裏切りの真相
「…………やはりオレを呼んだのはそれが理由か」
「昨夜部下から連絡があった。君が治めている土地の一つに『境界なき軍勢』に参加している人員の姿を目撃したと。それで僕の部下に色々な手段で追跡させてみたところで、こんなものを見つけた」
厳かな声色で呟くクロバを相手に淡々とした事務的な物言いと共にシロバ。
彼がポケットから差し出したものは幾らかの写真だ。
その写真には人種や勢力が違うものが集まり、武器の調整をしている姿が鮮明に写っていた。
「一人当てはまる人物を見つけたわけだからね。他の面々もそうじゃないかと調べてみた」
「結果は?」
「…………ものの見事に、全員が当てはまったよ。加えて写真に写っている彼らが持っているのは君のところのシンボルが入った武器だ。これなら十分な証拠になるだろう?」
そこまで説明をしても腕を組んだまま呼吸一つ乱さないクロバの姿にシロバは眉を潜めるが、その感情を表に出すことなく話を進めていく。
「…………オレを捕える理由にしては弱すぎるな。なにせ、そこに直接オレが関わった証拠がない」
それに対するクロバの反応は淡白だ。
最低限とまでは言わないものの僅かな言葉で返答を行い、それを聞いたシロバが頭の後ろで手を組み息を吐く。
「だろうね。だがこの写真は、君が治めている土地の中で裏切り行為が発生しているという証拠としては十分だ。それなら任意同行と言う形ではあるが組織の頭を拘束するだけの証拠にはなる」
対するシロバの言葉も至極当然のもの。
裏切り者と断ずる相手に対し行う処置も当たり前のものである。
「正直残念だよクロバ。僕は君の事が嫌いだ。大嫌いだ。死ぬほど嫌いだ。だけど、こういう事をする人物だとは思ってなかった。だから第一候補は君ではなくレオンさんだったんだ」
その後心底悲しいというような声色でそう口にするシロバ。
そんな彼の様子を、クロバは冷めきった目で眺め、
「下らん芝居をするなシロバ。お前の揃えている証拠の中に俺を犯人とする証拠などあるまい。あるのは俺を拘束する程度のものばかりのはずだ」
彼がこれから口にするであろう、様々な言葉の本質を射貫く。
「……否定はしないよ。その通りだから。でもそれで十分なんだクロバ。なんせ今回重要なのは君を戦場に出向かわせないことだ。その目的が達成できるのなら、問題はない」
「そして自身は戦場に移動しミレニアムの援護、か。なるほどな。戦力であるオレを無血で捕えつつ、裏切り者である自分はしっかり戦場に馳せ参じる。いい手だな」
「…………なにを言っているクロバ」
その後ため息混じりに語られる美青年の言葉に対し鉄のような冷たさの言葉を投げかけると、それを聞き周囲の空気が固まる。
と同時に話の主導権がこの館の主から来訪者へと移って行った。
「わかりやすく伝えたつもりだがな。この戦いにおいて暗躍していた存在。それはお前だシロバ」
そう伝えたクロバが備え付けのソファーに腰かけると、腰に着けた革袋から水色の簡素な水筒を取り出し、キャップを開け中身を口にする。
「おいお前、何を言っている。それと僕の部屋でそんなオシャレの欠片も感じられないものを取りだすな」
履いている白のチノパンのポケットを小突きながら、苛立った声をあげるシロバ。
クロバはそんな彼の言葉を無視しながら中に入れておいた温かいほうじ茶を飲み終えると、シロバを射貫くような視線で見つめた。
「まあオレとて気づいたのは昨日のことだ。そう自慢できることではない。なぁシロバ、そもそもなぜ俺達は今の形の裏切り者探しを始めたと思う」
「…………情報漏洩。奴らのような大組織を匿うための場所を誰かが提供していると考えたから。他にも幾つか気になる点があり、それを行っている者が暗躍していると予想されたからだ」
「話をすり替えようとするな。今の形と言うのは、犯人を絞るきっかけについてだ」
その程度の事、お前ならば分かっているだろう?
