第六幕 楽園へ導く者 一頁目
「がっ!?」
翼を広げるという行為が自分たちに対する敵対行動であると感じ取った五人全員が、武器を構え待ち受けるが、不意に積の体が後方へと吹き飛んで行く。
「や、やっぱ……逃げるべきだったって…………」
「積!」
「あークソ…………今日は厄日だ…………」
建物に残っていた唯一の壁に衝突し、口から血を吐きながら意識を失う積。
彼の全身から力が抜けていくと同時に壁は崩壊し、飾ってあったボロボロの十字架を含め、あらゆるものが彼の全身に覆いかぶさった。
「待ってろ! 今助けて!」
「っ!」
「待て蒼野!」
だが残る四人全員が、そちらに意識を割くことができなかった。いやそんな事をする余裕がなかった。
積を一撃で退けた正真正銘最強の人形が、青白く輝く羽を伸ばし、地に這う彼らへと視線を注いだ。
「っ!」
危険察知で何とか反応することができた康太が体を丸め衝撃に備えると、何度も善との訓練で味わったような強烈な一撃が彼の全身を揺さぶった。
「この人形は他のどの人形よりも精密な動作と動かすための筋力が必要でな。私の手足として動き貴様らが消滅させたあの人形では操りきれなかった代物なのだ。つまり…………私自身が操らなければならない唯一の人形だ」
そう語る老人が操るその人形の動きは単純なものだ。
これまで戦ってきた他の人形のように属性粒子を交えた攻撃をしてくるわけでもなければ不意打ちのような仕掛けがあるわけでもなく、ただ空いている右手を用いた殴打のみだ。
「クソ……クソォ!」
「こ、の!」
だがそれだけだというのに恐ろしく強い。
打ち出される数こそさほど多くはないが、その速さは光速の領域にまで至っており、体を抉るその威力は彼らの師にして上司である原口善を相手にしているような威力である。
「こ、の!」
その堅牢さも異様なもので、手足や羽、いや全身がその美しい見た目を固持するために必要な強靭さを備えており、ゼオスの鋭い一撃は皮膚一枚斬り裂けず、優の打撃にもさしたる反応は返さない。
炎や風を用いた攻撃も一切通用せず、幼い見た目の天使は彼らを阻む要塞として立ちふさがっていた。
「邪、魔……なのよ!」
制空権を奪った優の踵落としを受けても一歩も動くことなく、そのまま拳を用いた反撃に転ずるアルカディア。それを見た優がボルト・デインの攻撃を見てから対応した時と同じような動作で躱し右腕を掴む。
「無駄な真似を」
「「うらぁぁぁぁl!」」
「ちぃ!」
するとフロイム・オルステッドがその動きを煩わしく思い叩き落とそうとするのだが、蒼野と康太が本体である彼に攻撃することで意識を逸らし、それによりできた時間の猶予を利用し、優が天の御使いを大地に叩きつけた。
「……重ね閃火!」
追撃とばかりに放たれるのはゼオスがゲゼル・グレアから受け継いだ奥義の一つ。
それは地に堕ちた天使の体を瞬く間に切り刻み、それだけの動きをしたゼオスが深く息を吐き呼吸を整えた。
「中々やる。が、無駄だ」
「…………夢でも見ている気分だよ」
それを受けてなお、その全身には傷一つ付いておらず、数秒前と変わらぬ様子を彼らに晒した。
「…………こいつは本当に破壊で切るような代物なのか?」
「おい! よりにもよってテメェがそんな弱気を口にすんな!」
ゼオスがつい口にしてしまった弱音を聞き、康太が激昂する。その気持ちは彼でなくとも全員が抱いており、それでも口にする事だけは躊躇っていた言葉だったのだ。
「アルカディアを使ってもなお蹂躙しきれんか。貴様らの連携は脅威だ。ならば……これはどうだ?」
しかし内心で弱音を吐く彼らの思惑とは逆にここまで粘ることを老人は賞賛し、これまで以上に高速かつ大胆に両腕を動かす。
「LAAAaaaaaaaa――――――――」
立ち上がった天使を注意深く観察する四人の耳に、心地よい音が聞こえてくる。
それが目の前の人形が発する歌声のような声であると気がつくと、背後から生えている六枚の翼から百を超える羽が飛び散り、人形を中心として円状に展開された。
「第二ラウンドだ。躍るがいい!」
そう告げながら動かす指の動きに従い、人形が再び動きだす。
