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第五幕 それは、日常的でありきたりな 三頁目


「……それで」

「あん?」

「…………必死に探っていた奴の攻撃手段はわかったのか?」


 ほんの数分前に突如襲ってきた指先の痛み。走りながらその正体を尋ねるゼオスに対し康太はため息を返した。


「……不可能だったか」

「いや、何度か試してみて攻撃の正体はわかった」

「……わかったのならばなぜため息を吐く?」

「単純な話でな、あの攻撃は種も仕掛けもない。最もシンプルな答え……つまり奴が指に付けている糸による神速の振り払いだ」

「……そうか」

「うぐぁ!」


 康太の答えにそれ以上ゼオスが何かを言うよりも早く、ゼオスの隣を走っていた積が吹き飛ぶ。


「ちっ!」


 種も仕掛けもない単純な神速の振り払いが武器を鞘から抜こうとしたゼオスの指を弾く。

 その動きを見切ろうと康太が目を凝らすが知覚できず、パペットマスターと接触できる距離まで迫った蒼野や優も無造作に吹き飛んで行った。


「どうした? それで終わりか?」


 血を付着させた糸がパペットマスターの指から垂れ、蒼野の背筋が凍る。


「ずっ!?」


 そんな自分を奮起させるために立ち上がろうとするが、両腕に力を込めた瞬間すくい上げられ、虚空に浮かんだかと思えば地面に叩きつけられる。


「所詮貴様らなどこの程度だ。全力の私に敵うわけがないのだ」

「全力…………」


 圧倒的な技量をその身に受けた蒼野の脳裏に思い浮かんだのは、当たり前の事実。・


 よく考えてみれば、目の前の老人が光を超える勢いで攻撃をできることはさして驚くことではないのだ。

 これまでこの死にかけの老人は常に自分の身がわりとなる少年の人形を糸で操り、更にその人形に別の人形を操作させることで多くの相手と戦ってきた。

 その相手というのは多種多様で、数多の手段で彼を襲ったはずだ。


 それらの相手を前にして、彼は時に相手の次の動きを察し、時に行われた攻撃に対処するため、遥かに離れた位置から糸を繰り、通常ならばいくらか遅れるはずの反応速度を補い勝利してきたのだ。

 そんな怪物が目の前の老人なのだ。目に見える距離で対峙するとなれば、未来予知に近い察知能力を発揮し、目には見えない速度の糸でこちらを襲ってくる事くらい、さして驚くことではない。


「う、おぉぉぉぉ!」


 だからといって彼らがそのまま敗北するかといえばそうではない。


「おいお前ら、首と心臓だけはしっかり守っておけよ。そうしなけりゃ最悪即死だぞ!」


 恐ろしい速度と切れ味の攻撃だが、その威力はこれまで彼らが戦ってきた強者の必殺技と比べれば劣る。

 ゆえに彼らは全身が切り刻まれる感覚を覇を食いしばり耐えながら、決定打を与えるために愚直に前へ進んでいく。


「死にぞこないが。無様に足掻くな!」


 亡者の如き足取りで迫る彼らを前に更なる追撃が繰り出される。

 その速度と数は凄まじい勢いで増えていき、前へ進んでいた彼らの足も止まる。


「ゴホッ!?」


 しかしその最中、老人が突如咳込むと口から多量の血を吐きだし、それを見た瞬間全員が全速力で駆けだした。


「貴様ら!」


 そう、彼らは既にわかっていた。目の前の老人は文字通り死にかけで、プレッシャーを与え攻撃を続けさせれば、どこかで限界が来ることを。


「行くぞ!」


 千載一遇のチャンスであると理解している五人がパペットマスターが見せた僅かな隙を前にして駆け出し、康太や積が一早く攻撃態勢に移行。


「ふん!」


 口から血を垂れ流しながらも行動が可能になったパペットマスターが腕を振り、五人全員を明後日の方角へ吹き飛ばそうと指を動かすが、なおも攻撃の意志を手放さなかった康太と積が遠距離攻撃を開始。


