古賀蒼野、少女と出会う 三頁目
雨の中、初めて少年がその能力を使い人を助けた時、シスターは言った。
「あなたは、みんなを助けるために生まれて来てくれたのね」
能力によって息を吹き返した男を見て人々が喜んだ。涙を流した。
小さな小さな――――幼い少年のの手を取り感謝の言葉を述べ、お調子者たちが集まり胴上げをした。
少年が能力を使い、人々を助けるようになったのは、それからの事だ。
この力は誰かを護るために、誰かを救うためにある。そう思って彼は生きてきた。
これからも、きっとそうしていく。
ゲイルが目を覚ました時、町を覆っていた炎は残らず姿を消していた。
それどころか火事の痕跡は何一つ残っておらず、どこにでもある日常風景が広がっており、彼自身は両手両足を縛った状態でベンチに座らされていた。
「よお、起きたか」
「お前は……」
「まったく……派手にやってくれたもんだよ、お前ら」
聞こえてきた声に反応し、ゲイルは後頭部に鈍い痛みを感じながらも視線を右に向ける。
そこにいたのは肩で息を行い、頭を沈めた状態でぐったりとした古賀蒼野だ。
彼はゲイルが被っていたカウボーイハットを右手で持ち、ヘルメットをベンチの側に置き、気だるげそうな表情で座っていた。
「康太と……尾羽優つったかな、二人が町中を回って火を消して、その後俺が時間を戻しまくった。おかげでヘトヘトだ。頼むからもう二度とこんな面倒ごとは起こさないでくれ」
「………………殺せよ。ここまでの事をしたんだ。未練はあるが、文句は飲み込んでやる」
敵は殺す、それは当然の事だ。
仲間を殺された。町を壊された。報復が恐ろしい。二大宗教の対立。
力がものを言い、命の価値が軽いこの世界では、それら全てが相手を殺すに値する理由だ。
目の前の少年、古賀蒼野もそれら全てが人を殺すに値する理由だとわかっている。
「いやだね。なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ」
わかってはいるのだが、それでもなお少年は人を殺さないと言いきった。
「……ここまでやった俺達を許すってことか」
「いや許しはしないさ。俺の能力でも戻しきれないものだってあるんだ、絶対に許さん」
側に置いてあったミルキセーキの缶ジュースを飲み干し、喉を癒す。
夕暮れの日差しはなお蒼野の体に降り注ぐが、そうすると幾分か楽になったように感じた。
「だったらなんで」
「いやあんたはさ、なーんか訳ありぽかったからさ。それに」
「それに?」
「死んで終わりだなんて、都合が良すぎる。あんたは生きて、罪を償うんだ。この町でしでかした騒動の償いを、絶対にしてもらう」
心地良い風が頬を撫でる中、それこそが最も重要だと蒼野が伝えると、ゲイルは息を呑む。
「本当に……それだけか」
思いもよらない蒼野の答えに対しゲイルは聞き返す。
「ああ」
二人の間に、短いような、長いような、そんな不思議な時間が流れる。
やがて蒼野が息を吐き空を仰ぎながら口を開く。
「俺はこの能力でいろんな奴を助けた」
「敵も味方もみんな助けた。そしたら大体の奴は、敵対しているのも忘れて安堵の表情だったり、仲間と一緒に喜んだりしてくれるんだよな。もちろん、お前みたいなやつだっているけどな」
話しかける少年の顔には苦笑いが張り付いている。おそらく何度も繰り返された問いかけなのだろう。ゲイルの言葉に驚くそぶりは一切ない。
「命は一つっきりだ。まあ中にはそうじゃない奴もいるらしいけど。生きていく上で、これ以上に大切な物はないはずだ。そんな大切な物を軽はずみに奪うのは、俺はおかしいと思う」
「それに殺して終わりなんて虫がよすぎる。絶対に許せないことをしたのなら、生きてその罪を償ってもらう。そうすることが……………………正しいに決まってる」
人を殺さず生かす道。この世界の常識からはあまりにもかけ離れた信念。
「いや……お前もいつかきっと人を殺す。そんな時が必ず来る」
言葉はゲイルの口から自然に溢れたものでいわば負け惜しみに近い。けれども本心からの言葉だ。
「殺さない、俺は絶対に殺さない」
それでも少年は確固たる自信を持って言いきる。
雨の日に大好きな人に抱きしめられ言われた言葉、それが自分の生きる道だと彼は信じていた。
彼ら二人の周りには、様々な人々がいた。
ある者は空想じみたその信念に半信半疑な様子で。
ある者は現実の無常さから悲しげな面持ちで。
ある者は蒼野を完全に否定する様子で。
二人を眺め、すぐに視線を外した。
「へぇ、いいじゃない」
「…………そうかい。なら、やってみな」
そんな中、一人の少女とゲイルだけは古賀蒼野から視線を離せずいた。
「いや嘘だ。格好つけたけど、他にも理由がある。そもそもの問題でだ、人を殺すなんて………………怖いじゃないか」
周囲の視線が離れていくのを確認し、未だ見つめる二人にだけ聞こえるよう、ベンチから立ち上がり顔を赤くしながら蒼野はそう口にする。
先程の力強い発言が吹き飛ぶようなその様子がどこか滑稽で、それを見ていた少女とゲイルは思わず笑ってしまった。
切り株をそのまま加工したようなテーブルの上に一冊の日記が置かれている。
日記は外から吹いてきた風に晒され、誰に言われるまでもなくひとりでにページをめくり、風が止むととあるページで静止する。
そこに書いてあったのはとある二人が出会った日を書き記していたものであった。
その言葉は荒唐無稽としか言えないものだった。
誰が聞いても否定する、幼い子供が持つような幼稚な夢。
それでも私はその思いに惹かれてしまった。その綺麗な夢を見続けていたいと思った。
正直、私はこの言葉が嫌いだ。大半の人はそれをあきらめた理由に使うから。
それでも私はその時、ある言葉を浮かべてしまっていた。
私は、ううん私たちは、この日『運命』と出会った。
はじめましての方ははじめまして。一話から見ていただいた方はお久しぶりです。
作者です。
ここまでご閲覧していただき、ありがとうございます。
これにて、最初の物語は終了となります。
これから長く続いていく物語ではありますが、この話を含む最初の『一章』はこの世界の『日常』を映しだしていくような形となります。
長い物語になるとは思いますが、気が向いた時に、また見ていただければ私としては幸いです。
よろしくお願いします。