黒海研究所の乱 四頁目
「おらぁ! どこに嫌がる下等種族の餓鬼共!!」
「む、無茶苦茶だ!」
聞こえてくる音と怒声から事態を理解した積が叫び、残る三人は嵐が去るのを待つように歯を食いしばる。
それは周囲一帯を粉々に破壊するのではないかと錯覚させる程の音と衝撃を子供たちに伝えていたのだが、すぐに銃弾の雨は止み、別の方角へと向かっているのを確認した。
「どこに居やがる! 下等種族!」
「これってさ」
「ああ、オレ達を狙ったってわけじゃねぇみたいだな。どうやらあたりを付けた場所に、大雑把に撃ち続けているらしい」
「なんつーはた迷惑な」
胸に宿る怒りの感情をそのまま口にするウルフェンの姿を目にした康太が言った内容に残る三人は同意。次いでこれからする会話を聞かれないよう顔を近づけあった。
「確か次は残ってる冷静さを奪う作業だったな。あの状態で…………更にやる必要性ってあるのか? 正直これ以上怒らせる必要性を感じないんだが?」
「「…………」」
積の意見には康太も優も納得するところであった。
今のウルフェンは誰が見ても怒りに身を任せている状態で、既に冷静さは失われ、次の段階に移っても良いように思えた。
「………………………作戦は続行する。最後の一手をしくじってしまうより、今ここでリスクを負うべきだ」
「うへぇ、マジかよ」
「……それに」
「?」
「『超越者』の領域にいる存在というのは、どいつもこいつも馬鹿げた領域の生物だ。今は冷静さを失ってはいるが、土壇場でも冷静さを取り戻せないほどにするとなれば、この程度では不足している」
そう口にしたゼオスが覚悟を決めた表情を浮かべ能力を発動。ウルフェンの足元から少し離れた床に小さな黒い渦を作りだし、そこへ向け鋭利な刃物を投げた。
「おいおい。マジかよ」
投げた刃は黒い渦を通り一直線に向かって行くが、それがウルフェンの体に触れた瞬間、彼らは人外の域に達する技を見た。
「!」
放った刃がウルフェンの体に触れた瞬間、それが肉体に侵入するも早くウルフェンが宙を舞い身を捩る。
「シャア!」
結果鋭利な刃物はウルフェンの皮膚さえ貫くことができず明後日の方角へと飛んで行き、同時に放たれた弾丸は、未だ閉じきっていない黒い渦の中に吸いこまれていき使用者の肩を貫いた。
「……っ!」
「そこかぁ!」
何とか悲鳴は発する事はなかったゼオスであったが、弾丸が肉を抉る音を聞き分けた彼はおおよその居場所を掴み一気に接近。周囲の木々を腕の薙ぎ払いで吹き飛ばし彼らを見つけると、舌なめずりをしながら四人を眺めた。
「見つけたぞ。さっきはよくもやってくれたな。え? 褒美をくれてやる」
「なんだ? 鼻が正常に働いてるかチェックしてやった件の礼か? ありがたくいただいてやるよ」
「調子に乗るな!」
軽口に対し煽りを返され、ウルフェンが声をあげる。
それが第二ラウンドを告げるゴングであり、康太達四人が全く別の方向へと向け失踪。
「喰らいやがれ!」
距離を離れながら最初に攻撃を行ったのは康太だ。
その手に二丁の拳銃を構えた彼は続けざまに引き金を引き、無数の火炎弾をウルフェンへと発射。
「くだらねぇ。くだらねぇくだらねぇくだらねぇ!」
ウルフェンの鼻はゼオスの読み通り未だ回復していない。
しかし彼には他にも優れた聴覚に動体視力そして反射神経があり、それらを多少でも使えば、迫る銃弾の百や二百程度、欠伸をしながらでも対処することが可能で、その全てを正面からねじ伏せた。
「お返しだ。足掻いてみろ」
その後彼は康太の行為を模倣するように革袋から取りだした二丁の拳銃を構え、引き金に手を掛ける。
「ちっ!」
あまりにも素早い動きを前に動揺した康太を蜂の巣にしようと意気込むウルフェンだが、顔に張り付いていた笑みは憤怒の表情へと変化し、突如天井へと向け勢いよく飛びあがる。
