集結! 凶星を討つ者達 二頁目
翌日朝の九時三十分。この世界で最高の権力者が住む大都市・ラスタリアの玄関口に一人の男が現れる。
「某が一番か」
何度も洗ったにもかかわらず取れなくなった汗の跡を付着させた道着を着こんだ太い眉にボサボサの髪、浅黒い肌に鍛えられた筋肉をいくらか晒した、見るからに暑苦しい男が、夏の日差しに照らされながら現れる。
「…………」
瑞々しい緑生い茂る集合場所に辿り着いた彼は周囲を見渡し、誰もいない事を確認すると息を深く吸いこみ――――吐き出す。
「はっ!」
それを何度か繰り返し呼吸を整えると両の掌を胸の前で合わせお辞儀を行い、右腕を顔と同じ高さになる場所まで掲げ、左腕を脇腹に当たる程度まで引き、意識を集中させ正拳突きを開始する。
その早さと威力は恐ろしいもので、踏みこみを行うたびに地面を揺らし、突きだされた拳は音を置き去りにし、数十メートル先にある木々を揺らした。
「何度も揺れるので何事かと思えば、地震と間違えるほどの揺れの原因はあなたでしたかブドー殿」
「む、久しいなレイン殿。ミレニアムと戦い深手を負ったと聞いたが、調子はどうだ?」
「すこぶる健康ですよ。最も、今は正体不明の揺れが原因で住人が不安になってるので、私も気が気ではないのですがね」
「これは失礼した」
それから五分ほどしたところで今回の任務の代表者、レイン・ダン・バファエロが現れ、休むことなく正拳突きを行う男に対し冗談交じりの返事を行い、それを聞いた武闘家は苦笑しながら構えを解いた。
「しかし昨日の通信は参加者の確認だけで終えたが本当によかったのか? 作戦の立案などもするかと思っていたのだぞ某は」
「いくら参加者を決めたとはいえ、部下を含めて実際に参加する面々の数や戦力は昨日の時点ではわからなかったですからなぁ。今日実際に参加する面々を見てから決めるべきだとノアと決めたのだ」
「うむ、最もだな!」
「それに……」
レインの言葉を聞きブドーは納得が言ったように首を上下に動かすが、彼の話は終わらず口を開き話を続ける。
「それに?」
「貴方方のような実戦主義は、テーブルに座って話をするより、現場で撃ち合わせをする方が性に合っているでしょう?」
「ハッハッハ! おっしゃる通り! 流石はギルドランキング第三位の長だ! 我々のような喧嘩馬鹿の事を良く分かっている!」
別に褒めるつもりで言ったわけではないので大笑いで返されるのは少々癪であったのだが、目の前の人物の人柄を考えるとそれ以上何を言っても意味はないであろうことはわかっているので口を閉じる。
それから数分後、集合時間の十五分前になった頃、夏の日差しを全身に浴びながらも腹筋を休まず行うブドーの姿に辟易するレインの前に、新たな団体が二つ現れる。
「ギルド『倭都』、ここに参上しました」
「ギルド『知恵の車輪』ここに」
「うむ。『倭都』の皆さまはお久しぶりです。そしてあなた達が善の推薦するギルド…………『知恵の車輪』だったかな? はじめまして。私はギルド『エンジェム』の頭領にして神教所属、レイン・ダン・バファエロだ。よろしく」
レインが見慣れた面々が揃っている『倭都』に対し軽く挨拶を返し、彼らがブドーの元へ向かったのを見て、始めて遭遇するギルド、『知恵の車輪』に向き直り普段と比べ丁寧に挨拶をする。
「ええ。よろしくお願いします。天使長殿」
「おや、これはこれは…………」
握手をしようと前に出たレインが、代表として現れた人物を前に僅かに驚いた声を出す。
「久しぶりです、レイン殿。以前はお世話になりました」
その人物は以前康太が戦ったアーチャーと呼ばれる人物で、銀の籠手を着けたままの右手を差し出すと、レインは嬉々とした表情でそれに応じた。
