アイビス・フォーカスVSミレニアム 二頁目
「なるほど宇宙か。確かに地属性の恩恵を使わせないという意味でならばここ以上に適した場所はないな」
数多の星が輝く真空空間に放り投げられたミレニアムが、周囲を見渡し率直な感想を口にする。
酸素がない宇宙であっても、彼らが生存することはさして難しいことではない。その対策方法は、神教発足よりも遥か昔から立てられていた。
今の彼らは宇宙においても粒子を空気に変換する術を見出し、温度変化を筆頭に様々な障害を打ち崩す術を覚え、宇宙のど真ん中でも生き残ることが可能になっていた。
「宇宙の果てまで飛んで行ってくれたらありがたかったんだけど、残念ながらそうはいかないのね」
成層圏を突き破り宇宙に飛びだした黄金の王の前へ、一歩遅れて七色に輝く羽を携えたアイビス・フォーカスが立ちふさがる。
「さて最後の時よミレニアム。貴女はここで投降しなさい。そうすれば、命だけは取らないで上げる」
「ほう?」
のだが、そんな中行われた提案は、ミレニアムからすればあまりにも意外なものであり、訝しげな声が突いて出た。
「あたし達の尊敬する神の座はね、理由はわからないけど大量の『戦力』を求めている。だからもしあんたがここで引くのなら、神の座は手を引いてもいいと思っている…………あたしは嫌だけどね」
やれやれとという様子で語る彼女であるが、それは神の座の本心からの言葉であった。
神の座イグドラシルは常に戦力を求めていた。だからこそこの黄金の王も仲間に加えようと画策するのだが、その言葉に対し黄金の王はかぶりを振る。
「誰もいない宇宙空間に我を飛ばした意図がわからなかったがそのような妄言を吐くためであったのか? 悪いがその求めに応じることはできんな」
すると男はそう返答をすると右腕を前に突き出し、それに沿うように左手を添え敵を睨む。誰が目にしてもわかる拒否の意志と、これから起こる戦いを予期した臨戦態勢であった。
「そう、残念ね」
それを見れば、世界最強の座である彼女の答えも決まっていた。
「でもまあ、あたしからしたら最高の答えよミレニアム。神教を脅かすあんたの事があたしは本気で嫌いよ。それこそ、この世界から塵一つ残さず消え去ってほしいと思うくらいにね」
「…………」
「とはいえ、イグちゃんの考えも十分に理解はできた、だから応じるのなら『境界なき軍勢』ごと利用しようと思ってたんだけど」
「無駄な問いかけだな。応じないことなど、分かっているだろうに」
アイビスの心底残念そうな声色の発言を、そんな未来は訪れるわけがないと黄金の王は否定。
「……そうね。無駄な問いだったようね」
「当たり前だ。我が目指すこの星の頂点。すなわち天の王よ。その座を目指す以上、神の座は障害でしかない。決して足並みを揃えることはないだろうよ」
「ま、そうね。でも最後に一つだけ言わせてミレニアム」
「なんだ?」
それでもなお彼女は話を続け、
「この問いかけ、普段はあんたがしてることよ。これを無駄だと言いきるなら、あんたもやめた方がいいわよ」
「………………よけいなお世話だ」
心底滑稽でも言いたげな様子でそう語るとミレニアムが億劫げな声色でそう言い返し、
「ま、ならあんたははこの平和な世界において邪魔な粗大ごみ。この宇宙で、一人寂しく消えなさい」
彼女の最終宣告に従うように七色に輝いていた八枚の羽が輝きを増し、大量の雷粒子が彼女の全身に集中。一際大きな輝きを放つと、宇宙空間を舞台とした最強格二人の戦いが始まった。
「雷霆運河」
「お、おおぉぉ!!」
セブンスター第一位アイビス・フォーカスの宣告と共に彼らのいりゅ真空空間一帯が上下から襲い掛かる銀河に包まれる。
「HAAAAAAAAA!」
それは大地を破壊し直撃した人間を消し炭に変える凄まじさを備えていたが、黄金の王は一切躊躇することなく飛びこんでいき、目前にいる世界最強へと飛びかかる。
「無駄無駄」
「貴様!」
数ある能力や属性粒子を使いこなせる彼女であるが、彼女にも得手不得手というものは存在する。
「地上なんていうヤワで狭い範囲で戦うならいざ知らず、この場所であたしに勝てるわけがないじゃない」
