災禍の前触れ 二頁目
「康太。あそこ!」
「ああ!」
先頭を走っていた蒼野と康太が、石碑が見える位置にまで近づいていく。
彼らの視線の先ではゴロレムが仕掛けたばかりの罠によって凍りついた空間と虚空に向かって伸びた氷の柱が存在しており、蒼野が何かを言うよりも早く、康太が銃を構え迷う事なく引き金を絞る。
「がぁ!」
「!」
銃弾がまっすぐに進んだところで、突如何もない空間から鮮血が溢れる。
それから一呼吸置いたところで徐々に徐々にだが何もなかった空間に色がついていき、蒼野と康太が石碑の前にまで辿り着いた頃には、下半身の輪郭がわかる程度に血を流していた。
「捕まえて、情報を手に入れる」
「わかってる。だが、四肢を撃ち抜いて行動力を奪っておく。それくらいはさせてもらうぞ」
「まあ、その位なら」
照準をのたうち回る男に定めたまま、感情が完全に抜けきった機械が如き声でそう口にする康太。
彼は一切の躊躇なく引き金を絞り男の手足を撃ち抜こうとするが、それは敵に到達するよりも早く明後日の方角へ弾き飛ばされた。
「なに……ぐっ!?」
「蒼野っ!」
思わぬ光景を前にした蒼野が一瞬硬直し、次の瞬間真横から襲い掛かる衝撃に耐えきれず木々を貫きながらその場から離れるように吹き飛んで行く。
間を置かず康太が自身の体に襲い掛かる危機を直感察知し真横に飛ぶと、康太がいた場所に巨大な砲弾が通ったような跡ができた。
「そこか!」
「!」
何も見えない空間に銃口を向け、躊躇することなく引き金を引く。
すると空間が大きく歪み、記念石碑に触れて凍っていた男と同様の形で一人の女が姿を現していく。
「なぜ…………私がここにいると!」
「それに答えるだけの利益がオレにはねぇな」
うめき声をあげ一歩後退する女の足と腕に、四発の銃弾を撃ちこみ動きを制限する。
それでも自身の身を襲う警戒音は収まることなく、肌を刺すような感覚が続けざまに襲い掛かってくる。
「おい蒼野! 気絶しちまったのか!」
襲い掛かる攻撃全てを自身の直感が告げるままに躱し、返す刀で銃弾を撃ち続け一人ずつ片付けていく康太。彼が大声を発しながら、吹き飛んで行った蒼野に発破をかけると、それに反応するように強烈な突風が辺りを席巻し、康太以外の姿形の見えない標的に牙を剥いた。
「悪い。不意打ち喰らって体が痺れてた。もう大丈夫だ!」
「うし、周囲に風属性粒子を撒いて敵の位置を教えてくれ。全員撃ち抜く」
「わかった!」
その声に反応した蒼野が康太と肩を並べると風の属性粒子を周囲に撒き散らし、透明化している者達の体を全て絡め取る。
「康太、向かって正面!」
「おう!」
「次は十時の方角。数が多いから拡散弾!」
「わかった!」
より近い距離の相手を正確に判断しては康太をそちらの方角に導き、それに合わせて康太は鋼属性を固めた銃弾を撃ちだしていく。
故郷ジコンで培った阿吽の呼吸は、外の世界でも十分通用するレベルであった。
「お!」
「透明化が消えた!」
二人の両手両足の指の数では足りないほど引き金を引き続けたところで、うめき声と共に透明化が解け、自分たちへと襲い掛かってきた敵の姿が顕わになる。
「蒼野」
「ああ。悪いが、一時的に意識を奪わせてもらう!」
最後に銃を向けた方角から順に相手の様子を確認し、透明化を行っていた能力者らしき人物を発見した瞬間、それまで周囲に意識を向けていた二人の視線がその男に注がれる。
季節外れのマフラーやニット帽、それにセーターなどで厚着をした男。
彼は傷ついた体を引きずりながら後退していくが、二人が放った銃撃と斬撃が彼の手足を幾度となく貫いた。
そうしてその男は衝撃に耐えきれず宙を舞い、弧を描き地面に叩きつけられたかと思えば、一度だけ大きく痙攣しうめき声をあげながら意識を手放した。
「うし。後は見えてる野郎共の相手するだけだな」
「見たところ厄介な能力持ちや神器持ちはいないみたいだし、一気に決めるか!」
既に動くことのできない二十人以上の敵対者を見渡しながら意気揚々とそう宣言する蒼野と康太。
「……ん?」
