古賀康太、賢教から来た少女と出会う 三頁目
「さて、私と君の二人だけになってしまったが、今回の事件に情報があるなら教えてくれないかな? どんな仕事をするかまでは、私は知らないのでね」
二人の姿が視界から離れ、一息つきながら蒼野にそう尋ねるゴロレム。
「仕事の内容は朝に善さんが言っていたように境界維持装置の監視です。問題点はこれも善さんが話されていたと思うんですけど、破壊するまでの一連の犯人の手口がわからない事です」
「ふむ」
彼は蒼野から渡された資料の束を見ながら、僅かに生えている顎鬚を掌で弄りながら頭を働かすが、一通り見終えたところで、少々意外そうに口を開く。
「なるほど。本当に情報がないんだな。いやはやこれは珍しい」
一般的に物を破壊する場合、どのような事をしたとしても多少ではあるが考察するに値する情報というものが残るものだ。
それは例えば破壊した手段であったり、使った粒子の種類であったりだ。
これらを現場に残された痕跡を辿っていき、更に監視カメラから取れる周囲の映像を元にして犯人を特定するというのが、基本的な捜査の手順だ。
しかしこの件の場合、それらが行えない。
最初の数件こそ事故に見せかけた機械の経年劣化や内部に多量の水分が入った事による精密機械の故障であったのだが、事件性を感じ捜査を始めてからは、ある物は剣で斬られたかのような跡があったり、強い力で握られた跡のような物が残されたりしていた。
物によっては周囲一帯を巻きこむような爆発さえ起こしているものさえもあった。
それらはどれも全く別の手段で破壊されており、検出される粒子の種類もマチマチ。
ただ一つ共通点があるとすれば、犯人の姿を誰も見ていないという事だけであった。
「こういう捜査って始めてなのでわからない事だらけなんですけど、これって誰かが複数人を透明化させて、手口がばれないよう別の手段で破壊しているっていうことなんですかね?」
「まあ一般的に考えればそうなんだろうけどね、手掛かりが少なすぎる。あまり決めつけず、広い視野で物事を考えよう」
「わかりました。固執しすぎず、ていう事ですね」
持っていた資料から視線を外し、ゆっくりとした足取りで公園の外周を歩き回りながら四方八方に視線を映す蒼野とゴロレム。
途中風の属性粒子を撒いて周囲の人たちの様子を探ろうかとも思ったが、犯人を必要以上に警戒させる可能性を考え、それだけはやめておいた。
「さてと康太の奴、うまくやってるかな」
そうしながらも思い浮かべるのは、今回の依頼の内容以上に気になっている、自分の義兄弟がどうしているかという問題である。
「いや正直なところね、失礼を承知で言わせてもらうが、私は仕事よりそちらが気になって仕方がないよ」
「おっしゃることはわかるんですが、たぶん大丈夫ですよ」
穏やかな空気を発する彼には似合わぬ緊張感を持った声でそう口にするゴロレムだが。そんな彼をなだめるために蒼野は笑いかけ、ゴロレムが抱いてる不安を和らげようとして、
「何故だい?」
「アビスさんが俺達の育ての親に似た雰囲気をしてるからですよ」
不思議そうな様子でそう尋ねる彼に、蒼野は確信をもってそう伝えた。
最初に会った時から抱いていた感覚なのだが、アビス・フォンデュはどこか二人が慕うシスターに似ているところがあった。
あとになりそれが身に纏う母性であり、穏やかで落ち着く雰囲気であると蒼野は理解したのだが、恐らく康太は蒼野よりも遥かに速くそれを感じ取ったのである。
だから康太は目を奪われこそすれ、何か悪さをするとは思えなかった。
この十六年間、康太がシスターを意図的に困らせた事など一度もなかったからだ。
「康太さんは優しいですね」
「そうか?」
「はい。優さんにはその……もっと怖い人だと聞いたので」
「…………そうか」
あとで必ず潰す、そんな事を思い浮かべながらも表面上は穏やかな笑みを浮かべ、膝の上に頭を乗せたアビスの額を撫でる康太。
「調子はどうだ? 辛くないか?」
「ありがとうございます。おかげさまでだいぶよくなりました」
その状態で康太が語りかけるとアビスは優しげな笑みを浮かべ、体を起こして立ち上がった。
「なら、二人に追いつかなくちゃな」
本音を言えばもう少し二人だけの時間を過ごしていたかった康太であるが、ここに来た理由を思い出し彼女に続き立ち上がると、切り揃えられた芝生や整備されたゴミ一つない道、そして周りの人に目を奪われている彼女を不思議そうに見つめながら口を開いた。
「フォンデュ……さんは、なんで神教に行ってみたいと思ったんだ? こんな事を言うと驚かせているみたいですが、神教と賢教は一冷戦状態の敵勢力のはずだろ」
