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Last Stage ----introduction


『アイビス敗北の報をもみ消す必要はありません。そもそもその記事を各マスコミに撒いたのは私です』


アイビス・フォーカスの敗北という、千年間なかった事態が起きてしまった激動の一日目が、『境界なき軍勢』の撤退により終わりを告げる。


 すぐに報道規制を敷くために動こうとするノア・ロマネであったが、そんな彼の動きを確認した神の座イグドラシルが、彼のいる部屋に対し回線を繋ぎ声を飛ばし、それを聞いたノア・ロマネが目を丸くした。


「なぜそのようなことをされたのですか我が主よ。そのような事は、百の害こそあれど何の得も産まないではないですか?」


 部屋の鍵を閉め、片膝をつき項垂れながら言葉を返すノア。

 その様子はモニターの先にいる彼女の目にしっかりと映っており、緑色の髪の端をモニターに垂らしたその人物は、穏やかな声で言葉を発した。


「ノア。貴方に確認したいのですが、常々騒がれていた裏切り者は、本当にいると思いますか?」

「…………私としては心底残念なのですが、裏切り者は間違いなくいます」

「そうですね。残念ではありますが、私もいると思っています」


 投げかけられた質問に対し、彼は嘘偽りのない本音を返し、神の座もそれに同意した。


「そう、残念な事ですが裏切り者は確実にいます。であれば、やはりこちらから情報を流していくべきでしょう」

「………………そういう事でしたか。浅慮をしてしまい申し訳ありません」


 最初は神の座が自ら情報を流したことの意味が分からなかったノアであったが、裏切り者の存在を念押しされたことで、神の座イグドラシルの考えを理解することができた。


 裏切り者はいるという前提で動くのであれば、確実にアイビス・フォーカスが敗北した事実は露呈する。

 ともすれば発信される情報は相手側にとって極めて都合のいい物であり、それは事実をそのまま伝えるよりも多くの衝撃を生みだす事になるはずだ。

 その可能性を打ち消すため、神教の代表である神の座イグドラシルは先んじて此度の戦いに於ける情報を全世界に流したのだ。


「…………明日、彼らは総攻撃を仕掛けてくるでしょうか?」

「愚問ですね。アイビスが意識を失った状態で、なおかつ戦力の約半数を削っている。ミレニアムはこのチャンスを逃すような愚物ではあるません」


 わかりきっていた事ではあったのだが、自らの主の断言する言葉を聞きノアは深いため息をつく。


 ラスタリアから離れた位置で発見されたアイビスは虫の息とはいえ確かに生きており、それを発見した原住民の助けもあり彼らは彼女をラスタリアへとすぐに移動。

 治療班に加え回復術に関するエキスパートを世界中から集結させ彼女の治療にあたっていたのだが、目を覚ます様子はなかった。


「それよりもです。貴方は体を休めなさいノア。今日の戦いぶりを見るに、体にかなりガタが来ているのでしょう。今日発揮できなかった実力を十全に出しきるために、傷の手当てをしてすぐに休息を取りなさい」

