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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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古賀蒼野、少女と出会う 二頁目


 とある評論家は言った。『人間は粒子の存在を知るべきではなかった』と。

 人類の発展が息詰まり、衰退の一途を辿っていた遥か昔、粒子が見つかった事により、それまでは不可能だった事をできるようになった。

 しかしその力が、この世界を間違った方向に進めたのだとその評論家は言った。

 人間は力に溺れる。どんな便利な物でも、どれほど強大な力でも、間違った使い方をしてしまう者が必ず出てくる。

 人を騙し、物を壊し、生物を殺す。

 その規模は粒子がなかった時代とは比較にならないものであった。

 そうして便利さを盾にした便利な力による歴史が積み重ねられていく。

 自然や機械、果ては国家やこの世界を収める宗教を超える力を超える者も現れる。 

 そうして歴史は進んでいき、人の悪意も増長し、大量の人々が死んでいく。

 それが当たり前のようになる。

 人の死が増えたこの世界では、命が軽い。重さを持っていないかのように容易く人が死んでいく。




 両者の距離はおよそ100メートル。町の入口を背にし、逃げる者達を庇うようにして鉄の獣に跨る男と、それを迎え撃つ蒼野と康太。


「喰らいなぁ!」


 先制を取ったのは鉄の獣に跨る、ヘルメットを被った男だ。

 初めて蒼野と出会った時と同様、前輪を持ちあげ隆起した地面を土台に空へと跳ねる。

 雷の障壁が車輪の部分には張られていないことを知る二人は、その場で立ち止まり、各々の得物で待ち構えるが、


「………………あぁ?」


 康太が再び嫌な感覚を覚え、蒼野の服を掴み引っ張り上げながらその場から離脱する。


「なにを!?」

「ちとまずい感じが漂ってくる。動くぞ!」


 康太に引きずられながら蒼野が上空を見上げると、男の姿はそこにはなく、大型二輪の遥か上空で二人を見下ろしている。


「春星雨!」


 虚空に作りだした拳程の大きさの丸い塊から、チョークサイズの光の雨が降り注ぎ、雨のような勢いで降り続け二人に襲い掛かる。

 その過程で数発が鉄の獣にぶつかり爆散。光の雨を避ける二人の体へと大型二輪の破片が飛来するが、蒼野が生み出した風の壁がそれらを地面へと落下させた。


「ずいぶんともったいない事すんだな。高そうな奴だったじゃねぇか、あのバイク!」

「買おうと思えばすぐに買える程度の物だ、心配すんな!」


 爆発と同時に発生した煙の中から男が現れ、康太の首を狙い突きを放つ。康太はそれを銃身で軌道を逸らせると、ひるむことなく前に進み、肩を突き出し、男を吹き飛ばす。


「う、おぉ!?」

「ブルジョワ自慢かこの野郎!」


 煙の中でも目が見えるのか。ヘルメットの奥の瞳が、忌々しげに康太を睨む。


「そこだ!」

「ちっ、めんどくせぇ!」


 その後間髪入れず放たれた蒼野の一撃を男が躱し、返す刀で拳大の大きさの光の塊を三発撃ち出すと、その内一発が蒼野の肩に直撃。

 地面に踏ん張り耐えようとする蒼野だが、球体の勢いに耐えきれず吹き飛ばされる。


「大丈夫か?」

「ああ、思ったよりも軽い!」


 地面へと衝突する瞬間、空中で一回転し体勢を立て直し、両足でしっかりと地面を踏む。

 その姿を見た男が舌打ちをして追撃とばかりに腕を掲げるが、光弾を放つよりも早く康太の銃弾がカウボーイハットを打ち抜き、ヘルメットに衝突。

 銃弾が直撃した衝撃でヘルメットが砕け、飛んできたカウボーイハットを蒼野がキャッチし名前を確認したあと、ヘルメットの奥に隠れていた素顔を覗きこむ。


「ゲイル、か。呼び方に困ってたから名前がわかってよかったよ」


 蒼野が話しかけるその男は、蒼野と康太の二人と比べ僅かに大人びており、首にかかる程度のパーマがかかった茶色の短髪に、小麦色の肌が特徴的な、少年というよりは青年と言うべき男だ。

 そんな彼は憤怒の表情を浮かべながら蒼野を睨んでいた。


「そいつを返せ!」


 声を荒げながら蒼野に迫る男ゲイルに対し、康太の放った弾丸が襲いかかる。


「こいつは!」

 

