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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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報酬/アビス・フォンデュの場合


「八十点だな」

「おや。案外低い点数じゃないか。九十点超えは固いと思っていたんだけどね。内役は?」


 事件が終わりギルド『ウォーグレン』の事務室にて、善とゴロレムがソファーに座り向かい合う。

 休みなく続く書類整理に心底うんざりとした表情を見せる彼は、ゴロレムの事後報告を聞き恒例の点数チェックを実行。

 その結果を聞いたゴロレムが少々不思議そうに彼を見つめていた。


「先に断っておくが、こりゃギルド内のメンバーだけに対応した原点方式のチェックだからな。知っているとは思うが、アンタの事は考慮に入れてないぞ」

「知っているさ」

「ならいい。理由は簡単だ。そもそもの根本的な解決、犯人の捕獲ができてねぇ」

「ああ。それでか」


 今回の依頼の内容は境界維持装置の防衛だけではない。

 その先にある犯人の捕獲が肝であった。

 無論犯人が単独犯ではなく集団で動いているという事がわかっただけでも大きな収穫ではあるのだが、犯人逮捕という結果と比べれば、やはり収穫は少ない。


「まあ引いた二十点分はそこの分だけだ。他に文句はねぇよ。黒い海なんつー厄ネタ相手にして生きてただけでも充分な結果だ」

「なるほど、な」

 善の評価を聞き、大きく頷くゴロレム。

 善の説明を聞けば総合点が八十点になるのは納得のできるものではあった。


「時に善、君とヒュンレイ殿に尋ねたかったんだが、今回の事件の犯人一味、これについてどう思う?」


 するとそれから間を置く元なく鋭い声で聞かねばと思っていた事を口に出し、対する善も彼を黙って見つめながら考える。


「…………ゴロレムさんには悪いんだけどよ、正直今回の件の犯人についてはまた賢教の馬鹿共が面倒な事起こしてやがる……程度に思ってたよ」

「…………」


 『思っている』という言葉を使うのではなく、『思ってた』という言葉を使った善の考察にゴロレムは口を挟まない。

 その言葉の先にはまだ続きがあるという事だからだ。


「けど今日の一件を経て考えを変えたよ。この件はそんな底の浅いものじゃねぇ。もっと深い、放ってはおけない厄介事だとな」

「何故だい?」


 善が一度言葉を切ったのを理解し、それに対し合いの手を入れる。


「あんた自身分かってるはずだゴロレムさん。あんたとアビスがいながら、迷う事なく襲い掛かったからだ」

「ふむ」

「ゴロレム・ヒュースベルトの名は神教でだってよく聞く名だ。賢教の穏健派筆頭にして最強の一角ってな。賢教ならそれとは比べ物にならない名声があるはずだ。そんなあんたに賢教の教徒が手を出した。これは見過ごせない違和感だ」


 ゴロレム・ヒュースベルトに手を出そうと考える賢教の輩はいない。

 それは彼の人徳はもちろんの事、実力面においても強すぎるからだ。

 もし彼を打倒しようと本気で挑むのならば、少なくとも同格の四星程度の実力は欲しい。

 だが彼らにはそれが備わっておらず、ゴロレムについてはさして知らぬ様子で襲い掛かった。


「彼らは賢教のためと言ったがそれは嘘である、か…………」

「俺はそう睨んでる。まあけど、なら神教の奴らかと言えば、俺はそれも違うと思うんだよな。これについては、具体的な根拠はないんだが……境界の破壊っていう行動はあまり得がねぇ」


 不鮮明ではあるが自身の中で納得できる根拠を口にしながら立ち上がり、部屋の壁際に置いてあるコーヒーメーカーに冷凍庫から取りだした焙煎したが砕いていないコーヒー豆を入れ、ボタンを押す。

 それから冷蔵庫からゴロレムの好物であるレアチーズケーキを取り出し、二人分のコーヒーをソファーの間にある机に置くと、事務用の椅子に座るのではなく黒革のソファーに腰を下ろした。


「そこまでは私も思い浮かんだ。ならば犯人はどのような組織だ。『境界なき軍勢』か?」


 善に促されソファーに座りながら世間を騒がしている者達の名を口にし、確認を取るゴロレム。

 それに対しても善は渋い表情をしながら否定の意を示した。


「それも違うと思うんだよな。このやり口は奴らとは手口が違う。あいつらの手口ってのは大衆に誇示してなんぼだからな。こんなコソコソとした手段はとらねぇ」

「では」

「…………ああ。『境界なき軍勢』とは別の、厄介な存在が暗躍してる。俺達は目に見える脅威以外にも、もっと別の存在に気を回す必要があるのかもしれねぇ」


 淹れたコーヒーを飲みながらそう口にする善。

 その姿を見て、ゴロレムは笑った。


「なんだ?」

「いや、そこまで考察が進む材料が手に入ったのなら、多少なりとも減点を控えていいのではないか?」

「……まあそれはそうかもな。なら八十五点か」

「そこに、もう一つ要素を追加してもらいたい。アビスの今回の遠征の評価だ」

「あん?」


 ソファーから立ち上がり、外の風景を見るため窓際によるゴロレム。

 そこからの光景を見て、彼は幸福な笑みを浮かべる。

 賢教からやってきたアビスが、同年代の蒼野や康太、それに同性の友達として優と一緒に楽しそうに話している。

 内容までは聞こうとは思わなかったが、その表情は師弟という関係の自分では決してみれなかったものであり、そこに友達の輪が形成されているのだ。


「彼女はね、これまで友達という者がいなかった。性格が問題なんじゃない、彼女の父の立場が立場だから、同じ土俵で話をしてくれる者がおらず、崇拝の対象として扱われていたんだ」

「…………」


 背中で手を組み数日前までの説明をする彼の言葉にはどこか寂しさが含まれており、それを聞いた善は腕を組んだまま黙ってそれを聞き続ける。


「けど今日こうして同い年の友達を得て、誰にも見せたことのない程素晴らしい笑みを見せている。それだけで、あの凄まじい困難を超えただけの報酬たりえると私は思う」


 彼らと会わせて良かった。

 不安だった数日間を思い返し、今ある幸福を噛みしめるゴロレム。


「…………まあ加点方式で九十点だな。やることはやってたんだしな」


 背後からその姿を見て、善は折れた。

 人と人の出会いを加点の材料に出されては。それ以上こちらが口を出すのは無粋であると感じたからだ。


「また、彼女をここに連れてきてもいいかい?」

「ああ。優や他の奴らも、きっと喜ぶ」


 ゴロレム同様ソファーから立ちあがり、少年少女を眺める善。

 二人の視線が注がれる中外で遊ぶ彼らは、少し前まで死地にいたとは思えないほど幸福そうな姿を見せていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


この物語の根幹にかかわる脅威『黒い海』の公開や新キャラクターの顔見せが中心となった今回の者が足りもこれにておしまいです。

また、気になるキーワードが幾つか出てきたかもしれないですが、それについては今後の話でしっかりと描写していくので、楽しみにしていてください。


次回からは新たな冒険に突入しますが、もし余裕があれば、今日中にもう一話、エピローグを短くでもいいので投稿できればいいなと考えています。

その際はtwitterで報告すると思うので、もしよろしければご登録よろしくお願いします。https://twitter.com/0H68m6xuMpA4KyK

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