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死ノ国ヲ統ベル王 一頁目


「良く集まってくれた諸君」


 御前十時三十分。会議が終わり一服したレインがミントガムを嚙み口臭を整え、乱れた髪の毛を綺麗に直しラスタリア正門に移動。そこで待っていた人物達に対し声をかける。


「「(おう)(はっ)(おはようございます)!」」


 その声に対し各々が返事を返すが、それを見還すレインの胸中は少々暗い。

 デスピア・レオダ討伐部隊を組んでから三日間が過ぎたのだが、それを構成しているメンバーは大きく変化していた。

 当初はギルド『アトラー』や『倭都』の面々が最前線で戦う事を想定しての陣形であったのだが、この三日間でブドーを筆頭に半数が脱落。

 大半は命の危険に脅かされぬ程度で済んだが、極少数ではあるが命を失った者も存在していた。

 その代わりを自らの治めるギルド『エンジェム』で補填し、更に最終決戦という事で様々なギルドから精鋭を集めたレインであったが、当初と比べれば状況は切迫しており、ここでしくじれば神教を守護しているアイビス・フォーカスに頼らざるえない状況に陥ってしまった。


『おいどうしたレインさん。全員があんたの指示を待ってるぞ』

『!』


 せめてデュークがいれば


 そんな事を考えている最中、隣に立つ善の念話に気が付き周囲を見渡すと、この世界を混沌に貶める巨悪を撃ち滅ぼさんという意志を秘めた無数の視線が彼に注がれていた。


『…………すまない。少々物思いにふけっていた。もう大丈夫だ』


 そのような者達の視線を浴びれば胸中に溜まっていた弱気も自然と吹き飛び、善に対し念話で返事を返すと、部下全員を見下ろせる昇降台に昇り大きく息を吸いこむ。


「諸君、此度も我が元に集まってくれてありがとう。心より感謝する!」


 迷いなく、味方を鼓舞するために強い語気で語りかけると、その意志に応えるように周囲の空気が徐々に熱を持っていく。


「昨日までの諸君らの努力により、我々はデスピア・レオダの本拠地を見つけた! 今日はそこに攻め入ることになるのだが、その前に心して欲しい! この戦いは世界を混沌に陥らせる『三狂』との最終決戦。必ず勝たなければならない戦いだ!」


 その言葉に対する動揺や不安は一つもない。

 当然だ。『三狂』の一角と戦うと決まった時点で彼らの大半は命を失うかもしれないという覚悟をしており、常に全力を尽くしてきたのだ。

 最終決戦であると言われたところで志気が下がる事はなく、むしろ目前に迫った最後の衝突を前に心の臓を燃やし、己が身を昂らせた。


「『死王』との戦いとは別に『黄金の王』及び『境界なき軍勢』との戦いも繰り広げられているのだが、状況は芳しくない。デスピア・レオダがそちらにも手を貸していると想定されるからだ」


 が、二人の『三狂』が手を組んでいる事実は初めて明かされたことであり、ここに集まる者達にも確かな動揺の色が見て取れる。


「これを止めるには、その直接の原因となっている『死王』の討伐しか手段はない! これが果たされた時敵は大きく弱体化し、『境界なき軍勢』を討ち果たすこれ以上ない突破口となる!」


 それを見てもなお語気を強め力説するレイン。

 同時に最後尾に控える者もしっかり目にすることができるよう大ぶりな動作で自身の演説を補助し、その思いを下々の者の胸に届けていく。


「すなわち『境界なき軍勢』との衝突ではなく! そこから離れたこの『死の王』との戦いこそ! この世界全体を侵している混乱を解決する最重要地帯! この戦こそ救世の最前線! ここで戦い勝利する我々こそ、歴史に名を残す偉人……英雄に他ならない!」」


 レインの話しぶりに彼を見上げる全員が息を呑み、横で話を聞いている善たクロバが胸中で部下を鼓舞するその話ぶりに感心。


 十分に高まっていた彼らの闘志が、更に大きなものに膨れ上がったのを認識し、失った戦力を補うほどの大きなうねりとなる。


「では行くぞ! 目的地は今は棄てられた町、ハナアビ。そこでこの戦いの決着をつけるのだ!」




「救世の最前線、ね。ああいう鼓舞を見てるとよ、あんたが今回のまとめ役でよかったと思うよ」

「いきなりどうした善。そうやって褒められると少々こそばゆいぞ」


 一行がゼオスの能力で目的地近くに転送され少し歩いた頃、目的地が見えてきたのを確認し善が隣を歩くレインに話しかける。


「俺が優やら他の奴に発破をかけようとしても同じようにはできないと思ってな。そうやって部下をまとめられるのは見習わなくちゃならねぇと思ったんだ」

「なんだそんな事か」


 嘘偽りのない素直な感想を告げる善に対し笑うレイン。

 彼は元同僚の肩に手を置き何度か叩くと、優しげな声で話しかけ始める。


「見た目は歴戦の猛者……四十代のおっさんだがお前はまだ二十代の若造だ。どれだけ個として心と体を鍛えようとも、指揮官としての心構えはまだまだ青い。

 そこらの経験はこれからじっくりと積んでいけばいいことだ。あまり重く考えるな」

「そういうもんかねぇ…………いやちょっと待てレインさん。俺は自分が老けて見えるのは自覚してるが、それでも三十代くらいのつもりだぞ。四十代はねぇんじゃねぇか……ねぇよな?」