というのも彼女は大量の粒子を使った超広範囲への攻撃は得意とする反面、範囲を絞った攻撃などは苦手とするのだ。
ゆえに地上で戦う際は周りへの被害を顧みて全力を出しきれず力は半減し、母星ウルアーデから離れ宇宙を戦場としたことでその枷が取れ、彼女は持てる全ての力を吐きだす事ができるようになっていた。
「白鯨流麗」
その力はまさに圧倒。母星で使えば凄まじい被害を巻き起こすものばかりである。
水で作りだした鯨は宇宙を埋めるかのように現れ続け、
「流鉄絨毯」
大雨のような勢いで鉄でできた隕石が降り注ぐ。
それら以外の全ての攻撃が世界全体を覆う程の広範囲かつ世界中を破壊せしめるほどの威力を持ち、抵抗を続けるミレニアムの体に襲い掛かる。
「HA!」
「ディシンマーダー(針の支配者)」
それらに正面からぶつかっていき殴りかかるミレニアムであるが、必死の抵抗は全て馬鹿馬鹿しい程の範囲と出力の攻撃に阻まれ、射程圏内まで近づけず苦戦。
アイビスの攻撃はその圧倒的範囲から全てが必中で、雷の波はミレニアムの体に直撃し、万物を焼き殺す熱の光は背後に控える母星を包みこめるほどの広がりを見せる。
それ以外に使われるあらゆる攻撃が超広範囲かつ強力で、ミレニアムの無敵の進軍を静止させていた。
「粘るわね」
だがなおも一直線に進んでくるミレニアムを前にして彼女は両腕を広げ、その動きに同調し彼女の背後に巨大な金色の弓が展開。
「させぬわ!」
「あんたは黙って、撃ち貫かれるのを待ってなさい――――」
ミレニアムが巨大な岩石を出現させ、少し離れた位置にある母星にさえ届くのではという長さの剣を作りだし振り上げると、それを使わせるよりも早く太陽の如き輝きを放つ球体が彼女の掌に現れ投擲。
岩剣を瞬時に呑みこみ溶かし、黄金の王の抵抗を軽くいなす。
「な!」
「っっっっ!!」
その後放たれるのはシンプルな鉄の矢。とはいえその大きさは尋常なものではなく、ミレニアムの全身と同じ程の先端は迷いなく直撃し、その体を母星からグングンと引き離す。
「お、おおおおぉぉぉぉぉぉ!!?」
そのまま宇宙の彼方にまで吹き飛んでくれれば
などと考えていた彼女であったが、その想定は目の前で崩された。
見ると大量の鋼属性粒子を圧縮し作られた巨大な矢は、ミレニアムに衝突しグングン引き離すも途中で静止し、拳による突き上げで宇宙の果てに飛ばされていき、どのようにそれを行ったのかと目を細めると、すぐに答えに辿り着いた。
「うっかりしてたわ。そう言えばあんたはそういうのも持ってたのよね」
「如何にも。武術に疎い貴様でもこの程度は知っていよう?」
ミレニアムの全身を黄色混じりの真っ赤な闘気が覆う。
それらはすぐにその姿を消すが、彼女の頭の中では確かな答えが浮かびあがっていた。
「基本三形態の一つ『放出』ね。確かにその力なら、この宇宙でも踏ん張りがきくわ」
『放出』は三つある練気の基本形の一つだ。
主な用途は攻撃時に上乗せすることによる威力の上昇や移動時の速度上昇などで、善の使う『纏』や他の基本形と比べれば応用力はあまりないのだが、その代わり他にはない爆発力を備えており、その点に魅了された多くの人々が利用している。
「…………」
「全く、これじゃあ面倒事に逆戻り」
ミレニアムの無言の肯定を確認して彼女は頭を掻きむしり、黄金の王をじっと見つめる。
宇宙の果てに吹き飛ばすだけならば、さして苦労はしないはずであった。神器の硬度など気にせず、ただただ吹き飛ばせばいいだけであったからだ。
「やっぱりその鎧を粉々に砕くしか方法はないみたいね」
しかしその目論見が崩れた以上、戦いは最も原始的で単純な結論に達する。
すなわち、ミレニアムを最強足らしめる黄金の鎧の破壊だ。
「鬼堂鏡」
「!」
やるべきことを理解したアイビス・フォーカスがミレニアムから距離を取るよう凄まじい速度で飛翔。
対するミレニアムはといえば彼自身の戦闘スタイルが遠距離戦に偏っているため近づこうと前に出るが、それを妨げるように超広範囲の攻撃が撃ちだされ、その対処に追われる。
そのままアイビス・フォーカスはおよそ三キロほど離れたところまで移動したところで、巨大な鏡を宙に展開し、黄金の王を包んでいく。
