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三狂 死王 デスピア・レオダ 六頁目


 地面に叩きつけられ頭部が破裂する。

 そのまま僅かに痙攣したかと思えば肉体も沈黙するのだが、頭部が破裂した怪物は次の瞬間黒い靄となって消えたかと思えば少し離れた位置で肉体を取り戻し、未だ腕を握られている自身の同位体とそれを掴む暑苦しい風貌の男を然程関心もない様子で見つめた。


「おいおめぇ…………俺様にそこまで長く触れるってことは自殺志願者か?」


 全世界で見てもかなりの実力者であり社会的な地位もあるブドーは、デスピア・レオダ対策に作られた様々なワクチンを打ち抗体を作っている。


 しかしデスピア・レオダの体は病原菌の保管庫と言っても差し支えはなく、いくつものウイルスの対策をしてはいるとしても、全てではない。

 数多くあるウイルスの内一つが体に侵入すれば、早いものならば十数秒もあれば症状が表に出てくる。


「ぜぇい!」

「ぐぎゃ!」


 そんな事、彼自身百も承知だ。

 その上で彼は自分を見下ろすデスピア・レオダの体を再び掴み、二体を同時に地面へと叩きつける。


「て、めぇぇぇぇぇぇ……イカれてんのか!」


 自分の体を分解させ、それら全てに実態を持たせ襲い掛かるデスピア・レオダ。

 それを前に武人は猛り、残像が残る速度で疾走。


「こ、これが!」

「闘技場の覇者か!」


 周囲に現れた全てのデスピア・レオダを掴んでは叩きつけ、危機的状況に陥っていた二人が逃げるだけの時間を稼いだ。


「イカれてなどいない。これは……某が考えた戦術だ。この状態ならば、貴様は自由に行動できまい!」


 デスピア・レオダの体の再生や各種攻撃は自動で行われるわけではない。彼自身が念じて初めて実行されるのだ。


 ならば全身が常に自分の思惑とは全く関係のない浮遊感や衝撃に襲われ、脳が思考できないほど混乱する状況に陥れば、そんな事を考える暇もないのではないか?


 それがブドーの考えた対デスピア・レオダの戦術であった。


「馬鹿じゃねぇかてめぇ!?」


 しかし結論から言うならば、その考えはあまりに単純であったと言わざるをえない。

 上下左右に動かされ、なおかつ絶え間なく地面が吹き飛ぶ程の衝撃に襲われる複数のデスピア・レオダ。

 そのような思考が正常に働くわけもない状態にもかかわらず彼らは全身を霧状化させ、少し離れた場所で元の形に戻っていく。


「ぬぅ!!」

「あのな、よく考えろよクソ単細胞。俺はお前ら人間とは完全に違う構造の生物。テメェらみたいに脳みそなんて一パーツで物事を考えてるわけじゃねぇ。全身のウイルスがもの考えてんだ。その俺をちっと揺らした程度で、何とかできるわけねぇだろ!!」


 ブドーの戦術にとって想定外の事態はまさに本人が言う通り、相手が人間ではなく人外の化け物であったことだろう。

 結果僅かな時間こそ稼げたものの、致命の一打を与えられた様子はなく、二体のデスピア・レオダが彼を嘲笑。


「ぐ、おぉぉぉぉ!?」

「あーあ。俺に遊ばれるしかねぇ玩具が無理しちまって。その代償が来ちまったようだな」


 そんな彼の前で、闘技場の覇者は凄惨たる様子を披露する。

 無数のデスピア・レオダが万全の状態に戻り見下ろしているのに対し、ブドーは片膝を付き口から血を吐き全身を震えさせながら大地を睨みつけている。


「その毒はよー相手を殺す機能を捨てた代わりに即効性と効果の重さに重点をおいたもんだ。地獄のような苦しさが勢いよく襲って来てると思うんだけどよ、感想の一つでも教えてくれや?」


 全身を分厚い筋肉の鎧で覆った道着姿の大男が生まれたての小鹿のような姿を晒すその姿は、彼の嗜虐心を煽り意識せずとも顔がにやける。


「フゥゥゥゥ!」

「テメェは馬鹿な玩具。 自分自身が逃げるだけならそんなダメージは絶対に負わなかっただろうに! 何で好き好んで自殺するような事をするのかねぇ?」

「…………」

「なんだなんだ? もう口を開く元気もありませんかぁ?」


 憐れむような声で語りかけてきたかと思えば心底楽しそうに飛び跳ねブドーを煽るデスピア・レオダだが、後悔や苦痛に歪む顔を眺めることができぬことを不満に思い、ゆっくりと近づいていきその顔を拝もうと手を伸ばす。


