不死鳥の深層 三頁目
アイビス・フォーカスは自身の愛する神教を穢す輩を決して許しはしないが、彼らを一人残らず殺す感情は『憎しみ』から来るものではなく『使命感』から来るものである。
「耐えろ! 耐えろ耐えろ耐えろ!!」
当たり前の事ではあるが、彼女が最も問題視しているのは前述した通り神教を穢す者達だ。
このような者は少なければ少ないほどよく、叶うのならば一人もいない方がいいと彼女は思っている。
だがそれは賢教という敵対組織がある時点で無理な話であり、ゆえに彼女は次善策として敵対者の虐殺を選んでいる。
「だ、ダメです! これ以上耐えきれません!」
「泣きごとを言うな! 諦めたところで、待っているのは死のみだぞ!」
降り注ぐ鉄の彗星の雨を前に人々の悲鳴が上がる。
彼らは様々な守りを展開するのだが、数発受けた頃には必ず破壊され、その核となった人物が彗星の雨に押しつぶされる。
その光景は様々な形で確認することが可能で、それを見た人々は理解するのだ。
神教に手を出す事は命を落とす事だと同義であると。
『おお主よ』
『これがアイビス様の本気…………』
『ひ、ひでぇ』
その答えに至れば反逆心は瞬く間に萎み、世界は仮初めの平和を迎える。
人の記憶にその光景が焼きついている限り、手を出そうと考える輩は現れない。
「に、逃げろ! こんなところにいられねぇ! さっさと逃げるぞ!」
「いや前だ! あの砦を壊せば前に逃げられる! すぐにぶっ壊すぞ!」
「お、おいお前達! やめろ!」
「うるせぇ! どうせテメェの指示に従ったところで死ぬだけだ! なら足掻かせてもらうぜ!」
腕に覚えがある戦士も確かにいるが、それでも大多数はこれほどの規模の戦など経験した事のない者達で、ここまで明確な命の危機を経験した事がない。
統率はあっけなく崩れ、四方向に集っていた五千万人の大軍はが思うがままに動き、瓦解する。
「が、はぁぁぁぁ!」
「な、なんだ? どうしたいきなり血を吐いて!?」
「い、いや……こいつ死んでる。死んでるぞ!」
そんな彼らの心を更に追い詰めるのは、アイビス・フォーカスが解析し使用可能となったデスピア・レオダのウイルスだ。
「ひぃぃぃぃ!?」
彼女が鉄の彗星の内部に仕込んでいたウイルスは、外部部分の崩壊と共に気体として周囲に充満し、ある程度時間が経ったところで効果を発揮し始める。
「あぁ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁ!」、
内部に封じ込まれていたウイルスの種類はD―三三―一。
効果は体温の上昇とそれによるウイルスの活性化で、このウイルスは体温の上昇に反応し効果を発揮する特性があり、この特性により被害者が体を動かせば動かす苦しみ抜くという特殊性を秘めている。
この特殊性のため戦場で使えばウイルスの情報を知っている相手の動きを大きく制限することが可能だ。
「ひ、ひぃぃぃぃ! 血だ! 血だぁぁぁぁ!」
だがこのウイルスの最も恐ろしいところは、効果を知らない相手に対し大きな恐怖心を植え付け、場を混乱させ、たらだ中の至るところから血を流させ、苦しみ抜いた末に死に至らせることが可能な点だ。
先程まで健常であったものが口から血を吐き崩れ落ちる姿に驚き対処しようと思ったり逃げた場合、その行為で体が熱を持つためそれまで何の症状もなかった者が同じような状態に陥る。
これが何度も続くことで、最初は大丈夫だったものもウイルスの正体まで辿り着けず余裕を失い命を落としていくのだ。
他者へ移る条件も血液などの体液の付着であるため、対策をしていない場合、その効果はいとも容易く周囲に広がり、その光景を目にする全ての者に恐怖を与える。
「あぁ!? こっちでも吐いたぞ! 感染する可能性もあるから離れろ!」
「ちょっとぉ! 押さないでよぉ!」
まるで炎が草原に広がるような速度で恐怖が辺りに伝染する。
そのまま混乱の極みに陥った集団が内部分裂を深め、ついに手を出そうとする人物が現れたところで鼓膜を破るような大きな破壊音が周囲に響き、戦場にいた者達は反射的にそちらに視線を向けた。
「あ、あれは!」
そこで彼らが目にしたのは、彗星の衝突すら耐え大地を走る移動都市『エグオニオン』の姿。
