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語る登場人物 三頁目


「パペットマスターを殺した日から毎日が地獄だった。瞳を閉じれば必ずパペットマスターを殺す瞬間が思い浮かんだ。あの男の声が聞こえてきた。だからって目を開けて歩けば世界は人を殺す前と比べてずっとずっと怖かった。…………俺の居場所はどこにもないと思った」

「…………」


 夏の日差しが薄紫色の壁を通り抜け、熱となって彼らの全身に降り注ぐ。

 舞台の中心に立つ少年はその暑さから額に汗を流し、あの日抱いた一つの思いを語り始める。


「本音を言うとな、俺は死にたいと思っていたんだ。もう生きて行けないと思ってたんだ」

「蒼野君…………それは」

「貴様は黙っておれブドー。今はこ奴の言の葉に耳を傾けろ」


 蒼野が語り続けているうちに再び太陽が雲に隠れ、少年の姿が薄暗い影に包まれる中、ブドーが何かを口にしようとするとミレニアムがそれを阻止し、射貫くような強烈な視線で古賀蒼野を見つめる。


「なぜそんな精神がすり減った状態から回復した。貴様の身に一体何が起きた?」


 刃を飛ばすかのようなきつい声色で、言葉を放つミレニアム。

 それは確かに蒼野の心臓を一直線に捉え少年の心を突き刺すが、蒼野はその痛みをものともせず、しっかりと黄金の王の瞳を見つめ返した。


「気づいたんだよ。そうして怯えている自分がどれだけ周りを見ていなかったのかを。世界の外をどれだけ見ていなかったかを」

「ほう?」


 自身の爪が掌を貫くのではないかという勢いで拳を握る蒼野。

 その姿をミレニアムは興味深げに眺め、彼が口にする信念を待ち続ける。


「ある人に言われたんだ。俺が俯いたまま動かなければ、みんなが死んでしまうって。逆に俺が動けば、みんなが助かるって……」

「だから貴様は動いたのか。その手で、多くの命を救うために!」


 合点がいったと声をあげるミレニアム。

 その反応に対し蒼野は――――首を左右に振った。


「俺が動いた理由はそんな前向きなものじゃない。俺が動いたのはもっと別の理由だ」

「なに?」


 影に隠れる蒼野の口から、乾いた笑いが聞こえてくる。

 それを耳にしたミレニアムは不審げに尋ね、困惑するブドーも蒼野を眺めている。


「蒼野君。ならば君は一体なぜ立ち上がったんだい? 人を助けるためじゃないというのかね?」

「…………そうですね。それももちろん当てはまるんですけど、根底にあるものは……きっと違うんだと思います。俺は人を助けたくて立ち上がったんじゃない。誰かが誰かを殺すのを見たくなくて、立ち上がったんです」


 語る言葉に力が入る。

 これこそが自分が辿り着いた答えだと、蒼野は確信をもって言いきる。


「俺は…………仲間のためとはいえ、パペットマスターを殺した時、本気で辛かったんです。さっき言ったみたいに毎日悪夢にうなされて、起きている時だって気の休まる時間はなかった。そんな思いを、もう誰にもして欲しくなかった」


 古賀蒼野は思うのだ。


 多くの人間は、人を殺さずに無力化できるのならばそれのほうがいいと思っているに決まっていると。

 誰もが人を許すことができ、命を大切にできる世が来てほしいと願っているに違いないと。


「だから立ち上がりました。デスピア・レオダが多くの人間を殺す。これが許せなかったのも本当です。でもそれ以上に、そんな外道を誰かが殺してしまって、俺のように心を傷つける。それが――――辛かった」