「いえ、しかし…………」


 傷を負うのが避けられないのならばせめて浅く――――

 そんな主の考えを読み解き感服していたところでそのような言葉を聞き、彼は僅かに声を裏返しながら不明瞭な返事を返していた。


「いえ……いえ私は眠れません。ここで私が眠ってしまえば、明日の全面戦争の布陣を考える者がいなくなってしまう。それだけは、避けねばなりません」


 その失態をすぐに変えそうと意識を集中させ、自らが口に出すべき言葉を瞬時に選び返事を返す。

 それに対する神の座の答えは少々深いため息から始まった。


「明日の布陣作成と援軍の手配は私がします。いえというより、私がするべきできないでしょう。賢教に対するそれが礼儀というものです」

「賢教…………」


 それがどれだけ避けたかった事なのか、彼は十分理解している。

 敵対組織である賢教に大きな借りを作るなど、多くの損はあれど、得となることはほとんどないからだ。

 それを自らの主にさせてしまう不甲斐なさから彼は俯く。


「…………かしこまりました。では、束の間ですが休息をいただきます」


 しかし彼女の伝える内容は最もなもので、自分がこれ以上できる事がない事を悟り礼を述べるノア。

 対する神の座はそれを了承するとすぐに念話を切り、周囲には静謐な空気が戻ってきた。


 神教にいる誰もが、目を閉じ眠った末に訪れる明日に震える夜。

 そんな一日の最後を参謀長であるノア・ロマネはこうして終え、最後の一日へと移っていった。




「傷の具合はどうだ?」

「流石はアイビス・フォーカス。我が革命における最大級の障害の一つ、と言ったところだ。後数分戦いが続けば、負けていたのは我であった」

「まあ、そういう意味では生きてただけ儲けもんってとこだが、周りの評価はどうもそうじゃねぇらしい。どうすんだよ旦那」


 幹部以上が入ることを禁止している会議室の奥で、ミレニアムがソードマンとエクスディン=コルの二人と話をしている。

 彼らが語っている内容は頂上決戦の内容に関してであり、、その成果が思ったよりも世界に影響を与えなかった事に対する不満である。


「配信された映像に関してはある程度心に留めておく必要があるが、あまり気にしても仕方があるまい。我自身の怪我の具合については……まあごまかすしかあるまい」

「ごまかす?」


 情報が世界中に流布された直後、世界中が揺れたのではないかというだけの衝撃があった。

 しかし神の座が流した戦闘の映像はアイビス・フォーカスが敗北した瞬間を除いた映像、つまりミレニアムを圧倒されていた部分が大半で、誰も最後の瞬間を撮っていなかったこともあり、アイビス・フォーカスの敗北と同時に、ミレニアムの限界も示していた。


「あぁ、こうするのだ」


 ソードマンとエクスディンの前で、ミレニアムの体が土色の光に包まれる。すると彼の全身を覆っている黄金の鎧にできていた傷が秒単位で消えていき、常日頃と同じ姿を取り戻した。


「おお、すげぇじゃねぇか旦那! これで完全復活ってことか?」

「いやそうではない。これは鎧にできたヒビや隙間に、鎧と同じように輝く砂金を詰め込んだだけだ。見た目だけならば普段と変わらぬが、我が身についた傷自体は、一つとして直ってはいない」


 目の前で見せつけられた光景に対しエクスディン=コルが賞賛の言葉を投げかけるが、そんな彼の前でミレニアムが黄金の鎧を強く叩く。

 するとたったそれだけの事でミレニアムの周辺に細かな黄金色の粉が落下していき、それを確認したエクスディン=コルは一瞬驚いた表情を見せたかと思えば苦笑した。


「いや証明をしてくれるのはありがてぇんだけどよ、なんて反応したらいいか悩むぞそりゃ」

「そう心配する必要もない、と言いたいのだ。そもそもの話としてだ。確かに我は満身創痍だが、誰がとどめを刺すというのだ。アイビス・フォーカスを除き瞬時にあれほどの破壊を行える者など、他にはおるまい」


 ミレニアムの発言を聞きエクスディン=コルは大笑いをし、ソードマンはしきりに頷く。


 そう、いないのだ。


 ここまで神器を追いつめる事ができたのはアイビス・フォーカスだったからであり、彼女がとどめをさせなかった以上、火力を期待することができる存在こそいるものの、それをしっかりと当てられるだけの機能を持つ存在はいないとミレニアムは断言できた。

 ゆえに、彼は周囲の喧騒など気にすることなく、一歩先へと進むことを選ぶのだ。


「明日の作戦はどうすんだよ旦那? 予定通りか?」

「アイビス・フォーカスを撃破したのならば打ち合わせ通りの内容でよかろう。となれば貴様ら二人の働きが重要になる。馬車馬のように働くことになる故、覚悟しておくといい」


 この黄金の王が表情を変える事ができるのならば、恐らく相当意地の悪い笑みを浮かべているのだろう。

 そうとしか思えない声色でミレニアムは笑い、満身創痍、いや疲れなど毛ほども感じていない様子で出口へと向かっていく。


「どこへ行くんだい旦那?」

「寝る。貴様らも体調が優れぬのならば、早めに休息を取れ」

「そーかいそーかい。分かったよ。ならまあ、明日の朝また会おうぜ旦那」


 すると無精髭を生やした親父面がそれを見届けヒラヒラと手を振り、それを視界に収めたミレニアムが部屋から出ていく。


「…………普段は一睡もしない旦那がおねんねとは、珍しいこともあるもんだねぇ」

「ミレニアムの纏う鎧の神器『ピスカンタ』は睡眠によりその体の傷を修復する。あれほどの傷ならば数時間の睡眠では然程効果はないだろうが、まあそれでも多少なりとも効果があるのだ。明日に備えて目をつぶるのはそうおかしなことではない」

