不死鳥の深層 一頁目
空に向けて無数の光帯が金色の光を放ちながら伸びて行く。
それは上へ上へと進んでいき、宙にさえ届くのではというところで向きを変え、ノアが出現させた、砦の前で待機する彼らへと降り注いだ。
「被害状況をすぐに知らせろ!」
「こちらクレス! 負傷者千九十八名。死者二千十五名!」
「こちらケンタウ! 負傷者八百七名、死者三千五名!」
「超上空からの高速落下攻撃か! 厄介な!」
「た、隊長! きます! 先程の攻撃がまた来ます!」
密集した人々が避ける暇もなく、落下地点やタイミングを悟らせることなく、敵を葬る鋼属性と光属性を混ぜた殺人兵器。それが彼らに降り注いだ物の正体で、それらが絶え間なく降り注ぎ仲間達を押しつぶす光景を目にして、多くの者が目を見開き自身の心臓を握られる感覚を得た。
「総員守りを固めろ! 自身しか守れぬ者は自身を守り、余裕がある者は周囲のものまで守るのガフ!?」
指揮をしていた軍師が、啖呵を切った戦士が、降り注ぐ巨大な凶器に呑みこまれ命を落とす。
その姿を目にした瞬間、どこからともなく恐怖から来る金切り声が木霊し、多くの者が一刻も早くその場を離れねばと考え人の海をかき分け逃げようとした。
しかしそのどれもが、辿る末路は同じであった。
恐怖で金切声をあげていたものが何の抵抗もできず圧死する。
逃げ惑う人々が逃げきれず圧死する。
抵抗の意思を見せ守りを固めた者がその守りをいとも容易く破られ圧死する。
誰も彼もが抵抗空しく、無情にも潰され命を落とす。
その光景は地獄絵図と呼ぶにふさわしいものであり、圧倒的な力を象徴しているような景色であった。
そしてそのような景色を前に彼らは走馬灯を奔らせほんの数秒前の光景に思考を注ぐ。
先程自分たちを虫けらのような目で見た、テレビや雑誌、各地での行動や噂で取り上げられていた人物。
太陽のように笑い、天真爛漫な様子で世界を回るアイビス・フォーカスが、本当にこれほど情け容赦のない虐殺を行っているのだろうか?
いやそんなはずはない、これは第三者による攻撃だ
そう多くの者が断定するが、彼女をよく知る者の意見は違う。
「相も変わらず、恐ろしい姿ですね」
「はい神様………………私もそう思います」
日常の一幕しか知らない人物達からすれば敵味方の境なく疑問に思う行動だが、彼女の事をよく知るものならば、この光景を前にしても大した疑問は抱かない。
むしろさも当然、これこそがアイビス・フォーカスという人間だと断定するだろう。
「土下座なさい」
「!!?」
「そうすれば、この苦しみから解放してあげる」
アイビス・フォーカスが世界中で最も強く抱いている思いが一つある。
それは神教に対する『愛』だ。
「はっ、ははぁ!!」
「…………」
神の座イグドラシルも自身が作りだした神教を無論愛しているのだが、その愛は神教だけでなく世界全体に包みこむように広がっている。
それと比べ彼女は神の座イグドラシルと『神教』というものに深い愛を注いでおり、髪の座と比べ範囲を限定したその愛は一際強いものとなっている。
そんな彼女は神教が作りだした全てが好きであるから世界中を巡りいつも笑っているのだが、個人ではなく神教に対する攻撃を決して許さない。
「ありがとう。じゃあこれがご褒美ね」
「?」
「動かないで固まってくれたから、痛みを感じる間もなく殺してあげるわ。良かったわね~」
彼女が愛する『神の座』と『神教』を壊そうとする輩がおり、それを自らが裁くと決めた瞬間、彼女は無情の殺戮兵器へと変化。
子を守る親の愛の苛烈さの如く、あらゆる障害を排除するのだ。
「うし、俺たちが一番乗りだな。さあて野郎共、一丁派手に暴れますか!」
無論軍勢側もその状況を指をくわえて見ているだけなわけではない。
一万人程度の部下を従えたエクスディン=コルがラスタリアを守る白い壁を超え、空に浮かぶアイビス・フォーカスを凝視し獣のような獰猛な笑みを浮かべる。
「住民がいませんね」
「そりゃな。神の座が民を危険に晒すわけがねぇ」