「ダメか!」
「文句言わない! 少なくともさっきよりはマシなんだから」
そうして彼が真下を見下ろすと、先程まで自分がいた場所に優と積の姿があった。
「下等種族共が。この俺様にひれ伏せろ!」
彼らの不意打ちを躱したウルフェンは、自身の腰に着けている革袋から小さなメモリーを二つ取り出すと、勢いよく自身の粒子を注ぐ。
すると鉄の鎌と両手斧が生成され、持っていた銃を捨てそれを構える。
「……俺達の得意とする武器を使い俺達に勝つつもりか」
「あぁそうだ。これから家畜にするお前たちに、ご主人様がいかに遠い存在なのかを知らしめてやる。テメェらの得意な得物を使って無傷で全員を平服させることでな。
この俺様自らの手でやってやるんだ。光栄に思えよ」
天井から落ちてくる勢いを乗せたゼオスの一撃を、新たに取りだしたメモリーから作り上げた剣で容易に防ぎ、血走った目をしながら返す刀でゼオスに斬りかかる。
「ハッハァ! どうしたどうした! 見たところ剣がお前の得意な武器だろ。だからお前の土俵で戦ってやってるってのにあんまりな結果じゃねぇかおい!」
「……ちぃ」
驚くべきはその腕前だ。
自らの力を抑え戦いを楽しむためだけに覚えたその腕前は、生まれてこの方剣を自らの得物として使ってきたゼオスの腕前よりも更に上に位置していた。
「鈍い。鈍すぎるぜ!」
正確に言えば技術面ではゼオスや康太など熟練者程のものではない。
しかし圧倒的な身体能力の差が、技術の差を容易く覆していた。
「そこだ!」
「お前は銃だな。喰らいな」
「あぶねぇ!」
康太の銃にしても同じであり、技術の不足を凄まじい動体視力で補い、康太の異能である『直感』の恩恵さえ凌駕し太ももに掠らせる。
「その前にアタシと戦ってもらおうかしら」
「右に同じく!」
「…………っち!」
が、彼が圧倒できるのはそこまでだ。
残った四肢全てを貫き抵抗力を奪おうと画策したウルフェンに対しゼオスが接近。
メモリーで作った剣を手にして鍔迫り合いをしていると、更に康太の銃弾の雨と優と積の攻撃が続き、ついに後方へと下がっていった。
「まだ届かねぇか!」
「だけどさっきまでみたいな決して届かない領域にいる感じはしない! これなら、あと一歩で行ける!」
「…………今の奴の主な判別方法は恐らく音だ。康太、積、お前たちは跳躍弾で奴を翻弄しろ」
あらゆる分野でウルフェンは彼らを圧倒している。
しかしその事実を前にしても彼ら四人は挫けていない。
ウルフェンの鼻を封じたことで超人的な空間把握能力はなくなり、四人が使う武器で完勝すると口にしたおかげで更に差は縮まった。
そんな状態のウルフェンならば、死角からの攻撃や二方向以上からの同時攻撃で、食らいつくことができると彼らは言いきれた。
そしてそれらの行動は、日々訓練を続けた彼らからすれば然程難しいことではない。
「もう一度だ。合わせろゼオス!」
「……承知した」
「積。アンタ気合い入れなさいよ!」
「もう十分入れてるって!」
自分たちはまだ目の前の『超越者』相手に戦い続ける事ができる。
それが高揚感となり四人を動かす原動力へとなっていた。
「クソが!」
発砲音を頼りに銃弾を躱していたウルフェンは、四方八方で跳ね返り音を木霊させる跳躍弾とは相性が悪く、彼の周囲を飛びまわるそれらを注意深く観察し、一つ一つ自身が撃ちだした銃弾で相殺していく。
そのような対処を行う事でウルフェン動きは僅かずつではあるが遅れていき、ゼオスと優の全力の連撃を前にして、ほんの十秒前と比べいくらか余裕を失っていた。
『…………このまま押し込め!』
『これ以上はマジできついぞ! 先に体がぶっ壊れるって!』
