黒海研究所の乱 二頁目
「…………尾羽優。原口積の回復をしろ」
「言われずともそうするわよ!」
地下三階、『黒い海』成分研究所。
そこがウルフェンによって吹き飛ばされたゼオスが、黒い渦を使い避難エリアに選んだ場所だ。
恐ろしい程の速さの攻撃を受け地面に沈められたゼオスであったが、一度は意識を手放したものの、ギリギリではあるが三人を引き寄せる事に成功していた。
「…………情報を聞きたい。実際に戦ってみて気づいたことはあったか?」
「「…………」」
至極冷静に、実際に戦った三人の意見を聞くゼオスだが、彼の問いに対して答えを返すものはおらず、皆同様に口を閉じている。
「勝てねぇ…………勝てねぇよ。何だあの化け物は!」
しかしそれでは話が進まないと理解した積が率直な感想を一言だけ口にすると、それでたかが外れたのか、素直な感想をその口から零し始めた。
「俺や優、それに康太が何をやってもダメだった! どれだけ錬成をしても! 不意を突いても! 相手はさして苦労した様子もなく対処してくる! 一切本気を出していないでだぞ! あんなもん…………どうしようもねぇよ!」
壁に背を預け、両膝の間に顔を埋め、泣きだしそうな勢いで感情を吐露する積。
康太も優も口を挟まず聞いていたが、その感想には同意する形であった。
「……そんな事はわかりきっている。相手はギルド第二位『メタガルン』のボス。『超越者』の位に存在する相手だ。俺が聞きたいのは勝つ方法ではない。奴を出し抜くための方法や隙だ」
「お、お前は……あの人災をどうにかするつもりなのか?」
「……そうだ。いやそもそも、俺達はそのためにここに集められたはずだ」
「――――――!?」
驚きの声をあげる積に対し、単調な声色で事実を口にするゼオス。それを聞いて真っ赤に髪の毛を染めた少年は言葉を失った。
「確かにそうではある。だが実際のところどうしようもねぇぞあれは。そもそもそれについてだって、ブドーさんや向こうの人の力を借りてやるはずだった事だぞ。オレ達だけでやるのは不可能だ」
「……ならば諦めるか?」
「そうは言ってねぇよ。諦めたら…………蒼野は助からねぇ。オレ達だってみんな死んじまう」
「………………重要な事は理解しているようだな。だがまだ頭が固い。古賀蒼野を助けなければという思いが、貴様の視野を狭くしているぞ」
そう言われ康太と優が顔をしかめる。
だがしかしそれは間違っていない分析であるため二人は何も言い返さず、黙ってゼオスの顔を覗いていた。
「で、でもよぉ実際問題どうするんだよ! あの人は俺たちを歯牙にかけないほど強いんだぜ! 俺たちだけの力で何とかするなんて不可能だ!」
「…………不可能と断じて何になる。俺達は当初の計画通りに事を進めるしかあるまい。それ以外に生き残る道はないのだからな」
「当初の計画通りだと? 何言ってやがる。それが可能なら、そもそも苦労しない。
この建物全体が周囲から隔離され、お前の能力が使えなくなった時点で、その計画は実行できなくなっ」
ゼオスに自らが冷静さを失っている事を指摘された康太が、ある程度の落ち着きを取り戻し口にする。
「…………まさか俺が軍師の真似事をする羽目になるとはな。だがまあいい。既に解決策は用意してある。一から十まで説明をする。よく聞け」
するとゼオスは億劫な様子でそう告げ、胸中に秘めた策を語り出し、
「お前…………本当にゼオスか?」
「…………どういう意味だ古賀康太」
「いやお前ってよ、こういう作戦考えるのはそう得意じゃなかっただろ? なんでいきなりここまでしっかりしたのを作れるんだよ、なんて思ってな」
それを聞いた康太が感心し、彼の感想を聞きゼオスは普段よりも長く息を吐いた。
「ここにもいねぇな。どうやら大分下まで移動したようだな」
そう語るウルフェンが地下一階から地下二階にある大駐車場へと降りていく。
狩りを行うと宣言した彼ではあるが、明かりが消えた廊下を歩き続けても彼らを見つけられない結果を前に、シロバに探知程度はさせるべきであったと後悔していた。
黒海研究所は地下四階から地上八階。これに加えて『黒い海』と直接繋がっている部分のある最下層が存在する、内壁全体に奇妙な模様が引かれた縦長の建物だ。
黒い海が真下にある場所まで掘られているため実際の長さは考えるだけ無駄であるとしても、それを抜きにしてもこの建物は全長四百メートル以上の長さを誇っている。
そんな建物を一階ずつしらみつぶしに回っていくのは、いくら彼が優れているとしても少々面倒であり、彼の胸には早くも苛立ちが募っていた。
「…………っち、逃げた後か!」
地下二階、黒海研究所内にある巨大駐車場に降りたウルフェンが、何度か鼻を鳴らし舌打ちする。
その後周囲の警戒もせず奥へと歩いて行くと、多少ではあるが残っている血痕を確認し目を細くした。
「さあて、どこに行った?」
既にこの階にいないことは理解できた。ならばどこに移動したのかが問題だ。
単純に考えるのならば上と下の二択であり、上の階は既に探索を終えた。とするならば残された道は下の階しか残されていない。
「おら!」
なので彼は地面を蹴り、すぐに下の階へと続く道を作り出す。
そこから下へと降りるとその場に僅かな間留まるが、すぐに地下三階にもいないことを確認し床を破壊。
最下層へと降りていった。
「どういうこった! いねぇじゃねぇか!」
地下四階に辿り着き、何度か鼻を上下させ声を荒げるウルフェンだが、彼はここである可能性に辿り着く。
「そうか。空間使いのガキか」
