凶星遭遇 四頁目
「言うまでもなく分かってると思うけど――――かなりまずい状況よこれは」
ところ変わり神教本部ラスタリア。その最重要施設『神の居城』。
その内部にある会議室の一つで、アイビス・フォーカス、ノア・ロマネ、レイン・ダン・バファエロの三者が円卓を囲み状況確認を行う。
「状況はこの上がないと言ってもいいほど最悪だ。世界各地でデスピア・レオダと思われる容姿の存在が確認され、発見された全ての場所で数人から数十人の誘拐・殺人が発生。我々が駆けつける頃には撤退されている。
このような事態は過去類を見ないのは当然の事、千年築いた我らが神に対する信頼すら揺れ始める事態だ。いかに相手が打破することが困難な相手とはいえ、これ以上長引かせることはできない」
三者ともに胸中に抱く感情は同じである。
なれど現状をあまり口にしたくないというのが三者同様の本音ではあったのだが、それでは何の意味もないと理解しノア・ロマネが説明。
それを聞いたレインが頭を掻き毟り、ワックスを使い綺麗に固めた金の長髪を乱れさせる。
「うむ、それについては心底申し訳ないと思っている。だがまさか奴が自分自身を何体もコピーすることができるとは。こんな想定外の事態に完全に対処しろと言うのも、それはそれで酷だぞ」
「…………そうだな」
爽やかなミントの香りが初老を迎えようとする男から漂う。
レインはイライラした際にタバコを吸うことが多々あるのだが、その後に噛む口臭消しのガムのにおいだ。
「だがデスピア・レオダの本体が潜伏している場所を我々は突き止めた。これは最高の成果と言ってもいいと私は思う」
「そうだな。ああそうだ」
とはいえただ闇雲に追いかけていたわけではなく十分な成果もあったため、ノアはそれ以上追及する事もなく、親友を慰めるような言葉を選ぶ。
初日の戦闘が終わってから二日間、レイン達はデスピア・レオダの分身たちと幾度となく戦闘を重ね、その度に少しずつだが戦力を削られていった。
その事実は彼らに苛立ちと不安を覚えさせたのだが、それでも彼らは歩みを一切留めず仕事を続けた。
その結果、デスピア・レオダの出現位置はある場所を中心に円形に広がっているのを確認。
その中心が過去に洪水の被害にあい沈没した町の残骸という、人気がなく、なおかつ隠れるにはうってつけの場所であり、大量のウイルスが宙を舞う光景から、彼らは憎き怨敵の隠れ家である事を確信した。
「今日はそこに出向くのだったかな?」
「あぁそうだ。今日でデスピア・レオダを完全に消滅させる」
拳に力を籠め、友にそう告げるレインを前に、全幅の信頼を込め頷くノア。
「頼んだぞ、正直こちらも限界は近い」
「限界だと? どういう事だ?」
それを聞いたレインが不意に零した言葉の真意を聞き返すと、ノアは自身の失態を理解し少々困ったような表情をして思案した。
「…………言うか言わぬか迷っていたのだがな。実は昨日の戦いでキングスリング殿が、一昨日にはゴロレム殿がミレニアムと遭遇し敗北。命は失わず済んだが、回復術を掛けてもすぐには動けない程の負傷を負った。情けない話だが、お前たちが早々にデスピア・レオダを討伐してくれなければ、耐えきれないほどの状況に陥っている」
「…………なんと」
思案の末に告げた情報、それは最悪の類のものだ。
ミレニアムという男は自らが最前線に立ち味方を鼓舞しながら戦うタイプの大将だ。
このタイプの大将首は然程強くもない場合、一気に事態を収束させることが可能な大きなチャンスとなるのだが、ミレニアムのように全身を神器で埋めた怪物が相手の場合、まっすぐに進んでいき敵を屠るだけで味方を鼓舞することができる。
その効果は凄まじく、ミレニアムが先頭に立ち相手を殲滅するその部隊は、『境界なき軍勢』でも最強の兵団と化していた。
「それ以外の場所でも幹部格が暴れまわっていてな。正直なところ我々は今かなりの劣勢を強いられており、正直なところ連戦連敗なのだ」
「これまではパペットマスターによる被害や混乱はあれど、実際衝突した際は優勢多数だったはずだ。先日から負けが目立つことはあったとはいえ、一体何が原因だ?」
