凶星遭遇 一頁目
「ここか」
誰にも聞かれなかった最後の会話が行われた二日後、パペットマスターの死により世界中が混乱の渦に呑まれているのを確認し、ミレニアムは町外れの小さな林に足を運ぶ。
「……奴の予想は的中したか」
護衛一人つけていない彼が真っ白な幹が連なる雑木林を抜けると、空間が揺れるような感覚に襲われる。
それが空間を弄ったことによる影響である事を理解しながら進んでいくと、彼の嗅覚が異変に感づいた。
戦場で何度も嗅いだ、こびり付くような鉄の臭い。それに混じって腐った肉のにおいが自身の進行方向から漂ってくるのだ。
「………………」
悪臭を前に確かな不快感が彼を襲うが、それは目的とする人物が近くに迫っている証拠でもある。
そこから更に少し歩くと地面を濡らす濁った赤が目に映り、目の前にある邪魔な木を拳の一撃で抉り、彼は広がる空間で目にする。
無数の人の死体で作られたいくつもの山。
悪臭を漂わせ、大地を満たす赤い池。
「さぁて、お前はどう料理しようかな~~~~」
「やめ、やめてください。やめてください!!」
それらの奥では愉悦に満ちた声をあげる存在がおり、その前には子供の目を覆う、全身を震えさせた母親の姿があった。
「俺よぉ~最近現代アートってのに嵌ってんのよ。だから色々なもん試してるわけ。せっかくだからあんたら親子にも手伝ってほしいと思ってるんだけどそうだな……………………人間風船なんてどうだ?」
「やめてください! お願…………やめ! やめてやめてやめて!!」
決して自然にはそうならないと言いきれる程真っ白な肌に、パーマがかかったうなじ辺りまで伸びた病的な程真っ白な髪の毛。
両手と両足は筋肉が一切なく、骨と皮だけにも関わらず頭部だけは常人と同じ程度にはふくよかというアンバランスさを抱えているその姿は、見る者に奇妙な感覚を与えていた。
少年と青年の間程度の風貌をしたそんな存在が、瞼から飛びだした爬虫類のような目を、子を守る母に注ぎその体に指先で触れる。
それだけで母親の腹部が、頬が、両手に両足が、ガスを注入したかのような不自然な膨らみ方をし、体勢が崩れ地面に横たわる。
「お願いします…………せめて……せめてこの子だけは…………」
「助けてほしいってのか?」
「は、い…………」
膨らみ続ける体、迫る死の足音。
自らは決して助からぬことを理解した母が口にするのは最愛の息子だけは助けてほしいという切な願い。
「あーそうかそうか。あんたが願うのはこいつの命か」
それを聞いための前の存在は少々困ったように頬を掻き申し訳なさげに少年を指差し、
「助けてほしいってことなんだろうけどよ。悪い。そいつもう死んでるんだわ」
「…………………………え」
顔には心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、声には隠しきれない愉悦の思いをのせ、彼女にそう告げた。
それを聞き既に足が地面から離れ両目が飛び出かけた母親が死にもの狂いで視線を向けると、彼の大切にしていた息子はこれほど悲惨な状況になった母親を前にしても微動だにせず、黙って前を向いていた。
「ほれ、この通り」
が指先で少々強く小突かれた瞬間、少年の体がその衝撃に耐えきれず背後へと倒れていき、地面に衝突したかと思えば、原形を留められず四散した。
「え? え?」
「いや俺ちょっと気になってよ~。人間ってのは血と肉、あと皮やらなんやらで形づくられてるわけじゃん。てことはある一定それらを失えば原形が保てなくなって崩れ落ちるわけだ。そのラインがどこかを調べたくなったんだよ~」
無邪気に語るその存在に、悪意という感情は含まれていない。
純粋な好奇心だけが溢れていた。
「いや苦労したんだぜ。このラインってのがなかなか難しくてな。数十個もダメにしちまったから流石に諦めかけたんだが、そんな折あんたの息子でやってみたらついにうまくいってな。どうやら血とか皮、それに骨を弄りすぎるのがいけなかったみたいで、筋肉の部分ならある程度壊してもいいらしい。最終的に肉の八割方を喰い破って代わりを補充しても、ああやって原形は保てたってわけだ!」