 後方に下がり迫る銃弾を避けるゲイルであるが、地面に衝突した銃弾は跳ね上がり、彼の右腕に直撃した。


「跳躍弾だ。中々面倒だろ?」


 生まれつき全ての属性の粒子が少ない康太は、少ない粒子を固め銃弾にして撃ち出す。

 銃弾には固める属性ごとに様々な特性が付くが、ゲイルに命中し、さらに先程バイクの防御膜を潜り抜け命中したのは木属性を固めた跳躍弾だ。

 これは殺傷能力を下げる代わりに地面や壁にぶつかった際跳ね上がり、続けて攻撃に利用したりすることができるという特性を持つ銃弾である。


「しっかし光属性か。仕留めるのが厄介で困る」


 ゲイルが使う光属性は全ての属性粒子の中で最速を誇る粒子で、ある程度の使い手ならば光速で動き回ることができるようになる、まさに速さで相手を翻弄する属性。

 弱点は全属性の中で最も固体化が難しい点で、そのため攻撃の威力が低くなりやすく、なおかつ重みもないため、戦闘においては威力不足が目立つことが多々ある。

 先程蒼野の肩に直撃したにも関わらず大した損傷を与えられなかったのもその弱点のためだ。


「そうだな。捉えきれない」


 だが時間稼ぎにおいてこの属性の右に出るものはない。

 威力は低いが相手を先に進ませない足止めとしての光弾に、攻撃を避け続ける圧倒的回避能力。

 単純だが大きな効果を発揮する、目くらましとなる閃光。

 その全てが康太と蒼野をこの場に釘付けにして、彼の仲間を逃がす時間を稼ぐための最適解となる。


「にゃろう!」

「甘ぇよ!」


 撃ちだされた光の球体を僅かに体を逸らすだけで躱し、大きく踏みこむ蒼野。

 そこから撃ちだされた大上段の踏み込み斬りはしかし紙一重で躱され、持っていた剣を蹴り飛ばされると、ゲイルが放った反撃の突きが蒼野の腹部を抉る。


「うぼあぇ!?」


 蒼野の体が『く』の字に折り曲がり、炎の中に姿を消す。


「こいつは返してもらう!」


 と同時に蒼野の手から離れたカウボーイハットをゲイルが掴み、再び被る。


「蒼野!」


 肉を抉るような音は聞こえなかった。吐血もしていないように見えた。

 しかしそれでもすぐに立ち上がれるか、それ以前に意識を保っているかも確認できない。


 住人の大半は非難したとはいえ、まだ逃げ遅れたものがいるかもしれない。


 その人物がこの状況を乗り越えられる力がなければ、待っている結末は暗いものだ。


「…………………………………………悪いな、蒼野」


 考えに考え抜き、康太が誰に聞こえることもないほど小さく呟く。

 銃を握る指に力がこもり、これまで撃っていた木属性の跳躍弾を鋼属性を固めた最もシンプルな物に変え、すぐさま撃つ。


「っち!」


 これまで攻撃を避け続ける事に専念していたゲイルが、自身の動きを見透かすかのような銃弾に耐えきれず初めて雷の障壁で防ぐ。

 続けて放たれる第二弾第三弾は彼の足をその場に釘付けにして、動けない彼は苦い表情を浮かべ防ぎ続ける。


「こいつ!」


 明らかに射撃の精度が上がっている事実に舌打ちするゲイル。

 無論銃弾が雷の盾を貫くことはなく、光属性による時間稼ぎも含め、戦況はゲイルに傾いている。

 それでも……優位な状況なはずだというのに、ゲイルの頬に冷や汗が伝う。


グチュリ……


 その時、不快感と吐き気を催す鈍い音がゲイルの耳に入ってくる。


「なに?」


 突然の事態に頭が追い付かずにいたが、右太ももが訴えかける痛みを脳が認識し、その音を発しているのが自らの体である事を理解。

 苦痛の表情を浮かべ、玉のような汗が頬を伝った。


「なんで防壁を破ってんだよ!」

「ちっとは頭を働かせろ。雷の壁ってことは概念的な守りじゃないんだろ。なら、一発でダメなら一瞬で二発三発の弾丸を同じ場所にぶち込めばいい話だ」

「そいつは…………言うほど簡単なことじゃねぇぞ!」

「そうかい」


 叫ぶゲイルと淡白な返事を返す康太。

 それはまるで、目の前の獲物を狩る事にのみ意識を注いだ狩人と、その獲物だ。


 このままではまずい。そう思い防壁の修復を図るために一度解除し後退するが、スイッチを押し、再び雷の盾が展開されるタイミングを見切った康太が、銃弾を跳躍弾へと瞬時に変更し引き金を絞る。