『それでもやるんだよ! まだまだ追いこみが足りねぇ!』
四人が念話で会話をしながら、短距離走を奔るような勢いで体を動かし粒子を使う。
「…………ちっ!」
すると徐々に徐々にではあるが自分の圧倒的な優意が失われているとウルフェンが認識し一歩後退。
「逃がすかよ!」
今のウルフェンは鼻がやられたことで千里眼に等しい空間把握能力を失っており、なおかつ頭に血が昇り冷静さを失っている。
そんな彼がもしここで引き下がり多少なりとも理性を取り戻したりすれば、ゼオスが口にした作戦は容易く崩れる。
それだけは阻止せねばと考えた康太が更に引き金を引きゼオス、優、積の三人が三方向から接近する。
「さっきからチョロチョロチョロうざってぇ…………」
周囲を飛びまわる跳躍弾と迫る三人の姿を脅威的な動体視力で追いかけ、自分へと到達する数発の銃弾を撃ち落とすのを止め銃身で横から叩き軌道を変える。
「こりゃ返すぜ」
「いったぁっっっっ!」
「積!」
「テメェらもそろそろ沈め!」
全く同じタイミングで迫っていた康太以外の三人の内、最も近接戦闘が苦手な積をその銃弾であしらうと、二人を視界に収め、あらかじめ持っていた剣と鎌で鍔迫り合いすら起こさぬ勢いで再度吹き飛ばす。
「まずいな。オレ達全員を視界に収められるスペースに移動するつもりだ」
「そりゃまずい。とてもまずい」
胸に仕込んでいた鉄の板で銃弾を防いだ積がすぐに起きあがると、ゼオスと優よりも早く動き出し迂回しながら接近。渾身の力で鉄斧を振り下ろし、ウルフェンの意識を自身へ向ける。
「おいおい旦那。ここで引くのか?」
「あ?」
「さんざん俺らの事を馬鹿にしたくせに、ちょいとでも風向きが悪くなったら逃げるのか。そりゃいくら何でもかっこ悪すぎやしないか? 負け犬か? もしかして負け犬なのか?」
「………………下等種族の分際で言うじゃねぇか」
咄嗟に口から出てきた急ごしらえの積の挑発がどれほど聞いたのかはわからない。
しかしそれを聞いた瞬間ウルフェンは後退を止めその場に立ち、向かって来いと言わんばかりの空気を全身から発しだした。
「お前何したんだ?」
「いやちょっと煽っただけだ。けど、最低限の効果はあったみたいだな」
「そうだな。ここで一気に決めるぞ!」
吹き飛ばされながらも無傷で戻ってきた積に対し心底不思議そうな声で尋ねる康太。
尋ねられた積も挑発の効果が思ったよりもあった事に少々驚きながらも現状を保てたことに安堵し、康太の掛け声とともに前に出る。
「ちょ、マ、ジ!?」
「…………ぐっ!」
とはいえ多少なりとも冷静さを取り戻したのは紛れもない事実であり、押し込みかけていた状況がすぐさま覆され、彼らは再び劣勢に陥り、作戦を提案した少年はふと考えてしまう。
「…………」
どうすればこの男から余裕を奪える?
どうすれば最後の一手に持っていける?
『ちょっと策が思いついたんだけど、アンタら付き合うつもりはある?』
そう考えるゼオスの脳内に、自身と同じく明かりのない部屋で戦う優の声が聞こえてくる。
彼女が行う提案の内容はわからない。それが良策かどうかも言いきれない。
『……承知した』
『ダメで元々だ。援護してやるから好きにやれ』
『俺はちょっと効果ありそうなアイテム持ってたことを思いだしたから、それを作って援護するぜ』
しかし三人は、その優の念話に迷う事なく同意。
ゼオスは指揮官の座を彼女に譲り、彼女にとって一世一代の大舞台が幕を開けた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
VSウルフェンは恐らく次回で一旦おやすみ。その後はミレニアムなど別サイドになります
それではまた明日、ぜひご覧ください




