないため断ってくださっても構わない、とも言われているんですけど、どうしますか? 受けて下さりますか善さん」
真剣みのある声でそう尋ねる聖野。
「愚問だな。神教直々の依頼は成功報酬もでかけりゃ名声も一気にもらえる。んでもって、うちの連中は少しばかりわけのわからない依頼に放り込まれたとしても対処できないなんてことはねーよ」
その問いを聞き善は悪人が見せるような表情を見せ失笑を返した。
「という事は?」
「もちろん受ける。余計な心配すんなって、よく伝えとけ」
依頼の承諾を受け、聖野がニヤリと笑う。その表情は期待通りの反応を見た時に子悪党が見せるような生意気さを秘めていた。
「さっすが善さん! この程度の事でビビったりしませんか。じゃ、仕事の詳細を言いますね」
その場で小躍りしそうな程嬉しそうな空気を醸し出す聖野が勢いよく立ち上がり、革袋から数枚で一まとめの資料を取りだす。
それからヒュンレイ、善と順番に渡し蒼野の側に行ったところで手を止め、善の方に振り向いた。
「今回の依頼には蒼野の奴もいくかもしれねぇ。今から放り出すのもあんまいい気分もしねぇし、配ってやってくれ」
「了解了解」
善に促されるまま聖野が蒼野に資料を渡し、渡された資料を確認する。
「ここは……境界維持装置の製作所か! すごいな!」
「お、蒼野は知ってるみたいだな。そう。今回ギルド『ウォーグレン』に頼みたいのは、世界中の各所に点在している境界維持装置の生産。改造の工場です」
渡された資料の最初のページに描かれていたのは鉄色の半円級の巨大なドーム。一部のマニア向けに観光ツアーが開かれるほどには需要がある結界維持装置の工場だ。
「どれどれ」
内部構造が見たいと蒼野が考えページをめくると、細長い塔や重厚な鉄で覆われたかのような巨大な工場。それに申し訳程度の緑が映っていた。
「まあ蒼野も知ってるなら余計なお世話かもしれないですけど、こういうのは通例なんで多少説明しますと、名前の通りここは境界維持装置のために設立された工場です。総面積はおよそ八十キロ。住みこみで働く単身赴任の人たちが大多数で、住宅はもちろんの事、飲食店やスポーツジム。戦うための小型の闘技場まで設置されています」
「境界維持装置の大工場と言えば、抽選で当たった人しかいけないような場所だ。外の世界に出たら一度はいってみたいと思ってたんだ。これって生産中心? それとも改造?」
「…………本当に詳しいな。ちょっと引くわ。えーと、改造だな。改造中心だ」
「改造かぁ。どんなことやってるんだろうな」
顔を輝かせウキウキとした様子で話す蒼野に少々抵抗を覚える聖野だが、蒼野はさして気にした様子もなく内部構造に目を向けていた。
「場所についての情報は分かった。聞きたいのは事件についてだ。現場はどこだ?」
「それが……わからないんです」
そんな様子の蒼野に対してはさして関心を持たずに善がそう話しかけると、聖野は申し訳なさそうにしながら髪を掻き毟り、謝罪の言葉を口にした。
「わからないとはどういう事ですか聖野君。神教の視察団は原則として、位置情報がわかるよう何らかの機械を持たされていたはずですが」
善が眉をしかめヒュンレイが左手の親指と中指でメガネを小突きながら丁寧な口調で返すと、聖野は資料をめくりだした。
「五ページ目を確認してください。当時の状況について分かる範囲ではあるんですが書いてあります」
「えーと、最初の事件についてで、最後に反応があったのは第十一工場地帯のS工場一階。生産レーンが流れている地帯と。ここで午後二時過ぎに反応は忽然と消えて、以降行方不明。現場は…………」
「なんだこりゃ。こんな場所でいなくなったってのか!?」
映されている写真は巨大なベルトコンベアが流れており、それを挟む形で真っ白なマスクにヘルメットを被った、紺色の服を着こんだ作業員が映っていた。
「そうなんですよ。で、ここで作業している人達に聞いてもそんな事件はなかったの一点張り。もちろん作業を監視している防犯カメラの提出も要求して、要求通りの物が返ってきたんですけど異常はなくって」
「まあ証拠がなけりゃ強硬策には出れないわな。で、第二陣を送ったわけか」
「はい。その第二陣の方々は、寝食の時間を除いて二時間後との連絡を義務付けられていて、最後の連絡まで一切の異常はないと言っていたんです。それが忽然と消えて」
「消えた場所や状況は?」
「場所はB塔の三階ですけど、大方の状況は一緒です」
「なるほど。確かに奇妙、いや不気味だな」
それから善は渡されている資料の流し読みを行い始める。
「それで、この工場への潜入というのはいつなのでしょうか? タイミングはこちらでも決めてもいいのでしょうか?」