心底楽しそうに語る彼と比例するように母親の体が膨らんでいき、その瞳からは絶えず悲しみの涙が流れ落ちる。
「まあ、完成させたら飽きちまったからこうして飾ってたんだが、母親のあんたのそんな反応を見れたとなれば…………残しておいた価値もある」
「は…………はは…………あはは………………あはははは!」
怒り、憎しみ、悲しみ、後悔、あらゆる感情が籠った涙を流す母の姿を前に彼の頬が引き裂かれるほどの勢いで歪む。心底楽しそうに笑う。
「クキャ、クキャキャキャキャ!」
やがて限界を超えた母の体が膨張に耐えきれず破裂して血の雨を降らすと、その存在は両手を広げた状態でそれを全身に浴び、再び心底楽しそうに嗤った。
「さぁて、次はどうやって遊ぼうかね~!」
血で濡れた地面の上を転がり、飽きるまで嗤い続け、しばらくしたところで声が落ち着きを取り戻す。
すると彼は満足感を得たような充実した声をあげながらノソノソと歩き出し、
「初めましてだ、死の王・デスピア・レオダ」
「あ?」
そこで自らと同格の男と対峙した。
「…………ああ、もしかしてそれあいさつか。コンニチワ」
現れた黄金の王の姿を前に、デスピア・レオダ――――『三狂』の一角が硬直する。
それから数秒間半目で何か考え事をしたかと思えば気の抜けた返事でそう返し、さして興味はないのか再びノソノソと歩き出す。
「待て」
そんな彼に対し、ミレニアムの気を乗せた声が届けられる。
「しつけぇな。もうちょっと頭捻れよアンタ。今は機嫌がいいから、さっさと去れつってんだ」
そう告げる声には身の毛もよだつほどの敵意と殺意が込められており、常人ならばそれだけで泡を吐いて崩れ落ちる程であったが、ミレニアムは一歩も引かず、悠然とした足取りで近づいていく。
「そう機嫌を悪くするな。貴様にとってこの我との出会いはこの上ない僥倖となるはずだ」
「?」
むしろ気になるのは男の姿で、ミレニアムと比べれば数段小さいはずの姿は少年の怒りに合わせるように揺れている。
「俺にとって………………なんだ? ギョウコウ? 一体何を言ってやがる玩具が。もっとわかりやすい言葉で言いやがれ」
人間ではないのか?
そんな疑問を浮かべるミレニアムだが、そんな彼に対しデスピア・レオダも一歩ずつ近づいていき、気が付けばミレニアムが腕を伸ばせば十分に届く距離にまで近づいていた。
「我と出会ったのはこの上ない幸運だと言っているのだ」
「幸運だぁ? ずいぶんな物言いじゃねぇか。そんなお前さんは誰なん………………いやちょっと待て。お前最近テレビやら新聞やらで見たな。名前までは知らねぇが、どうやらずいぶんと暴れてるみたいだな?」
「いかにも。知らぬのならば自己紹介をさせてもらおう。我が名はミレニアム。貴様と同格、すなわち『三狂』の一角である!」
黄金の王が語気を強めるだけで周囲の木々が大きく揺れる。
「へぇ、俺と同格。サンキョウねぇ」
それを前にしても怪物は然程慌てず、語気を強め宣言するミレニアムを興味深げにじろじろと眺める。その後さらに近づき真っ白な皮と骨だけの手でペタペタと触れたかと思えば一歩下がり、
「ギャハ!」
「む」
次の瞬間、両手を分解した化と思えば真っ黒な霧を発生させ、ミレニアムの体を包みこんだ。
「いきなり現れて偉そうに語りだすなんて生意気なんだよ玩具が。俺と同格? 自分との出会いがこの上ない幸運だぁ? そこまで生意気なこと言うならよぉ、それ相応の強さって奴を見せてみやがれ!」
嬉々として語る彼の前で黒い霧はミレニアムの体をすっぽりと覆い、そのまま数秒が経過。
「愚かなぁ!!!」
そのまま目の前の存在がうめき声を上げる事を期待していたデスピア・レオダだが、しかしミレニアムが一度足踏みをすると、黒い霧は瞬く間に霧散。
「……………………神器か。いやそれだけじゃねぇな。何だお前?」
その光景を前にして心底鬱陶しげにそう口にする存在に対し、黄金の王は鼻で笑った。
「名ならば先程も語ったはずだぞ。ミレニアム、とな。
そしてもう一つの推測は正解だ。『ピスカンタ』は黄金の鎧の神器。外部からのあらゆる攻撃や能力を防ぐ絶対的な防御力を誇っている。ゆえに貴様がいかなる手段で我を攻撃しようが、全てが無駄である」
