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信念と矜持の果てに


 黄金の王ミレニアムは知っている。


 アイビス・フォーカスという人間がどのような性格をしているのか


 持っている技はどのようなものか


 そしてどのような思考で此度の戦いに挑んでいるのか、よく理解している。


「…………」


 それこそ、この世界で最もよく知っていると言いきれるだけの自負がある。


「HAHAHAHAHA」

「なによ。死にかけの癖に余裕じゃない」


 そんな彼は自身の目の前で二の腕程の長さの鉄の杭を展開する彼女を前に笑い、その声を耳にした彼女が訝しげに尋ねてみる。


「いやなに。少々面白くてな」

「?」


 こちらの想定通りの動きになる貴様が


 という最も重要な部分は伏せたまま彼はそう呟き、そこまで理解できない彼女が首を捻る。


「さあ、終わらせるぞアイビス・フォーカス」


 そのような様子を見せる彼女を前に黄金の王は強く地面を踏み、コンクリートで整備された地面の下に敷かれた大地の力をその身に蓄え、拳を握り闘気を吐きだす。


「そうね。ここがあんたの墓よミレニアム」


 すると彼女は宇宙で戦った時と比べれば大きさ自体はかなり小さいが、同じように大量の粒子を圧縮した様々な鋼属性の武具を作り出し、自身の背にそれらを並べ切っ先を彼へと向ける。


「いいや違うな」

「?」

「ここは貴様の、いや神教の終わりの始まりを告げる地となるのだ!」

「言ってなさい!!」


 それを見てもなおミレニアムは絶対の自信を込めそう呟き、それを聞いた彼女が吠えると同時に無数の武器が発射。

 ボロボロになった黄金の鎧を完膚なきまで破壊すべく、最後の一押しが始まった。




 「逆転、だな」


 もはや立ち上がる力が残っていない剣士を、初老の男性が見下ろしていた。

 その自身にとっての敗北宣言を前にしても真っ白な床に大の字で崩れたソードマンは荒い息を吐き返すことしかできず、その様子を見たレインが通信機を繋ぐ。


「こちらレイン。ソードマンを生きたまま仕留めた。これから捕獲する。その後の移動はお前たちに任せる」

『了解しました』

「これは驚いたな。先程の気概ならば、俺を殺すのだと思ったのだがな。ここで生かす事は、この戦いに関わる者に対して、失礼に当たるんじゃないのか?」


 通信越しに出された指示に合わせてソードマンの体をいくつもの光の輪が抑え込むのだが、その対応を受け、動けない彼は意表を突かれたとでも言いたげな反応を示した。


「いやあんなものはお前をこちらに引きつけておくための方便に決まっているだろう。どれだけ覚悟を決め世界の命運を賭けた戦いに挑もうと、命を捨てるつもりで戦うなんて馬鹿みたいじゃないか。怖いに決まっとる。

 というかだ、勝った先の未来を生きるために戦うのに、それじゃ目的を見失ってるじゃないか」

「………………………………ハハ!」


 するとタバコを咥え火を点けたレインがおかしなことを耳にしたという様子でそう発言し、それを聞いたソードマンが笑った。

 自身が敵の術中に完璧に嵌っていた事を理解し、完全敗北を喫したことを理解し笑った。


「いや本当に完敗だ。俺の行動は、俺自身が気付かぬ間に操られていたのか」

「そういう事だ。ま、諦めて色々話してもらうぞ。お前なら『境界なき軍勢』の内情にも詳しいだろう」

「いや、悪いがそうはうまくいかない」


 そんな状況で勝者が告げた内容を聞き、ソードマンはすぐさま否定。


「なに?」


 思わぬ返事を受け困惑の声をあげるレイン。

 そんな彼の顔を眺めたソードマンには、レインには理解できない余裕があった。


「いや参ったよ。うまく誘導できたかと思えば想定外の逆転をされてしまうとはな。それにお前の口のうまさに感心してな、少々長く笑いすぎた」

「…………ちょっと待てソードマン。お前今何と言った? 『想定外の逆転』だと?」


 するとソードマンが誰に言われるまでもなく語りだすが、その内容を聞きレインが違和感を覚える。


 この状況に誘導された、その事実は確かなものだと受け止めよう。

 癇に障ることではあるが、ミレニアムがアイビス・フォーカスと遭遇し戦うまでの状況は、してやられたとしか言いようがない。

 デスピア・レオダの利用から始まる、両陣営の幹部格をうまくぶつけ、その上でミレニアムとアイビス・フォーカスの一騎打ちに持って行き、神教有利であった状況を五分近くまで持って行かれたのは敵ながら見事としか言いようがないのだ。