「う、うむ三十代だ三十代だぞ!」


 疑いの目を向ける善に対し、言い淀みながらも返事をするレイン。

 だが他人の心の動きが気の流れで見れる瞳を備えている善は、すぐに彼の本心を見抜き肩を落とす。


「勘弁しろよ。四十代に見えるとなったら、クロバの大将と同様二回り年老いて見えることに駆っちまうだろうが。そんなの嫌だぜ俺は」

「おい善、そこで俺の名前を出すな。というか、お前が俺の見た目をどう思ってるか筒抜けだぞ」


 すると嘘偽りのない感想を口にするのだが、タイミングの悪い事に最後尾にいたはずのクロバが最前列までやってきており、いるとは思っていなかった人物の出現に善は肩を大きく上下させた。


「だ、旦那!?」


 それから距離を取ろうと足を動かす善であるがその動きを見透かしたクロバが肩を掴み、強引に引き寄せチョークスリーパーを仕掛ける。


「待て大将! 今のは違う! 俺個人の感情じゃねぇ! 世間一般の感覚だ! 同じ老け顔の俺はあんたの事をそんな目では見てねぇよ!」

「そうか。それはありがたい。だが俺はお前の言う世間一般の常識を聞きひどく心が傷ついた。心を慰めるために少々付き合え」

「おいふざけんな! 俺の意見であろうとなかろうと技極められるのは変わらねぇじゃねぇか! 苦しいからさっさと解け!」

「命がけの戦いが始まろうってのに騒がしい奴らだ…………いや、緊張しすぎで体が強張るよりは幾分マシだが」


 そう語る彼の視線の先には目的地である小さな町の残骸があり、そこからここまでの数キロの間には、整備されていない雑草が生い茂っており、夜のうちに降った雨の影響で彼らのいる場所の湿度を跳ね上げていた。


「あれが廃墟ハナアビか。過去の地図はあるらしいが、今の地形の地図はあるのか?」

「昨日のうちに精霊を呼んで内部の構造は調べさせておいた。細部まで知ることはできなかったが、建物の配置や内部の構造ならおおよそだが掴んだ」


 善の首から手を離した額に伝う汗を拭い取りながらクロバがそう尋ねると、レインがそう言いながらポケットから出した端末を弄り、虚空に黄緑色の立体的な地図を浮かびあがらせる。

 そこに映しだされたものは崩壊し色落ちしたビル群や折れた木々を映しており、それだけでなくウイルスの密集地点まで事細かに書かれていた。


「流石だなレインさん。殴る蹴るしかできねぇ俺からしたら、本当にうらやましいよ」

「その殴る蹴るで世界一になったお前が言うと嫌味にしか聞こえないがな。それにデスピア・レオダが相手といえば胸も張れないさ。なにせ床の隙間、生えている植物にまでウイルスをばらまく害悪だ。どれだけ調べたところで、調べ過ぎという事はあるまい」

「まあな」


 最前列で話す善とレイン。

 彼らに油断というものは存在しない。


 気軽な様子で話している一方で周囲に対しアンテナを十二分に張っており、何が起きても対応できるよう心掛けていた。


 となればこの変化は失態の類ではなく、ただ単純に、死を司る怪物の力が彼らの想像を遥かに超える者であっただけだ。


「「!!」」


 何の気なしに足を大地から離し、一歩前に傾ける。

 そうして一歩前の地面を踏むとそこは先程までの世界とは全てが違った。


 宙から彼らを照らしていた太陽はただの黒い球体となり、大地に生い茂っていた雑草も色を失う。

 代わりにそれらを支配していたのは『黒』だ。


 太陽も、大地も、遠くに見える木々さえ墨汁で染めたかのように黒く染まり、世界は深紫な空に照らされた。


「来たか。逃がさねぇぞ玩具共」


 そんな異様な空間を作りだした『死王』は意地の悪い笑みを浮かべそう呟き、彼を討伐するために現れた勇者たちを迎え撃つ。


 『死王』と彼らによる命の取り合い。それが始まる。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くなって申し訳ありません。本日分を今更更新です。


いきなり異世界紛いのめちゃくちゃな空間に飛びこんだ一行。

これまでと違う戦いの始まり方ですね。

これが一体何であるか、それは次回以降に


それではまた明日、ぜひご覧ください

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