「あ、いえ。今回はギルド『アトラー』との合同の抜き打ち検査です。申し訳ないんですけど、もう日程に関しては決まってるんですよね」
「『アトラー』とか。中々気合いがはいってるじゃねぇの」
「アトラー?」
聖野が出した名前に善が感心し、蒼野が疑問符を浮かべるが、ヒュンレイがそこで口を挟む。
「その話はまた今度しましょう。色々、込み入った話になるところですし。それよりも今は依頼の話です。日程などについて詳しくはどこに」
「はい。後ろから三番目のページにまとめてあります。一週間後の木曜日から、一泊二日で行う予定です」
「来週の木曜から一日半、か。今のところは……あーどうすっかな。金曜日に予定が入ってるな」
聖野の告げた予定を聞き、善が自身の予定と見比べ悩んだ表情を見せる。
「手荒な事になる場合が想定されるので、善さんにはいて欲しいんですよね。どうしても無理そうですか?」
「どうだろな。まあ神教本部から直々の指令と言えば、何とかなるか。ここのおっちゃんは話が分かる人だしな」
内容を再三確認しながら、聖野に返事を返し立ち上がる善。
聖野の真正面から移動し、山積みの資料が詰まれている自身の事務机に移動し、ビジネスフォンの受話器を取る。
「善さん?」
「確認をしてみる。すぐに話は終わるはずだから、ちょっと待ってろ」
「善が急げ、って奴ですね!」
「うまい事言った気になってんじゃねーよ馬鹿が」
聖野の返事を小馬鹿にしながらも楽しそうに笑い、手慣れた様子で電話を行う。
「ところで聖野君? は善さんとどういう関係なんだ? 仕事仲間にしては、少し年齢が離れている気もするんだが」
「君付けは必要ねぇよ。見た感じ、同年代っぽいし。あ、いや長寿族ならその限りでもないんだけどな」
「いや。俺は十六だから見た目通りの年齢だよ。聖野は?」
「まったく同じ年齢、十六歳だよ」
「…………そうか! 改めてよろしく!」
「お前、今思ったよりも俺の年齢が高かったと思っただろ?」
半目でじっと見つめる聖野を前にして蒼野は息が詰まり、思わず視線を別の場所へと逸らしたくなる。
「まぁいいけどな。自分でも、幼い見た目をしてるっていう自覚があるからさ」
が、それよりも早く聖野がため息を吐きながら踵を返し、部屋に置いてある冷蔵庫から麦茶の入ったヤカンを取りだすと、机に置いてあった自分のコップに注ぎ一気に飲み干し、木製の机の上に思いきりガラスのコップを置いた。
「っはー! 生き返る! やっぱまだ暑すぎだ! で、俺と善さんの関係性だっけ。弟子と師匠だよ」
「弟子と師匠? それってどういう事だ?」
「んーそのままの意味だよ。ていうか、その感じだと善さんの経歴なんかも知らないみたいだな。えっと、一から説明するとな」
「おいおい。人がわざわざ口にしてない事を勝手に話そうとするなよお前は」
「いてっ!」
知りたかった情報が思わぬタイミングで聞ける。そう思い胸を弾ませた蒼野であったのだが、それを遮るように電話を終えた善が現れ、聖野の頭を手刀で小突いた。
「暴力はんたーい!」
「まだ俺自身が伝えてない情報をぺらぺらと喋ろうとするからだ。分かったらまだ黙ってろ」
(いいけどさ、善さんは自身の身の上についていつまで黙ってるつもりなんですか。黙ってても、一寸の得もないでしょ)
(自身の黒歴史を語るみたいで嫌なんだよ。心配すんな。必要な時が来たら語るさ)
(変なとこで凝ってますね善さん)
念話で話をする善と聖野を蒼野が覗きこむが、それさえ無視して善は話を進める。
「ま、話を戻してだ、予定を開ける事に成功したからよ、俺も無事参加だ。今回の依頼には俺も参加する。そういう風に、神の座なり姉貴なりに伝えとけ」
「了解!」
善の返事を聞き、満足気に頷く蒼野。
その場はそれ以上話に進展はなく、聖野が携帯で呼びだしをくらったため、康太と挨拶をする暇もなく足早に帰り解散となった。
問題が起きるのは一週間後、依頼開始の当日の事であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
毎度の事ながら月曜日は投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。
本日分の話を更新しました。
さて、内容は至ってシンプルな聖野の紹介回。
一部の人は好きそうな元気っ子タイプのショタ少年(16)聖野の登場です。
それに合わせて前回と今回のタイトルを変更。より一層分かりやすいものにしましたので、よろしくお願いします。
なお、本人はショタやら幼いと言われるのは、戦略や作戦では役立つことを理解はしていても、あまり好ましくは思っていません。