「さあさあ、面倒な神器壊しの時間よ」
鏡の数は驚異的な数で増えていき、ミレニアムが攻撃の雨を掻い潜り破壊する速度を上回り、彼を中心に三百六十度全てを囲う球体状の檻を作成。
「これは一体?」
「メタルメテオ」
その光景を前にしたミレニアムが唖然として動きを止め、その間にアイビスが鋼属性を圧縮した拳程の小さな隕石を作りだすと、
「行きなさい」
それを虚空に作りだした巨大な鉄槌で叩き、鏡と鏡の隙間へといれていく。
「む!」
理論だった説明はできずともこの状況に危機感を覚えたミレニアムが鏡から出ようと動く中、小さな鉄の塊が彼の脇を通りすぎる。
それが何であるか正確に認識することはできなかったミレニアムであるが、それが不吉なものであるのはすぐさま理解。
鏡からの脱出を後回しにして、それが何をするための行動であるかを見極める。
「これは……」
見極めるのにそこまでの時間は掛からなかった。
それの意図は、あまりにもわかりやすかった。
光速に近い速度で動く鉄塊が、巨大な鏡にぶつかり反射する。
それは十、二十と繰り返される度に速度が上昇。
十五回の反射を超えたところで、黄金の王の目でも捉えきれない速度へと変貌し、ミレニアムが察知するよりも早く衝突した瞬間、鉄塊は神器の硬度に耐えきれず消滅したのだが、その身にはこれまでにはない変化があった。
「こ、これは!?」
これまであらゆる攻撃を跳ね返し、彼の圧倒的な力の象徴であった黄金の鎧に僅かだが傷がついている。
それが先程撃ちだされた杭のように一本だけならば然程問題はなかったのだが、鋼鉄の隕石は鏡に囲まれたこの檻の中に無数に存在し、自身の首元に鋭利な刃物を突きつけられている事が理解した。
「ディアボリックイーター・ランブルス!」
ミレニアムが両手を広げ、名を唱える。
すると彼の周りに真っ黒な球体がいくつも浮かび、それら一つ一つが周囲の物体を引き寄せ始める。
「無駄よミレニアム。その鎧が攻撃型だった場合だけ面倒だったけど、そうでないなら問題ない。その程度では、この陣形は崩れない」
神器には三つの型が存在している。
攻撃型、バランス型、防御型だ。
これらは能力を無効にする範囲と神器自体の硬度から判断される仕組みとなっており、基本のバランス型は本体含め円形でおおよそ半径三メートル以内に入った物理系の能力を無効化するようになっている。
防御型は三種類の中で最も硬度が固い種類であり、神器同士でぶつかった場合、盾や鎧などならばあらゆる攻撃を防ぎ、剣や槍ならば万物を斬り裂く矛となる。さらに能力無効化の範囲は三十メートルを超えているため、あらゆる能力者にとって最も厄介な種類の神器である。
逆に攻撃型は神器自体の硬度はバランス型にさえ劣り、通常時は防御型と同じく神器やその持ち主に触れない限り物理系の能力無効もできないが、持ち主が粒子を込める事で直線状に能力無効の波動を飛ばすことができる。
彼女が面倒に思っていたのは攻撃型の撃ちだす『能力を無効化する衝撃波』で攻撃を反射する鏡を破壊される事であったのだが、防御型が相手ならばさしたる脅威にはならず、無数の鉄塊を撃ちだして仕留めにかかる。
対するミレニアムは鉄塊を引き寄せ一つずつ確実に破壊していくのだが、光を超えた速度で飛びまわる鉄塊全てを引きつけることはいかに重力操作に長けている彼といえども不可能であり、ミレニアムの体に幾度も衝突。
「む、むぅ!!?」
その果てに――――――ついに黄金の鎧が欠ける。
神器ではないただの鉄塊が、その限界を超えた結果を弾き出す。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
戦場を宇宙へと変えての最強格同士の戦い。
アイビス・フォーカスの全力発揮フェーズです。
こうなったアイビス・フォーカスを止める事はかなりきつい。なにせ星で戦う事自体が枷であったのに、それからも解き放たれてしまったのですから。
見ていただければなんとなく理解していただけるかと思いますが、彼女を攻略する第一歩は地上から話さない事です。
はてさて、ここからミレニアムはどうなる事か
という形で次回へ続きます。
また明日、ぜひご覧ください




