黒海研究所の乱 一頁目
「HAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「っ!」
目前に迫る黄金の王の拳を前にして蒼野は悟る。
これは一撃でも受ければ即勝負は決まると。
少し考えればわかることではあるが、蒼野達は本気の善の拳を一撃でも受ければ即座に肉塊に変化する程度の肉体しか持っていない。
ならばそれ以上の硬度を盛ったミレニアムの拳を受ければどうなるか等、火を見るよりも明らかなのだ。
「ブドーさん」
「任せろ!」
だから古賀蒼野はミレニアムと真正面からぶつかることを極力避ける。
迎え撃つような姿勢を取ってはいた蒼野の足元には既に『風玉』が用意されており、ミレニアムが少しでも近づいて来れば後方へと一気に下がれるように準備をしていた。
「む!」
その思惑が功を奏し、蒼野の腹部を抉るはずであった拳は空を切り、間髪入れずその腕をブドーが掴む。
「!」
「黄金の王よ。無限に投げられる感覚を知っているか?」
告げるブドーの腕に力が入り、いくつもの血管が表面に浮き出る。
すぐに自らの身に巻き起こる未来を理解したミレニアムが一歩引こうとするが、腕を掴む強者はその足を引っかけ、
「螺旋蛇法!」
そのまま体を捻りながら自身よりも一回り大きい黄金の巨体を浮かし、自身の体をくの字に曲げると同時にミレニアムの体を引きよせる。
すぐに腕を外そうとミレニアムが掴まれていない左腕を伸ばそうとするが、そんな事をする間もなく、彼の体は地面に衝突した。
「ぬ、うぉ!?」
「まだまだぁ! 某の猛攻は始まってすらいないぞ!」
地面に叩きつけた際に生じた衝撃を殺さず自分の体を浮かす事に利用し、足の裏から圧縮した粒子を放ち、空中に浮いたブドーの肉体は目にも止まらぬ勢いで地面に着地する。
そしてそのままミレニアムの体も持ちあげると再び叩きつけ、更にその際に生じたエネルギを逃さず自分の体を空中へと舞い上がらせる。
それから先は同じことを繰り返し続け、気が付けば十秒のものあいだ延々と、ミレニアムは地面に叩きつけられていた。
「むん!」
「ちぃ!」
とはいえそれも永遠ではない。独特の浮遊感にも慣れたミレニアムは地面に叩きつけられるよりも早く漢の腕を掴み、あらゆるものを握りつぶすことができる握力を発揮しようと力を込める。
するとブドーは腕を潰されるよりも早く腕の力を抜き、筋肉を解いた影響でできたスペースを使いミレニアムの腕から瞬時に逃れる。
「素晴らしい脱力だ。流石はロッセニムの覇者だ。まさかこの我が、十秒ものあいだ無抵抗に投げられ続けるとは」
「貴様……その体は」
そのような言葉で心からの賞賛を送るミレニアムの姿を見た瞬間、蒼野とブドーは目を見開く。
「ふむ。まあ応急処置ならばこの程度であろうな」
昨日まで傷がなかったはずの体には大小様々、全身の至る所に無数の傷ができており、あと少しの衝撃を与えれば粉々になって砕け散ると二人に確信を抱かせる。
「HA! 笑みを浮かべるか古賀蒼野、ブドー」
あと一撃程度ならば自分たちだけでも何とかなる。そう考える二人を見透かすミレニアム。
その言葉を聞き二人は僅かではあるが肩を揺らし、それを見た黄金の王の闘気が猛る。
「ならば貴様らは知るであろう。我が肉体に傷をつける。それがいかなることであるかを。この身は満身創痍であるが、それを崩すという事がどれだけ果てのない事であるか……その身をもって知るがいい!」
そう口にしながら再び前へと駆りだすミレニアム。
その姿を目にして、二人は再び動きだした。
「おらおらどうした! 四肢は失いたくないんだろぉ? ならもっと足掻けやコラ!」
「ちっ!」
午前十一時二十分。
蒼野とミレニアムが門答を終え、最初の衝突を終えた頃。
康太達四人がウルフェンとの戦いを始めてから一分が経ったのだが、黒海研究所の中で続いているその戦いは一方的なものであった。
「そぉらそこだ!」
「ひぃぃぃぃ!」
「グガガガガ! 良い声で泣くじゃねぇか! いいぞ! もっと泣き叫べ!!」
明かりの消えた空間で手にする巨大な砲身から砲弾を撃ち続けるウルフェンに対し、ゼオスを除いた三人は防戦一方であった。
放たれる砲撃の威力は弾数こそ少ないものの過去最大のもので、一歩間違った行動をすれば全身が粉々になるほどの威力を備えていた。
