集結! 凶星を討つ者達 三頁目
「蒼野の様子はどうだ?」
「だめッスね。相変わらず、食事を喉に通しさえしない」
時は二時間前に遡る。
会議の内容を聞き、昨夜から善は頭を悩ませていた。
というのも今回の依頼でゼオスの次に重要であると考えていた蒼野は未だ部屋から出ず、なおかつ数日間食事を栄養剤だけにしていることから万全のコンディションにはほど遠かった。
それでも蒼野の重要度を理解している善は諦めることができず説得を続けるが、その結果は空回りに終わり、落胆の意を込め肩を落とした。
「ここまで長く部屋に潜ることになるとはな。今更な事を聞くようで悪いんだが、あいつは何故ここまで頑なに出てこないんだ?」
その内容は本当に今更な事ではある。
だがパペットマスターを殺したことがきっかけであるとするならば十分にその点についての説得は行い、悪い点は慰め、救えた人々の数についてもアイビスの言うように何度も説明した。
それでもなお、古賀蒼野は部屋から出る事がなかった。
ならばなぜ部屋から出ないのか。その理由がわからないゆえに彼は最も康太の事を理解しているであろう少年に答えを求めた。
「…………そもそも俺達の言葉が聞こえていないなどと言うことはないか?」
善に続いて自分の見解を述べるゼオス。
「どうだろうな。ただ俺たちは何か大きな見落としをしているんだと思う」
「大きな見落とし?」
その考えを康太は否定し、自分なりの見解を述べ始めた。
「はい。多くの人を救えた事や人を殺してしまった事に対するオレ達の言葉は、少なくとも間違ってはいないと思います。ただ、たぶん蒼野にとって最大の問題ってのはそこじゃないんです。だから、部屋から出てこない。いや出てこれない。その正体を振り払わない限り、蒼野は出てこない気がするんです」
「…………」
蒼野が抱えている問題の核心にまだ自分たちには辿りつけていない。
その言葉に善だけでなくゼオスや積も頭を捻り、自分たちに足りない要素が何かを考える。
「こんな事いっちゃなんッスけど、もしかしたらこの問題は時間が解決してくれるタイプのもので、オレたちができる事には限界があるのかもしれません」
「…………タイプだと? なんだそれは?」
問題に直面した人間が立ち直る方法は主に四つあると康太が考える。
一つ目は人々に慰められ立ち上がる方法。
二つ目は問題に対する答えを何とか見つけ、前を向き進む方法。
三つ目がどうしても越えられない壁を前にして、それを見てみぬふりを……悪く言えば目の前の問題から目を背け、逃げながら生きていく方法。
そして最後の一つが、どうしようもない問題であるが、時間が解決させ前へ進む方法だ。
無論これらは康太が簡易的にまとめただけであり、これらのうち二つが当てはまったりもっと複雑な事になることは康太自身も重々承知していたが、大まかではあるが、この四つに分けられると考えていた。
「そうかい。やっぱ無理か」
頭を掻き毟りため息を吐きながら善がそう呟く。
昨日の時点である程度覚悟していた事だが、デスピア・レオダの能力に対する優秀な対抗策が消えたと確定し、落胆する善。
彼は残っていたトーストの欠片を口に放り投げコーヒーで流し込むと、立ち上がり首を回した。
「なら残った奴らで行くしかないな。うし、十五分前には目的地に到着するぞ。お前ら準備しておけ」
「そ、そのことについてなんだが…………俺たちもやっぱり行かなくちゃダメかアニキ?」
「…………どういうことだ」
気を取り直して言いきる善だが、そんな中積が少し言いずらそうに、しかしはっきりと聞こえる声で疑問を投げかけた。
「いや正直さ……蒼野を見てるとこっちまで気後れしちまって。なんかさ、俺達くらいの年の人間が命のやり取りするって…………冷静に考えたらおかしいよな?」
「………………」
積の申し訳なさそうな、しかしはっきりとした拒絶の声。
それが嘘偽りのない心からの言葉であることを認識し、善は閉口した。
惑星ウルアーデは力がものを言う星だ。そのことに関して間違いはない。
だがしかし彼らくらいの子供であれば、学校に行き勉学や部活に精を出し、その過程で外の世界でも通用する力を磨くというのが普通の光景だ。
成人していない内から働くというのは全体で見た場合は少数であり、なおかつその職場が命を賭けるような場所となれば更に少なくなるというのもまた事実なのだ。
「………………わかった。今回に限りお前もキャラバンで待機だ。んで、蒼野を立ち直らせるよう努力しろ」
そのような迷いを抱えた少年、しかも肉親を、死地に連れて行けないと考える事自体間違っていないことであろう。
「わかった…………悪いな、アニキ」
「いや、お前の言う通りだ。確かに命を賭けるにしてはお前らは若すぎる。んで、流石に今回ほどの件で覚悟が決まっていない奴を連れてくほど俺は馬鹿じゃねぇ。相手はデスピア・レオダ、一歩間違えずとも死ぬときは死ぬ相手だからな」
