黒海研究所の乱 三頁目
「しっかしよく気がついたな。焦ってたのもあるがこんなもんが弱点とはな。見当もつかなかったぜ」
「……………………昨日までの内に奴のデータは確認したはずだ。俺はそこから答えを導きだしただけだ」
「とりあえずこれであの野郎のどこから攻撃が来ても対処できる点は封じ込めたわけか。ついでに言うとオレらを探す方法も封じ込めた。次のフェーズに移るぞ」
時間は少し遡る。
ゼオスがまず最初に対策をしなければならないと考えたのは、こちらの位置を瞬時に割りだし追跡。加えて戦闘になれば視線すら合わさず攻撃を止めたり避けたりするウルフェンの正体不明の力であった。
戦っていた康太達が決して勝てないと考えるきっかけになったそれは、しかしゼオスが語るにはあるトリックがあると言った。
「トリック?」
「…………そうだ」
最初は圧倒的な実力でそれを可能にしていると口にした積であったが、ゼオスが善でさえ周囲の攻撃を感知する際は気を広げている事などの説明をして閉口。
彼が黙ったのを確認し作戦の説明を始めた。
『…………周囲の状況を探知する方法はいくらでもある。周囲に自身の気や粒子を撒く事。様々な能力で周囲の状況を知る事。だがこれらが奴には当てはまらない事は分かるな』
『そうだな。ウルフェンさんのデータを見る限りそれはねぇ』
ウルフェンのデータに関してはギルドに所属しているためある程度は閲覧できる。
そのデータを四人はこの決戦が始まるまでの間に既に見ており、全てとは言わずとも危険な兵器や特記事項などはしっかりと頭に叩きこんでいる。
ゆえにウルフェンが探知系の能力や粒子を撒くなどの戦法を使ってこない事は事前に知っており、万が一粒子を撒くなどをした場合、康太達でもすぐにわかると言いきる事ができた。
『…………データの更新は毎年一月の始めに行われる。『境界なき軍勢』に所属する前後で新たな力を得る可能性はあるが正しいはずだ。半年と少しの間にそれらを行える兵器や能力を得たという可能性もあるが、この可能性はほとんどないだろう』
『まあでしょうね。あの性格でそんな細かい能力やら兵器を得るとは思えないわ』
傲慢でただの人間を徹底的に下に見る。
そんなウルフェンが下等と断ずるただの人間が作りだした兵器で、自分にないものを補うような事はしないと彼らは判断した。
そんな事をすれば、下等と見下している者の手を借りることになるからだ。
『確かに、そりゃあの人のプライドが許さないわな』
『…………では何をもって俺達の位置を確認したりしているのか。兵器や能力の類に頼らず、所持しているもの。奴が頼っているのはそれだ』
『わかった五感か!』
指を鳴らし指摘した積に、ゼオスは頷く。
ゼオスが指摘した通りであれば、選択肢は五つにまで絞られる。
その中でも味覚や触覚は周囲の探索には関係なく、真後ろからの攻撃にも完全に対応しているため視覚も削除。
聴覚と嗅覚の二つにまで絞られた。
『ま、そうなると嗅覚でしょうね』
『…………だろうな』
そしてその二つの中から答えを出すのも然程時間は掛からない。
聴覚だとすれば自身が大音量を響かせる巨大な砲身を利用したり、康太の放つ銃の音で鼓膜が破れてもおかしくないため否定。
そうなれば後は嗅覚しか残されていない。
『嗅覚なら全ての事に説明がつくな。銃弾を構成する鉛の臭いや硝煙の臭い。俺達人間の体臭。いや少しでも血が出たりすればそっちを探ればいい』
『…………そうだ。理解したならば食堂に移動するぞ』
『食堂?』
『……ああ。あそこには奴の鼻を封じる単純だが効果的なものがある』
そう言って彼らはゼオスの『時空門』を使い食堂にまで移動。今回の作戦を実行する事となった。
「しっかし、すごい効果だったな。そんなに臭うんだな生ごみって」
いくつもの袋に小分けし外に匂いが漏れぬように封をした生ごみを、手の中で遊びながら興味深げにつぶやく積。
「……俺達でさえ多少は臭うのだ。あらゆる臭いを敏感に察知し、なおかつ一つ一つ判別することが可能な奴からしたら、それこそ地獄のような匂いなのだろう」
返事をするゼオスを先頭に彼らは二階から五階にまで登っており、ウルフェンが追って来ていないか探りながら前へ前へと進んでいた。
「オレ達は今どこに向かってんだ?」
「…………この建物の中にはリラックススペースとして植物園がある。次の作戦を行うには、そこがちょうどいい。そこまで移動する」
「それはわかるんだけどよ。何で能力で飛ばなかったんだ? そっちの方が早いだろ?」
「……それでは奴がこちらを目指す指針を完全に失ってしまう。冷静になれば俺達の場所に辿り着くまでに無駄な時間を掛け、生ごみのにおいを消してしまう可能性がある」
「手掛かりさえあれば臭いを消し去るより先に俺たちを追ってくるってことか? 鼻が回復すればすぐに見つけられるのに?」
積の質問に答えることなく、ゼオスが目的地である植物園に足を踏み入れ、続いて積達三人も内部へと入って行く。
「…………閉めなくてもいい。少々開けておいた方が、奴を誘導させやすい」
「なるほど。確かに」
康太が入口を閉めようと手を伸ばすと、ゼオスがそれを阻止。
そのまま彼らは一丸となって奥へ奥へと向かっていった。
「おびき寄せるのはいいが奴は本当に鼻が正常に戻るまでの間にここに来るのか?」
「…………その予定だ。後は、ここで待ち伏せをするだけだ」
「予定って何よ?」
ゼオスの口にした言葉を聞き疑問を投げかける優。
「…………気にするな。こちらの予定だ」
「アンタの予定って?」
するとゼオスはその問いに対する答えを語らず、優はますます疑問を募らせる。
それを横目で見ていた康太もまた同じく疑問を持ちゼオスに話しかけようと口を開くが、鼓膜が潰れるのではないかというほどの轟音が周囲に響き、康太の直感も反応。
「伏せろ!」
すぐ側にいた積とゼオスの頭を鷲掴みにして側にあった茂みの中に隠れた。
康太と比べれば特殊な直感を持たぬ優は一歩遅れてついていくのだが、そうする前に見たのは、自分たちのいる植物園の壁を壊し飛びこんでくる銃弾の雨と、その奥で機関銃を両手に抱えるウルフェンの姿であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
先日ウルフェンがもだえ苦しんだ理由の説明回。
五感が優れているって言う事は、同時にリスクも背負う事になるのです
そして彼らの戦いは第二ラウンドへ
これがどうなるかは、また次回
それではまた明日、ぜひご覧ください




