純粋悪 三頁目
「覇鋼・烈破!」
気合いの籠った声が分厚く黒い雲に覆われた空に響き、それに同調するようにあらゆる障害を粉砕しながら突き進む鉄の鉄球。
「ギャハハハハ!」
「…………やはり当たらないか」
それが当たらなくなったのは、戦いが始まってから数分経った頃の事であった。
戦いが始まってすぐの頃は最初に遭遇した時と同じく全身を粉々に破壊する勢いで直撃したのだが、それから徐々にだが攻撃の軸から外れ、数分経ったには完全に回避されている状況になっていた。
「あらよっと!」
変化はそれだけではなく壊鬼の放つ攻撃に対する反応にも現れており、彼女が攻撃を放とうとする動きを見せると周囲のウイルスを集めた盾を作り防御を固め、炎には決して触れないように立ち回るようになっていた。
「攻め切れんな」
「あぁ、厄介だね」
後の先により相手の行動を見た後でも攻撃の手を変えられる善だけは正確に攻撃を当てられ、自身の気を纏った状態でデスピア・レオダを掴み空中に投擲、
意図を察したクロバが鉄球を撃ちだすのだが、デスピア・レオダはそれよりも早く全身を霧状に変化させ、射程圏内から離れていく。
その光景を前にした三人は手詰まりを感じ、同時にこの戦いが始まってすぐに感じた違和感の正体を悟る。
デスピア・レオダは成長している。それも凄まじい勢いでだ。
彼を言い表す最も適した言葉は、『誰でも殺せる兵器を持った純粋な子供』だ。
敵意や悪意などの負の感情からではなく、ただ自分が楽しいから人を玩具に殺戮を繰り返している幼い子供。
幼いゆえに大量殺戮を行う危険性もあるが、未熟な心ゆえに戦闘技能はそこまで際立ったものはなく、こと戦闘においてはミレニアムほどの脅威はない。
それがデスピア・レオダに対する四大勢力の評価であった。
だが数分間戦いを続ける事で、彼らはその印象を改めた。
性格の未熟さこそ目立つものの、デスピア・レオダはこと戦闘において急速な成長を遂げている。
「ギャハハハハ!」
殺戮兵器のより効率的な利用方法を学び、
邪魔な障害を回避する方法を学び、
攻撃を当てる方法を学び、
急速に成長したデスピア・レオダは、放っておけばこれまで以上に厄介な存在になるという予感がした。
「壊鬼殿、少々引き気味に。ここからは、俺と善が先頭に立ちます」
「…………しゃあないねぇ。ま、流石にわがままを言ってられる状況じゃないか」
この怪物は今日ここで確実に殺さねばならない。
『境界なき軍勢』との戦いに関係するからという意味ではなく、今後の成長を予期し男達が前に出る。
緊張感を孕んだその言葉は先陣をきっていた壊鬼にも確かに伝わっており、彼女は少々不満げではあるが、文句を口にする事なく後退し、前に立つ二人が作りだす機を静かに伺う。
「なんだなんだ? 怖気づいたか? ずいぶんと距離を取るじゃねぇか!」
壊鬼がこれまでにない様子を晒しながら後退したのを確認し、デスピア・レオダが勝ち誇った様子で嘲り笑う。
それを不快に思う気持ちはあれど当初の作戦に沿って動くと決めた壊鬼は挑発には乗らず、ただ黙って前に立つ男の背中を見る。
「彼らは怖気づいたのではない。貴様に確実に勝つために全力を尽くすと決めたのだ」
「あ?」
最初の遭遇時から今回の戦いまでで何度かあった、壊鬼が最前線に立ちクロバと善が援護するという形で戦ってきた形。
実はこれは彼らが最良であると考えていた選択肢ではない。
それでもこの動きを続けてきた理由は初日に壊鬼が語った部下たちのテンションの高揚を狙った動きというのが一つ。
加えて彼女自身の戦闘スタイルや性格を活かすと考えた場合ならば最良であり、それに合わせる動きがクロバと善の二人ならば十分可能であったゆえにこの陣形を保ち続けてきた。
だがしかし最前線に置いた壊鬼の攻撃が見切られはじめ、援護に回るクロバの鉄球も対処されるようになってきたとなれは、無理してこの陣形を保ち続ける必要がなく、本来の陣形に戻すのは道理であった。
「当初の予定通り俺が奴を縛る。善は援護を。壊鬼殿は隙を見つけ次第攻撃を。必ず当てられるだけの隙を作りだすので、チャンスを逃さぬようお願いします」
「分かった」
「おいおい、誰の心配してるんだよお坊ちゃん。あんたこそ気を抜かずにやりなよ」
二人が返事をすると、善がその場で拳を構え壊鬼が更に一歩後退。
善が消えたのはそのすぐ後の事であった。
「左か!」
自身の領域で戦った時と同様、全身の至る所に目玉を張りつけ、三百六十度全てを監視し善の出所を追う怪物。