「クソッ!」


 放たれた跳躍弾がバリアの中で暴れまわり、それに耐えかね再び解除。

 迫る康太を振り払おうと光属性の球体を作りだし撃ちだそうとするが、放たれた鋭い蹴りが瞬き程の間に彼の両腕をかちあげた。


「まだだ!」


 勢いを殺すことなく地面を両腕で支え、宙に浮いた両足から続けて放たれた蹴りがゲイルの顎を捉える。

 

「う、ぐおぉ!?」


 一連の連携を真正面から受けた事でゲイルの見ていた景色が歪み、意識が朦朧とする最中、彼はふと考える。

 目の前にいるこの男は、ほんの数秒前まで俺と対峙していた男と同じ人間か?

 ぼんやりとした思考が急速に正常に戻る中、彼の眼が映したのは、自身に対し銃口を突きつける無表情な男の姿。


「ま……ずっ!?」


 大急ぎで光を固め反撃を伺うが、康太の指は既に引き金を引かれていた。


「あ?」


 だというのに弾が出ない。その異変に康太が意識を奪われたのと同時に、ゲイルの左手には刃が朧げな歪な形をした光の剣が握られていた。


「らぁ!」

「ちっ!」


 迫る危機を察知し咄嗟に体を引くが、光の剣は康太の左腕をバターのようにあっさりと切り落とし、続く一撃で浅くだが胸を切り裂く。


「予備のパーツに換えるタイミングで!」


 思い返せば蒼野に銃の時間を戻してもらい、故障の原因を突き止めようとしていたのだ。

 そんな中で音速を超える勢いで引き金を引く重ね撃ちを続ければ、それは故障の原因には十分だ。

 そんな初歩的な事にも気を回さなかった自分に対し悪態を吐くが、同時に口から吐きだされた少量の血が、怒りで熱くなった康太の思考を正常に戻した。


「クソが。勝ちの目が遠のいた」

「右腕がうまい事動かねぇ!」


 両者が互いに距離を取り、自らの怪我の具合を調べる。

 ゲイルは跳躍弾によって全身に青い痣。加えて右腕はもっとも攻撃を受け続けたため、動かなくなっている。

 対する康太は左腕欠損に加え胸に切り傷。左腕の傷からは未だ大量の血液が溢れており、このまま放っておけば意識を失う程の重傷。


 目の前の男を無視して住人を助けるかべきか?


 自身の傷の深さを再確認しふとそんな事を思い浮かべる康太だが、内心で失笑する。

 今この男を逃がせば背後から攻撃されるリスクがある。そんなリスクを背負うなど愚の骨頂だ。

 それに康太個人のプライドや意地が、そんな結末を許しはしない。


「な、なんだこりゃ?」


 必ずここで仕留める


 そう決意した康太であるが、そのときそんな決意を吹き飛ばす程の特大の『嫌な空気』を、少年は肌で感じとった。





その場の状況すら放り投げ、康太が直感の従うままに顔を向けたその先に、彼女はいた。


「よしっ着いた!」


 太ももの中頃辺りまでの長さの紺色のホットパンツに橙色のTシャツを着込んだ、金の長髪に碧色の目をした少女が、身の丈を超える巨大な鎌を持って現れている。


「っ!!」


 こいつはまずい、目の前にいる敵の事、助けなければいけない町の人々の事さえ忘れ、右手に持つ銃として使い物にならなくなった物体を少女に向ける康太。


「誰だテメェ!」


 警戒し声を荒げる中、少女が鎌を消し右手を虚空へと掲げると同時に巨大な水の球体が上空へと昇っていく。


「ふぅ。このくらいでいいかしら」


 少女の言葉と共に球体は弾け、雨へと姿を変える。雨は街全体を覆うように降り続け、それに伴い町を焼き続ける炎の勢いも徐々に弱まっていく。


「ギルド『ウォーグレン』尾羽優おばね ゆう。依頼者からの頼みでアンタらを助けに来たわ」


 その場にいる誰もが正体を知らない少女が、そう伝えながら康太の前へと躍り出る。

 新たな乱入者を前に、康太とゲイルは何とも言えない表情を浮かべ、黙って見ていた。




「信用できねぇ」


 突然現れ味方を名乗る少女に対する康太の最初の一言は、そんな言葉だった。


「まあ突然現れて味方ですって言われても困るのはわかるけど考えてもみなさいよ。もしアタシがあんたらの敵なら、雨を降らして火事を鎮めようとする? アンタらを潰しちゃったほうが…………」