「…………へぇ、そうかい」

「ん? どうした?」


 そのように語るソードマンを前に、エクスディン=コルが胡散臭げな笑みを浮かべ口を開くのだが、


「いやー旦那の神器についてよく知ってるなと思ってなぁ。言っちゃ何だがおっさんは何も知らねーからよ。ちょいと気になったのよ」


 投げかけられた問いに対し、ソードマンが少々驚いた表情を見せた。


「意外だな、お前はそういうところはよく見てると思ったんだが」

「どういうこった?」

「いやだってそうじゃないか。今は手を組んで神教打倒に向けて動いている我々だが、その先にあるのは各々が目指す理想の世界だ。最終的には敵になる者同士、相手の手のうちは調べておくべきだろう。

 敵の弱点を見抜きいやらしく攻めるお前なら、そのことについてはとっくの昔に調べてると思っていたぞ」


 今でこそ『境界なき軍勢』は徒党を組み神教に挑んでいるが、その果てにあるのは各々が望む世界の実現だ。


 ウルフェンならば獣人達が我が物顔で闊歩できる新世界。


 ギャン・ガイアならば自らが信じる神を祀りたてる新世界。


 他の大多数にしても、ミレニアムの目指すべき世界に賛同する者から、自分が望む世界を作ろうとしている者、ただ神教が嫌いな者まで、様々な思想の者達が集まったのが『境界なき軍勢』だ。

 

 無論何らかの志を持って入ったが、ミレニアムや幹部連中の実力を目にして膝を折った者や、そのカリスマに惹かれ心酔した者、そもそもミレニアムの思想に賛同した者も数多く存在するというのもまた事実ではある。


「ああ、そういやこの戦争はそんな理由で始まったもんだったな。すっかり忘れてたぜ」

「なに?」


 そんな様々な思想が渦巻くこの組織においても、エクスディン=コルは癌細胞の如き存在だった。


「いやおじさんはさ、正直戦って勝って、結果的に充実感さえ手に入るんなら、後は何でもいいっていう人間なのよね。だから正直思想だの何だのってのはまあ……あんま興味ないんだよ」


 ただ戦えればそれでいい。

 善悪の区別もなく、戦場に身を置き汗を流し、滴る血を見て興奮し、敵を殺す。

 目的を達成するための手段が目的となった戦闘狂、それがエクスディン=コルという存在だ。


 それを理解したソードマンが目を細め腕を組み、一度だけ深く息を吐くとかぶりを振った。


「用件はそれで終わりか。なら、オレもそろそろ眠らせてもらうぞ。万全の状態で明日を迎えなければな」


 その後エクスディン=コルから視線を外し部屋を出るソードマン。


「逃がさねぇぜ。あんただけは…………」


 そんな彼を見る戦争屋の目は、怪しげな光を携えていた。




 銀色に輝く装飾が彫られた、一目で高級品とわかる調度品。

 書類が綺麗に整頓されたアンティークの机に合わせて買った椅子に腰かけるその男は、目の前に立ち殺意を放つ男に対し口を開いた。


「シャロウズ、君に対して応援要請が届いた。神の座イグドラシルからのものだ」

「…………まさかお前が、この俺に素直にそれを伝えるとは。驚いたぞクライシス」


 賢教総本山エルレイン、その最上階。

 賢教におけるナンバー2、クライシス・デルエスクに割り当てられた書斎では、ナンバー3である聖騎士シャロウズ・フォンデュが訪れており、部屋の主と対峙していた。


「意外だったかね?」


 直立不動で立ちながらも部屋の四方が崩れる勢いの敵意を放つシャロウズ。

 対する彼は机の上に腕を乗せ持ちあげ。組んだ手の上に顎を乗せ、さしてその態度が気にならない様子で話を続けた。


「当然だ。お前は過激派のボスで、かつ賢教の権力を一手に引き集めている存在だ。不都合な応援要請ならば、握りつぶせるだけの権力を持っている」

「買いかぶりすぎだよ聖騎士殿」


 睨みを利かせ言葉を放つシャロウズ。

 そんな彼の様子をクライシス・デルエスクは鼻で笑い肩を揺らす。


「私が過激派をまとめているのは彼らに勝手をさせないためだ。それに賢教の権力を握っているというのも違う。最高決定権は依然、教皇様の手の中だ」

「どの口がほざく!」


 シャロウズの怒声に合わし空気が更なる重みを訴え、部屋の天井に飾られたシャンデリアが揺れ壁にヒビが入る。

 