 多くの人を殺す悪人の存在はもちろん蒼野とて許せない。

 だがそれ以上に、善人が自分のように人を殺してしまい辛い毎日を送る。


 それが蒼野には何よりも辛く、そんな事をさせないために、古賀蒼野は立ち上がった。


「蒼野君…………君は本当に優しい奴なのだな」


 蒼野の語る内容を理解したブドーが蒼野の肩にそっと触れる。

 そうして少年を見るブドーの目は、どこまでも優しいものであった。


「愚かな。浅はかに過ぎるぞ古賀蒼野」


 対するミレニアムの声は固い。腕を組み蒼野を見る視線にはこれまで決して見せる事のなかった侮蔑の念が含まれている。


「人が戦い覇を競う。これはこの世界にある基本原理だ。命を取り合うのは、その先にある何かを掴むための行為だ」


 欲しいものがあるから戦う。


 手に入れたい称号があるから戦う。


 ただ勝利する事を目的に戦う。


 復讐が怖いから、相手が嫌いだから――――どのような理由であれ人は戦う。

 それは当然の事であると、ミレニアムは語る。


「分かってるさ。でも、それでも命の取り合いをする必要はないじゃないか。そこまでせずとも鎬を削ることはできるはずだ」

「確かに命の取り合いになるほどの事態でない事は多々ある。がしかし、命の取り合いが必要な時もまた数多く存在した。そうして世界は回って来たのだ」

「俺はそうは思わない。きっと様々な出来事は命の取り合いをせずとも解決することができるはずなんだ。そのための手段はきっとどこかにあるはずなんだ」

「…………その言い方。古賀蒼野、貴様まさか」

「恐らくお前の思っている通りだ。ミレニアム、俺は人を殺さずに物事を解決できる、平和な世界を作って見せる。それが俺が今を生きる理由。お前を前にして立つ理由だ」


 雲が過ぎ去り、現れる太陽。

 それを背にしながら、確固たる意思を持ち語る蒼野。その姿を前にしてミレニアムは呆気にとられる。


「…………ならばどうする。我はその思想に真っ向から反逆するものである。貴様の思想に決して迎合できない信念の持ち主であるぞ」

「止めて見せるさ…………必ず。みんなで力を合わせて、お前止める!」


 もはやブドーの背に隠れることも横に立つこともなく、更に一歩前に出た蒼野が剣を構えミレニアムを見据える。


「………………殺す事でしかどうしようもない輩はどうする。デスピア・レオダやパペットマスターのような奴らが出た時、貴様は一体どうするというのだ?」

「その時は…………俺が手を汚すさ。あんな辛い思いはもう誰にもさせたくない。だから俺はあの時だって手を殺めたんだ」

「………………………………」


 その言葉に、ミレニアムは言葉を失う。

 幼い少年が語る理想の世界。それは荒唐無稽で目を背けたくなる、彼の信念と決して相いれない思想だ。

 そんな願いを胸に秘め、目の前の少年は本気で自分と対峙しているのだ。


「…………盟友よ。これが……………これが………………………」


 その姿を前に、彼は色の変わった空を眺めポツリと呟く。


 この話をしている最中、何度かにわたり雲が太陽を隠したが、今はもうそんな雲は存在しない。

 雲一つない空と、夏の日差しだけが、細長く伸びた塔の頂上にいる彼らを見つめていた。


「……あまりに滑稽。聞くに堪えない世迷い事。唾棄すべき理想――――――何より愚かだ。本来ならば我が相手にする価値もない」


 目の前にいる存在を許容できない。

 その思いをあらゆる言葉で伝えるミレニアム。


「だが!」


 そんな彼が、渾身の力で地面を踏み、左手を引き、右手を前に出し拳を構える。


「貴様がこの場に存在し、我の目的を邪魔するというのならば仕方があるまい。これ以上、我も無駄口を叩かぬ。古賀蒼野、貴様はその目的ごと、ここで朽ち果てるがいい!」


 ただ一度の足踏みで塔全体が大きく揺れ、蒼野もブドーも迫る衝突を前に喉を鳴らす。


「その前に、俺たちの質問に答えてもらえるか?」

「ふん。我が内包する矛盾についてか」



 戦いの時が刻一刻と近づいて来ている。



 それが始まる前に答えを求める蒼野が問いを投げかけると、ミレニアムはそれを鼻で笑い、


「その問いにわざわざ応える義務は我にはない。知りたければ」


 自らの頭を覆う兜を小突く。


「この兜を奪い取ることだ。さすれば望む答えが得られよう」


 そう試すように告げるミレニアムの言葉に身を屈ませる蒼野とブドー。


「行くぞ」

「来い、ミレニアム!」


 彼らが注意深く見ている前で、ミレニアムの放つ真っ赤な闘気が一気に膨張。それに反応した蒼野とブドーが一挙一動も逃すまいと意識を集中させ、


「「っ!」」

「HAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 雄叫びをあげ、ミレニアムが前に出る。


 するとその動きにあわせるよう蒼野とブドーは動き出し――――



 その瞬間、この世界の命運を賭けた戦いは始まった。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


デスピア・レオダ戦の時から溜めていた、蒼野の復活理由の説明回。

まあ正直なところ青臭く無茶な望みであると作者も考えているのですが、無鉄砲で夢いっぱいな目標は少年漫画の華なので、温かい目で見守っていただけると嬉しいです。


さてこれにて動機を語るフェーズは終了。

次回から戦闘開始です。

二章最後となる物語、お楽しみに!


それではまた明日、ぜひご覧ください

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