暗にそう言うような声色と様子で口にする目の前の存在に対して、青年は机に肘を置き頬杖をかき、観念した様子で正答を口にする。
「……………………パペットマスターの発言だな」
「そうだ。彼がこの戦いに参戦したきっかけが、あのおぞましい事件にあると口にしたため、俺たちはその関係者を虱潰しに当たるようになったのだ。今にして思えばその選択は間違いだったな」
「間違いだと?」
クロバの発言にシロバは眉をひそめる。
どこが間違いなのだと煽る。
「そうだ。そもそもの問題として、我々は彼の発言に引っかかりを覚えるべきだったのだ。
この戦いに参戦するきっかけなど、話した所で彼らに何のメリットもないだろう。
いやむしろ、デメリットの方が目立つ行いだ。正体を掴めないミレニアムや裏切り者の正体に届く手掛かりになってもおかしくないのだからな」
「…………実際に手掛かりになったじゃないか。君という犯人に辿り着く手掛かりに」
机の端に置いておいた紅茶を啜り、置いてあった好物であるマドレーヌを頬張る。
見るも鮮やかな動作でそれを行うシロバであるが、彼が纏う空気には隠せない量の敵意が纏われており、それがクロバの体に絡みついていた。
「お前とてわかっているのだろう。そんな情報をパペットマスターが自ら口にする必要がないと。あの情報はな、俺達を真実から遠ざけるため、自分たちに有利な状況に導くために口にしたのだ!」
絡みつく敵意をクロバの怒声が吹き飛ばす。
その勢いだけで部屋が揺れ、装飾華美な調度品が音を立てる。
「オレ達は違和感を抱くべきだったのだ。それまで決して姿を現さなかったパペットマスターが姿を現したことに。彼を撃破した事に喜びその身元がわかったことに舞い上がりすぎたのだ。
奴がそれらを提示した事で逆に隠れたものに…………もっと目を向けるべきだったのだ!」
立ち上がったクロバが敵意を纏うシロバを睨み、目前のライバルを追いつめるため、言葉の弾丸を打ち続ける。
するとそれを聞き続けていたシロバが目を細める。
「パペットマスターがあの情報を吐きださなければ、俺たちは全く別の道を選んでいた。
膨大で時間は掛かるが、世界中の空間拡張装置を持っている人物たちを一人ずつしらみつぶしに探していく作業に移っていたはずだ。
その結果どれほど時間が掛かるかはわからないが、その手はお前にまで届くはずだった。
それを奴らはどうしても避けたかった。だから策を練った」
空間を拡張し秘密基地として利用している場所に『境界なき軍勢』の大軍を収容。
言葉にすればそれだけのことではあるのだが、それを行うのは並大抵のことではない。
大量の空間拡張装置を揃えるだけの財力。
それに人が普段は寄りつかない土地。
加えて『境界なき軍勢』が神出鬼没な移動をできるだけの転送装置。
それらを備えている存在は数限られている。
とすればその条件を達成できる存在に対し虱潰しに確認を行えば、時間こそかかるものの、いつかは真相に辿り着くのだとクロバは語る。
「オレ達は膨大だった候補を、確かな動機のある少数に搾ったと思いこんでいた。だがパペットマスターの撃破という衝撃で冷静さを失い、その実真相から大きく離れていったわけだ」
「妄想だ。全てがこじつけだ。そうであるという証拠などなに一つない」
「証拠はない。だが現状がありありと語っている。偽りの情報を与え我々全員の視線をそちらに向け、その結果アイビス・フォーカスの敗北まで導いた」
虱潰しというのはとにかく面倒だ。
何せなんの手掛かりもないまま、真相を掴むために仕方がなく行っているのだから。
しかしその手段で行く場合、クロバや善などを前線から隔離するという手段は取る事はなく、デスピア・レオダの件も隔離していた面々の中からという限られた人員からではなかった。
加えて昨日の戦いにおいても、クロバや倭都の精鋭、それに善は参加していたはずなのだ。
とすれば、未来は大きく変わっていたはずだ。
「恐るべきはパペットマスターだな。恐らく奴の脳内には、ここまでの状況がシナリオとして描かれていたはずだ」
クロバには事の真相はわからない。
しかし自らの死という世界中をざわめかせる大ニュースから始まり、デスピア・レオダによる世界全土に対するウイルスの流布。そして昨日のラスタリア内部での戦い。
それらの出来事がほんの短い間に起こり、多くの戦力を削られたこの結果は、ただの偶然では片付けられない事態だと彼は考えていた。
「…………秘密基地に関してはどう考える。僕が所有しているという、確証はあるのか?」