「知ったこっちゃねぇんだよんな事は。いきなり来た奴の事を、そう簡単に信用できるか」


 自らが味方である事を説明する少女だが、康太の勘は目の前の存在を自らにとって危険な存在と判断。

 ゆえに康太は優と名乗った少女をゲイルと同じかそれ以上に警戒する。

 その様子を見た少女がその返事に納得し、自分を信用してもらうためにはどうすればいいかと考えると、乱暴な手つきで切断された康太の左腕に触れる。


「おい、何のつもりだ!」

「動かないで。治してあげるのよ、その腕を。まあ血を止めるだけの応急措置だけどね」


 少女が手を離せば左腕から溢れていた大量の血液は止まっており、その目にも止まらぬ早業に康太は目を丸くした。


「これで信用してもらえたかしら。アタシが味方だって」

「……」


 その言葉に康太は何も返さない。

 がしかし、絶えず脳内で鳴り続ける警報から、少なくともこの場にいてもいい存在ではないと考える。


 とはいえ、回復技の使い手としてはかなりの熟練者なのは理解できた。

 なのでここは吹き飛んだ蒼野を救出してもらい、この場から引き離す、そう考えた康太であるが、


「お前の勘がどう判断したのかは分からないんだが、今はこの人と一緒ここから離れろ康太」

「蒼野……無事だったのか」

「悪い。ちょっと気絶してた。けど怪我はしてない」


 その考えは戻ってきた蒼野に口に出すよりも早く否定された。


「あら、この町の住人?」

「蒼野って言います。よろしく」

「おいおい蒼野」


 ゲイルに向ける注意だけは外さず、横目で視線を合わし挨拶をする蒼野と優。

 二人の注意が向けられているにもかかわらずゲイルが動こうとするが、それを察知した康太が引き金を絞り、それを阻止する。


「無事でよかったが、あいつを止めるのはオレに任せとけ。悪いがお前じゃ力不足だ」

「片腕のお前に任せろってことか? 冗談じゃない、片腕のお前に負けるほど俺もヤワじゃないさ。それにお前の勘なら生き埋めになってる奴だって見つけられるだろ」

「回復はどうすんだよ?」

「俺の能力の方なら、恐らく大半が時間切れだ。それに」


 ちらりと蒼野が少女に視線を向ける。康太は信用できないと判断した突然の来訪者であったが、少なくとも今は、自分たちに敵意を持っておらず自分たちに協力してくれる、そう蒼野は感じた。