 だが彼が口走った言葉、『土壇場で予定外の逆転』だけは腑に落ちない。


 なぜならこの場所で行われているレインとソードマンの戦いは、両組織の幹部同士の重要な一戦ではあるが、極論を言えば戦況に大きな影響は与えないからだ。

 レインが勝ったとしてもソードマンが勝ったとしても、重要なのはアイビス・フォーカスとミレニアムの戦いで、今日に限ればその戦いの結末だけが重要だったのだ。

 

「今回の戦いに関してはな、二つだけ決まっていた事があるんだ。一つはミレニアムとアイビス・フォーカスという、両戦力の頂上決戦」


 その認識は神教だけでなく『境界なき軍勢』も備えていたもので、崩れ落ちたまま語る彼の言葉が、その重要性をひしひしと伝えていた。


「もう一つが、俺の戦いだ」

「なぜた」


 だからこそ、告げられた言葉にレインはすぐに言葉を返す。

 その戦いと同じほどの重要性をこの男が備えていた事実を前に疑問を口に出し、その問いを聞いたソードマンがニヤリと笑う。


「さあて、なぜだろうな。しかし」

「しかし?」

「その理由はすぐにわかる」


 そう語るとソードマンの体がドロドロと溶けていき、レインが思わぬ光景に目を見開いていると、固体であった全身はただの水に変貌し、血と混ざりすぐ側に合った排水口に流れていく。