そうして見つけた方角に顔を向け対処に回ろうとするが、その動きを見切った善の拳が彼の顔を殴り吹き飛ばすと、その先にそれまで後方支援に徹していたクロバの姿があった。
「覇鋼流星!」
クロバとデスピア・レオダを遮るように百を超える鉄球が現れ壁となる。
それらはクロバの怪力と瞬発力によって瞬き程の間に拳で撃ちだされ、デスピア・レオダへと向け飛来。
「害虫風情が! あめぇんだよ!」
それらの大半を展開した黒い盾で受け流し、被害を最小に抑えたデスピア・レオダ、打ち抜かれた肩や足首を再生させながら上空へと飛んで行き、三人を見下ろせる場所にまで上昇。
ウイルスを両手に集め、凄まじい勢いで回転させ彼らに狙いを定めた。
「な、なんだこりゃ!?」
がしかし、そこで彼にとって思わぬ異変が襲い掛かる。
宙へと浮上している自らの肉体が、凄まじい重さに襲われるのだ。
慌てた彼は急いで攻撃に移ろうと考えるのだが、片腕をあげるだけでも一苦労であり、
「壊鬼殿!」
「おうさ!」
その様子をしっかりと確認したクロバの声に従い、万力を携えし鬼人族が空に飛翔する。
すぐに逃げなければと思い回避をしようとするが、そこから動こうとすると、またも体が抑えられるような錯覚を覚え、
「今度こそ――――喰らいなぁ!」
迫る金棒を前にしたデスピア・レオダがウイルスを集め盾を形成し守りの姿勢を取るが、壊鬼の放った一撃はその守りに真正面から衝突し、破壊し、逃げ場を失ったその体に直撃する。
「ガァゴォギギガガギゴォォォォォォ!?」
霧状に変化するよう体に命令する思考すら奪われたデスピア・レオダがきりもみ回転しながら空を舞い地面に衝突。
「休んでる暇は与えねぇぞ!」
顔面が潰れその状態から回復するため周囲のウイルスをかき集め顔に集めるデスピア・レオダだが、それを阻むよう、善がボールでも蹴るかのような姿勢で彼の顔を蹴り上げる。
「グギャ!?」
炎を纏った足による蹴りはデスピア・レオダの肉体を捉え、彼の肉体は霧散する間もなく再度飛翔。
その状態を好機と捉えた善が空を蹴り、霧状化する暇さえ与えず何度も何度も執拗に彼の全身を蹴り続けた。
「は、ら口……善!」
「おらぁ!」
「グギャァァァァァ!」
伸ばされた腕を善の拳が砕き、死の王の悲鳴が上がる。
「引け善!」
「!」
このままいけばここで仕留められる。
そう考えていた善であったが、その時背後からクロバの声が聞こえ後退。
少しして先程まで自分がいた場所に巨大な刃が落ちてきた。
「どうだ?」
「いい感じだな。またさっきのあれをしでかされても面倒だ。速攻で片付けるぞ」
アイビス・フォーカス同様無限に近い肉体の修復が可能とはとはいえそれには限界がある。
回復に使用するのは世界中に漂わせている自身のウイルスであるが、それを引き寄せるのが間に合わなくなればこの怪物は消滅するのだ。
とするならば結論は至極単純。デスピア・レオダを殺す最もシンプルな方法は、世界中のウイルスを集まらせるより早く叩きつぶすことである。
「こ、の!」
「沈め!」
「っ!?」
普通に考えればかなり面倒な作業であり、数年前の戦いにおいても、最後はアイビス・フォーカスが三日三晩に及ぶ激戦の末に、デスピア・レオダが回復できなくなるほどの攻撃を与え続け勝利した。
「めんどくせぇんだよ害虫が!」
「旦那! 出し惜しみはなしだ!」
「任せておけ」
だが戦いには相性というものが存在し、クロバ・H・ガンクはデスピア・レオダにとって天敵と言える存在であった。
善の叫びにクロバが応じると、彼の周囲に液体のような流動的な動きを見せる『黒』が現れる。
「なんだそりゃ?」
自分の操るウイルスと酷似してはいるものの全く違う感覚を見せるそれは薄く広く広がり、デスピア・レオダを包みこむように前進。
「ちぃ!」
それらを防ぐために彼は前方に盾を展開し、時間を稼いでいる間に距離を取ろうとするが、訪れた結果は先程と変わらなかった。
「っっっっ」
肉体が激しい重みに耐えきれず落下していき、飛行することすらままならない彼は着地した地面に沈み、
「姉御!」
「おうともさ!」
炎を纏った金棒が周囲一帯を歪ませ、担い手と共に空気を焼きながら落下。
あらゆる防御や回避は意味を成さず、その全身を焼き尽くした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前々から壊鬼が前に出る事態が想定外と言われており、じゃあ本来の形はどのようなものか、
という問題の解答回。
何が起きているかに関しては明日にはわかると思います。
それではまた明日、ぜひご覧ください