「彼女、お前の傷を塞いだ手際からして相当腕の良い術師だろ。町の人たちの救助を手伝ってもらおう」

「待て蒼野、俺の勘は……」

「ねぇ、さっきからそればっか言ってるけど恥ずかしくないの? そんな物に頼ってさ」


 その時割り込んでそう告げた少女の言葉に対し、ブチリと何かが切れる音がして、これはまずいと蒼野が思う。

 康太の方に視線を向ければ、銃を持つ右手が怒りによって小刻みに震えているが、それでもすぐさま撃ちだす事だけは堪えているのが分かった。


「確かに……ちと勘に頼りすぎてたかもな。お前が勝てるってんなら、変わってもらうとするか。けどまあ、一つだけ俺の要望も応えてくれや」


 握った拳を振るえさせながらそう告げる康太が、切りとられた右腕を指差し蒼野に視線を向ける。

 すぐさまその意味を理解した蒼野が他の者に覗かれぬよう自身の体を壁にしながら能力を発動。時間を戻し傷を治す。


「うし、これで文句なしに動けるな」

「お前の提案を受け入れたんだ。こっちの提案も受け入れてもらうぞ。腕なおしたからってこっちで戦うとか言いだすなよ」

「時間がない事は十分に理解してる。ここはお前に譲るさ。まあ、やばくなったら逃げてもいいぞ。俺が仕留めるから」

「ぬかせ」

「ちょっとちょっと、どんな手品を使ったのアンタら!?」

「手品の種明かしを好き好んでする奴はいないだろ。んなことより、こっちの手伝いをしてもらうぞ。まだ町の中にいくらかけが人が残ってるみたいでな」


 全身にできた傷を瞬時に癒した蒼野に驚きの声をあげる少女。

 そんな彼女の言葉など取り合うつもりもないという様子の康太が、今後の行動を説明し、彼女を引き連れ町の中へと消えていく。


「さあて、こっちも終わらせるか!」


 二人の険悪な様子を気にしながらも、不安な気持ちを消し去るように声を張り上げ、一向に攻めてこない相手を見る。


「まさか待ってくれるとはな」

「時間稼ぎが目的なんだ。時間を稼げるならそれに越したことはねぇさ」

「それもそうだな。でもなんつーか、お人よしだなあんた!」


 ゲイルの返事を耳にしながら、ありったけの力で空へと跳ぶ。

 相手は全属性中最速の光属性。地上で単純な速さ比べをしたところで、敵うはずがない。

 だからこそ蒼野は風属性の独壇場たりえる空へと舞い上がる。


「風刃・土竜爪!」


 風の刃を地面に突き刺し、一拍遅れてゲイルを閉じ込める牢屋の如き形で、地中から風の刃が現れる。


「面倒な事を!」


 自らを閉じ込めるように現れる不可視の刃を、ゲイルは順々に回避。

 十、二十、三十――――気が付けば百を超える斬撃を躱していた。


「解せねぇな、攻撃に殺気が籠ってねぇ、勝つ気あんのか?」

「少なくとも、負けるつもりも逃がすつもりもない!」

「ハッ! そうかい!」


 蒼野の言葉にははっきりとした意思が感じられ、ゆえに彼は荒い口調で言葉を紡ぐ。


「覚悟があるなら――――死んでも文句はねぇよな!」


 掌に収まる程度の光の球体を作り出し破裂させると、蒼野の視界をまばゆい閃光が覆い尽くし、空を舞う蒼野の動きが止まる。


「光牙抜海!」


 その一瞬の隙を突き動きを止めた蒼野より空高くへと飛びあがったゲイルが、虚空にサッカーボール程度の大きさの鋭利な牙を八個作成。蒼野の体を捉え大地へと衝突させる。


「ん………………ぐっ!?」


 全身に巡っていた空気が口からこぼれ、思考がぼやける。それでもここが勝負どころであると蒼野は必死に意識を集中させ、見下ろしてくる男に全神経を集中させる。


「終いだ!」


 制空権を奪ったゲイルが、両腕を頭上で掲げ、光の属性粒子を固め剣を作る。

 先程のように時間が足りず出来損ないになった歪な物ではない。

 柄から剣先まで歪みがない、眩い輝きを放つ一本の光の短剣。


「っ!」


 対する蒼野は力なさげに立ちあがり、ゲイル同様に腕を掲げ、両者の間に境界を引くかの如く巨大な丸時計を展開。


光剣葬撃クォ・レイ


 眩い光を放つ光の剣が蒼野の脳天へと向け放たれ、半透明の丸時計と衝突する。

 その光景を前に勝利を確信するゲイル。

 タメが長いという弱点はあるものの、刃となった光の塊の威力はまさに必殺。

 木や鋼鉄、果ては山さえ容易く突き破るその刃が蒼野の体へと向かって行く。


「な、なんだ!?」


 けれども、その結末は彼の思い浮かべるものには決してならない。

 光速で撃ちだされた光の剣が、ゲイルの元へと戻っていく。


「なん……!?」


 予想だにしなかったその光景を前に、ゲイルの全身が硬直し思考が止まり、


「!」


 その隙を逃すほど――――古賀蒼野は甘くない。

 痛みで乱れた呼吸を瞬時に整え、自らの殺傷能力が抑えられた剣を構え、瞬き程の間に肉薄。


「ふざけんな、か」


 未だ驚きから回復しないゲイルへと向け竹刀を滑らせる。


「悪いが」


 両手、両足、肩肘そして腹部。瞬き程の間に討ちこまれた連撃にゲイルの全身が悲鳴を上げ、意識が遠のく。


「こっちはいつだって大真面目だ」


 その時聞こえてきたのは、鋼のような決意を感じさせる力強い少年の声。

 そんな蒼野の声を耳にしながらも、彼が思い浮かぶのは彼が守るべき愛すべき仲間達の姿。


「クソッ…………すまねぇ………………」

「…………………………」


 カウボーイハットで顔は見えはしないが、蒼野が見守る中、心底悔しそうな声で彼らに謝りながら、彼は意識を手放し大地に衝突した。




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