THE TRUTH OF GOLDEN KING
人が死ぬ原因、すなわち死因というのは数多く存在する。
撲殺、刺殺、絞殺、毒殺、射殺、焼殺、爆殺、斬殺、溺殺、呪殺
たった二文字で表せる他殺の死因だけでも様々だ。
だがそれらの死因というものも、突き詰めていけば二つにまで絞られる。
すなわち『肉体の死』と『精神の死』だ。
前者の『肉体の死』というものはごくごくありふれたもので、前述した様々な原因や、年を取ることによる老衰のように、肉体が生きる事に必要な最低限の機能を保てなくなり、命を失う事を現す。
粒子が発見され、その後幾度となく発展を繰り返し様々な能力者が現れたことで、この肉体に関する死の原因は、肉体に入っていた不定形の魂が体から抜けていく事で死に至るのだと解明された。
これに対し後者の『精神の死』というのは、肉体の損傷とは関係のない死であり、そもそもこの『精神の死』という言葉ができたのが数百年前と、この星の長い歴史の中ではごくごく最近の事である。
この死に当てはまるものは基本的には精神が長い年月を経て消耗、ないしすり減る事で死に至ることを指し、途方もなく長く生きた人間が自らの役目を終えた時、魂を自発的に手放し現世から去る場合など指す。
また、能力によって魂が肉体から切り離され、消滅させられる場合もこれに当てはまる。
この二つが究極的に突きつめた場合に導かれる二つの死因だ。
魂は肉体の損傷や消滅により留まるための容器を失い死に至り、肉体は魂の不在により役目を終え機能を停止させる。
それが『肉体』と『魂』の関係であった。
が、これには例外が存在する。
肉体が大した損傷もなく魂が体を離れ、その状態で魂がどこかに保存された場合がそれだ。
肉体は現世に魂が存在するため朽ち果てることなく健康状態を保ち死に至らず、精神は現世を去ることなく保存されているため死に至らない。
しかし肉体はエンジンがないため動くことなく、魂は動くための車体が存在しないため動かない。
『心身乖離症』というのはそのような状態を示す言葉として取り扱われる。
この症状を見分ける方法は幾つかあるが最も簡単なのは体の反応を見る事で、魂はなくとも体は常日頃の記憶を覚えているため、習慣となった行動には反射的に反応するとされる。
この方法に引かかったため、デューク・フォーカスは心身乖離症であると、三賢人の一角、ジグマ・ダーク・ドルソーレは診断した。
そして映像で確認したとある戦いの顛末から、彼の魂の居場所を予想した。
黒海研究を覆う物理的な結界が凍り、音を立てながら砕け散る。
同時にミレニアムの頭部を守っていた黄金の兜が剥がれ落ち、その奥にある誰もが疑問に思っていた真実が顕わになった。
「な、なんで……いやそれ以前にこれはいったいどういう事なんだ?」
そこにあったのは青白い光を放つ固形物であった。
それは目や鼻それに口、更には長く伸びた髪を携えた人の顔をしており、この世界に住む多くの人々が知っている姿、セブンスター第二位、デューク・フォーカスの頭部を模していた。
「しまっ!?」
「ブドーさん!」
思わぬ者を目にしたことで硬直していたブドーの肩に黄金の籠手で覆われた拳が直撃。
体を引き衝撃を受け流そうとするが全てを受け流すことは敵わず、苦痛の表情を浮かべながら彼の体が屋上の壁に衝突し、力なく項垂れた。
「む、直撃した感触はあったが、どうやら急所には当たらなかったようだ。やはり視界を確保できなければうまい具合には当てれんな」
そう口にするのは地面に転がっている黄金の兜で、首から上が青白い魂のみとなった肉体を操り自身を拾わせ、両手でしっかりと固定し狙いを定めた上で頭に装着。
首の可動域を確認しながら動かぬブドーを視界に納め、蒼野へと向き直る。
「さて……」
そうして、一呼吸置き声を出す。
「貴様らは我の言う通り兜を落とすことに成功したわけだが…………未だ理解できぬ点が多々存在するはずだ。我の課した試練を超えた褒美だ。質問を許す」
「っ!」
掌を蒼野へとさし向け語るミレニアム。その姿を見て身構える蒼野は、告げられた言葉を聞き顔を歪め、しかし今最もしなければならない事は何かを考え頭を捻り、
「…………今俺とブドーさんに見せたのは、デュークさんの……魂、それで間違いないか?」
いの一番に聞かなければならない内容を口に出す。
「応とも。我が身が内部に搭載しているこの魂は、紛れもなく貴様らの知るデューク・フォーカスのものよ」
「何でだ。いや何故ですか。なぜあなたほどの人物が、仕える神教に反逆したのですか!
