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矜持・義務・復讐 四頁目


「壱式・発拳!」

「覇鋼・瞬轟!」


 放たれた二人の最速の一撃が、壊鬼にとどめを刺そうとしている分身の体を容易く消滅させる。


「善! クロバさん!」


 現れた二人の猛者を前にコングマンが声をあげるのだが、二人は背後を振り返らない。


「早くいけ!」


 ただ目前に迫った脅威から逃がすため、声を荒げ警告する。


「わ、わかった。待ってろ。すぐに戻ってきて戦線に加わる!」

「馬鹿言うな。野郎はまだ何かやるようだ。中途半端な実力の奴らが残ったところで、できることなんて限られてる」

「っっっっ」

「我々の援護よりも先に、この怪物を完全に消滅させるだけの援軍を呼んでくれ。ここでこいつを逃がして、壊鬼殿の成果を無駄にするわけにはいかない!」


 唇を嚙み悔しそうにする男に対し、突き放す様に言いきる善に救いの手を伸ばすクロバ。

 彼はその言葉に反論で傷、嫌々ながらも納得した様子で頷きながら黒い渦に飛びこむと、デスピア・レオダの本体が、集めた大量のウイルスと周囲に散っていた分身を吸収・圧縮し空間を歪ませていく。


「さあて、クソ面倒な玩具は始末した!」

「始末しただと? 馬鹿言うな。この人がこの程度でくたばるわけがねぇ!」


 二人の背後で崩れ落ちる壊鬼の姿を前に歪な笑みを浮かべるデスピア・レオダ。

 そんな怪物の言葉を善は勢いよく跳ねのけるが、その顔に張りついた笑みは鎮まることなく続いていた。


「まあ正直どっちでもいいんだけどな。お前ら二人も合わせて、これから確実に始末するからよぉ!」


 そう彼が口にした瞬間、彼らの周囲、いやこの廃村全体を覆う空気が変わる。

 それに合わせるように廃村の様々な場所に黒い巨塔が経ち、地面が黒く変色し、空が毒々しい色に変貌していく。


「また『夢双世界』か!」


 同時にデスピア・レオダの真上を起点としてボウル上の黒い膜が大地に広がる光景を目にして、善とクロバは彼の行おうとしている事を理解し声を荒げる。


 あらゆる種類が存在する能力だが、属性と同じく『極致』に当たるものが存在する。

 その正体は未だ解明されていないのだが、その最有力候補となっているのが『夢双世界』だ。


 包みこんだ世界を周囲から隔絶し、最も自分に都合がいい世界を展開するという最大難易度の能力。

 個々人に最も適した形で展開されるその形は多種多様であるが、どのような形であれ、発動すれば相手を圧倒できる性能があると言われている。

 また神器に能力が通らないのは変わらぬとはいえ、その力でも隔絶されたこの空間からは脱出することができず、外部にできた豆粒ほどの空間の歪みを誰かが破らない限り、相手を閉じ込めておけることが可能であり、援軍の心配をする必要がなく戦えるのも特徴だ。


 この空間にいては自分たちは負ける。すぐに撤退する必要がある


 先程の拘束展開とは違い穴一つ残さぬようゆっくりと閉じていく黒い帳を前に善とクロバが瞬時に判断。

 背後に控える壊鬼を背負い、黒い渦に飛びこもうとするが、


「おいおい、なに即時撤退を決めてるんだよあんたら」

「あ。姉御……」


 そんな二人の体を瀕死の彼女の剛力が抑えつける。


「離せ姉御。この夢双空間の効果は『ウイルスの無限増殖』だ。ここにいちゃあ、いくら俺らが粘ろうと勝ちの目はねぇ!」

「ゼオス君が開いた黒い渦も夢双世界の展開に反比例するように閉じて行っている。撤退する機会は今を除けばなくなるんだぞ!」


 世界と世界を断絶する帳は未だ降りておらず、しかしその効果は確実に現れており、デスピア・レオダがこれまでの比ではない勢いでその肉体に力を蓄えていく。

 それを前にすれば一時撤退はさしておかしなことではないが、そんな彼ら二人の様子を彼女は失笑した。


「馬鹿だねぇ。確かにあんたらの言ってることは当たり前の事だよ。だけどここでこいつを逃したら、どうなるか忘れたわけじゃあるまい?」


 ここでこの怪物を倒さなければ『境界なき軍勢』との戦いの状況は日を追うごとに悪くなっていく。


 その事実を彼らは理解している。


 デスピア・レオダが世界から断絶した自らの空間に引きこもった場合、世界中に蔓延しているウイルスがどうなるかはわからない。

 最悪の事態を考えるのならば、世界から切り離された空間に閉じこもっているにも関わらずウイルスは繁殖を続ける可能性もある。


「全部わかってるさ。だけどな、俺と旦那の二人ならこの選択で間違いないはずだ」


 しかしこの状況を覆すには帳が降りきる前にこの空間をなんとかする…………有り体に言えば破壊できるほどの一撃が必要であり、個人との戦いに特化した善や、それほど特化してはいないが周囲全てを粉々に破壊する程の威力の技を持っていないクロバの二人では、撤退は当然の選択と言えた。