ラスタリアには住んでいる住民を非常時には別の場所へ飛ばす巨大な魔方陣が描かれており、これにより住人たちは人質にされることなく戦いを繰り広げられるようになっている。
「さぁて、市街地での戦争だ。空飛んでる最強様の注意もいいが、下やら横やらからの不意打ちにも意識割いとけよお前ら!」
「「了解!」」
入り組んだ地形を用心深く進みながらも周囲の警戒を行う一行。
「た、隊長……」
「なんだぁ。奴さんのおでましかい?」
「いえ、その……逆です…………周囲一帯に生体反応は一切ありません」
「はぁ!?」
そんな中告げられた部下の返答にエクスディン=コルは声を上げた。
彼らが使っているのは、半径五キロ圏内の人の存在を感知する探知機だ。
『十怪』の一角であり『死の商人』と呼ばれる者から買ったそれは、呼吸の有無に体温の有無はもちろんの事、人の体を構成している粒子を読み取る手のひらサイズの機械であり、裏の世界でのみ取引されているそれは、未だ対策されていない道具であった。
「い、いかがいたしますか?」
「…………こまけぇことがわからねぇから何とも言えねぇが、もう少し近づくぞ。神の居城にまで行けば、ある程度の反応があるはずだ」
「了解!」
「あ、それとだ、周囲に対する警戒は解くなよ。こっちの想定していない不意打ちだってありえるんだからな!」
報告した本人が困惑する中、エクスディン=コルが最後尾から指示を出す。
「不意打ちに対応できるよう速度を落とせ! 調子こいて死ぬんじゃねぇぞ!」
通信越しに聞こえてくるその言葉に応じるように先頭を走る部隊が速度を落とし、探知機の効果がある五キロ圏内にまで移動。
「は、反応……あ、ありました! 最上階中心に二つ! 下の階には……十二階の奥に並ぶ生体反応がおよそ百! 加えて各階に少数ながら反応が存在します!」
報告を聞く限り、ラスタリア内に敵の影はなく、神の居城にも最低限の戦力を残すのみという状況。
「クソが! ふざけんな!」
その状況を理解し、エクスディン=コルが声をあげる。
「た、隊長?」
突然怒りを顕わにした指揮官の姿を目にして前を進む面々が恐る恐るといった様子で声をかける。
「全軍突撃だ……」
「は?」
「全軍突撃だって言ってんだよ! このまま舐められっぱなしでいいわけねぇだろ!」
そんな部下たちに対し、エクスディン=コルの怒声が発せられる。
彼は気づいたのだ。
この状況がいかなるものか。そして自分たちが、どのような扱いを受けているのか。
ラスタリア内部に住民がいないのは元々予想していた事だ。
戦場となる場合人質とされる可能性があるのだ。そんな余分なものは残しておく必要はない。
ではなぜ敵兵はいないのか?
最初は光学迷彩などの比ではない、第五位が使う自然との同化に近い技術を持った部隊が隠れていると彼は思っていた。
ほかにも城の内部にいる面々とそのような面々との挟み撃ちによる奇襲を取ってくると思っていたのだ。
無論それ以外にも色々な手を想定しており、壁からの一斉掃射。空中用機雷などを代表とするトラップ。
それら全てを警戒していたというのに、どれだけ見渡そうともその類のものは見つけられない。
だから彼は、彼にとって最も不快な答えに辿り着いた。
自分たちはハナから相手になどされていないのだと理解した。
「撃て撃て撃て!」
エクスディン=コル率いる部隊が、革袋から銃の類を取り出し彼女へと照準を向ける。
それらは引き金を引くと各々の属性を増幅させたレーザーが発射されるのだが、四方向から迫るそれらを彼女は一瞥することもなく、周囲に漂っていたいくつものルービックキューブが勢いよく動き出し、適した色を揃える。
それだけで、放たれた十色のレーザーはある程度進んだところで無色の粒子に還った。
「隊長!」
「気にすんな! その程度想定済み、だ!!」
どれだけ攻撃を繰り返そうとも目前に迫った境界が超えられない。
だがあらゆる物体を消滅させる『完全分解』の存在などとっくの昔に知っている事であり、それを前にしたからといって引くなどという選択肢を戦争犬は持っていない。
