不死鳥の深層 二頁目
「ボス! もう弾がありません!」
「なら突っ込め! アイビス・フォーカスを殺したとなりゃ、未来永劫語り継がれる伝説になる!」
「「いえっさ! ボス!」」
自分たちが信仰する獣の王の指示を聞き、ただの人間を超える身体能力を誇る大軍が動き出す。
彼らは持っていた武器を腰に付けている革袋にしまうと、自身の体の一部を獣のものへと変貌させ、心底楽しそうに笑いながらこの世界最強の女へと向け駆けだした。
「ノア、頼んだわよ」
『はっ、では兵を借りていきます』
迫りくる獣人の群れを前にしたアイビスが、自身の隣に浮いていた紙に語りかける。
すると自身の背に纏っている虹色に輝く羽を巨大化させ、そこから大量の紙を降り注いだ。
「紙?」
「総員戦闘準備! この紙はただの紙ではない!」
副隊長格のオルゴーリが声をあげ警戒を促す中、ヒラヒラと舞う紙が開いて行く。
そこから現れたのは翼を生やした氷の彫像だ。
「こいつらは!」
数にしておよそ三万、地上から攻めてくる数多の獣人に対する戦力として彼らはアイビス・フォーカスへの道を塞ぐように展開された。
「ゴロレム・ヒュースベルトの使う人形か。小賢しい!」
ゴロレムの持つ神器の能力は、氷でできた無数の兵士の召喚だ。
人形であるため痛覚や恐怖の感情がないため敵に対し人道に反するような指示も与えられ、作る事のできる種類も多いためその利用方法は多岐にわたる。
「ちぃ、面倒な!」
「急いで片付けるぞ!」
アイビスやノアの知る限りゴロレムの神器には二つの大きなメリットがある。
一つは、神器自体に無制限の氷属性粒子を内包しているため、出せる兵士の数に際限がない事。
もう一つは、ゴロレムが許可を出せば、本人がその場にいずとも兵士としての役割を全うすることができる点だ。
そのため、今回のアイビス・フォーカスの手による超広範囲攻撃における唯一死んでもいい兵として、大量に雇用することが決定。
ゴロレム自体は動けないが、その能力により神教を支援することが決定した。
「ぐ!」
「が!?」
「本当に、ゴロレムはいい力を持ってるわ。今からでも神教に乗り換えないかしら?」
氷の兵士が動きを止めた獣人達を、アイビス・フォーカスの横に浮かぶ、百を超える薄水色の水晶体が放つ光が貫いていく。
それは頭か心臓を貫ける相手ならばそれらを貫き、それが不可能な相手ならば四肢を落とそうと撃ちだされ、それさえダメな相手ならば拡散弾のように拡がる閃光で全身を射貫き地面に落とした。
とはいえ相手はギルドランキング第二位『メタガルン』の兵士。
獣人ゆえに通常の人間よりも高い生命力を誇り、なおかつ軽量かつ強固な最先端装備に身を固めているため中々殺しきれない。
「やっぱり『メタガルン』の連中は邪魔ねぇ。先にあっちから殺し尽そうかしら?」
すると真下から迫る獣人の群れを前にして、ついに彼女の意識が向けられる。
同時に遥か彼方へと向けていた視線を下へと向け、真上へと放つおびただしい青い帯はそのまま残し、真下へと右腕を向ける。
「剛弓展開」
無数の氷の兵士が足止めしている獣人達の方角を見据えそう唱えると、彼女の背後から黄金色に輝く巨大な弓が現れ、針のように細く鋭い矢が無数に備えつけられた状態で弦が引かれる。
「流星掃砲」
ひとりでに振り絞られた弦が、手を離したように元の場所へと戻っていく。
同時に放たれた数多の矢は氷の兵士諸共獣人達を一人残らず鏖殺。加えて地上にある無数の建物を破壊し地面を抉る。
「調子乗んなクソアマが!!」
「!」
その未来を覆したのは、自身を足止めしている氷の兵士を瞬く間に破壊しアイビス・フォーカスに肉薄するギルド『メタガルン』隊長ウルフェンだ。
彼は数多の兵士を瞬く間に破壊すると、放たれる矢の射線上に入り腕のみを変化。