その横で二丁の拳銃を構えながら周囲を見渡し敵の顔を一人一人覚えて行こうとする康太であったが、その時視界の端に見慣れない物が映った。
「あれは……」
握り拳ほどの大きさの正方体のその物体は、虹色の光を放ち続けており、透明化の能力者から少し離れた場所に転がっていた。
「こ、このクソガキ共が!」
「おいおい。猪突猛進でどうにかなるとでも思ってやがるのか?」
その物体の正体を知るためにさして焦りのない足取りで凍った地面の上を歩き僅かに屈む康太であるが、自分たちの命を狙う敵の姿を視界に捕え、引き金を絞る。
「調子にのるな」
「ちぃ!」
既に両膝を撃ち抜かれているその男は、康太の思惑ではそれで動きを止めるはずであった。
だが全身を硬化させ銃弾を弾くと、拳を燃やしながら康太に殴りかかってきた。
「康太! こいつら!」
「どうやら、透明化の影響で他の粒子を使わずに事を進めるつもりだったのか。舐めやがって。とにかく、こっからが本番だ、気を引き締めろよ蒼野!」
様々な属性を使い二人を殺し背後に控える結界維持装置である記念石碑を破壊しようと目論む彼らを前に一進一退の攻防を続ける二人。
ある者は炎を吐き、ある者は雷を放射した。
「しゃあ!」
「面倒なのが混ざってんな!」
それら全てを躱し反撃で一人ずつ沈めていく二人であったが、残り三人まで削ったところで、二人の表情に疲労が見える。
既に二十人以上を地面に沈めた二人であったが敵全てが容易く仕留められる弱者というわけはなく、能力や属性を駆使して戦う彼らを二人は攻め切れない状態になっていた。
「康太、二人をそっちに任せていいか!」
「触れた部分を炭化させる奴はお前がやるんだな。分かった!」
髪の毛を逆立て全身に赤い線を入れた相手は光属性で動き回り銃弾を撃ち続け、
筋骨隆々、浅黒い肌をしたスキンヘッドの大男は、両手で触れた無機物を爆弾に変えるという見た目にそぐわぬ知的な能力を使用してきた。
そして最後の一人にして康太が苦手とする、細身の体にまるでカミソリのような視線をした男は、触れたものを炭化させる能力をもって二人に襲い掛かってきていた。
「シィッ!」
「この……カマキリ野郎が! さっさと吹き飛べ!」
爆弾に変えられた石ころと銃弾の雨を躱し、康太を殺そうと伸ばされた腕を屈んで躱し、そのままの体勢で筋骨隆々な男に対しショルダータックルを行い蒼野のいる方角へと吹き飛ばす。
「よし! こっちは任された。そっち頼んだぞ康太!」
「ああ。任せとけ」
意気揚々と、目前の敵に対し挑む気概を見せる両者。
敵の体が再び透明化したのは、そんな時の事であった。
「な……」
「にぃ!」
思わぬアクシデントを前に二人の思考がほんの一瞬白紙化する。
直感が警報を鳴らし、攻撃手段が遠距離主体の相手と対峙していたため本体から離れ目に見えるようになった攻撃を捌ききることで康太は危機を脱するが、蒼野はそうはいかない。
一瞬の隙に肉薄され脇腹に触れられると、脇腹が勢いよく炭化し、肉体が崩れ落ちる嫌な音を発しながら血を吐き、
「時間回帰!」
「なんだとぉ?」
そのまま頭部へと腕を伸ばす男だが青白い光がそれを阻み、蒼野の体が急速に元の形に戻っていく。
「ちっ、厄介だな!」
それでも、なおも危機は続いている。
襲い掛かる危険信号全てに対処し自身が相手する二人に対し威嚇射撃を行いながらも、康太が引き金を蒼野を襲う細身の男に定め、殺意を込めた一撃を撃ちだそうと決心するその瞬間、
「待たせてしまって申し訳ないね蒼野君に康太君。無事かい?」
蒼野と康太が戦い始めてから十数秒が経過したところで、ゴロレム・ヒュースベルトが彼らの前に現れた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日はサクサク戦闘です。なんせここは今回の話のキモではないのでね。
問題はここから。
この星における三つの災厄の内の一つが、彼らの前に現れます。
あ、以前の話で言っていたショッキングな話とは別ですが、それでもちょっとばかしホラー風味な話になるかもしれないので、そこだけはご注意ください。