いやそれ以前に…………あなた、いやお前…………ああわかんねぇ! とにかく俺の目の前にいる存在は、一体なんなんだ!」
理解できない事態を前に、混乱する蒼野の素直な感想が口を衝く。
「ふむ…………」
そんな本人さえ要領の掴めぬと自覚している言葉を前にミレニアムも顎に手をやり思案に時間を費やし、壁にぶつかったブドーがうめき声をあげ始めたところで、俯いていた頭をあげた。
「我が何者であるか、か。つまり我が正体を知りたいという事であるな。
なるほど、確かにそれは当然の疑問だな」
そう語ると彼はヒビだらけの自らの胸を拳で小突き、蒼野の目をまっすぐに見据える。
「ミレニアムとは貴様らが与えた我の呼び名だ。
我が真の名は『ピスカンタ』。
この世界で唯一の『意思を持つ神器』である」
「意思を持つ…………神器だと?」
思わぬ答えを耳にした蒼野が虚を突かれたと声をあげ、その返事をミレニアムは肯定。
それを目にして蒼野は気が付く。
「まさか……それが能力なのか! 謎に包まれていたお前の能力か!」
「その一端、というところだな。実際にはもう少し入り組んでいる」
「入り組んでる?」
その蒼野の指摘もミレニアムは肯定する。
秘境ベルラテスでエルドラの話を聞いた時、ミレニアムの能力の正体は未だつかめていないと説明を受けた。
通説では高レベルの重力操作ではないかと言われていたが、その謎の真相が今明かされた。
「…………エルドラさんは言ってた。ミレニアムは千年前と同じ性格をしていると。千年経った今突如現れたかと思えば、いきなり強くなっていてそこが引っかかると」
「流石竜人族の王だ。着眼点はいい。が、深追いはせぬか。まあ情報が不足しているのだ、当たり前だな」
そう語るミレニアムを、先をせがむような表情で見つめる蒼野。
それを感じ取ったミレニアムは楽しそうに体を揺らし、彼が求める答えを続けて語る。
「安心しろ古賀蒼野。試練を超えた者の報酬をケチるほど我は小心ではない。貴様が知りたい、我が正体の真相も詳しく語ってやる」
大地が大きく揺れ、獣の咆哮が木霊する。
それが消え周囲に静寂が訪れると、ミレニアムは再び語りだした。
「我は自身の事を意思持つ神器であり、それこそが能力と説明したが、我自身が動くにはある条件を満たす必要がある。それは理解できるか?」
「…………恐らく『担い手』に関することだろうな」
「ほう、よく分かっているではないか。その通りだ」
ここ数ヶ月で蒼野はいくつかの神器を見てきて、様々な能力を備えているのを確認してきたが、そのどれもが当てはまる条件が、どの神器にも『担い手』がいた事だ。
『担い手』がいない限りいかなる神器もその真価を発揮できず、今蒼野が懐にしまっているゲゼル・グレアの神器のように、能力の発動ができない武器となってしまう。
能力が発動しているというのならば、必ず『担い手』が存在するはずなのだ。
「我が自由に動く条件は簡単だ。誰でもよい。我が鎧に肉体か魂、またはその両方を装着することだ」
「肉体か魂……そこに違いはあるのか?」
「どちらにせよ本人の身体能力を我のステータスとして自由に割り振るだけだが、最低限魂は必要だ。
我が肉体と担い手の肉体を繋いで動かすには両者の魂の接続が必要なのでな。どのような形であれ、魂の契約は必要だ」
「魂の契約…………」
「あとはそうだな。魂だけを奪い取った場合、予期せぬ不意打ちも行えるため、肉体は外に出しておく方が便利かもしれんな」
「予期せぬ不意打ち、か」
アイビス・フォーカスの一件に今しがた行われたブドーの件。その二つを見れば、その効果の程は理解できた。
「さて、我が持ち主の体を乗っ取って動くとする。だがこの時ある制約が生まれる。それこそが、貴様が我に抱いた違和感そのものだ」
「俺が抱いた違和感?」
「相反する、二つの目的を抱えているという、貴様の主張だ」
「!」
苦虫を噛み潰した顔で彼を見つめる蒼野だが、その言葉を聞き、自身の心臓を大きく跳ねあがらせた。
「貴様の言う通りだ古賀蒼野。確かに我は見る者が見れば違和感を抱くような相反する二つの目的を持っていた。その原因がこの制約だ。
我はな、対象の体を乗っ取る代わりにその者の持つ最も強い願いを叶えなければならんのだ」
「デュークさんが抱いている強い願い……この世界を変える事か!」
蒼野の答えをミレニアムは否定せず、一つ、また一つと、ミレニアムが抱えている秘密が明かされていく。
謎に包まれていた黄金の王の正体の全貌が、徐々にだが見えてくる。
「そうだ。デューク・フォーカスはかつて起きたパペットマスターも巻きこまれた事件をきっかけに、神の座の治世に疑問を抱いていた。それ以来奴は頭の片隅でいつも願っていたのだ。
より良い世界を! 正しき世界を! 万人に手が届く! 理想の世界を!! とな」