「なるほどなるほど、言うだけの事はあるってこと、か」
ミレニアムが語る黄金の鎧の性能に今しがた見せた足踏みを確認し、これ以上攻撃するのを止め波打っていた肌も正常な状態に戻していく『三狂』の一角。
「で、オレにとっての幸運ってのはなんなんだ?」
そのまま彼はノロノロとした足取りで白骨死体で作った山の頂上まで登り腰かけると、黄金の王を見下ろしながら口を開いた。
「貴様のここ最近の活動については知っている。が、ずいぶんと動きにくそうではないか。その枷をこの我が取っ払ってやろう」
「…………玩具が正気か?」
ご機嫌を損ねるタイミングで現れたことと、その相手を仕留めきれなかったこと、その二つの出来事が理由で不機嫌になり、あくびをしながら話半分という様子で聞こうとしていたデスピア・レオダ。
そのの態度が、ミレニアムの言葉を聞き豹変する。
「おもしれぇ事を言うじゃねぇか。いいぜ、詳しい話を聞かせな」
その言葉は思いのほか関心を誘ったのか、デスピア・レオダは白骨死体の山の頂上で胡坐をかいたまま飛び跳ね、一枚の葉も生えていない真っ白な木の群れの中に手を伸ばしたかと思えば、血の海に沈み項垂れている老夫婦を掴み、黒い霧を纏わせる。
「あ……ぎぎぎぎ!?」
「キャキャキャキャキャキャ!!」
突如全身を襲う激痛に老夫婦が悲鳴をあげると、掴んだまま十メートル程の高さまで腕を掲げ、一直線に叩きつける。
それは彼の興奮に呼応するように何度も何度も行われ、老夫婦の全身が血で覆われ、ほんの僅かな痙攣だけを行う肉塊に変化するまで続く。
「むん!」
「あぁん?」
はずであったが、それは老夫婦が息絶えると同時に黄金の王の手で遮られた。
「この者らの命数は既に尽きた。ならば、それで終わりだ」
「…………死者を損傷するのは許さない……てか。あれだな、お前みたいなのを芯のある奴って言うんだろ。頭がいい俺は知ってるぜ~」
「………………」
自らの知識を披露し胸を張る子供のように喜ぶデスピア・レオダ。
そんな彼に対しミレニアムは何も言葉を返さないが、男が纏う気に交じる、自身に対する嫌悪の念を読み取り、頭の後ろで腕を組んで空を仰ぎ見た。
「わっけ分かんねぇなお前。俺と同じ格ってことは世界を掌握できる存在ってことだろ? そんな奴がこんな些細なことになに目くじら立ててるんだよ」
「些細な事……とな?」
「俺たちは絶対無敵、すなわと最強と呼ばれる存在。つまり世界の頂点だ。頂点ってことは俺達より上はおらず、他は全員下。
下は上の命令を聞き、その命令をこなす。いうなりゃ俺達の玩具だ」
そう言いながらデスピア・レオダは自分が下に敷いている骨の山を小突き、嬉々とした様子で笑う。
「それをどう扱おうが、誰も口出しできねぇし止められねぇ。そんなもんを百二百消費したくらいで、目くじら立てるなよ」
「……そうだな」
それに対しミレニアムは同意の言葉を口にするが、常人ならばどのような感想を抱いているか、一目でわかる態度であった。
「だろだろ!」
が、目の前の存在は常人であらず。
黄金の王の言葉を聞くと心底嬉しそうに白骨死体の頭を叩き、
「で、アイツを止める策があるみたいなことを言ってたが、そりゃどんな策だ。いやそもそもの確認が先か。お前はオレがクソうっとおしく思ってる奴の名前を知っているのか?」
いつの間にかミレニアムの真横に移動すると、彼に問いかける。
「ああ知っているとも。貴様が心底嫌う宿敵。それは……」
「それはぁ?」
「神教最強にして絶対の守護者、セブンスター第一位、アイビス・フォーカスだ」
そして彼は迷うことなく口にする。
それはデスピア・レオダだけではない。ミレニアムにとっても、いや神教を相手する全ての人間にとって最大の壁。
この世界で最強の女の名であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司でございます。
さて! 今回はこの物語における敵キャラクターの紹介回です。
現れた新たな敵は『十怪』を超える世界最強の敵『三狂』!
最終幕に移る前に、過去最大格の相手との衝突です!
どのような戦いになるか、お楽しみに!
それではまた明日、ぜひご覧ください!