巨大な矢の射線全てを覆うように広げ、鋼属性の強固な守りさえ容易く貫く極小の矢を一身に受けていく。
「いてぇじゃねぇか!」
その衝撃は凄まじくラスタリア全体を揺らす程の衝撃が生じるが、攻撃を受けた当の本人は傷一つない様子で前進する。
「ノア」
既に人のものに戻っている腕を伸ばし、世界最強の女に肉薄する獣の王。
「あぁ?」
その腕が、彼女に届く一歩手前で静止する。
その理由がわからず疑問の声をあげるウルフェンだが、片足に張り付いているいくらかの紙を見てなぜ止まったのかを理解し、
「悪いが貴様だけは近づかせんぞ」
「ノア・ロマネ!」
日輪の輝きを背後に背負い、いつの間にか現れた声の主に対し、ありったけの悪意を込めその名を吐きだす。
「お前のような怪物がむざむざ近づけると思ったか? 如何に彼女に任せているとはいえ、そこまで放置する気はないぞ」
メタガルン総隊長ウルフェンは、数少ないアイビス・フォーカスを打倒する可能性がある人間だ。
確率にすれば僅か数パーセントという低い数字ではあるのだが、それでもこの場の状況を一気に覆す危険な存在である事には変わりない。
「インテリ坊ちゃんは戦場には不要だろ。この紙っ切れを解いて、さっさとお家に帰りな」
「っ」
そう告げた獣の王は自由に動く手を懐に突っ込み、ノア・ロマネが反応するよりも早く取りだした銃を構え、無数の銃弾を撃ちだしていく。
しかしそれらは自身を守るように展開された紙の壁で全て防がれる。
「大甘だな。これだからお坊ちゃんはいけねぇ」
その結果を前にしても、彼はさして動揺しない。
むしろノアの視界を奪ったという成果に笑みを浮かべ、腰に装着していた細長い棒を抜き、一度だけ前に突き出す。
「キラーファング!」
振り抜いた軌道は縦一直線。壁越しの敵を巻き込む形である。
そのまま彼が取りだした獲物の真名を唱えると、一直線の軌道で炎が奔る。
「これは!」
放たれる炎は前に塞がる紙の壁など存在しなかったかのように壁の向こうまで伸びて行き、その奥にいるノア・ロマネの腹部を貫通。彼の胴体の大半を消失させた。
「………………ガスか。それも超高温」
「紙を使ったなまっちょろい守りじゃ大気中に舞う粒子まで防げねぇ事くらいわかってんだよ。そんな事すら考慮せず前に出た自分を呪えマヌケ」
攻撃の正体を突き止め声をあげるノアが、腹部にできた風穴に手を触れると、一度だけ体を左右に揺らし力なく地面へと落ちていく。
「頭脳担当は作戦指揮だけしてりゃいいんだよ。慣れない直接戦闘なんぞするから痛い目にあう」
その姿を見て嘲笑う獣の王はある程度嗤ったところで顔を上げ、再び天上に存在する頂点を睨んだ。
「おうアイビス・フォーカス。お前が頼りにしてる参謀長様はぶっ潰してやったぜ。
ミレニアムが出るまでもなく、俺がお前を殺してやる。どうせお前も、地面に落ちた頭でっかち同様たいした事はねぇんだろ?」
顔に獰猛な野生動物のような笑みを浮かべ、目の前にいる最強を煽るウルフェン。
「…………」
それに対する彼女の反応は実に淡白。
というよりも反応すら返さず、これまで同様遠くを眺めている。
「おい! 舐めた真似してんじゃねぇぞ!」
「…………」
「聞いてんのかコラ!」
「はぁ…………ウルフェン。あんたホントはめちゃくちゃ強いんだから、もうちょっと真面目にやった方がいいわよ。じゃないと、その強さがもったいないわ」
「あ?」
その様子に激昂し彼が吠えると、彼女はやれやれと言った様子で反応し、憐みの言葉を吐きだした。
「てめぇ…………あぁ!?」
それを聞いた彼の口から苛立った声が吐きだされるが、それが激情となり体を突き動かすよりも早く、自らの身に起きた異変を察知する。
「こ、こいつぁ!?」