「あぁ?」

「ふ、人外の身とはいえ『疲労』というもの自体は存在するか」


 しかし彼の腕は彼の意思に反しダラリと垂れたまま動かず、それを確認したブドーが不敵な笑みを浮かべゆっくりとだが立ち上がった。


「ヒロウ…………なんだそりゃ?」

「要は疲れた、という事だ。某はな、触れるだけで相手の体力を奪う事ができるのだ」

「…………練気とかいう奴の効果か。くだらねぇ」


 これまで味わった事のない感覚であったため不思議に思ったデスピア・レオダだが、その現象の正体がわかればそれがさしたる脅威であるわけではないのはすぐに理解すると、周囲にいた同族を気体に変化させ回収。


「疲れなんつー現象を味わうとは思ってもいなかったけどよ、そんなもんその部分に新しいウイルスを補えば……ほれこの通りだ。玩具のみみっちい足掻きなんぞオレには何の効果もありゃしねぇ」


 傷もなく、体力を取り戻した彼は万全の姿を目の前の怪物に披露し絶望を煽るのだが、なおも男は不敵な笑みを浮かべ続ける。


「そうでもないさ。貴様は某の話を聞くために足を止め、疲労から逃れるためにその場で体の組み換えを行った…………その結果ライアン殿と康太君が安全圏にまで逃げ伸びた。ふ…………この上ない大きな成果ではないか!」

「……………………わけわかんねぇよお前」


 そう口にする死にかけの男を前に、デスピアが不機嫌な顔をする。

 先に述べた通り、彼からすれば一部を除いた世界中の全ての人間が有象無象、自分が遊ぶためだけの玩具だ。

 だがだからといって他者の実力を計れないほど愚かなわけではなく、目の前の人物と先程の二人、それらを秤に乗せて比べた場合、一対二で戦ったとしてもこの男の方が圧倒的に強いことはすぐにわかった。


「ほんと、何でこんなわけのわからねぇ事をしたのかねぇ」


 目の前の玩具の群れが自分を殺しに来たことはデスピア・レオダも理解している。


 ならば少しでも強い人物が残っていた方がいいに決まっている。


 そんな当たり前の事もわからないのかと目の前の人物に問いかけるが、男はそんなデスピア・レオダの答えを失笑で返した。


「おい玩具……何を笑ってやがる。何がおかしいってんだ。お?」


 その姿に死王の腸が煮えくり返る。

 天才である自分を滑稽だと笑われたと感じた彼が全身をざわめかせる程の苛立ちを覚え、それだけで怪物と武人の周囲に生えていた草木が枯れ、空気が淀む。


「某がなぜ必死に彼らを助けたのか。人間ならば、人の上に立つものならば誰もが知っている常識を、貴様は知らぬからおかしくて笑うのだ」

「俺様の知らない常識だと~? なんだそりゃ。俺様にはわからない価値があるってことか? 教えろよ」


 そう言われると怒り以上に興味関心が湧くのがこの怪物の性格だ。

 ブドーの答えに関心を持った彼は、苛立ちを解消するために惨たらしい死を与えることを一時的にだが止め、目の前の武人の答えを待つ。


「ふ……彼らはな、希望なのだよ」

「あ? どういう事だそりゃ」


 それから数秒間、待ちに待った末に搾りだされた言葉を耳にするが、それは彼の疑問を更に募らせるだけであった。

 が、体に限界が来ているからかいくら待っても続きを聞くことはできず、待つことに飽きたデスピア・レオダが手を振り上げ、


「続きを知りたかったとこだがもうしゃべるのもきついみたいだな。しゃあねぇ、言葉の意味は後で自分で調べるか」


 そう口にして目前の命を刈り取るため、死神はその腕を振り下ろし、


「覇鋼・烈迅!」

「ごぴゃ!?」


 そんな彼の肉体に、身の丈をはるかに超える大きさの鉄球が熱を纏いながら突撃。

 それはデスピア・レオダの上半身を抵抗する暇も与えず吹き飛ばし、それを確認しブドーが息を吐く。


 そして


「救援が遅れてすまない。大丈夫かブドー!」

「うむ、抗体がないためかなり辛いが、死ぬようなタイプのウイルスではない事くらいならばすぐにわかる。そう焦る必要はない」


 善が、クロバが、壊鬼が、世界中を見渡しても指折りの実力者が肩を並べブドーの前に立ちふさがり、


「こ、の不良品共が! スクラップにしてやるよ!」


 万人に死を運ぶ絶対悪が吠え、荒ぶる。


 



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまいましたが、本日から通常営業です。

三日間ほど諸事情で予約投稿になってしまいましたが、これからはいつも通りのペースでやって行こうと思います。


さて今回の話ですが、その内容は見ての通り、ブドーが熱血してデスピアがうざいです。


今回の物語は色々な要素が含まれているんですが、前回のパペットマスター戦の終わりが苦かった分

スカッと爽やかに終わらせたいなと思います


それではまた明日、ぜひご覧ください



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