それが目に見えた瞬間、あまりの巨躯に彼らの頭が真っ白になり動きが止まり、その間にもエグオニオンは突き出ている砲身に大量の雷属性粒子を溜め始めた。
「確か剛龍……だったか。あれならば既に彼女は攻略済みだ。無駄なことをする」
ウルフェンと対峙するノアが、アイビスの紙に入れておいたカメラの映像を確認しながら冷静に判断。
両者が戦いを繰り広げているラスタリア正門前でそう断言した。
「おらよ。対応してみろ参謀長」
「むん!」
ウルフェンが懐から取りだした小型のカプセルをノアの頭上へと投げつけ、ノアがそれを叩き落とそうと紙を飛ばす。
「甘ぇ!」
それがカプセルに届くよりも早く手に持っていた小石サイズの瓦礫で撃ち抜くと、中に入っていた液体が溢れ、滝のような勢いで真下にいる男に落下していく。
「無駄だ」
自身の想定とは違う結果になったとはいえ、ノアは動揺しない。
どこからともなく自身の身を覆えるほど巨大な紙を一枚取り出すと、それを頭上に振り上げ落ちてくる大量の液体から身を守る。
「ハハ!」
「っ!」
一瞬ではあるがノアの意識が真上に向かい、それを察知したウルフェンが一歩で目の前にまで肉薄。
持っていた銃の引き金を引き、銃弾サイズにまで縮小した核爆発弾をゼロ距離で撃ちだす。
「!」
ノアの周囲に巨大なきのこ雲が上がり、周囲一帯の建物にまでその余波が広がって行く。
「おらぁ!」
吹き荒れる暴風と熱で崩壊する建物。
それらの影響は自身の身にも降りかかるのだが、獣の王はものともしない様子で前進し、最も信頼する武器である自らの体をねじ込みその奥にいるであろう存在に腕を突き出す。
「っ!」
その腕が伸びきり引き抜こうとしたところで……………………不意に止められる。
「…………数百万度の熱さだったはずだったんだがな」
「その程度では足りんな。せめて一億度は超えれる武器を持て。でなければ神器の前では無きに等しい」
「ちっ!」
周囲の風景を一変させた爆発の中心から現れたのは、服に焦げ目一つ付けていない神教参謀長の姿。
彼はその鋭い視線と淡々とした態度を一切崩さず、撃ちだされた突きを掴んだ。
「それとも武器に頼るのが獣人族最強の男の本気か。ならば少々期待外れだな」
そう語る彼はウルフェンの腕を掴みながら神器の紙で作った剣を掲げ、掴んだ腕を斬り落とすために振り下ろした。
「おいおいおいおい…………お前こそ、まさかそんなもんで俺を傷つけられると思ってんのか?」
「っ!」
振り下ろされた刃が肉体に衝突するが、分厚い筋肉の壁に阻まれ弾き返される。
それを見て初めて動揺した彼を前にしてウルフェンは容易く掴んでいた腕を引き離し、満足気な表情でノアを見た。
「他の野郎が武器を使うのは短所を補う……まあ長所を伸ばすためってのもあるな。だが俺様だけは違う」
そう口にしながら先程まで使っていた銃を懐の革袋にしまい、右肩をグルグルと回し調子を確認。
「俺様が武器を使う理由は……枷だ」
その後首を何度か回し息を吐いたかと思えば彼の姿は消え去り、気付いた時には背後に回っていた。
「貴様!」
すぐに手にしていた剣で斬り払おうとするノアだが、それでもなお傷一つつける事は敵わず、反撃の裏拳で手首を叩かれると、強く握っていたにも関わらず持っていた剣が地面に叩き落とされた。
「わかるか頭でっかち。武器の一つでも使わなけりゃよぉ、戦いがつまらねぇんだよ」
続いて繰り出される蹴りと拳による応酬を持っていた盾と周囲に浮かせていた紙で防ぐが、突き破られることはなくとも完全に力負けし彼は吹き呼ばされた。
「さて、ここらで俺様の役目も終わりだな」
「なに?」
更に数十秒続く攻撃の嵐を捌ききり、二大勢力を分かつ『境界』と同等の硬度をしたラスタリアの壁際まで追い詰められたところで、ウルフェンが鼻の穴に掌に収まるサイズのスプレーを差し込みながらそんな事を呟いた。
「ここまでの戦いを見るにおめぇらはアイビス・フォーカスの野郎に危険な奴らを近づけさせないのが仕事だろ。ならその茶番が終わったと言ってんだ」
「なにを言っている?」
ウルフェンの言葉を聞き、ノアの胸に重く苦しい感覚が襲い掛かる。
