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決戦の朝 二頁目


「マミーさんこれどうぞ」

「………………ああ」

「あ、これもやる。どんどん食え。どんどん!」

「おい待て積。お前のは嫌いなピーマンをやっただけじゃねぇか。ちゃんと食えちゃんと!」

「違うって。これは感謝の印だって。それを疑うなよクソ兄貴」

「ほう。ならそのハッシュドポテトを渡せるか。それができるってんのなら、感謝のしるしだと認めてやるよ」

「ぐ、ぬぬぬぬぬぬ…………ええい分かった! ほらマミーさん、俺のポテトを食え!」

「マジか」

「マジだマジ。今回の件に関してはな、本気でありがたく思ってるんだよ俺は!」

「…………それはいいのだがまずは説明してくれないか。なぜ私は君たちと一緒に食事をしているんだ?」



 午前八時十五分。


 蒼野が戻り活気を取り戻した食卓に見慣れない姿が存在する。

 そこにいたのは全身を包帯でグルグル巻きにした犯罪者であり、自分を現すマミーと言う名にほんの僅かに戸惑う様子を見せながら、ギルド『ウォーグレン』のまとめ役である善に話しかけた。


「積から聞いたよ。蒼野が立ちあがるきっかけにはお前がかなり関係してたんだってな。てことは間接的とはいえデスピア・レオダ討伐の決め手になったと言っても過言じゃねぇ」

「んで、ここ数日クソ兄貴と一緒に俺はあんたの様子を観察してたんだが、暴れまわる野蛮なタイプでもなさそうだ。なら外に出してやることは不可能でも、ギルド内の移動くらいはさせてやれないか、っていう話になったんだ」


 満面の笑みで語る積に、淡々と語る善。


「ある程度の自由を認めてもらった本人が言うのもなんだが正気か君達。確かに私にはこれまで悪事に手を貸した経歴はないが、それでも君たちが戦ったている敵軍の一員だぞ。少々余裕すぎやしないか?」