「こ、これは!」


 目の前で突如起こった事態に激しく狼狽するレインだが、それでも頭は確かな答えに辿り着いていた。

 先程まで喋っていた相手が形を崩し水に変化するこれは、善も使用する水分身が解けた際に見せる現象だ。


「信じられん…………こんな事がありえるのか?」


 だがにわかには信じられなかった。

 単体属性を用いた能力ではない分身というものでは、どれだけ姿形を似せることができても、その実力は本物には届かない。

 いかに精巧に見た目を似せようと、力を込めようと、こと戦闘面では本体と同じ領域にまで迫ることはできないのだ。


「危険なのはアイビス殿か!」


 ソードマンが口にした内容に目の前で起きた予想だにしていなかった非常事態。


 その全貌を掴むことはレインにはできなかった。

 ただこのラスタリアにソードマンがいないという事実だけに焦点を絞り、どこにいるかと考えれば、思いつくのは一ヶ所しかなかった。


「くそっ、繋がらんか!」


 すぐにこの緊急事態を彼女に連絡をしようとしても返事は返って来ず、


「君! 手持ちの治療薬の中で一番効き目のいいものをこちらに送ってくれ。すぐに移動する。ああ、この際副作用の事は考えん!」

『は? え? い、一体どうしたのですかレイン様?』

「火急の事態だ! 今は一刻を争う!」


 ならば自分が向かうしかないと考えた彼が神の居城内部にいる者に連絡をすると動揺の声が返ってくるが、彼はそれを退ける。


「全く、足止めすらできないとは。あの方の懐刀がこの程度とは。あまりの無様さに涙が出るよ」


 それから間もなくして飛んでくる薬を難なく受け取り、中身を飲もうと傾けるレイン。

 しかしそれが彼の体に入るよりも早く、彼の持っていた薬の入った容器を木が貫き、それと同時にこの状況では決して耳にしたくない声が彼の脳に響く。


「ギャン・ガイア!」


 そこにいたのは腰まで茶色の髪の毛を伸ばし、夏の日差しに合わぬ黒のカソックを着こんだ中性的な顔立ちの青年、『十怪』の一角ギャン・ガイアだ。


「全く、無駄なところで勘を働かせるものだ。君たち邪教の徒は、ただの人形に徹していればいいものの」


 そう語る男の纏う空気はこれまでのやる気のない空気とは全く違う敵意に満ちたもので、それはある意味自分の勘が当たっているという事の証明であった。


「面倒どころがうじゃうじゃと…………こちとらもうすぐ六十だぞ。体を労われ!」


 心底嫌そうな表情でそう口にしたレイン。彼は満身創痍ながらもレイピアを構え、絶望的な戦いに挑む覚悟をした。




「HAAAAAAAA!」


 大地に足をつけ、惑星ウルアーデという重力場で、自らの得意な近接戦を行う。

 その状態のミレニアムはまさに全力を出しきれる状態であり、今この瞬間ならば原口善やレオン・マクドウェルなどのような近接戦最強格を複数同時に相手にしても一方的に勝てる自信があった。


「ZEEEEEI!」

「もう! 危ないじゃない!」


 それほど条件が揃っているにも関わらず、ミレニアムは目の前にいる一人の女性を倒しきることができなかった。いや、触れることさえできなかった。

 気を放出し、音を完全に置き去りにする最高速度で前に進む。

 あらゆる攻撃を耐えきる黄金の鎧が様々な攻撃を弾き、最短距離で目標へ接近。

 その果てに敵対者は物言わぬ肉塊へと変貌する。


「そこね」


 その筈だというのに、目の前の存在はミレニアムの攻撃全てを捌き続ける。


「ぬ、、むぅっ…………」

「はい残念。また吹き飛びなさい」


 彼女の前まで迫った拳が、真横から吹き荒れる無色の突風を受け明後日の方角に軌道をずらされる。

 すぐに肘打ちに転じ追撃を仕掛けようとすると目標は既に手が届かないところに離れており、後退と共に放たれた無数の鋼の武器が黄金の鎧に直撃する。


「むん!」

「無駄無駄。希少能力でもない、重力操作なんていう基本的な能力がアタシに届くはずないじゃない」


 重力を操作しても『完全分解』によって消滅させられ、大地を揺らし地面を操り無数の岩の槍を作り攻撃をしても、背中に生えている八本の羽が生き物のような動きを見せそれら全てを捌いていく。


「HAAAAAAA!」

「あんたも飽きないのね。ま、心が折れるまで色々試してみるといいわ。全部、意味がないから」


 ミレニアムの象徴たる黄金の鎧は、この戦いが始まる前まで無傷であった事実が嘘のように大小様々なヒビが刻まれており、限界が近い事は両者共に理解していた。


「流石だなアイビス・フォーカス。心底不愉快ではあるが認めよう。貴様は………………我よりも強い」

「…………あら。世界最強の犯罪者がそれを認めるのね」


 肉体のある者ならば貫通こそないものの内部に伝わる衝撃で死に至っているはず


 だというのになおも疲れを見せることなく動く彼を疑問に思う彼女であるが、そんな中で告げられた言葉は、その事実に疑問を抱くものであった。 

 

 ミレニアムという男は一言で言うならば戦闘狂だ。

 強者と戦いたい、その思いを第一に動いているのがこの黄金の王なのだ。

 そんな彼は敵がどれだけ強大であろうと戦いを挑むタイプの人間であり、いついかなる時でも自身の力を信じここまで戦い抜いてきた。


 ミレニアムの掲げる世界が理想であると信じ着いてきたものは確か二数多く存在するであろう。

 だがそれと同じくらい、その強さに惹かれついてきたあらくれ者が存在すると彼女は考えていた。


「まあ普段なら分かりきってる事だから大した感想も湧かないんだけど、流石にあんたに言われたとなったら少々うれしいわね…………それで、何が言いたいの?」


 そんな男が、敗北宣言以上に周囲に影響を与える言葉を、大した意味もなく口にするわけがない。

 そう考え彼女は警戒をしながら、それを悟らせぬような気軽な態度で話を進める。


「だが――――勝つのは我だ」


 するとミレニアムはそう断言し地面を蹴る。

 その一度の足踏みでミレニアムとアイビスの周囲の地面が様々な勢いで隆起するが、アイビス・フォーカスはさして驚いた様子もなく『完全分解』で周囲の地面だけはその影響下から外れるよう設定。