それは至って単純な結論であるのだが、それならば彼らがどこにもいない事実にも説明が通る。
空間使いならば袋小路になっている下の階に逃げる必要もなく上へと移動することが可能だからだ。
その可能性に気づき更に苛立ちを募らせるウルフェン。
「クソめんどくせぇ! ぶっ放してやる!」
彼はそう叫びながら巨大な砲身を取りだすとそれを装備し真上へ掲げ粒子を注入。
『おいおいウルフェンさん。建物を壊すのはご法度だぞ。この建物自体が今回の計画では重要なんだ』
「黙れ!」
そのまま何度かにわたり巨大な砲弾を撃ち出し屋上一歩手前、地上八階まで続く穴を開けたところでシロバが念話で戒め、それを聞いたウルフェンが最上階まで続くほどの声を発する。
今回の作戦で彼ら『境界なき軍勢』が欲しているのはこの塔自体だ。
黒海研究所で『黒い海』を外に出すとして、最下層の蓋を取り外せばそれで事足りるというわけではない。
最下層にある蓋が何者かの手で破壊された場合、地下四階までに続く長い穴に。無数の蓋が生成されるようプログラムされているのだ。
これによりもし何らかの方法で無理矢理蓋が破壊されたとしても危険は外部には漏れないようになっているのだ。
この事実を前にしてミレニアムはすぐに対処法を模索。
その結果建物自体をミレニアムの力で『黒い海』がある地中深くまで沈め、できた大きな穴から大量の『黒い海』を溢れさせる計画を考案した。
それをやる場合外部からの攻撃に備え内部の床などと比較し堅牢な造りをした外の壁を殴るのが効率的なため、ミレニアムは屋上へと移動したのだ。
「さあどこだ! もう逃げ場はねぇぞ!」
シロバの手を借りるべきか再び思い悩んだウルフェンであるが、彼自身を気にいらないという理由でそれを却下。
自身で作りだした穴を利用し上へ昇り登りながら、声を張り上げ彼らを呼ぶ。
「この階か!」
そのようにしながらも鼻を鳴らし上へ上へと昇っていくウルフェン。
彼が四人がいると口にしたのは、最初に彼らが対峙した二階であった。
「逃がさねぇぞ下等種族のガキ共が!」
再び空間移動をされた際のめんどくささを考えたウルフェンが、壁を突き破り一直線に目的地まで向かって行くと、
「そこだな!」
「っ!」
無数の壁を壊し辿り着いた先はいくつもの机や椅子。
それに加えて奥にはキッチンがあるスペース、すなわち食堂であった。
四人はその奥に固まっており、壁を突き破って入ってきたウルフェンを見つめていた。
「さっきの黒い渦が話に出てた空間移動能力か。やるじゃねぇか。まさかあそこまで早く移動できるとはな」
シロバの言う通りこれならば生かす価値は十分にあると判断しながら彼は一歩ずつ近づいて行く。
「だがそれで逃げ回られると厄介なんでな。少なくともお前はここで確保させてもらう。そうだな…………じたばた暴れられても面倒なんでな。いらねぇ四肢はここでもぎ取る。大人しく俺様の側にやってくるなら、あまり痛みを感じさせないよう努力するぜ」
「…………断る」
目前の自信と比べればあまりに矮小な存在を脅すように殺意を放ち、それを浴びた四人の顔には自然と汗が伝うが、ゼオスは短くはっきりと、拒否の言葉を口にした。
「そうか。なら激痛に蝕まれながら後悔しな。この俺様の提案を蹴ったことによぉ!」
恐怖を植え付けるようにすぐに接近するのではなくゆったりとした足取りで、逃げられぬよう空間移動の能力にだけは注意を払いながら、彼はなおも余裕の表情で近づいて行く。
「っ! ガキが!」
そうして周囲に気を配ったところで彼は気づいた。
四人が固まっているその奥に、この部屋には似つかわしくない黒い物体ができている。
それが先程使われた黒い渦であると気づいたウルフェンは一呼吸も置かぬうちに接近。
四人が逃げる余地も早く距離を狭め、ゼオスの四肢を奪い取ろうと腕を伸ばす。
「なに?」
彼にとって予想外の事が起こったのはその瞬間だ。
自分の前にいるゼオスを除いた三人は引きはすれど黒い渦に飛びこむ様子が一切ない。
いやそもそも彼が暗闇の中でチラリと見えた黒い渦は人が入るにはあまりに小さかった。
「こいつは……」
この黒い渦は移動に使うものではない。
瞬時にその結論に達した左右後方に首を動かす。
「シャッ!」
その結果自分の真後ろの空間に小さな黒い渦を見つけたウルフェンはその中から出てきた塊を攻撃。
塊は容易く破け、中の物を周囲に散乱させ、
「う…………おぉぉぉぉぉぉぉぉ! この!! 下等種族がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
結果、屈強な肉体を持つウルフェンは声をあげその場にうずくまった。
「積、クソ犬! 持ってるもんを全て投げろ! その後はすぐに引くぞ!」
そう告げる康太の声さえ、今のウルフェンには聞こえない。
その間にも暗闇に紛れ小さな塊が空を舞い、康太の銃弾がそれらを撃ち抜き中の物を放出。
それらがウルフェンの体に落ちるたびに彼は悲鳴をあげながら周囲を転がり、その隙に四人は食堂を脱出した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の話は世にも珍しいゼオスによる作戦説明とそれを実行に移す話です。
康太も言っていましたが、これはかなり珍しい。本編外の仕事でも色々とやっている彼らですが、ゼオスが作戦を提案するのはかなり稀です。
さてウルフェンがめちゃくちゃな苦しみようを彼らに晒しましたが、何があったかはまた次回で
それではまた明日、ぜひご覧ください