「こ…………こんにゃろうこんにゃろう!」
「いいぜ。俺様は寛容だ。家畜以下のお前らでも、じゃれる程度の抵抗は許してやるよ!」
涙を流しながら逃げ回っていた積が無数の鉄柱で地面を押し上げるが、ウルフェンはそれら全てをさして気にする様子もなく軽々と避ける。
「こ、のぉ!」
「ほう。回復特化かと思えば体術の筋もいい。少しは楽しめそうじゃねぇか」
「ちょ、マジ!?」
その後地面や壁に僅かではあるが刺さった柱を飛び回り、真後ろからせめて来た優を彼は片手で容易に掴むと投擲。
砲身が備え付けられていた片手にはいつの間にかサバイバルナイフが握られており、優へと向け一直線に向かっていった。
「させねぇ!」
「なんだそりゃ? まさか弾幕でも張ってるつもりか?」
その行く手を遮るため撃ちだされた跳躍弾の雨と柱の中に埋めていた機関銃から撃ちだされる銃弾の雨であるが、これもまた容易く捌ききる。
「クイック……しかも異様に速ぇ!」
その様子を康太は鉄柱の影から観察。
康太が行うよりも遥かに早い動作で砲身を投げ捨て、懐に手をやり、瞬時にサバイバルナイフを取り出しあらゆる攻撃を防ぎきる。
それら一連の動作を瞬きより早くまとめて行う目の前の存在に彼は息を呑む。
「おい、なに足を止めてやがる」
「っ!」
跳躍弾を撃ってからすぐに場所を移動し、崩れた壁の奥で唇を噛みながら隙を見つけようと躍起になる康太の肩に、突如刃が刺さる。
その痛みで僅かに意識が逸れる康太であるが、すぐに視線を戻すと、何かで貫かれた穴の向こう側から獣人の王の鋭い視線が自身へと向けられていた。
「テメェの強みは危険察知能力だろう? それを試すなら動き回って避けるのが一番だ。なのになに足止めてんだテメェは。もっと足を動かして、その性能を俺様に晒せ!」
話を聞きながら自分の肩を押さえる康太が自身の肩を確認し目にしたのは、先程までウルフェンが手にしていたサバイバルナイフだ。
それが壁を抉りながら一直線に飛来し、康太の右肩を貫通していたのだ。
「は、はは」
ごく一般的なサバイバルナイフを強化し、積が作った分厚い鉄の柱をいくつも貫き、正確に自分の肩を貫く。それもこちらの動きや弾道の変化も計算した上でだ。
思わず変な笑いが出てきてしまうほど、目の前の存在は次元が違う。
そう康太は理解するが、その様子を見たウルフェンは、康太の左肩を指差す。
「そいつはこれから飼うお前に対する躾けみたいなもんだ。俺の期待を裏切るような真似をしたら、今みたいにナイフを突き刺す。次は左肩だ」
淡々と、ただ自身が行う次の行動を語るウルフェン。
その間意識が自分たちから逸れたため優と積が武器を持ち突っ込んでいくが、振り返り事もなく彼は叩き落とし、優と積の右足を目に見えない速度で斬り落とし、斬り飛ばした足ごと二人を蹴り飛ばした。
「積、壁を! それとその足をこっちに渡して!!」
「お、おう!」
危機感を覚えた優が声を荒げ、積が自分の側に落ちていた優の足を拾い、優が飛ばした自分の足と交換する。
同時に鋼属性粒子を固めた壁を四方に張り籠城すると、優はすぐさま受け取った足を自分の足にくっつけ、更に積の足もくっつけ立ち上がった。
「他人の足まで自分の足としてくっつけられりゃ便利だったがな。ま、そこまでは望むべきじゃねぇか。いやそれこそ、今後の成長に期待ってところか?」
「う、うわぁ!?」
その後次の手を考えようとする積と優だが、ウルフェンの姿はいつの間にか彼らの真横にあり、じっと優が繋いだ接合部を見つめていた。
「こ、の! いつからいたのよ!」
「察しがわりぃな。最初からだ。そこの下等な人間が壁貼る瞬間に、中に潜り込んだんだよ。殺気隠して近づいただけだ。気付かなかったのはお前らが馬鹿みたいに焦ってたからだ」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
さして関心もない口調で語るウルフェン。
殺気が解かれたことである程度動くことができるようになった積はその隙を逃さず、鋼属性粒子を集め、資料で見たクロバ・H・ガンクが使う鉄球を作りだす。
「!」
「や、やった!」
超至近距離から放たれた鉄球は逃げ場のない空間の中でウルフェンへと一直線へと向かっていき直撃。
初めてウルフェンの体に衝突した感触を得た積が会心の笑みを浮かべる。