結局善は積の言葉を否定しきれず、完全に押された結果積に対して不参加を許可する形となってしまった。
「お前らはどうする。積の不参加を許したんだ。お前らだって不参加にする権利はあるぞ」
「オレはいくッスよ。そこまでナイーブになる性格でもないんでね。まあ蒼野が心配なのはあるんッスけど、時間が解決してくれるのを期待しますよ」
「…………聞かれるまでもないな」
一人許可を出してしまえば他の者達に聞かないのも不平等だ。
ゆえに善は残る面々にも尋ねるが康太とゼオスは今回の仕事を降りることはなく、参加者は自分を含め三名。
「さて、残るはお前だけだが、どうする?」
聞くまでもなく答えはわかっているが、それでも尋ねない事は差別であると考え残る最後の一人、尾羽優に尋ねる。
『現在、世界中でこの風邪は流行っており、神教は未だに原因不明であると説明。これに対し各地の人々からは不安の声が上がっており…………』
「風邪…………原因不明…………各地の声………………」
そんな彼女はというと椅子に座り頬杖を突き、テレビから垂れ流されるニュースに耳を傾けており、その内容を反芻するように口ずさんでいた。
『また、賢教からは事態の解決を未だできない神教に対し不満の声が上がっており、各地でデモ活動が勃発。午前八時頃には集団デモとなり、境界付近で暴動事件なども起こりました』
「…………に対する不満…………デモ活動…………………………世界各地での暴動」
「おい優、一体どうした?」
その様子を見て善が言い表せない不快感に襲われる。
よく聞けばその内容は若干だがテレビの報道からはずれており、それ以前に反芻する彼女の声には感情というものが籠っておらず、彼女自身からは幽鬼のような雰囲気が溢れだしていた。
「対策班…………………………抱きしめ合って恐怖を和らげる人々…………と話をするあたしと…………」
「おい優、一体どうした…………っ!?」
これまで見たことのない彼女の様子を前にして善が急いで近づき肩を掴む。
そのまま彼女の様子を見るために正面から向き直ると言葉を失った。
目は虚ろで口から涎を垂らしている、これまで見たことのない姿。
それだけで形容しがたい違和感に襲われるが、善が呆然として言葉を失う中、彼女の体が左右に大きく揺れ、瞳孔が開きかけ上下左右に動き始める。
「康太! すぐに最寄りの病院に連絡しろ! よく分からんがまずい事態だ!」
「アニキ!」
「!」
声をあげ指示を出す善。
その最中、積が声をあげ優を指差すので振り返ると、椅子に座っていた彼女の体が大きく傾き、頭から地面に落ちかける途中であった。
「あぶねぇな!」
地面と彼女の体の間に腕を滑り込ませ、崩れ落ちる体を善が持ちあげる。
そのまま彼女の状態を確認してみると、異様な動きを見せていた目は閉じ、顔を紅潮させ、玉のような汗を額に浮かべ、荒い呼吸を繰り返し意識を失っていた。
「善さん、近くの病院に確認しましたが、どこもかしこも満席で受付拒否でした」
「デスピアの野郎の事件の影響だな。クソ面倒だな」
焦らず現実を理解しながらもこの危機的状況を脱出する術を考える善。
「積はここに残るんだよな?」
「え? あ、ああ。残るよ」
「なら優の看護を頼む」
「うぇマジか。てかそういうの健全な男児である俺に頼んでいいの? なんかこう……疑いとか持たないのか?」
「その質問をしてくる時点で、お前は安全だと判断するよ。まあ、これから時間ギリギリまで色々な病院に電話を掛けて引っかからなかった場合の最終手段だ。その時は頼んだぞ」
「お、おう。わかった! 大船に乗ったつもりで任せろ。なんせ俺は医者を夢見る男原口積。健康管理もお手の物だ!」
「俺らの住んでた町の町医者の息子が同じ事言ってたけどよ、それと比べたら段違いに信用できないな」
「ひどいなおい!」
文句を言う積を傍目にゼオスと康太、そして善がネットで検索した病院にしらみつぶしに連絡するが空きはなく、ラスタリア集合十分前になりこれ以上は意味がないと諦める。
「仕方がねぇ。時間も迫ってきたし俺は二人を連れて行ってくる。お前は、優の体調がこれ以上崩れないかだけ確認してくれ」
「あいよ任された」
そうして善達はラスタリア正門へと向け移動を始め、積は優を彼女の自室に連れて行き眠らせた。
「…………さて、これは俺も頑張らにゃいけんな」
そう口にしながら、積はここ一週間ほどで何度通ったかわからない部屋、蒼野の自室へと向かって行った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ギルド『ウォーグレン』サイドの話。蒼野の現状と優の異常。
抱えている秘密は別であれ、動けない事に変わりはない。
という事で今回はゼオスと康太のみ参加です。
その二人も今回は活躍少なめ。他の面々にスポットライトが当たります
それではまた明日、ぜひご覧ください