 その意見に対する包帯男、いや蒼野達が『マミー』と呼ぶ彼の言い分は正しい。

 一犯罪者をそう広くない範囲とはいえ野放しにしておくのは、許されることではない。


「油断、ね。まあそう言われると返す言葉もないんだが、俺はそれでも大丈夫だと思ってる。何せこの場にいる強者は俺一人だけじゃねぇ」

「ああ、俺もいる」


 善の視線を受けそう口にするのは、蒼野達が座っているテーブルから僅かに離れたところで座り、彼らと同じ食事をとっているギルド『アトラー』の代表クロバ・H・ガンクだ。

 シロバによって裏切り者の第二候補とされた彼だが、貴族衆の当主という立場ゆえに、身柄を拘束されるという事態には陥らなかった。

 とはいえ戦場に赴く許可までは下りなかった彼は、善に誘われギルド『ウォーグレン』に招かれていた。


「原口善とクロバ・H・ガンクがいる限り、そこは閉じ切った牢屋と代わりはない、ということか。理解したよ」


 善の自信ありげな態度を確認し、男が平坦な声でそう返す。


「そうかい。そりゃよかった。アンタに目立つ罪状はねぇんだ。このゴタゴタが終われば、普通に釈放されるだろうよ。それまでの間、まあ部下たちと仲良くやってくれ」

「ふむ」


 すると彼はあえて自分の名を外し、完全には信用しきっていないことを暗に告げる。

 それをあまり好ましい空気ではないと感じたマミーが自分の前に置かれている味噌汁に手を伸ばし無言で掴むと、今度はそんな彼の口元に視線が注がれた。


「…………何か?」

「あ、いや注目してしまって申し訳ないんだけどさ、マミーさんの姿って食べ物を食べるのには適してないじゃないですか。その……どーやって食べるのかなーって思って」

「あ、俺は包帯の下の素顔が見たくて観察してます。どーぞ気にせず食べちゃってください」

「…………そう堂々と言われて気にしない奴らはいないと思うんだがな」


 蒼野に積、そしてゼオスが好きなように発言し、優と康太も黙って見ている。

 そのような様子で観察されたとなればごく一般の者ならば居心地悪く感じるのだが、彼の様子に変化はなく、周囲を見渡していた。


「ふむ。君たちは少しだけ勘違いをしているな」

「え?」

「この私が全身に巻いている包帯。これはただ体を縛るだけのものではない。原口善には負けたが、戦闘に使う武器にもなる。そして……このような用途もある」


 彼がそう言うと包帯が手から味噌汁の入った茶碗へと伸びて行き、僅かな時間で味噌汁茶碗を完全に覆う。

 それから心臓の鼓動のような規則的な動きを僅かな間繰り返したかと思えば、包帯の一部が茶色く変色し、これまた数秒の時間を置いて元の色に戻っていく。


「いい味だ。この味噌汁を作ったものは、なかなかの腕前だ」


 そう口にすると包帯の拘束が解け、中の器が顕わになる。

 そこにあったのは具材である白菜と大根を含め何も残っていない器であり、それを見て蒼野と積が目を丸くした。


「え、なにそれ。その包帯おかしくねぇッスか。何で飯を飲んでるんですか?」

「お、面白いわねそれ。他にはどんな機能があるの?」

「機能というよりは特技に近いが、例えばこれ自体を手足のように私は動かせる。例えばこのように…………」

「お、お~~。結構力が入るんだな」


 マミーが側に置いてあったフォークを包帯で掴み、手の中でこねくり回す。

 その動きは繊細ではあるのだが同時に力強さもあり、フォークを軽々と曲げ、裂き、一部を溶かし、折り紙で織ったかのような鶴を作りだす。


「すげぇ!」

「これ売り物になるレベルじゃない?」

「……なぁ蒼野。こういうのってさ、女の子は好きそうじゃね?」

「どうなんだろうな。でも銀色で綺麗だし好きなんじゃないか、女の子は」

「うし、ならオレが買おう。マミーさん、それはいくらだ?」

「おいおい、お前ら食堂でワイワイ騒ぎ過ぎるなよ」

「あれ? 兄貴はどこに行くんだ?」


 騒ぎ立てる少年少女を尻目に善が立ち上がり、善が目くばせをすると奥で腕を組んでいたクロバも立ち上がった。


「あれ? お二人はどこへ?」


 その様子が気になり声をかける蒼野。


「ちょいと内緒話をな。温厚そうなそいつの事だから危険はないと思うが、逃げ出そうとしたら少しの間粘っておいてくれ。異変を感じたら、すぐに戻ってくるからよ」


 すると善はそう口にして部屋を出ていき、それに続いてクロバも会釈をして部屋を出て行くと、キャラバンからも出ていった。


「さて、まあ俺が旦那とこうして二人きりで話したい理由はわかるな?」

「ああ。デューク殿の件だな。そしてそれを今聞きだすという事は、シロバに面倒事でも押し付けられたか?」


 今彼らがいるのはラスタリアから100キロほど離れたところにある黒海研究所の外にある駐車場で、自販機で各々好きな物を買うと、その側にあるベンチに二人は腰かけた。


「悪いな旦那。これも仕事だ。知っている限りの事を教えて欲しい」

「そうだな」


 口に花火を咥えた善が革袋から取りだした数枚のメモ用紙に一瞬目を向け、クロバがほんの一日前の記憶を掘り起こす。


「デューク殿の件についての報告があったのは昨日の深夜だ。デスピア・レオダとの戦いの後処理を俺がしていた時、部下から連絡があってな。過去に栄えた王国『ヘレンケス』の古城奥で、衰弱していた彼を見つけたらしい。それにしても驚いた。本音を言えばミレニアムの正体はデュークさんだと思っていたからな」

「そうだな、まあ否定はしねぇよ。それにしてもヘレンケスとは……」


 その土地の名ならば善も知っていた。

 過去に栄えた、どの勢力にも属していない巨大な国家であり、今は廃墟と化した場所。

 崩壊の理由は不明。それまで一切の問題がなかった平和な国が一夜にして消えるという異常事態があった場所で、そうなった理由は判明していない。

 今から千年以上前の話だ。


この国が今回の戦いにおける鍵か?