「俺様を引き離して満足したか? ソードマンの野郎を止めて安堵したか? 違うだろ? お前らは一番危険視しているのは、心底腹立たしいがミレニアムだろう?」
その様子を見透かしたかのような言葉に内容に間違いはない。
自分たちはアイビス・フォーカスという存在にとって危険な存在だけを選別し、確実に抑えきるつもりであった。
未だ姿を見せないミレニアムに対しても、そもそも近づかせないようラスタリア外部に選りすぐりの精鋭を並べていると神の座から話を聞いている。
そこまでしている事を予想されるのはさしておかしなことではない。
神教の今日の動きを確認すれば、気付かれる事自体はさしておかしくはないのだ。
「何が言いたい?」
問題はそれらが終わったとこの男が告げた事であり、その意味を考え頭を捻る彼は、
「エグオニオンか!」
そうして辿り着いた答えを聞き、目前にいる敵は笑った。
「来るのかしら」
エグオニオンが必殺の一撃である『剛龍』を溜めたのがわかる。
照準は自分に対しまっすぐだ。
その動きを目にした彼女は真下からの攻撃を容易く防ぎながら脳内で術式を展開し、迎撃の構えを取る。
迎撃の手段は反射。
来る攻撃が単一属性による超高火力とわかっているのならば話は早い。
相手が神器でなければ能力が通用するため、触れたものの威力を十倍にしてはじき返す能力を使えばいいのだ。
「死ねや最強!」
後は待つだけというその間にも下からの攻撃は勢いを増し、守りを破ろうと無数の攻撃が衝突。
「しつこいわね」
猛攻が原因で周囲に耳をつんざくような音が響き、嫌気がさした彼女が真下へと視線を注ぎ巨大な鉄の塊を無数に作り落としていく。
それを見たエクスディン=コルとその部下は攻撃の手を止め距離を取り、それにより攻撃の勢いが著しく低下し息をつく。
「!」
エグオニオンから世界中に聞こえるのではないかと思うほどの音が聞こえたのはそんな時だ。
「ブレイクスルー・リベンジャー(英雄の反逆)」
彼女はすぐに迫る一撃に対応しようと能力の名を唱え、掌に秘めていた能力を発動。
一瞬緑色の六角形が現れ輝くと、前からの障害を防ぐように半透明の翡翠色の壁が現れる。
『アイビス殿! 来るのは雷ではない! ミレニアムだ!』
「!」
真下へと視線を向けていたアイビスが、紙の中から聞こえてくる声に反応し顔を上げる。
「HAHAHAHAHAHA!」
そこにいたのは、超圧縮された雷の砲撃からその身を乗り出し飛来する黄金の王ミレニアム。
「ま、ず!」
目視から到達までの時間は刹那の出来事だ。
黄金の王は雷の砲弾が能力に当たるよりも早く神器の恩恵で障壁を破壊し、勢いを殺すことなく目標へと直進。
彼女はというと雷の塊の圧縮の度合いから、神の居城への衝突は危険と即断し全く同じ威力の雷の砲弾を作成。
神の居城に衝突する寸前でそれをぶつけ、周囲に余波を撒き散らしながらも相殺。その後すぐに迫るミレニアムの対応に動きだすが――――その一手が明暗を分けた。
「HAAAAAAAA!」
天を衝くかのような気合いの籠った低い声が響き、攻撃を行おうとするアイビス・フォーカスの頬を捉える。
山、鋼鉄の塊、果ては降り注ぐ隕石すら容易く破壊する拳が彼女の体を何度も殴る。
「あいさつ代わりの拳だ。気にいってはくれたかな世界最強?」
すると瞬く間に全身の骨が砕け、肉片が飛び散る。
全身でへこんでいない場所はなく、人間の原形は保っておらず、肉塊と呼ぶにふさわしい見た目に変化し、掴める程度には残っていた肉片を黄金の王は掴み屋上へと叩きつけられた。
「最悪よ最悪。全く……」
それほどの傷が瞬時に治り元の十全の状態に回復。
背中からは四対の虹色の羽を生やし、周囲にはいくつものルービックキューブを浮かせ、
「女の子は殴っちゃいけないと習わなかったのかしら野蛮人」
「貴様は『女の子』という年ではなかろう世界最強」
アイビス・フォーカスはミレニアムとその視線を交差。
ここに両勢力の首魁は対峙した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
両雄並び立つ
そんな今回の話です。
そしてこれにより今回の対戦カードが確定。
次回からはミレニアムVSアイビス・フォーカスです。
お楽しみに!
それではまた明日、ぜひご覧ください




