死ノ国ヲ統ベル王 三頁目
「任せてしまったが大丈夫だろうか?」
「ん?」
「今更なことではあるのだがな。完全に任せてしまったのは悪手ではないかとな」
絶え間なく降り注ぐ悪意を振り払いながら不安を語るクロバと、それを聞く善。
「そう思ったからこそ康太を連れて行ったんだ。そう心配する事はねぇと思うぜ旦那」
「………………」
自身と同じく老け顔の男性の言葉を一蹴し自身を持って言いきる善であるが、それを前にしても彼の表情は暗い。少なくとももう少し人員を割くべきではないかと悩み続ける。
「そう心配するなって。レインの旦那は、あんたが思ってるより強いよ」
それを見ても善の発言に曇りはない。
生物無生物の差別なく襲い掛かる攻撃を部下に届くよりも早く撃ち落とす彼に迷いはない。
そして
「うっし七体目! 残り四体! 大丈夫か康太君! 酔ってないかね?」
「だ、大丈夫ッス。このまま蹴散らしてください!」
「ワハハそうかそうか! いやそれにしても気分がいい! パチンコで当たり台に当たった時の気分だ!」
「え? パチンコ? 神教の重鎮がパチンコ!?」
そんな彼の意思に従うように『座天使』レイン・ダン・バファエロはその実力を発揮し、彼らを牢獄へと閉じ込める楔の三分の二を射貫いていた。
「レインさん。左!」
「おっと…………いやそれにしてもいいな。とてもいい! 周囲の警戒を他人に任せられると楽だなぁ!」
「――――――!」
そのような事を口にして大笑いするレインが、迫っていた脅威を躱す。
そうして八体目をあっさりと仕留めるのだが、その様子に康太は息を呑む。
基本の攻撃や移動速度が属性通り光の速さとなる『光属性』。
十属性の中でも比較的希少とされるこの属性は強さの強弱がわかりにくいとされる事もあるが、それらを決める主な要素として取り上げられるのは『繊細さ』と『圧縮率』だ。
『圧縮率』の問題は単純な話であり、固体化が苦手というこの属性の弱点をどれだけ補えるかという話で、武器や防具として利用する場合の話である。
防具はともかくとして武器として使った場合、光属性の武器は投擲した場合その速度は特性により『光速』に至る。
ゆえに敵の肉体を傷つけ死に至らせることができる頑丈な武器は光属性の使い手としての評価における重要な評価基準となりえるのだ。
もう一つの評価基準である『繊細さ』はもっと単純で、有り体に言うと、どれだけ自由自在に動けるかという事だ。
そして事この点においてレイン・ダン・バファエロは古賀康太が目にしていない程の実力を発揮しており、目を丸くする原因となっていた。
「そうら九体目! カウントダウンでもしようかな!」
一言で言うならば、彼のその動きはあまりに鮮やかであった。
当たり前の事であるがいくら光属性が早いとはいえ、その力を長距離移動に用いる事は滅多にない。
その速度を用いれば目的地付近まで一瞬で辿り着けるのは当然の事実なのだが、決まった場所に行くとなった場合、目的地までに存在する障害物を避け、人ごみを躱さなければ思いもよらない事故を起こす。
それを避けるためどの勢力も光属性による長距離移動には慎重になり、ごく一部を除いた大半は他の属性と同じく持っている車や公共の交通機関。または転送装置などを利用する事となる。
そのごく一部に当てはまる人物こそ、古賀康太を背負っている『座天使』の座だ。
彼は光の速度を保ちながらも他の属性の者と同様かそれ以上に複雑な軌道の動きを披露することが可能。ことその分野ではアイビス・フォーカスさえ上回ることさえ可能であった。
「危ないな!」
「レインさん! こいつら、アンタの動きを学習して…………!!」
しかしデスピア・レオダは馬鹿ではない。
自身が作りだした人形が破壊され、それが展開した世界を崩される最大の障害と考えると、その動きに対応した動きを秒ごとに構築。
「凄まじい勢いで学習し、自らの世界を展開。それだけでなく私の動きに対応」
そして
「そしてこの大軍、か」
それら全てを用い、全身全霊をもって迎えうつ。
彼ら二人の前に現れたのは、空を埋め尽くすかのように降臨する百を超える死の王の姿。
真っ白な髪の毛と肌に黒の衣と翼。神妙な面持ちに半ば飛び出た眼球を備えたそれは、広がり続ける亀裂の隙間から降り注ぐ夏の光をその身に浴び、手にした剣や槍を構え敵意を注ぐ。
その姿はまさに、光を携えた天使を撃ち落とす堕天使だ。
「康太君」
「は、はい!」
「舌を噛まないよう注意したまえ!」
その姿を前に自然と心が蝕まれる康太であるが、目の前の存在はそうならない。
「は、え? ちょ!?」
なおも余裕のある言い回しをしながら、待機している堕天使の軍団へと突入。
百を超える大軍など敵ではないと、勇猛果敢に駆けていく。
「!」
その姿まさに万夫不当の戦士なり