「HA!」

「あらお早い事。ま、無駄だけどね」


 数多の岩盤を砕きすぐそばにまで接近していたミレニアムの攻撃を首を曲げるだけで容易く躱し、返す刀で無数の鉄の刃を目に見えない成層圏近くから数多に発射。

 ミレニアムの体に叩きつけ、その動きを止め、


「神罰・金銀羅殺」


 そう唱える彼女の背後に、十本の銀色の刃に金の柄をした刀が現れる。

 それらは使い手の彼女の背後で静止すると、太陽の光を反射し金銀の輝きで周囲を埋める。


「行きなさい」


 そんな十本の殺意に対し、無機質な声で、短く指令を出す。

 すると主の命に従い十の刃が黄金の王へと飛来。

 頭部や心臓へと迷うことなく突き進んでいき――――――それを認識し黄金の王が勝利を確信した。




 此度の戦いに於いてミレニアムはただ勝つだけでよかったのだが、アイビス・フォーカスはそうではない。


 彼女の目的はただ勝利するだけに非ず。

 神教に恒久の平和を築くため、その強さを世界中に見せつけなければならなかったのだ。


 だからこそミレニアムがやってくるまでの間、彼女は過剰にしか見えない虐殺を世間に晒し、ミレニアムとの戦いも衛星カメラや能力で撮られている事を認識し、超広範囲への能力展開や粒子の圧縮。超新星爆発などという無駄に派手な技を使った。

 コンパクトかつ地味だが、もっと確実かつ周囲に影響を与えない勝利を捨てたのだ。


 それはミレニアムにとって、心底都合が悪かった。

 なぜなら隠し持っていた切り札は、世間に晒すわけにはいかなかったのだ。


 それゆえ彼は必死に状況を動かす必要があった。


 展望台という戦場から離れたのは他者の目から外れるためだ。

 自身の主戦場から足を離し、宇宙を戦場に戦ったのも同じく他者の目から離れるためだ。

 それでも視線を完全には離しきれなかった事に苛立ちを感じた彼であるが、大半の覗き見系の能力が超新星爆発で消え去りラスタリアでの戦いに移り、なおかつ劣勢の自分を見て残った面々は勝敗が決したと判断。

 アイビス・フォーカスも地上に戻った時点で攻撃の性質を変えた事から同じ認識を抱いていたようだが、ミレニアムは更に地上への衝突や直前の足踏みで最後まで残った視線を消し去り、ついに場を整え、



 彼は勝利を確信する。



 胴体を守る鎧が砕け散りその内部に突き刺さり、頭部を覆っていた兜が背後の岩壁にぶつかり乾いた音を周囲に響かせる。


「うそ――――――」


 その瞬間、彼女の思考は白に染まる。


 理解できない事実に思考は乱れ、周囲の目に向けていた意識は消失する。


「HA!」

「甘い!」

「!」


 それでもなお、彼女は世界最強であった。

 最後まで残していた『目の前の存在』に対する意識は自身へと迫る危機に確かな反応を示し、何かを握ってまっすぐに向かってきた拳を片腕を犠牲にして弾き返す。


「………………………………………………え?」


 だがそれが彼女の限界であった。


「すまんなアイビス・フォーカス。だが――――――」


 あまりの驚愕から完全に意識から外れていたため、背後から迫っていた巨大な刃による刺突には反応できず、彼女の口から一筋の鮮血が溢れ出る。


「な、に?」


 不意を突かれた彼女が反射的に振り返るのだが、そこで彼女は確かに見た。


「これは戦争なのだ。悪く思うなよ?」


 巨大な人斬り包丁を両手で持ち、自身の体を貫く――――――――もう一人の黄金の王の姿を。






ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまい申し訳ありません!


一話でまとめなければとなった結果、この時間になってしまいました!

ただその分話は詰め込んだつもりですので、楽しんでいただければなと思います。


戦いの決着


現れたもう一人のミレニアム


そして彼女が見た正体


一つの結末と謎を残し、戦いはクライマックスへと転げ落ちていきます


それではまた明日、ぜひぜひご覧いただければと思います!



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