「ガンク家当主の奴を模倣した物だな。見てくれだけならある程度は真似することができている」
「え?」
「だがまあ、こりゃ打ち出す奴の問題だな。あの馬鹿みたいな怪力がねぇと、ここまで劣化するものか」
「そ、そんな…………」
しかし聞こえてくるのは大した影響もなさそうな平然とした声で、それを聞くだけで積の心はどん底にまで沈みこんだ。
「何してやがる?」
「え?」
あまりの絶望感に膝を折りかける積。
そんな彼の耳に聞こえてきたのは、威風堂々とした様子で立っている獣人の王の苛立ちを感じさせる声だ。
「テメェら全員理解してねぇみたいだな。今やってんのはお前ら一人一人の性能チェックだぞ?」
「………………」
「で、前の下等種族二人が終わったから今度はお前の番ってわけだ。そのためにわざわざ近づいて、バカスカ攻撃を撃ちこんでくるのを待ってるんじゃねぇか。さっさとしやがれ!」
その物言いは、聞くに堪えない無茶苦茶な理論のものだ。
だがそれを受ければ三人は腹立たしい気持ちよりも先にある事実を理解してしまう
自分達にとって死に物狂いの足掻きは、目の前の人物にとってそれこそ子供がじゃれつくのと同等であるのだと…………理解してしまうのだ。
「くそっ……くそぉ!」
そこまで理解してはいるのだが、その場にいる三人は未だに諦めない。
瞳に決して折れない意思を宿し、目の前に立つ遥か高みに座する存在を睨みつける。
「何だその目は。飼育されることでしか生き残れない下等生物が、この俺様に反抗的な目を向けるな」
そんな抵抗の意思を潰すように、ウルフェンの声に初めて憤怒の念が籠る。
「お前らの性能チェックだ。ある程度反抗的な態度は認めてやるがな、そのクソみてぇにうざってぇ視線を向けられるのは耐えられねぇ」
聞けば聞くほどふざけているとしか言えない理論だ。
いや、ここまで行けば理論ですらない。ただ傍若無人なだけだ。
「こ、の!」
「うるせぇ」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
めちゃくちゃない事を言うウルフェンをサングラス越しに見つめる積。
その視線に気づいた獣人族の王は積の右腕を造作もなく破壊し、苦しむ積の体を蹴り飛ばす。
「さっきから俺様が黙って聞いてりゃ好き勝手しやがって。もういい。熟練度の高いメイカーは貴重だが替えがきかないわけじゃねぇ。テメェは殺処分だ」
そう口にして腕を振り上げるウルフェン。
「っ」
目を見開き、自らに迫る避けようのない死を悟る積であるが、黒い渦が積の真下にできたのはそんな時であった。
「あ?」
初めて見た光景を前にウルフェンが一瞬ではあるが腕を静止。
その僅かな間に積の体は黒い渦の中に引っ張られ、渦の奥へと消えたかと思えば獣人の王が何かをするよりも早く消失する。
「なるほど。これがあの野郎が言っていた能力か……おい南本部長!」
「お呼びかな?」
黒い渦が閉じるのと合わせ、ウルフェンが声をあげる。
するとすぐにシロバを呼び彼が近寄っていくと、首から上をそちらに向け口を開く。
「見た通り奴らを見失った。たしか屋上には行かせちゃならねぇんだよな?」
「そうだね、そういう話だ」
「ならお前は屋上に続く直通の螺旋階段を見張っとけ。ついでにエレベーターもぶっ壊しとけ」
「いいけど意外だね。探すのを面倒がって彼らの場所を探知するように言われるかと思ってたよ」
ウルフェンの発言を聞き、意外そうな表情を見せるシロバ。
「馬鹿言うな。最初に言っただろうが。これは『狩り』だってな。奴らの実力を知るのも重要だが、その点を撤回する気はねぇよ」
狩りとは、獲物を見つけ捕まえる、あるいは殺す事を指すのだ。
それを見たシロバは、ため息一つついて屋上前の最上階へと登っていった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VSラスボスクラスとの戦闘開始。
最初の戦いはというとウルフェンVS子供たちです。
彼のコンセプトは暴虐無人、誰にも止められない暴走列車というもので、その性格がよく分かる一話ではないかと思います。
恐らく気の短さは、オーバーを超え現状ナンバーワンではないかと思います。
そんな怪物との戦いを楽しんでいただければ幸いです。
それではまた明日、ぜひご覧ください