「いやはや。正直なところ『知恵の車輪』はいくら評判が良かろうと新興のギルドかつ代表者が不明となっていたため少々不安だったのだが、ライアン殿がまとめ役ならば少なくとも今回は信用できる」
『知恵の車輪』、いや『無貌の使徒』に所属していた者達はそれとは別に表の顔を持っている事が多々あった。
それは一般の企業に努めるごく普通のサラリーマンと言ったものから闘技場の戦士や旅館住まいの亜人など本当に幅広い。
その中で社会的な地位が高い者の一人がアーチャーこと『ライアン・フェルマー』である。
彼が所属しているのは独立国家の一つ『ハイルデイン』であり、彼はそこの軍事部門の副隊長を務めている。
『ハイルデイン』は独立国家ではあるのだがそこまで神教を嫌っているわけではなく、神教と合同訓練を行う事や肩を並べて敵対者と戦った事も幾らかあり、その間にこの二人は顔見知りとなっていたため、気心知れた様子で彼らは挨拶を行った。
「そう言ってもらえるとありがたい。我々を紹介して下さった善さんも鼻が高いでしょう。しかし当の本人はまだこの場にはいないので?」
「ああ。まあ彼の事だから遅れてくる事がないでしょう。どちらかといえば、気になるのは『麒麟』の連中です」
「あたいらがどうかしたかい?」
「んぐっ!?」
そんな話をしていると、レインが背後から強烈な力で首を叩かれる。
急いで振り返るとそこには赤黒い肌をした頭一つ分ほど大きな見た目麗しい女性がおり、一目で高価だとわかる藍色の着物を着崩し、豊満な胸を半ば露出させた姿で彼を見ていた。
「え、壊鬼殿……いやぁははは。お久しぶりです」
亜人で構成されたギルド『麒麟』を支える三大種族の内の一角。それが鬼人族だ。
彼らは皆先天的に炎属性と土属性の面で優れており、その肉体は一般の人間よりも僅かに大きい程度なのだが、体を構成する筋肉の量は段違いで、かつ炎属性の耐性も異様に高い。
今回最も重要なのは皆が炎属性の使い手としては一般の者を遥かに超えているという点で、炎属性の使い手が大量に必要な今回の依頼においてはうってつけの人材と言えた。
「あたいらのギルドがどうかしたって? 気になるじゃないか。言ってくれよ?」
「い、いやそれは………………」
「それはなんだい? ん?」
鬼人族の頭領を務める女性は色素がない真っ白な長髪を揺らしながら彼の肩を掴み力を込め、それを振りほどこうと彼は試みるが、その握力はまさに万力の如きもので一向に動かない。
「…………正直なところ、貴方達鬼人族は戦闘面ではこの上なく心強いのだが、最近は時間にルーズだと聞いていてね。その点が気になったのだ」
「おや、そう言うことだったのかい? あたしゃてっきり裏切り者だと決めつけられてると思っちまってたよ。こりゃ悪いことをした!」
観念したレインが渋々と言った様子で口を開くと、それを聞いた壊鬼は意外な答えを聞いたかのような反応をしながら首を掴んでいた腕を外す。
「いやぁ…………手荒過ぎますぞ壊鬼殿!」
「悪い悪い。まあ今回の容疑者云々に関しては、こっちもそれだけ気が立ってたんだ。大人しく謹慎処分を受け入れただけでも、褒めて欲しいところさね」
僅かに苦しかった呼吸が回復し、幾度か咳込むレイン。
口から出た唾が地面を濡らし不快感に襲われるが、好戦的でかつ粗暴な態度が見られる壊鬼含む数十人、今回の主戦力が気を良くしてくれたのならばそれで良しとする。
「んで、そんな遅刻常習犯扱いを受けてるあたいらよりも遅い奴らってのは誰だい? 教えてくれよレインの坊主」
「残るはギルド『ウォーグレン』にギルド『アトラー』の方々です。と言ってもまだ十五分前にもなっていないので、今回は皆さまが早いだけですよ」
鬼人族は比較的長寿のため、目の前の人物は自分よりも十倍以上生きているのは承知しているのだが、それでも自分よりも遥かに若い見た目の人物に子供扱いされるのは癇に障る。
