縛る鋼と眩い風 三頁目
荒々しい攻撃の影響で灯りが消えた部屋の中で、一人の男が部屋の主を追いつめる。
「うぐぅっっっっっ!!!」
拳を撃ちこまれた位置にある様々な内臓が体内を突き破るのではという勢いで捩れ、強烈な吐き気に続いて今朝食べた卵やキャベツが吐瀉物となって吐きだされる。
同時にシロバを縛り上げていた鎖がクロバの放った衝撃に押し負け千切れるが、シロバの体は然程吹き飛ぶことなく、その場にとどまっている。
「二弾!」
その状態のシロバを逃がさぬために放たれた手刀がシロバの肩を抉り、シロバの体が床に沈む。
「三弾! 四弾! 五弾六弾!」
そうすれば後はもはや殴るだけで事足りる。
心を折るように、抵抗力を奪うように、シロバの両腕を拳で砕き両足を蹴りで折る。
「っっっっぐ、うぅ!」
「…………七弾!!」
それでもなお、シロバの瞳には未だに光が宿っている。
それを見たクロバの拳が、再び彼の腹部に強い衝撃を与えその全身を痙攣させると、蛇口から流れるような勢いで血が流れていく。
「八弾・覇鋼・掌底!」
七度にわたるクロバの一撃を受け、シロバの意識は既に朦朧としている。
それでもなお足掻き続ける彼を引き話すように撃ちこまれた最後の一撃は、胴体のみならず全身に衝撃を与え、シロバの体を激闘の余波を受けなお崩れない強固な壁に叩きつける。
「鉄…………砂…………か」
「………………その通りだ」
シロバの衝突により再び背後の壁に亀裂が入る。
と同時にシロバの体を再度無数の鎖が縛りつけ微動だにできない状態に拘束。するとシロバの口からこの属性混濁の真の恐ろしさがこぼれ出る。
「しく、じった……な。君が僕に………………勝てる、いや全てが遅、い……なんて言ったのは、埋め尽くす鉄柱が……僕の身動きを取れなくする…………算段が付いたからじゃかったんだな」
「そうだ。あの時既に周囲の壁や地面、天井に鉄砂を撒いていて、後は俺の指示ひとつで大気中にばら撒けたからだ」
「目に見える物に意……識を……割きすぎた。よくよく考えれば……当たり前だな。どれだけ小さかろうが……それ、が属性混濁を纏っていないわけがなかった」
最後の一撃で胃と肝臓は潰れ、余波だけで肋骨の下半分が砕け散った。
そうなった状態で、シロバは自らの失敗を振り返る。
「もしお前が俺の煽りで普段の慎重さを失っていなかったのならば、すぐに気づいたことだ。そして恐らく、周囲の鉄柱全てを壊すためとはいえ、風の守りを解くことはしなかっただろうよ」
この戦いの分岐点を冷静に突きつけるクロバにシロバは力の入っていない笑いをこぼす。
自らの体を縛り上げた攻撃の正体。それが普段ならば風で吹き飛ばしている小さな鉄の塊だと知って、自らの不注意さを嘲笑う。
「全く、踏んだり蹴ったりだ。似合わないことはするもんじゃない」
「…………シロバ」
「ま、どれだけの負債を背負おうと……最後に勝つからこそ……天才なんだけどね!」
「!」
そう口にするシロバの全身に無数の風の刃が迸り、彼の体を拘束していた無数の鎖タチ、同時に『風陣結界・流』を展開。周りに舞っていた鉄砂を吹き飛ばし、自由を手に入れる。
「貴様正気か。その薬の二度目の使用など、後でどうなるかわからんぞ!」
表情を曇らせるクロバであるが、その理由は彼を拘束していた無数の鎖が斬り裂かれたからではなく、彼の体を目にしてだ。
再び動きだしたシロバの体が真っ赤になり、目に見えるほどの蒸気が上がっている。
二度目の超回復薬と体力増強薬の使用による影響だ。
これによりシロバは再び動けるだけの余力を得たが、同時に致命傷を負った際の強烈な疲労感を二回分も背負うことになった。
動けなくなるだけのダメージを一日後、ほぼ同時に二回分、その代償は大きい。良くて指一本動けないほどの強烈な疲労感、運が悪ければ長い昏睡状態や死すらありえるであろう程の負債だ。
「悪いが後の面倒事を気にしている余裕はない。重要なのは……今だ!」
「大馬鹿野郎が。覚悟を決めるのはいいがどうやって勝つつもりだ?」
クロバの撃ちだした鉄柱を壁にめり込ませる程の風圧は彼が胸に秘める覚悟の程は伝わってくるが、至極単純にして巨大な壁が立ちふさがる。
シロバは今、クロバに勝つと口にした。
しかしそれを成すための力が足りないのだ。
彼はクロバの体には致命傷を与えられず、逃げ回ることで時間を稼ぐことが精一杯。
長々と勝負を続けた場合に限り勝算は存在したが、クロバが属性混濁を使い始めた今その道は塞がり長期戦も見込めなくなった。
外に出て戦えば鉄柱が突き刺さる場所がないため時間を稼げるが、同時にクロバ自身がこの場を離れ戦場に移る可能性も捨てきれない。
要は今のシロバならばどれだけ足掻こうがクロバを止められないのだ。
「むん!」
それまで同様に黒い靄を纏った巨大な鉄柱を生みだし撃ちだすクロバ。
そうしながらも彼自身は勢いよく前進しシロバへの距離を狭めていく。
「――――ふっ!」