「同い年ですし、そうかしこまらずアビスでいいですよ。そちらの方が友達らしいです」
「そう…………だな」
春の日差しを連想させる穏やかな笑みを浮かべる彼女の様子に照れながらも、何とも言えない感覚に襲われる康太。
「それで、神教に来た理由でしたね。それはやっぱり自分の目で確かめたいことがあったから、でしょうか」
「確かめたい事?」
「ええ。神教とはどんな場所なのか、私はそれが知りたかったんです」
これまでの人生の大半を彼女は賢教の首都、エルレインで過ごしてきた。
その間は多くの人々が彼女に優しくしてくれており、少々狭いながらも満ち足りて幸福な毎日を送り続けていた。
そんな人々に対し、彼女はある日こう問うた。
境界の向こう側にある神教の世界は、いったいどのような場所であるか
それに対する反応の大多数は、『近寄るべきではない』『彼らは悪魔である』『生き恥をさらす人間以下の犬畜生』という意見であった。
ただたまにそれらとは真逆の意見もあり、加えて彼女の父親は『心優しい者達が多い、平和な場所』と言っていたのもあり、誰の言葉を信じていいかわからなくなっていた。
だから彼女は十三歳を超えた頃から賢教以外の世界を見てみたいと思い始めていた。
そう思った彼女は一年間様々な準備を行い、十四歳の誕生日を迎えるとともに父親にその旨を伝え、最初は四大勢力で最も安全と言われる貴族衆。
その後、二大宗教に属していない中立地帯と化しているギルドをお付の者と観光。
それらの治める土地を幾度となく周り、師匠として共に行動しているゴロレム同伴という条件を呑み、彼女は今回やっと神教の世界へと渡る境界を超える事ができたのであった。
「そうか。それで、神教に来たのか。ならその感想はどうだ? オレ達との出会いは…………良いものか?」
ここに来た経緯を聞き、自分たちは彼女の期待に応えられるほどの人間か不安に思いながらそう尋ねる康太。
「はい! 優も康太君も、それにこの公園にいるみなさんも、みんないい人だと私は思います」
「そうか。そりゃよかった」
その返事として投げかけられた輝くばかりの笑顔を目にして、康太の頬が緩む。
こうして話をして、ここに来た目的と身に纏っている雰囲気を理解し、康太は何故自分が同い年のこの彼女に惹かれるかわかった。
彼女は自分が大切にしている人に似ているのだ。
纏う雰囲気は敬愛するシスターに。
ここに来た目的は義兄弟である蒼野に。
無邪気で輝いているその笑顔は、孤児院の子供たちに。
彼が惹かれる多くの要素を持っているのだ。
「なら、もっと色んな場所を回ってもらわなきゃな。オレ何かだと『キンザ』に一度行ってみるといい、くらいしか言えないが、蒼野の奴ならもっと色々な観光名所を知ってるはずだ」
この子にはぜひ幸せになってほしい、そんな気持ちを抱き優しげな声で語りながら笑いかける康太の姿にアビスが目を丸くする。
「ど、どうした。何か変な事言ったかオレ」
「い、いえ。何でもありません。そう……何でもないんです」
それから顔を赤くするとそっぽを向いてしまったので心配そうに話しかけるのだが、彼女はしばらくの間明後日の方向を向いたまま康太と視線を合わせることはなかった。
「そ、それよりも早くゴロレムさんと蒼野君と合流しましょう。あまり遅いと、心配させてしまいます」
「あ、ああ。そうだな」
何故いきなり顔を背けられたかわからず焦る康太であるが、彼女の声色はさして嫌悪感を覚えていないようで、それだけは間違っていないと確信を持ち胸を撫で下ろしながら彼女に同意。
彼女の少々小さな歩幅に合わし少し歩いたところで、
「…………ッチ、嫌なタイミングで反応しやがる」
「こ、康太さん!?」
アビスが驚くほど鋭い声で、康太が小さくそう呟いた。
「悪いがオレの側から離れないでくれ。そんで、ゴロレムさんの電話番号を知っているようなら電話を」
「え? え?」
「どうやら、件の相手が近くにいるらしい」
困惑した様子の彼女を背後に回し、銃に触れる康太。
それは彼の直感が少し先に訪れるであろう、戦いの未来を察知した瞬間だった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
気になる女の子の膝枕…………ではなく、気になる女の子を膝枕な最新話。
個人的にはこれはこれでありではないかと私は思います。
とはいえこの星は外を歩けばどこかで戦いが起きている修羅の星『ウルアーデ』
次回からは、少しずつ事態が動いていくと思うのでよろしくお願いします。
あと、今回の話に合わせてタイトルを変えました。