同時に天使の周囲で静止していた羽のうち数枚が動き出し、子供たちへと向け撃ちだされた。
「……古賀康太!」
躱しては迫る羽の攻撃と、神速の勢いで撃ちだされる拳を寸でのところで躱しながら呼ぶゼオス。
その声を聞くと名前を呼ばれた本人も一瞬だけそちらに視線を移し、流れて来た念話を聞いた彼は頷き、戦場から大きく後退。
「む、古賀康太が下がったか」
射程外にまで離れたところで周囲の地面を粒子に変換。自身が使う銃弾の弾にすると、二丁の拳銃を構え引き金を絞る。
「面倒な事ッぐぅ!?」
別方向から降り注ぐ自身への攻撃を宙に浮かせていた羽で対処し、変わらず蒼野と優、そしてゼオスへと攻撃を続けるフロイム・オルステッド。
「おのれ!」
しかしそんな彼が再び咳込み吐血すると、その隙を見たゼオスと優が各々の武器に大量の炎と水の粒子を纏わせ、全身全霊を込め空に浮かぶ天使へと叩きつけるべく前に出た。
「小癪!」
未だ指を動かすには至らない老人ではあるが、羽を操作するのに糸はいらないらしい。
ゆえに彼は無数の羽に対し発射命令を出すと、それを感じ取った純白の凶器が彼ら二人に狙いを定め飛来する。
「…………っ!」
「邪、魔!!」
全身の至る所が切り刻まれ、少なくない量の血が床を濡らす。
しかしなおも前へ進む二人は最強の人形の前まで辿り着き、大上段に構えた剣と鎌を、その美しい頭部へと叩きつける。
「無駄だ! 貴様ら如きが全力を尽くした所で敵う存在だと夢にも思うな!」
「っ!」
それを受けてなお、傷一つ与えられない事実に彼らは歯噛みするが、彼らは別にそれでも構わなかった。
「原点――――!」
その裏で、彼らが持つ最強の一撃が控えていたのだから。
「回帰!」
主の命に従い撃ちだされた万物を滅ぼす赤い光。
それに一歩先んじてゼオスは自身の能力を展開し周囲を囲み、絶対的な存在感を放ち続ける天使の逃げ場を全て塞ぎ、
彼ら全員が視界に収める先で赤い光は一直線に進み続け、天使はなすすべなく呑み込まれた。
「や…………やった!」
その光景を前にして、勝利を確信する古賀蒼野。
彼は両手を天へと向け大きく伸ばし喜びの声を上げ、その思いに同調し他の面々も微笑を浮かべ息を吐く。
それは赤い光の凄まじさを知る彼らからすれば当然の反応であったのだが、
「それはどうかな?」
しかしその思いを否定するように、意地の悪い声が老人の口から零れ落ちる。
「え?」
それを耳にした蒼野は赤い光が通りすぎた跡に首を向け、
「嘘…………」
「マジかよ」
次いでその光景を目にした優と康太が絶望の声を絞りだした。
「LAAAaaaaaaaa――――――――」
耳に聞こえるは、絶望の唄。
赤い光が通りすぎた先に控えていたのは、変わらぬ姿なまま虚空に浮かぶ美しき天使であり、その姿を見て彼らは答えを思い浮かべ、
「神器…………」
四人の気持ちを代表して、古賀蒼野がその言葉を口にする。
「そうだ! 最後の切り札アルカディアは神器だ!」
するとその声を耳にした老人は嬉々とした様子で話し始め、
「今度こそ絶対的な差が理解できただろう? ならば――――――そろそろ終わらせてやろう」
再び指を大胆に動かすと、天使が背負っていた物を右手で掴ませ引き抜いた。
そして――――――
「「!!」」
唖然とする四人の体へと向け横薙ぎに振り払い、対処が間に合わなかった四人はその全身を抵抗する暇もなく斬り裂かれた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の物語に関してですが、作者としてはこれまでの彼らの経験を総動員した総集編として書いています。
VSボルト・デインの際に見せた優の動きや
VSオーバーの時に見せたゼオスの技がそれにあたります。
ヒュンレイ関連の話やら、善と同等の膂力などもそれに当てはまるかも
さて明日に関してなのですが、恐らく二話投稿が可能であると思います。
ですので一話目は普段より早めの18時頃に投稿できればしていきたいなと考えてます。
目指せ400話ちょうどの決着
それではまた明日、ぜひご覧ください




