報酬/古賀康太の場合
「そっれにしても災難だったわね。まさか黒い海と対峙することになるなんて」
「いやほんとだよ。今にして思えば、気絶で済んだだけよかったよ。正直、心臓麻痺で死んでてもおかしくない事態だったと認識してるよ」
「縁起でもねぇこと言うなお前は。けどまあ、ここに入って色々な経験してきたから、その影響かもな。お前の心臓にもやっと、いやそうだな……ちっとはタフになったんじゃないのか?」
「ウフフ、おかしいですわね。あれだけ勇敢だった蒼野さんが、そんなショック死なんて」
「いや」
「これについては割と心配してるのよ。アタシもこいつも」
「え!?」
善とゴロレムが見守る中、四人の少年少女が革袋から取りだしたプラスチック製の椅子と机を取り出し、優がアビスも含めみんなで食べるためという事で買ってきておいたケーキをコーヒーと一緒に食べていた。
ちなみに今回に限ってはアビスの目の前で醜い争いは見せたくないという心が働き、普段は決して買って来ない康太の分のケーキもちゃんと机に置いておいた。
「………………」
夏から秋へと変わりゆく心地よい風が吹く中、彼らは思い思いの事を話し至福の時間を過ごすのだが、そんな中、蒼野だけは表情が優れない。
(さて、どうやったら優がここから離れるかね)
なぜなら彼が今望んでいるのは康太とアビスの二人きりの時間で、それをするために動かなければと考えていたのだが、その状況に持ちこむだけの理由が見当たらなかったのだ。
「うーん」
「あら、どうしたの蒼野。考え事?」
「まあな
「手伝えることがあるのなら力を貸すけど?」
自分に心を許してくれているのは素直にありがたいのだが、今回に限ってはその提案に乗ることができなかった。
というのも優に教えれば高確率でこれから長い間康太がおちょくられるネタを作ることになってしまうため、できれば優には察せられず、二人きりの状況を作りたいというのが本音であった。
「いや、いい」
蒼野がここまでこだわる理由は単純だ。
康太にはもっと多くの繋がりを作ってほしいと感じていたからだ。
「………………」
これまでの人生の康太は家族第一、自分の身よりも孤児院の面々を優先する傾向があった。
そのため孤児院の者以外に対してはどうしても壁を作るようになっていた。
そんな康太が、今初めて家族以外の面々に強い関心を抱いている。
ならばそれを叶えることこそ、彼の義兄弟である自分の役目なのではと、彼は考えたのだ。
「おい優。四人で話してる最中に悪いな。今日の依頼の報告資料でちっとだけわからないところがあるから、少し来てくれ」
「えー後じゃダメなの善さん?」
「そう時間は掛からねぇからよ。ヒュンレイの奴にどやされるのも嫌だろ」
「……仕方がないわね」
そんな彼に天は味方した。
蒼野の意図を察してかどうかはわからないが四人を見守っていた善が声をかけ、優が少しばかり億劫な様子で場を離れる。
「ケーキの食器を置いてくるよ。コーヒーのおかわりはいるか?」
「いや、俺はいい」
「私も大丈夫です」
「そうか。ならまあ、俺の分だけでも作り直すよ。そうだな……十分くらいかかると思うから、気が変わったら来てくれ」
そう告げ目くばせをすると、康太が意図を察したのか気恥ずかしげに視線を外す。
それを確認した蒼野は柔らかな笑みを浮かべると、椅子を引き席を立った。
「優しいんですね、蒼野さん」
「…………ああ。俺の自慢の家族だ」
静かな、慈愛の念を感じられる声に対し、万感の思いを込めそう返す康太。
「なぁ、一つだけ聞いていいか、な?」
「はい?」
「アビス……ちゃんは今日こっちに来れて本当に良かったか?」
十分
待つ場合には意外に長く、逆に様々な事を語り合うにはあまりにも短い十分という時間。
そんな限られた時間で康太は最も不安に思っていた事を聞く。
「それって、どういう?」
「いや、正直な…………せっかく来てもらったのに怖い思いしちまっただろうからさ。さっきは来て良かったと言ってくれたが、実は嫌ってて、…………神教を嫌いになられたらいやだなって思ってな」
本当に嫌いになってもらいたいものは何か、それを何とか覆い隠し、康太が彼らしくもない弱気な声で彼女に問う。
「ふふ。おかしな事を聞くのですね。康太さん」
「え?」
そんな彼の問いを、口元に手を置きアビスは笑う。
「確かに大変な目にあって、心底怖かったです。でも――――――それ以上にうれしかったです。楽しいです。幸せでした!」
その答えと美しい満面の笑みを前に康太は息を呑む。
真っ白な髪をたなびかせ、目を僅かに細め自らを見るその表情に胸が締め付けられる。
「ど、どうして?」
「私はこれまで、対等な立場の友人がいなかったんです。それができたのが…………うれしかった」
「え?」
「実は……」
そのような前置きをして話し始めたのは、ゴロレムが善に語った内容。
全く同じ話を聞く康太であるが、彼女の心の籠った本気の声は、彼の心に強く響いた。
「それでも…………やっぱりすまない。怖い思いをさせちまった」
それでもなお康太には、愛しいと思う人を怖がらせた罪悪感が存在し、謝罪の言葉を口にする。
「もう、本当にそこまで気にする必要はないんですよ。だって、私が怖がってた時、康太さんが支えてくれたじゃないですか。だから…………謝罪の言葉なんていりません」
少々俯いていた康太の腕に手を伸ばし掌を握り、思わぬ出来事に康太が反射的に顔を上げる。
「むしろ私からあなたに礼を言わせてください。ありがとうございます康太さん」
「え?」
「恐怖で竦んでいた私をなだめてくれた時、力強く抱いてくれた時、私は救われました」
「???」
自分が全く予期していなかった展開を前に康太の頭が混乱の極みを迎え、彼女にまっすぐに見つめられ康太の顔が茹でダコのように赤くなり、煙が出る。
そんな康太の様子など知らぬ様子で彼女は掌越しに何度か折った紙を渡し、そうして康太の手を離した。
「もしみなさんさえよければ、こちらを登録してください。私の携帯のアドレスです。また色々な冒険の話を聞きたいですし、お父様さえ許してくだされば、またみなさんに会いたいです!」
「?????」
「ダメ、ですか?」
「いや、ダメじゃない。むしろ歓迎するよ。必ず、また連絡シマス…………」
アビスの真っ赤な瞳が不安の色を含み困った顔を目にした康太が、極限まで意識を集中させ何とかそれだけの言葉を告げる。
「はー終わった終わった。あら、蒼野は」
「片付けに行ってらっしゃいます。そろそろ帰ってくるのではないでしょうか?」
「そ、じゃあ一足先に話をしましょ。ところで、賢教の方の事をちょっと聞きたいんだけど…………」
すると優が席に戻り話を始め、少しの間を置いて蒼野がコーヒーをもって戻ってくる。
「………………………………………………………………」
それからアビスが帰るまでの間、康太は時折適当な相づちを返す以外には会話には参加せず、その夜は毎晩やっている銃のチェックすら忘れ、一日中部屋に籠ったまま、奇声を発し続けていた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
正直頑張った。
私は基本的にこの手の話は苦手なのですが、それでも今回はこの終わりがなければまずいなと思いつ以下のエピソードを書かせていただきました。
明日からは予定通り新たな物語を始めますのでよろしくお願いします。
あと、エロい展開を期待した方は申し訳ありません。
筆者にそんなものを書く根性はありません。
二人のいちゃいちゃに関しましては、まあこれから先に期待という事で。
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