「それが今目指している闘争により全てを決める世界…………それがデュークさんの願い…………いや違うな。
お前の願いと混ざりねじ曲がった結果の願いか!」
「察しがいいな。初めての遭遇の時から違和感を感じていただけの事はある。
そうとも。目指すきっかけは宿主であるデューク・フォーカスの願いある理想の世界ではあるが、取るべき形式、つまりそれがどのような世界かを決めるのは我だ。
すなわちこの世界を強者の世界に変貌させようとする意思は我の者だ」
「願いを叶えるっていう触れ込みの癖に、その実その手段や形はお前が自由に決めれて、願いの最終形も宿主はお構いなしッてことか。とんだ詐欺だな」
吐き捨てるような勢いで言いきる蒼野だが、その言葉をミレニアムは鼻で笑う。
「言いがかりだ。我は制約により必ず宿主の目的を達成しなければならない義務がある。その形に文句があるのならば、我の意思が及ぶことのないほど具体的な願いを掲げればいいことだ」
「なに一つそれらを知らせず体を奪う時点で問題あると思うけどな。俺は!」
さも当然と語るミレニアムにその理屈はおかしいと叩きつける蒼野。
そこでそれまで続いていた二人の問答は終わり、誰一人として言葉を発しない空間が形づくられる。
「聞くべき問いはここまでか? ならば我が貴様に与える報酬も終わりだ。ここから先は、再び互いの命を賭けた闘争と洒落こもうではないか!」
黒海研究所の周囲さえ揺れるほどの足踏みを行い、闘気を発するミレニアム。
しかし対峙する蒼野は未だ武器を構えず、もう一つだけ気になった内容を口にする。
「…………一つだけ確認したい。お前は今デュークさんの魂を捕えていると言ったが、もしお前を倒したらデュークさんの魂はどうなる? そのまま消えてしまうのか?」
「フッ、これは失礼した。確かにその点は、貴様のような人間からしたら重大であったな」
深刻そうな表情で重々しげに口を開く蒼野。その問いを聞き、ミレニアムは自らの胸を再び叩いた。
「答えは『否』だ。体さえ無事ならは、我の肉体が滅んだ時点で『担い手』の魂は解放され、元の鞘に収まる。すなわちデューク・フォーカスは何事もなかったかのように蘇るであろうよ。
無論記憶は保持しているがな」
「そうか」
「さて、これで報酬は終わりだ。既に闘志はあったとは思うが、報酬である情報を聞き、更にやる気は湧いたか? であるならば我にとってもありがたいが」
蒼野の短い返事を聞き、もはやこれ以上の問答は不要と纏う空気で語るミレニアム。
「ああ。おかげさまでな」
彼の言葉に蒼野は素直な答えを返し、
「だけど。俺以上にやる気が湧いている人がいるらしいぞ。ミレニアム!」
「なに?」
まごう事なき事実を口にする。
「いいことを言うな蒼野君。君は康太君と違っていい子だな!」
ミレニアムが行動を移すよりも早く、超圧縮された風がその体に衝突。
「みんな! それにシロバさんにクロバさんも!」
そのまま屋上へと現れた面々を見上げ、蒼野が笑顔を見せ彼らを呼ぶ。
それに反応するように戦士たちはこの戦いにおいて最大の敵が待ち受ける屋上に着陸し、壁へと衝突し砂ぼこりを舞わせる黄金の王へと向き直る。
「やあまたせたなミレニアム!」
そうして全員が着陸したのを確認し、先頭に立つシロバ・F・ファイザバードが一歩前に出て声を張り上げる。
「いつかの約束を果たしに来た。その身に宿した魂――――今日この場で返してもらう!」
確固たる意思を込め言い放つシロバに対する返礼。
それは、巻きあがる砂ぼこりをかき分けながら現れた。
「応とも! 待ちわびたぞファイザバード! よかろう! 全身全霊でかかってくるがいい!」
シロバの叫びに負けぬほど声を張り上げ、崩壊一歩手前ながらも万全の闘志を宿らせミレニアムが前進。
シロバ・F・ファイザバード。
『境界なき軍勢』設立当初から牙を磨き続けていた彼にとって待ちわびた戦いは、こうして幕を開いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です!
本日二話目の更新。
そしてここまで引っ張ったミレニアムの真相回です。
基本的に感想がないので受け答えなどもないのですが、ミレニアムの真相に関して、皆さまの予想はいかがだったでしょうか?
本編内において言えば、この真相、つまり中の人間など存在せず、
真の敵は神器の意思であると見抜いたのは、西本部で戦った今は亡き蛇夜叉、ゼル・ラディオスが最初です。
だから彼は最後の台詞として、ミレニアムの名前を口ずさんだのです。
他に彼の真相について知っていたのはシロバとパペットマスター。その他数人程です。
という事で次回からこの戦争における最終戦が開始!
後は最後まで突っ走るだけなので、ぜひ最後まで追付き合いください!
それではまた明日、ぜひぜひご覧ください!