しかしそんな様子を表に出そうものならば残る二つのギルドが来るまでの間、暇つぶしに手合わせを申し込まれることは目に見えているため、彼は至極冷静に言葉を返した。
「そりゃあ今回は最高の獲物と喧嘩ができるんだ。闘争心があり余って、体も動くってもんさ! でもふーん…………その二つのギルドかい。それはちょいとおかしいねぇ」
「というと?」
その返事を聞いた壊鬼が着崩した着物の胸の辺りに手を突っ込みながらぼんやりとした答えを返し、それを聞いたレインが疑問を飛ばす。
「いやね、クロバの奴が頭領やってる『アトラー』がまだ来てないのはわかるんだよ。あそこは大人数の移動の可能性もあるから手間取るだろうし、そもそもあいつらはきっかり五分前に来るタイプだ。だけど、善のやつが経営しているギルドは別だろう。正直まだ来てないのは意外だね」
「そうですか? 十五分前ならまだいなくてもおかしくないでしょう?」
十五分前といえば普段の依頼ならばまだ誰もいなくてもおかしくない時間だ。
今回のメンツが少々特殊であったり生真面目な性格であったからこそ早く集まっただけで、レインに関して言っても、ブドーが地響きさえ起こしていなければ五分前に来るはずであったのだ。
「いやおかしい。善の奴は神教を抜けギルドにと入ったと言っても割と戦友と会う際は早くに来るタイプだ。昔話に花を咲かせたり、近況を報告するタイプだからね、あいつは」
「む、確かにそういえば」
しかし彼女に指摘され思い返してみれば確かに原口善は普段からかなり早くに入っており、誰かと話したりしていることが多いように思えた。そんな人物がまだ現れないというのは、確かに少々気がかりなような気もする。
「待たせたな。この様子だと我々が最後か?」
それから残り五分前になるまで時間は経過。鬼人族の面々がブドーや『知恵の車輪』の面々とスパークリングをする中、ギルド『アトラー』が到着。
「いや、実はまだギルド『ウォーグレン』の方々が来ていない。しばしお待ちいただきたい」
「善のところがか? 珍しいな」
厳つい見た目をしたクロバ・H・ガンクがレインの言葉を聞き腕を組みながら不審に思っていると、
「ギリギリになって悪いな」
数百人が集まる正門前に此度の戦いにおいて最後の参加者たちが現れた。
「善!」
「珍しく遅かったな。何か理由が……なるほど、そういう事か」
現れた元第三位の姿を見てレインが嬉々とした声をあげるが、ガンク家当主の声はそれとは真逆に強張っており、続いてスパークリングを終えた壊鬼やブドーも現れた面々の姿を見て疑問に思った。
「む、善よ。古賀蒼野と尾羽優、それに貴殿の弟はどうした?」
疑問点をそのまま口にしたのはブドーであった。
彼の疑問の通り一面草原であるラスタリア正門前に現れたギルド『ウォーグレン』の面々は普段の半分ほどで、優秀な回復役や貴重な時間の逆向能力者がいないことにはその場にいた全員が疑問を抱いた。
「……悪いな。今回の仕事の参加者は俺達三人だけだ。他の奴らは、戦いに付いて行けないと考え置いてきた」
それを聞いた『ウォーグレン』の当主は、心底申し訳なさそうに返事を返し、そうなった理由を語り始めた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
集合回その二。実際に集まるまでのお話です。
個々人の描写に関してはまだしっかりとしていない方々もいますが、彼らに関してはまた別の機会に
それと、今回のメンツはこれまでの中で恐らく最大戦力です。
蒼野達とは数段上の彼らの連携なども、しっかりと描いていきたいなと思います。
それではまた明日、ぜひご覧ください