「愚問だな。クライメート家、ファイザバード家、ラスティエル家、この三ヶ所からなる孤島の地下全域には、非常時に住民全員を匿える程の地下シェルターがある。五千万人の大軍団であろうと、これを使えば簡単に収容できるし、別の場所への転送も容易い」
「…………正直驚いたよ」
淀みなく語るクロバの姿を見たシロバがズボンのポケットを規則的な速度で叩きながら、苛立った様子の声を発する。
「君にはリーダーの資質、人をまとめあげる才能はあった。だが謎解きの類は元来の頭の固さからめっちゃくちゃ! 苦手だったはずだ。そんな君が、なぜそこまでしっかりとした推測を立てることができた?」
もはやそれは自らの罪の告白に等しいものであった。
そこまでしてもシロバは目の前にいる宿敵が、この謎の答えに辿り着くきっかけが何であったのかを知りたがった。
「相変わらず人の事を小馬鹿にする奴だな。しかしまあ、お前の言う通り、俺は謎解きの類は苦手だ。だがヒントがあれば話は別だ」
「ヒントだって?」
クロバが話を始めるのと同時にシロバが立ち上がり、クロバの纏う空気が変わる。
「ああそうだ。昨日のアイビス殿敗北の報を受け考えたんだ。なぜ、あの人が負けたのかをな」
「………………」
迷う事なく応えるクロバであるのだが、それを聞きシロバはピタリと動きを止めた。
「神教を自らの手で守ると決めた時のアイビス殿の意思の強さは世界一だ。どのような相手であろうと、どれほどの数であろうと、臆することなく戦いを挑み、そして全てを殺す。無敵の殺戮兵器だ。
そんな彼女が、なぜ不意を突かれるような隙を晒し敗北したのか、よく考えてみた」
クロバの落ち着いた声を聞きシロバが喉を震わせる。
恐怖の感情が原因ではない。ただ純粋な怒りからそれは生じた。
「パペットマスターが死んでから今日に至るまでのあらゆる行為が狙いすましたものと言うのならば、デスピアを撃破した夜に起こったあれもその筈だ。そこから導き出される答えはただ一つ」
「それ以上口にするな!!」
部屋の主の声が周囲に反響し、絶叫と共に溢れた大量の風属性粒子が部屋にある様々な調度品や服に襲い掛かり、台風が通った後のような部屋を作りだす。
そんな中でも微動だにしないクロバは肩で息をする宿敵を見つめ、自らの足元に鉄砂を作りだす。
「……それで。裏切り者の正体を知り、アイビスさん敗北の真相も知り――――君はどうする」
呼吸を整えたシロバが、クロバに表情を悟られないようにうつむいたまま真意を問う。
「無論全てを止める。オレが貴様の招集に応じたのもそのためだ」
「…………」
「お前を止め牢屋にぶち込み、その後『境界なき軍勢』が進軍するラスタリアに向かう。そして到着次第ミレニアムと戦う。万全の状態の奴ならば決して敵わぬが、アイビス殿が大きなダメージを与えた今ならば、この俺でも勝機はある!」
「――――――――――――」
「なに?」
力強い言葉を吐くクロバに対し、小さな声でぼそりと呟くシロバ。
自らの周囲に砂のように小さな鉄を舞わせていた男が追及すると、俯いていた彼は顔を上げ、
「この…………大馬鹿者が!」
「何を言われようと、裏切り者の言葉に耳を貸すつもりはない」
腹の底から溜まった怒りを感情の赴くままに吐きだすシロバと、それを受けてなお平静を崩すことなく戦闘態勢を取るクロバ。
「だろうな! そう言うだろうと思ったよワーカーホリック! いいだろう! 当たり前だけど僕も負けるわけにはいかない。だから……」
先程の荒れ狂うような風ではない。
統率された風が主を包み、急速に広がって行く空間に合わせその勢いを増していく。
「これから行われる舞台において、邪魔をするくらいなら――――ここで眠れクロバ・H・ガンク!」
言葉と共に圧縮された風の刃が襲い掛かる。
対するクロバは身の丈を超える巨大な鉄球を作りだしては拳で撃ちだし、風と鋼が両者の中央で衝突。
貴族衆においては最強クラスの二人による戦いが始まった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ついに明かされた裏切り者の正体。
裏で行われていた『境界なき軍勢』の画策。
まあパペットマスターの立場からすれば、あの発言に意味がないはずがなく、何か裏がありますよねという話です。
シェルターに関しては、二章最初のオーバー戦で語られているので、見返してもらえればと思います。
個人的にはある程度考えて作っていた真相なので、満足のいくものなら幸いです。
それではまた明日、ぜひご覧ください