彼の両腕と両足、加えて脇腹に、先程などとは比較にならぬ量の小さな紙が張りついている。
それらは一枚一枚はティッシュよりも遥かに小さいものであるのだが、全身を覆うように広がるそれは、先程とは比較にならぬ束縛力を宿していた。
「正直に告白させていただこう獣の王。私が貴方に勝てる確率はかなり低い」
思わぬ反撃を受け、驚いている獣人族の長の耳に声が聞こえる。
「だがな、足止めをするだけならばいくらでも手段はある」
「てめぇっ」
声の主は先程地面に落下した方角ではなく彼の真横からで、首だけを右に傾けると、無数の紙が密集し、先程地面に落ちたノア・ロマネの姿を形成した。
「それともう一つだけ伝えておこう」
化け物め、胸に空いた風穴が閉じていく姿にウルフェンが内心でそう呟くと、威風堂々といった様子で神教の参謀長は巨漢に近づき、無遠慮な手つきで彼の肉体に触れる。
「確かに私は作戦の考案や指揮が大半の仕事だが………別に戦う事自体が苦手なわけじゃない」
するとウルフェンを覆う紙の枚数が勢いよく増えていき、紙に覆われていない面積が半分をきる。
「そもそもだ、この『戦いが日常茶飯事の星における最大勢力』の参謀長が、戦えない者で勤まるわけがないだろう」
ため息交じりで呟く彼とは裏腹にウルフェンは自分の体の大半が紙に包まれたことに焦りを覚える。
「おぉぉぉぉ!」
全身を包まれれば神器を所有していない自分は紙の中に閉じ込められてしまうため、それだけは避けねばならぬウルフェンが考え、空を衝くような咆哮と共に、全身が膨れ上がり、体中に張りついた紙が吹き飛んでいく。
「…………まあ当たり前の対応だな」
とはいえ、その程度の対応は彼にとって完全に想定内の事態であり、だからこそ心乱すことなく次いで撃ちだされた攻撃を躱し、ウルフェンの体に付着していた残りわずかな紙の欠片に、持っていた細長い糸のように伸ばした紙を張りつけ、引っ張る。
「彼女から離れろ!」
これまでにない力強い宣言と共に未だ空中で姿勢を整えきれていないウルフェンの体が重力に反した動きを見せ、更にノアが手を振り下ろすとその意志に従うように落ちていき、真下にあった建物を壊しながら地面に衝突。
「どうした? ギルド最高峰実力者の真価とはこの程度のものなのか?」
「て、めぇ!」
背中から対になるよう巨大な羽根を生やし、地面に衝突した彼を嘲るような口調で煽りながら見下ろすノア。
「その挑発、高くつくと思え。テメェは四肢の骨を折って逃げれなくして、泣きわめき、命乞いをするしか脳がねぇガラクタにした後で殺してやる!」
その姿を確認した彼の心に安堵と緊張が同時に訪れる。
安堵の感情の理由は無事アイビス・フォーカスから注意を逸らせることができた点だ。
が同時に訪れた緊張は、目の前の人物の激情が彼の想定を超えていた事だ。
いかに彼が様々な奇策を用いろうとも、本気になったウルフェンには敵わないと重々理解している。
だからこそ彼を引きつけるコツはいかに格下と思わせ全力を出させないことかにかかっていたのだが、目の前の男の様子は今すぐ全力で暴れられてもおかしくない様子だ。
これ以上の援護はできないな
そう覚悟したノアは内心で服の袖から大量の紙を出し、幾重にも重ねながら西洋風の剣と盾を作成。
目の前で気を昂らせる獣を見据え油断なく構えた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
以前からかなりの強者として語られていたウルフェンを中心にした回です。
同時に対戦カードがまた一つ確定。
とはいえ全てをじっくり書くとなると凄まじい事になるので、恐らく端折るところは端折ります。
次回は更に状況が大きく変化! お楽しみに!
それではまた明日、ぜひご覧ください




