悪の胎動
「だ~る~ま~さ~んが転んだ!」
「「!」」
「はーち、きゅーう……じゅう!」
夏の太陽が照らす古びた校舎の前に設けられている校庭から、いくつかの声が聞こえてくる。
「そこだ! 見つけたぞ!」
「缶だ! 缶を蹴ろ!」
その内容のいずれもが、幼い子供が遊ぶ遊戯に関連するものであった。
遊びの種類は様々で、だるまさんが転んだやかくれんぼのような声を出しながら遊ぶ者もあれば、砂場遊びやかけっこなど、比較的無言に近いものやドッチボールなどのようにチームに分かれて行うものも多数存在した。
「はぁはぁ……よし! できたぞ!」
ただこれら全てには三つの共通点が存在しており、それがこの場に強烈な違和感を感じさせていた。
「みんな! こっちだ! こっちに逃げている奴がいる! 協力して捕まえてくれ!」
一つ目は参加している人々の年齢層だ。
子供が行うような遊びの数々、それを行っているのは子供だけでなく大人も混じっている。つまり老若男女様々な年齢の者がひしめき合っている状態だ。
二つ目の違和感は彼らがみな必死である点だ。
ただ体を動かして楽しく運動しているというわけではなく、得意属性である粒子をふんだんに使い、対峙する相手を追いつめている。いや、むしろ殺すのも厭わないという様子である。
「ひぃぃ、ひぃぃぃぃぃぃ! 来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その姿を見る者がいれば、皆が胸を痛めるであろう。
鬼ごっこに関して言えば逃げる側が顔にある穴という穴から水分を吐きだし必死に逃げ、それを追う面々は鬼のような形相で追従する。追いつかれ体に触れようとするのならば、粒子を固め相手の首を吹き飛ばす輩もいる。
かくれんぼにしても同じで、隠れる側は粒子を使い周りの風景に完全に擬態したり、罠だらけの新たな建造物を作り隠れようとするなど、その熱中具合は『子供の遊び』からはかけ離れている。
だがこれら二つの違和感も三つ目の問題点に比べれば些細なものだ。
三つ目の違和感、それは空間をいじることによって広げられた校庭の至る所にある死体の山だ。
校庭の至るところには十数人が重なった人の山が作られているのだ。
血で濡れた地面に死者の山。血気迫る表情と動きで走りまわる人々。この時点で目を覆いたくなる惨情だが、本当の恐怖は別にある。
「いやだいやだ死にたくないぃぃぃぃ!」
鬼ごっこの決着がつくと勝利した逃げる側が大手をあげ喜ぶ傍らで、敗北した鬼側が断末魔の悲鳴をあげ、体の至る所が毒々しい色に変化し崩れ落ちる。
起こる症状は様々とはいえその現象はどの遊びの敗者にも必ず起こっており、ある遊びの敗者は全身の穴と言う穴から血を吹きだし絶命し、ある遊びの敗者は元の五倍以上に腹部を膨張させたかと思えば肉片を周囲に飛び散らす勢いで破裂した。
「………………」
「ひっ!?」
そうして事切れた者達だが少しするとどれだけ体が損傷していようと立ち上がり、既に築かれている死体の山へと向けノソリノソリと歩き出していく。
「もう、もう……もうやめてくれぇぇぇぇ!!」
息子が死に瀕する父の喉が、千切れんばかりの悲鳴をあげ、それは空に…………ではなく学校の屋上に向け飛ばされる。
そこには太陽を背にして胡坐をかく何者かの姿が存在しており、それは男の涙ながらの訴えを聞き、腕を上げる。
「あ…………ばぶばびぼ?」
すると訴えかけていた男の口から聞くに堪えない奇声が発せられ、一度大きく左右に揺れたかと思えば徐々にだが全身が溶けていく。
「ひっ!?」
目の前で生きた人間が溶けていく。しかもその苦悶が鮮明に理解できるよう頭だけは綺麗に残されている。
そんな普段では絶対に目にすることのできない光景を前に、周囲にいる人々の背筋が凍る。
そこまで生きこの場にいた老若男女全員が理解する。
自分たちは玩具だ。
屋上で座している悪魔をただ楽しませるためだけの玩具なのだ、と。
ゆえに気にいられなければ捨てられ(殺され)、気にいられれば使い続けられ(生き残れ)る。その事実を認識した瞬間、全員の頭を恐怖ではなく狂気が支配する。
やがて彼らは目を血走らせながら目の前の遊戯に没頭し、自分や家族だけでも生き残ろうと足掻き始める。
「ギャハ」
それを見て男は口を頬まで裂き嗤う。
「ギャハハハハハハハハハ!」
見下ろす先で子供が大人に殺され、大人が子を庇い子供に殺され、老人がなすすべもなく死に、母親を庇った子供が全身を崩れさせ死ぬ、そんな人の死に様を見て心底から楽しいと嗤い続けた。
最後の一人が事切れる時まで、興味深げに眺め続けた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて今回から新しい物語の始まりです。
最初の一話から既にわかっていただけるかもしれませんが、今回の話のテーマは『純粋な悪』です。
なので結構胸糞悪い部分もあるかと思います。
そこに合わせて蒼野についても語っていただければなと考えています。
最初のターニングポイントを超えた後の物語を楽しんでくだされば幸いです
それではまた明日、ぜひご覧ください




