災禍の前触れ 三頁目
ゴロレム・ヒュースベルトが平和公園に入った瞬間、康太達が踏んでいる地面が見える限り全て凍り、凍った地面からは二メートルはある甲冑を着こんだ氷の騎士が出現。
何もないようにしか見えない場所に移動し手を伸ばしたかと思えば、透明になった敵対者を全てを掴み取り、下半身を凍らせた。
その痛みに耐えかねた面々は先程同様透明化が解け、その姿を再び彼らの前に晒した。
透明化させる能力を持つ者は、先程康太が倒した厚着の男で間違いなく、加えてその能力は意識を失えば解除されるタイプの能力で間違いないはずだ。
だが厚着の男は気絶した状態から動いた様子はなく、なのに能力がもう一度発動しているという不可思議な事が起きている。
「あの短い間に意識を取り戻したか?」
ありえないわけではない仮定を口に出し、しかしそれからもう一度気絶するのは都合が良すぎると考え自身の言葉を否定。
一体何が起きたのかと思いを馳せる。
「さて後はこの事件を起こした彼らに対する聞きこみだ。仕事の終わりも見えてきた事だし、頑張って行こうか」
「あ、そうっスね」
「はい!」
そうこうしている内にゴロレムが声をあげると蒼野が元気よく言葉を返し、心ここにあらずといった様子の康太の肩を叩き彼の意識を切り替え、ゴロレム自身も然程急いでいない足取りで動きを止めた相手の側にまで近づいていく。
「いや、それよりもまずは怯えている一般の人々の救助が優先だったね。よし、そのための人形を作りだそう」
「……なんかここまでゴロレムさんが全部やっちゃうと、俺達必要ないかもしれないな」
「否定はしねぇよ。ま、それでも仕事だと思って動こうぜ」
そんな感想を抱く蒼野と康太が気の抜けた息を吐きだし、ゴロレムが隣にいるアビスと共に持っていた本に視線を落としページをめくる。
「賢教復興のために……邪魔者は死ね!」
だがゴロレムが到着し見るも鮮やかな手際で事態を収束させたゆえに気を抜きすぎていたためであろう。
蒼野のすぐ側で下半身が凍っていた男が凍った部分を炭化させ、同時に自分を抑えている氷の人形を破壊し前に出る。
「ゴロレムさん!」
予想だにしていなかった反撃を前に思うように体が動かず、声をあげる蒼野。
しかしアビスと共に資料を見ているゴロレムはそれに対し気付くのが一瞬遅れ、気が付いた時には男の手がゴロレムの頭部に触れていた。
「ふむ……賢教復興のためと声高に宣言したが」
が、ゴロレムの体は砕けない。
着ている服も含め炭化する様子はない。
「君は本当に賢教の教徒かい?」
「なっ!?」
蒼野や康太と話していた時と比べれば遥かに冷たい声に、不審感を抱いたとでも言いたげな音が混じり、自分に対し襲い掛かってきた男を彼はジロリと観察。
それ以上何かを告げることもなくアビスを僅かに退かせ再びページをめくりその動きを止めると、青白い光が溢れ、細長い氷が男の体を縛りつけ、身動きできない状態に変化させた。
「賢教の教徒ならば『四星』に選ばれる者は全員神器を習得している程度の事ならば知っているはずだ。だというのに…………なぜ君は無駄な攻撃をしてきた?」
それがどうしても不思議であると考え、関心を誘うその男に近づいていくゴロレム。
「ゴロレムさん。まだ誰かいます!」
「!」
その時、再度康太の直感が警報を鳴らし、ゴロレムが康太が指差す結界維持装置の役割を担っている記念石碑のある場所を睨む。
そこには空を飛んでいたことでゴロレムの放った攻撃から逃れた者がおり、記念石碑に指をめり込ませ、背中に生えている羽を羽ばたかせていた。
「漏らしていた奴がいたか」
そう呟きながら冷気を纏った極寒の風を飛ばすが相手は記念石碑の背後に体を隠し、攻撃が避けられる。
「これは……困ったな」
するとそれを見ていたゴロレムは小さくだが唸る。
ゴロレム・ヒュースベルトは多彩な攻撃手段を持っている戦士であるが、基本的に広範囲に特化した攻撃しか持っていない。
これは彼の持つ神器の能力が多人数を想定した使い方に特化しているためであり、それを活かすように彼自身も様々な術技を覚えてきたためだ。
そのためどの攻撃も周りに与える影響が大きく、記念石碑を守るための戦いには適していない。
無論氷の兵士を使えば済む問題ではあるのだが、数を出す前に破壊される可能性は十分にあり、あまりよい手であるとは思えなかった。
「維持装置の破壊に関しては心配しないで下さい」
「康太君?」
そこまで瞬時に思考を巡らし次なる一手を模索する彼に、すぐ側にまでやってきた康太が話しかける。
「あそこにいる蒼野は物の再生に関してなら最高に相性がいい能力を持っています。境界維持装置が神器でないならば、周りの被害に関しては考えず、勝負を決めても大丈夫です」
「…………なるほど。確かに境界維持装置は神器の類ではない。ならば…………」
蒼野の能力に関してはギルド内の機密情報として世間一般には後悔されていない。
ゆえにゴロレムもその能力の正体に関しては知らなかったのだが、善やヒュンレイ自身の口から強力な能力を持つ新人が入った事は既に耳にしており、加えてここで康太がそう口にしたことでこの状況を何とかできるものである事も理解した。
「わかった。君の言葉を信頼しよう」
ならば問題はないと判断したゴロレムが本のページをめくり、ピタリと止める。
それに呼応するように本が青白い光を放つと凍った道が石碑へと伸びて行き、
「貫け」
主がそう口にするのと同時に真上へと上昇。
天を貫くかのような勢いで氷の剣が伸びて行き、石碑の一部を削りはしたもののその背後に隠れていた男を上空へと突きあげた。
「これで終わり……ではないようだな。背後に隠れている間に仲間を助けていたか」
最後の一人を仕留め安心していた蒼野とアビスとは違い、油断なく周囲を見ていたゴロレムが凍った足場から抜け出した敵を捉えるべく氷の騎士たちに指示を出す。
「ぐ、お!」
それにより残った最後の一人も勢いよく凍った地面に抑えつけるが、そうするよりも前に男は石碑を地面にしっかりと張りつけていた杭ごと持ちあげており、明後日の方角へと石碑を投げ飛ばしていた。
「よし。これで今度こそ終わりだな」
「みたいですね」
とはいえ、これ以上立ち上がってくる者も今度こそおらず、この場に現れた彼らの敵意で満ちていた空間に穏やかな空気が戻ってくるのを康太や蒼野も肌で感じ取る。
ゴボン!!
「ん?」
「え?」
はずであったのだが、この時蒼野達はもちろんの事、この場を襲った正体不明の敵さえ予想していなかったのだ。
彼らの行動が、想像を絶する事態――――『世界三大厄災』の一角の権限を促していたなどと。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日は少々短くて申し訳ありません。話の都合上、一番うまい切れ目がここであったものでして。
ですがまあ、これにて前座は終了。
今回の話におけるメインディッシュの登場です。
という事で、また明日お会いしましょう!