「こいつでどうだぁ!」
革袋から巨大な大砲を取り出し、腕に嵌める。
「あら?」
掛け声と共に発射されたのは鋼属性で隙間なくコーティングされた巨大な鉄球で、それを感知すると、彼女は初めて自らよりも下の景色に視線を落とした。
アイビス・フォーカスが使う能力『完全分解』は極めて強力な能力だ。
例えば世間一般の常識や法則、概念にまで手だしできる能力でさえ、一方的に蹂躙することができる。
がしかし得手不得手というものは存在し、概念や常識といった形のないものに対しては特に強く効果を発揮する一方で、隙間なく固められ強固な物体に対しては効果が発揮しづらい。
だからこそ基本が固体の鋼属性や木属性の攻撃は、彼女からすれば苦手分野という事になる。
「クソ、俺らの豆鉄砲には見向きもしませんってかぁ!」
無論苦手とはいえそれは『完全分解』に限った話だ。
全属性を自由自在に使いこなす彼女は、あらゆる攻撃から身を守る術を備えており、迫る攻撃から身を守るように、無数の鉄の盾が展開され攻撃に反応し動き始めた。
「隊長! これは本当に意味があるのでしょうか!」
「文句言ってねぇで撃ちまくれ! この壁をやぶりゃ奴の意識も多少はこっちに向くだろ! そうすりゃ後が楽だ!」
そう口にするも砕いては現れる無数の盾の存在に彼自身が少々辟易していたのだが、
『こちらソードマン。ラスタリアに到着した』
『ギャン・ガイアだ。同じく到着。攻めるぞ』
そんな彼の耳に、近接部隊に秀でた戦士たちを連れたソードマンと、部下を連れず個人で動いていたギャン・ガイアがからの通信が聞こえる。
と同時に彼らは白い壁を超え、瞬く間にアイビス・フォーカスまでの距離を詰める。
「レイン」
「任されました」
ギャン・ガイアが地面に手をつき巨大な木の根を数多に召喚させ、それを炎の壁で防ぐ傍らで、迫りくる戦士たちの軍勢を指揮する男を指差し、その意味を認識していた初老の戦士が動き出す。
ソードマンは、残る敵幹部の中で唯一その素性が一切わかっていない相手だ。
鎧で全身を覆う事で正体がわからないミレニアムを除けば、残るエクスディン=コルにギャン・ガイア、そしてウルフェンの素性を彼らは既に理解している。
これは元々『十怪』やギルドに所属していたためでありさしておかしな点はないのだが、一番最近新しく『十怪』に登録されたこの戦士の情報だけはうまく集まらなかったのだ。
「悪いな。お前はここで足止めだ」
「ギルド『エンジェム』総隊長、レイン・ダン・バファエロか。いいのか? デスピア・レオダとの戦いによる傷は浅くないだろう?」
「君たちが何もせず降伏するというのなら、楽をできるのだがね!」
「それは無茶な相談だな!」
針のように尖ったレイピアと、二本の長剣が衝突した息を震わす。
「お前たちはアイビス・フォーカスに向かえ。が、戦いは引き気味、ある程度意識を割く程度でいい。無理に前に出れば崩され、そこから雪崩れ込むように殺されるぞ」
「「はっ!」」
そんな彼らの側を近接戦闘における精鋭中の精鋭百人が通りすぎていき、同時に市街地全域から無数のミサイルが発射。
それらはアイビス・フォーカスだけを狙い爆発し、千を超える盾の半分以上を瞬く間に破壊した。
「野郎共! 撃ち続けろ!」
「「来たかウルフェン!」」
それから僅かな間を置き聞こえてきた声を前に、敵味方の区別なく、大半が意識をそちらに向ける。
そこにいたのは鍛えられた筋肉に鋭い目をした浅黒い肌の強面。長く伸ばした髪と髭を蓄えまとめた偉丈夫、『ギルド』メタガルンの隊長ウルフェンであった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事でアイビス・フォーカスの全力フルスイング発揮回。
はい、前回の後書きでちょっと述べていましたがひどいです。
なおこれでもなお手加減している模様
それはそうと今回の話は区切りどころが中々なく、結果ちょっとぶつ切りになってしまった感があります。ちょっと残念
それではまた明日、ぜひご覧ください