「わからないな。ただ、兵一人一人が異様な力を発揮している」
「そんなの決まってるじゃない。デスピア・レオダが一枚噛んでるんでしょ」
これまでにない状況に疑問を口にするレイン。それに答えたのはそれまで頬杖をつき沈黙を保ち続けていたアイビス・フォーカスだ。
「と、おっしゃいますと?」
「デスピア・レオダは無数のウイルスを扱う怪物よ。これまでは対象を苦しませるものや死に至らしめるウイルスしか扱ってこなかった相手だけど、少し性質を変えれば、利益のあるものを生みだす事も可能なんじゃないかしら」
「利益のあるもの……ドーピングの類か!」
アイビスの言葉を聞いたレインが声をあげる。
それが正解とばかりにアイビスは頷いた。
「そ。だからそれを止めるためにもデスピア・レオダは一早く殺さなきゃいけない。止めない限り戦力をミレニアムと二分され、じわじわと追いつめられる未来が待ってるってわけ。
頑張んなさいよレイン。あんたのとこの今日の戦いが、世界の趨勢に大きく関わるんだから」
「む、もちろんです」
わかってはいたことではあるのだが、デスピア・レオダの厄介さは世界最高クラスだ。
それを理解し彼の背中にこれまで以上のプレッシャーがのしかかる。
「ただ一つ吉報がある。シロバ殿から先日話があってね。どうやら裏切り者の容疑者達の捜索が一通り終わったらしい」
「おお、それは本当か!」
そんな彼の胸中を思ってか、凶報だけでなく吉報も口にするノア。
すると彼は友が思う通りの返事を返し、それを見て彼は内心で安堵した。
「ああ。それによるとブドー殿や善は完全なシロ。ギルド『麒麟』と『倭都』はシロに近いグレー。という事だ。彼らはそちらの依頼が終わり次第、こちらに合流してもよいことになった」
「そうか、それは大変ありがたい……ん? クロバ殿は?」
内部の主な捜索が終わり胸を撫で下ろしながら顔を綻ばせるレイン。だがそんな中で出てこない名前に対し違和感を覚える。
「うむ、問題はそこなのだ。シロバ殿曰く、そこは完全なるグレー、いやというよりもまだ調べきれていないという返答が返ってきた」
「調べきれていない?」
するとノアが省いていた部分の説明を始め、その内容を聞きレインは仕方がないという様子で頷いた。
「クロバ殿の傘下にあるギルド『アトラー』はギルド内でも随一の巨大組織だからな。どうやら捜査の手が完全には回っていないらしい。それに加えて数多くのプロフェッショナルを家系や種族の関係なく集めているため、『境界なき軍勢』の潜伏候補第二位という推測らしい」
ギルド『アトラー』は十万人近くの規模というギルド内で最大級のもの。加えてクロバが治める『ガンク家』は六大貴族に並ぶ程の名家で、GからOまでの家系の連絡係にもなるほどの権力を持っている。
確かに潜伏先として選ぶのならば最高の選択肢だろう。
「ん? 二番? ならば一番はどこだ?」
そんな最高の選択肢であるからこそ、レインは疑問に思う。
規模や潜伏の条件からしてここ以上の候補などあるはずがないと思うのに、彼の親友はこの場所を候補としては最優先ではないと語り、彼はその疑問をそのままぶつけ、
「いるじゃないか。全く捜査の手が届いていない、件の動機に当てはまる人物が。シロバはその人物こそ、第一候補に捉えていたよ」
それを聞き、彼は更なる説明を開始。
「…………まさか」
かつての戦いに参加し、未だノーマークのある人物を思い浮かべ短くそう口にすると、その考えが正答であるとでも言いたげな様子で言葉を綴る。
「ああ。以前善とその仲間達を襲ったロッセニムの覇者にして世界中が認めた英雄…………レオン・マクドウェルこそ、今回の件における犯人であると、シロバは睨んでいる」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VSデスピア・レオダの第二回戦、その前に挟まれる状況確認の話です。
なお時系列としてはこの話をしている間に蒼野は目を覚まし、積と話し包帯男の方に向かっています
蒼野に関する話は、もうしばらくお待ちいただければ
それではまた明日、ぜひご覧ください