狭まる退路。迫る宿敵。
避ける事のない衝突を前に選んだ道は、『風玉』を足に付けた状態でクロバを蹴り飛ばすという結果の先延ばしであった。
「今更なんのつもりだ?」
『風玉』を足に憑りつけたシロバの蹴りがクロバに衝突した瞬間、クロバの体が後方へと吹き飛んでいく。
が、それだけの事である。
『風玉』を使ったそれは相手を吹き飛ばすことや不意の移動には向いているが、クロバほど強固な肉体を持つ存在にはダメージを与えられない。
なので然程影響を受けていない様子で彼を睨み、事の成り行きをじっくりと見守る。
「単細胞……いやここまで来れば脳筋だな。もっと早く気付け馬鹿が」
そう言ってシロバが取りだしたのは先程クロバが首に刺したものと全く同じ容器に同じ無色透明な液体。
それを見て、クロバは目を見開いた。
「馬鹿な。なぜお前がそれを持っている!」
声を荒げ問いを投げかけるクロバ。そんな様子の彼に対し、シロバはため息を吐きだす。
「頭を働かせろ脳筋馬鹿。この薬の事を本当に知らないのなら、あそこまで慌てて動く必要がなかっただろ。そこで気づかなかった、お前のミスだ」
吹き飛ばされた先で姿勢を整えていたクロバが、足に力を籠め走りだす。
それと同時に地面から無数の鉄柱が現れシロバを縛りつけようとするが、一早く危険を察知したシロバは天井を破壊し、朝日差し込む空へと移動。
追いかけてくる鉄の戦士を見下ろした。
「以前からどこか似ている僕たちだったが、まさか……土壇場の秘密兵器まで同じものとは。まったく…………滑稽過ぎて笑えてくるよ!」
両者が両者を忌み嫌うのは、自分の持っていないものを持っているからだ。
羨望する程の何かを掴んでいるからだ。
だが同時に、似ている点があるからでもある。
もし二人のうちどちらかが当主ではなかったら、いや貴族衆ではなかったらここまで忌み嫌わなかっただろう。
もし二人のうちどちらかが相手よりも大人であったのならば、きっとここまで衝突しなかったであろう。
事実長い歴史の中では、対立こそしそれど表には出さず大人の対応をする当主や、距離を取りできるだけ会わないように工夫をする当主もいた。
様々な面で正反対。持っていない何かを所持している両者だが、それと同じくらい両者は似通った面もある。
だから彼らは衝突するのだ。いがみ合うのだ。
互いが互いの事をよく理解しており、こいつが相手ならば自分も全力でぶつかり合えると理解しているから、彼らは正面からぶつかっていくのだ。
シロバ・F・ファイザバードはクロバ・H・ガンクを嫌っているが認めている。
クロバ・H・ガンクはシロバ・F・ファイザバードを嫌っているが認めている。
だからこそ二人は衝突を繰り返し、互いは互いを研磨し合っているのだ。
「注射器から手を離せ!」
悲鳴にも似た声をあげ、先程とは真逆に注射器を奪い取ろうとするクロバ。
「もう遅い! ま、君同様できれば使いたくなかったものだがね!」
その結果も先程と変わらない。
クロバが手を伸ばしシロバが注射器を首に差し込もうとするのを止めようとするが、先程シロバ同様それを阻止できず、注射器を満たしていた液体が彼の全身に染みわたる。
「ああそうだ。君の疑問に答えておくよクロバ。なぜ僕がこれを持っているか、だったね。答えは簡単だ。僕がこの薬のモルモット……いや自分で言ってていやな言い方だな。そう被検体だったからだ」
「!」
シロバの体から溢れる風が、クロバの行く手を遮り後退させる。
その速度は凄まじく、思わぬ威力に顔をしかめた彼は浮かんでいた体を大地に下ろし、空を支配する宿敵を凝視した。
「まあ考えてみれば当たり前の事だけど、人間に対ししっかりとした製品版を売りつける場合、その安全性を保障する必要がある。その栄えある実験台として選ばれたのが、僕だったというわけさ」
そう語るシロバの体に別の属性が混じっていく。
「ちぃ!」
それを見た瞬間クロバが舌打ちを行い、周囲に散った瓦礫の破片や食器の破片を踏み潰しながら再び前へと飛び出るが、目に見えない風の壁がシロバをほんの少しだが弾き返す。
「そこだ!」
思わぬ障害にやられたクロバが数歩後ずさったクロバがすぐに前へ出ようと前項姿勢を取るが、のけ反った体を前に進めるために姿勢を前項姿勢に戻そうと一瞬動きが止まったその瞬間、
「ロイヤルスラッシュ!」
属性混濁の力を得たシロバの刃が、クロバの体に襲い掛かった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
シロバVSクロバは早くも佳境。
宿敵を前に、シロバもまた同様の切り札を発動です。
その能力に関しては、なんとなくですがタイトルでわかるかもです。
この戦いは恐らく次回で終了となる予定で、その後は主戦場へと移ります。
こうご期待!
それにしても、今回の戦いはシロバが痛そうな場面が多い。
それではまた明日、ぜひご覧ください