 善の頭に新たな国の名が思い浮かびその候補として覚えておく。


「それで、他に聞きたいことはないのか?」

「そうだな。やっぱまず気になるのはその報告をした部下の事だな。そいつの身元はどうなんだ。怪しい点はあるのか?」

「ないな。数年前に入隊した一般人だ」

「当日そこに訪れた理由は?」

「仕事の一環、というより『境界なき軍勢』との戦闘の際に訪れたとの事だ。逃げた追手を追いかけてた最中に見つけたらしい」

「そうか。なら一度そいつに合わせてもらう必要があるな」


 それからも幾つかの質問を繰り返し、時が過ぎていく。

 気が付いた時には彼らの座っていたベンチの側に合ったからくり時計が九時を知らせ、頭上から鶏の人形が出現しプログラムされた動きを行い始めていた。


「長い事付き合わせて悪かったな旦那。これで、聞くべきことは全て聞いた」

「お前こそ、お疲れさまだ。最も、容疑者に言われてもそううれしいものでもないかもしれんがな。まあ災難だったな」

「ほんとだぜ。そもそも俺が尋問を行うってんなら、相手の気の淀みが見れるんだからそっちの方が便利だろ」


 二人の間に流れていた緊迫した空気が緩み、両者同時に緊張を解く。

 持っていた幾つかのメモ用紙を乱暴な手つきで革袋にしまう姿は、善がどのような心積もりで尋問を行っていたのかをありありと示していた。


「…………なあ旦那」


 それから手にしていた缶コーヒーを呑み干した所で、善はぽつりと胸に秘めていた本音を語る。


「ん?」

「最近よく考えるんだ。俺たちはパペットマスターが残した策に翻弄されてるんじゃねぇかって。

 俺たちが手掛かりとしているものは全て偽物で、裏切り者なんてもんも実際には存在してない。そういう存在がいると思いこまされているだけで、無駄な疑心暗鬼を続けてるだけだって」


 機械仕掛けの鶏が声をあげ、それに続いて出てきた着物を着こんだ数体の人形の稚拙な踊りを目に焼きつけながらそう口にする善。

 その言葉に対し、クロバは首を横に振る。


「内通者……いや裏切り者はいる。これだけは絶対だ。

 でなければ、デスピア・レオダ戦での被害は世間に漏れなかったはずだし、このタイミングでデューク殿が見つかるはずもない」

「あの人が見つかったのは奴らの策略……つまり偶然ではないと?」

「当然だ。このタイミングでの出現が、偶然であってたまるか」


 善の問いかけに対し、絶対の自信を持って言いきるクロバ。


「そうか。いい言葉が聞けたぜ旦那」


 するとそう口にした善が立ち上がり、確信を得たというような笑みを顔に浮かべる。


「一体なんの事だ?」

「神教……というよりノアの奴からあてがわれた質問は全部終えた。だが『最後に信頼するのはあなた自身の直感です』なんて言われてな。今の質問を、俺自身の判断ポイントとさせてもらった」

「…………なるほど」


 パペットマスターが何らかの策を施しているというのは善の本音で間違いない。

 クロバが犯人だと思っていないというのも心底からの本音である。

 ただ確実に裏切り者、ないし内通者がいるという今の状況で言葉を濁すようならば、質実剛健を絵に描いたようなこの人物らしくない。つまり疑うに値すると善は考えていた。

 そんな彼が返した答えにより、善は彼はシロであると確信した。


「ちなみに聞いておくけどよ、旦那は裏切り者の正体についてはある程度予想で来てるのか? そいつさえ見つかれば俺らも自由に動けるんだけどよ」


 その上で行われたこの問い本当に気軽な、別に大した意味もない質問であった。


「…………そうだな」


 しかしクロバはというとその質問を深刻なものと捉えたようで、深刻な表情を見せたかと思うと口を閉じる。


「候補なら……いる」

「ほう。そりゃ気になるな。一体誰なんだ?」


 重々しい様子で口を開くクロバ。

 その言葉を聞き関心を持つが、それを必死にひた隠そうと口に咥えていた花火が発する火花に視線を向ける善。


「悪いが、今は口にすることができない。なにぶん推測の域でな」

「おいおい。ここでもったいぶるのかよ旦那! 勘弁してくれ!」


 しかしいかに平静を保とうとも梯子を突然外されたような答えには動揺を隠せず、持っていた花火を口から外し、地面に落としてしまった。


「俺が口にした内容がお前に影響を与え、その結果が間違った答え、望まぬ答えに向かってしまうかもしれんのだ。悪いが確証を得るまでは口にできん」

「はぁ…………わかったよ。これ以上は聞かねぇ」


 質実剛健。その強面な姿に似合わぬ根っから真面目な善人にして、多数の人々を従えるのに十分なカリスマを持つ慎重な性格の漢。

 世界を支えるほどの傑物ではないが、自他共に認めるほどの多くの積を背負う事ができる漢。

 それがクロバ・H・ガンクだ。

 そんな彼は答えを口に出さないと言えば決して口に出さない頑固者であり、そのことは善とて重々承知している。


「だけどよ、一つだけ確認させてくれ旦那。あんたが疑っているのは……レオンの野郎か」


 だから善は答えを聞きだす事は諦め、ただ一人気になっている人物の名を挙げる。

 そしてその反応を眼でしっかり捉え答えを待っていると、いきなりクロバの纏う気が大きく揺れる。


「旦那!」

「行くぞ!」


 それがキャラバンの方角から起きた爆発に対する反応だと気づいた善は、それまでしていた話をすべて忘れ、急ぎ足で走り始めた。


遅くなってしまい申し訳ありません。

作者の宮田幸司です。


お久しぶりの深夜更新、そして先日話した通り包帯男を交えた内容となります。

と同時にクロバの潔白証明回。まあどこまで信じられるか、という問題もありますが。


それではまた明日、ぜひご覧ください


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