彼は光の速度を保ったまま複雑な動きを繰り返し十数体の堕天使を消滅させ、迫る攻撃は光さえ完全に制御する動体視力と肉体。加えて康太の指示を聞き難なく躱す。
それが十数秒続いたかと思えば立ちふさがっていた死の王の大群の大半を蹴散らし、残った者達は他の者に任せると判断し、十体目を勢いよく撃破。
最後の一体へと向け、光の速度で接近する。
「レインさん!」
「む!」
のだが、一直線に向かおうと最初の数歩を駆けた両者の瞳に、あるものが映る。
「認めてやるよ。お前らは…俺様が自由に遊びまわる上で絶対に殺しておかなきゃならねぇ存在。玩具じゃねぇ――――敵であり害虫だとよぉ!!」
最後の一体の前に立ちふさがるのは、同じくデスピア・レオダ。
しかしその風貌はこれまでの者と異なる。
骨と皮だけでなく鍛えられた筋肉の鎧を纏い、動体視力を無理矢理上げるためか視覚周りの神経が異様に発達し顔の表面に浮かびあがっている。
その存在は歪ながらも拳を構えると、背後にいる最後の一体を守るよう漆黒の壁を展開し、向かってくる二人を待ち構えた。
「正面突破を狙う! 気をしっかり持てよ康太君!」
「うッス!」
どこまで続くかわからぬ壁があるため背後に回り込むことは難しく、なおかつ目前の存在を打ち破れば時短が可能なこの状況。それに加え目の前に現れた全く新しい空気を纏うデスピア・レオダの力を理解するため、真っ向勝負を挑む決意をするレイン。
「むん!」
彼が描く軌道はまさに自由自在。
美しい曲線と鋭い鋭角の方向転換を加えた動きで縦横無尽に空を舞い、さらに接近と同時に百を超えるフェイントを施し、目前の脅威を貫くべく腕を動かす。
「そこだぁ」
「!」
その動きを、怪物は完全に見極める。
レインにとっての誤算は単純なもので、翻弄するための数多の動きが完全に見極められていた事だ。
とはいえ敵は人間ではなく悪意で彩られた怪物で、その見切り方もまた異様なものだ。
目前にいるデスピア・レオダの全身を埋めるのは、おびただしい量の目玉。
それらは一つとして同じ動きを見せることなく、様々な動きを披露する天使を視界に捉え、数多のフェイントも完全に見切り、無数の棘を備えた掌を用い致死の一突きを弾いた。
「ギャハ! ギャハハハハ!」
恐らくその結果があまりに嬉しかったのだろう。
無数の目玉は高速で移動し歓喜を表し、とどめの一撃を打ちこむためにデスピア・レオダが前に出る。
「あぶねぇ」
「あぁ!?」
だからこそ意識が僅かに緩んだのだろう。
背負われていた少年が撃ちだした炎の銃弾は彼の肩を捉え、勢いよく燃え盛る。
「なにぃ~」
はずであったというのに、炎はそれ以上延焼することなく留まり続け、レインが心底恨めしそうに声を上げる。
「はっ! 馬鹿だなテメェらは! 頭脳明晰! 超天才! この世界の王たる俺様が! そんな見え透いた弱点をいつまでも放っておくわけがねぇだろうが!」
目の前の存在はやばい
小学校低学年の子供が得意げに語るかの様子は滑稽極まりないのだが、その事実が与える衝撃は凄まじい。
どれだけ火に強くなったとはいえ所詮それは耐性の範疇だが、少なくとも炎属性使いならば誰でも倒せる可能性がある、というわけではなくなってしまったのだ。
「こいつは、ここで仕留めなければな」
「ですね」
となればこの存在を背後にいる仲間の元に辿り着かせるわけにはいかず、これまでよりも一層気を引き締めるレイン。
「ふっ!」
次の瞬間、『座天使』の座につく男の猛攻が始まった。
「!?」
手にしているレイピアだけでなく背中に生やしている翼から舞う羽を弾丸として用い、デスピア・レオダの判断力を上回るために全速力で空を疾走。
「ぬぅん!」
「ちぃ!」
いかに自由自在に動く光の塊に対応できるようになったとはいえ、デスピア・レオダの戦闘経験値はまだまだ足りない。
ゆえに見えてはいても捌ききれず、気体と化せばやり過ごせる場面でも自らの力を過信し無駄なダメージを追う。
「そこだ!」
そうして発生した隙を狙ったレインの一撃は見事に脳天を突き抜け、無数の目が慌ただしく動き続ける。
「レ…………レインさん!?」
が、それは冷静さを奪われた故の結果ではない。
無数の自身を翻弄し滅ぼした、憎き邪魔者の肉体を深々と抉るために撃ちだした刃が通ったからであり、それはすなわちこの戦いの終わりを意味していた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
デスピア・レオダ覚醒回。
人間ならざる彼の本領発揮とも言える話。
まあウルアーデ見聞録内における最うざコンテストトップ3に入るであろう存在なので、このくらいはしないとね!
だからこそ最後ぶっ潰す時にすっきりするってもんですよ!
それではまた明日、ぜひご覧ください!