「おいおい、あたしを忘れてもらっちゃ困るよ」


 そこまでしっかりと認識しているゆえに余裕のない顔をする二人。


「ここにいるじゃないか。廃村全てを破壊できる存在が、さ」


 そんな中、そう言って自らを親指で指差す彼女の姿に、二人が一瞬息を呑む。


「…………わかった。頼んだぞ壊鬼殿」


 がしかし、満身創痍なその姿を目にしてなお、彼らはそう言いきる彼女を止めない。

 そこに宿った決して曲げる事のない矜持をしっかりと感じ取り、クロバと善がほぼ同時に頷いた。


「ギャハハハハ!」


 帳はまだ落ちきっておらず世界は完全には断絶されていない。

 しかし確実に威力と硬度をあげたウイルスの刃が彼らに襲い掛かり、それら全てを二人の男は防ぎ続ける。


「さあ――――行くよ」


 穴がいくつもの場所に空いた体をしながらも何とか立ち上がり、空へと向け腕を掲げる。

 すると地面に刺さっていた金棒が主の手に収まり、彼女の矜持を現すかのように真っ赤な輝きを見せる。


「なにするつもりだよ。壊れかけの玩具ごときがよぉ!」

「鉄砂!」


  雄叫びをあげ、洗濯バサミ程度の大きさの小さな刃を虚空に出現させては無尽蔵に撃ちだすデスピア・レオダ。

 永遠にウイルスを供給されるその空間で行われるそれは、言葉通り無限に撃ち続けられ、鋼鉄の守りさえ突破する勢いで突き刺さり、内部にいる三人へとめがけ飛んで行く。


「善!」

「下は任せろ!」


 それらを全て鉄球で撃ち落としていく最中、唯一守っていない地下から、真っ黒な木の根が彼らへ伸びる。

 それらから身を守るように善は練気を練ると地面に蓋をして、迫りつつある脅威から孤立した空間を作り上げる事に成功。


「良く守ってくれた。流石男の子だ」

「壊鬼殿、俺達も二十歳を超えてるんだ。子ども扱いはやめてもらおう」

「そうだぜ。婆臭いぞ」

「いってくれるねぇ。その言葉の代償、この傷が治ったら払ってもらうよ善」

「へいへい。治ったらな」


 満身創痍ながらも吐きだされる悪態に善が笑い、それを聞き彼女は笑う。


 快晴の空を思い浮かべるかのように笑って見せる。


「鉄砂よ! 貫け」

「なぁ!?」


 するとここが正念場であると認識したクロバが声をあげ、デスピア・レオダの体の至る所から無数の鉄の刃が生じ、思わぬ反撃を前に怪物の思考が乱れ刃の嵐が消失。


「地獄郷…………」


 その瞬間を待ち望んでいた彼女が声を発すると彼らを覆っていた鉄の膜が消滅し、その内部にいた彼らの姿、そして最奥で構える鬼が持つ金棒の姿が顕わになる。


「なぁ!?」


 一言で言い表すのならば、それは赤かった。

 太陽の光のような輝かしい色でも、熱を籠らせた鉄の赤銅色でもない。

 『赤』という色そのものであった。


「おいおいなにする気だクソアマァ!」


 それを見たデスピア・レオダの顔から余裕が消えるが時すでに遅し。


「朝赤土!」


 振り下ろされた金棒が、まっすぐに大地を叩く。

 すると帳が落ちる範囲の大地全てが赤く染まり沸騰し、その熱に負けた木々や建物が原形を失い始め、


「善! クロバ! ちぃと熱いけど我慢しなよ!」


 大気が熱し、大地が泡立ち始めると思えば勢いよく膨張し、


「テメェ! テメェテメェテメェ!」


 デスピア・レオダが雄叫びを上げながら事態を収束させるため壊鬼に飛びこんでいくが……その手は彼女に届かない。


 その手が彼女の頭部を掴むかどうかという範囲まではいった瞬間、真っ赤に染まった大地が、自然が、建物が、そして空気が、強烈な赤い光を放つ。

 それから僅かな間を置いた瞬間、赤く染まった空間全てが空へと昇る火柱へと変化し、


「!」


 彼らを呑み込まんとしていた異界は消滅した。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまい申し訳ありません。本日分の更新です。


という事でクソウザ空間破壊の巻。


秘中の秘は役に立つことなく破壊されて終わりとなりました。


ここでちょっと裏話を語ると実は「夢双空間」はここが初出の予定でした。

つまりこのハナアビに辿り着くまでの戦いはなかったのです。


しかしそれでは最強と言われる能力としてはあまりにも情けないので、あの戦いを追加したのでした。

なおそれによって一番得をしたのはレインさん。


本来の予定では見せ場なく不意打ちでの退場でした。

そうならなくて良かったね!


それではまた明日、ぜひご覧ください

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