「落ち着け。君が私に対してあまりよくない感情を抱いているのは理解しているが、ここで爆発させたところで何の利益もあるまい?」

「…………っ」


 組んでいた手を解き方を竦め、正論を解くクライシス・デルエスク。

 その発言を聞いたシャロウズは怒りを鎮め頭を掻き毟ると、鬱陶しげな目で彼を見つめた。


「それで返事は? 敵対組織である神教からの通達だ。お前にも拒否権はあるぞ?」

「無論受ける。信じる主は違い刃を交える運命にあろうとも、罪のない者も大勢いる事は分かったのだ。ならば俺は救済の手を差し伸べるさ」


 その姿が話を先へ進めるよう促している事の表れであると理解するとデルエスクが確認。

 シャロウズが胸中に抱いた答えをそのまま伝えると、それ以上話すことは何もないと思った彼は足早に部屋を出て、クライシス・デルエスクはそれを黙って眺めていた。


「ふむ、そう易々とはいかない、か」


 彼の書斎にいるのはただ一人、この部屋の主のみ。

 彼は懐から本を取り出し眺めると、口惜しげにそう呟いた。




「ルーテリア殿、イグドラシル様から応援要請が来ています」

「アタシに? 珍しいね」

「はい。どうやら、明日の戦いでオペレーターを務めてもらいたいとの事です」

「…………正直面倒なんだけどね。ま、世界の命運を賭けた一大決戦だ。ここはアタシも一肌脱ぎますか」

「では、了承で?」

「ああ、そう伝えておいてくれ」


 その夜、誰もが明日に向けての準備をしていた。


「…………」


 黄金の王は明日に向け鋭気を養い、


「イグドラシル様。ルーテリア様から了承の連絡がございました。賢教からは聖騎士様もやってきてくださるそうです!」

「ありがとうございます。なら貴方も眠りなさい」

「は! イグドラシル様は?」

「私はもう少し起きています。やるべき案件が残っているので。もしよければその間誰も中に入らないよう周囲に伝えておいてください」

「かしこまりました」


 神の座は策略を練る。


「私だ。連絡がつくのならばガラムに連絡を…………そうだ。彼には事の顛末を見届けて欲しい」


 クライシス・デルエスクは策謀の糸を垂らし、


「……………………そうか。ああ、分かった。君もよく警戒しておけ。今はまだ、我々の正体は露呈してはいけない」


 その裏では、目に見えない多くの戦力が暗躍する。


「………………」


 世界中の誰もが、この世界の命運を賭けた戦い。


「ああ。出血大サービスだ。ここが売りどころだぞ」


 歴史の分岐点となるこの戦いに意識を向けていた。

 そうして夜は更け、人々の営みを示す灯りが消えていき――――――しばらくの時を経て朝日が昇る。


「ボス」

「ん?」

「書類の準備ができました。いつでも行けます」

「そうか…………うん、みんなありがとう。感謝するよ」

「よしてくださいよらしくない!」


 そうして、戦いが終わる最後の一日が幕を開け、


「じゃ、始めようか。星を巡る一陣の風の如く、だ。僕は僕の、課せられた責務を果たすとしよう」


 始まりを告げる男が席を立つ。

 クローゼットを開きいつなんどきとも同じ桃色の服を取り出し身に纏い、下には真っ白なスーツを着こみボタンを止める。

 歯磨きを行い顔を洗い、少し時間をかけ髪の毛をセットすると息を吐き部屋を出る。


 こうしてファイザバード家当主、シロバ・F・ファイザバードは、部下が差し出した書類を確認し部屋を出る。


 最後の戦いが幕を開けた。






ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


少々長い話になってしまいましたが、最終決戦前の最後の夜。

ゲームとかで見る決戦前夜イベントです。


動き出す四大勢力に裏で糸引く謎の存在達。

そして最後の朝に動き出すファイザバード家当主。


これから話はどう転ぶのか!


次回もまた、ぜひご覧ください!

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