「貴様ら!」


 視力を失っているパペットマスターは他の五感、中でも聴覚を異常に発達させ、これに加え糸の周囲の空気や周りにある粒子の種類を理解することでその場の状況を探る。

 その空間把握能力は視力で周囲の状況を探っていた時よりも遥かに高度なものにまで成長し、相手の筋肉の動きや心臓の鼓動を察知することができる領域にまで到達した。


 それらを用い瞬く間に飛来してきた銃弾や剣を吹き飛ばすフロイム・オルステッドだが、その間に蒼野とゼオス、そして優が彼の元に辿り着き、剣と拳が乱舞する。


「……ふっ!」

「せぇいや!」

「無駄だ!」


 殺意の乗ったゼオスの一撃が振り下ろされるが糸の一振りで相殺するどころか圧倒し、続く優の連撃をまるで自分の足のように車椅子を動かし射程外へ移動。


「そこだ!」


 追撃に蒼野が放った風の斬撃を車いすごと空を舞う事で躱すのだが、その間に放たれた康太の銃弾を回避するのは間に合わず、三発の銃弾が彼の機動力となっている車椅子の車輪を討ち抜き破壊。彼の機動力を奪い尽くした。


「ちぃ!」


 とはいえフロイム・オルステッドが車椅子から転げ落ちるようなことはなく、無事に着地すると少々動きにくそうにしながらもそれまでと同等かそれ以上の勢いで糸を繰る。


「くっそ!」

「ちかづけねぇぇぇぇ!」


 知覚できない領域の速度にまで達した黄緑色の糸が最後尾にいた積と康太の全身を刻み続けるが、そんな彼らの間を、毒々しい色をした赤い波動が駆け抜けた。


「古賀蒼野か!」


 視線を向けた先には原点回帰を撃ちだした姿の古賀蒼野があり、


「おらぁ!」

「下らん!」


 フロイム・オルステッドが視線を移した瞬間を逃さず、康太が優から分け与えてもらっていた粒子全てを使い続けざまに銃弾を撃ちだすが、それさえもパペットマスターは全て処理し、反撃で放った無数の糸が康太の全身を襲った。


「弾切れか。どうやら貴様に残された粒子はもうないようだな」


 耳と全身で感じる事ができる感覚を頼りに、目の部分に黒い布を巻きつけた老人が崩れ落ちたまま動かない康太を理解し醜悪な笑みを浮かべる。


「……あぁそうだな」


 それを聞くと康太は素直にそれに頷き、


「ふん。無駄骨だったな」

「いやそれは違う」


 続いてせせら笑うように告げられた言葉に対し、つい先程自分がされたような嘲笑を返した。


「なに?」

「あんたは確かに強いけどよ、実際のところ経験不足だよな」

「……何だと?」

「姿を現しての戦いが、不慣れだって言ってんだよ」

「!」


 そう語る康太が、自身の体を丸める。

 すると老人の体が大きく前に傾き、その時になって彼は初めて、自身の糸が掴まれていたことに気がついた。


「貴様!」

「こっちは危険察知っつー便利な力を持っててな。無数の攻撃が来るとわかってりゃ、まあこのくらいはできるはな」


 すぐに糸を取り外しこの状態を脱せねば


 そう考えるパペットマスターだが、その時彼の真横から死神が近づいて来た。


「…………その首、いただくぞ」

「ゼオス・ハザードか!」


 一瞬の吐血で全てが逆転されたか!


 気がつけば自身へと向け剣を振り抜きかけている少年がおり、例え手にしている腕ごと斬り落とされたとしても必ず殺してやるという気概が伝わってくる。

 その気概を前にして彼は圧倒的優位であった状況を一気に覆された事実を理解し戦慄。

 しかし同時に、初めて会った時から今までの間に数多の困難を乗り越え、ついに自分に肉薄している古賀蒼野とその仲間達に、様々な負の感情に勝る賞賛の念を感じていた。


「見事だ若人よ。まさか、この私に最後の切り札を使わせるとは!」


 そんな彼らを前にして、彼もまた全力を出す事を決意。


「アルカディア!」


 自らが呼びだせる最強にして最後の人形の名を唱え、その思いに応えるかのように、空から混ざり気のない純白の光がゼオスと彼の間に降り注ぎ、寸でのところまで迫っていた漆黒の剣を容易く掴み、彼を無造作に投げつけた。


「…………ちっ」


 ゼオスが動揺の声をあげ、現れた存在を睨みつける。

 同時に他の面々も戦場に舞い降りた最後の刺客を睨みつけるのだが、その瞬間全員が言葉を失った。


「綺麗……」


 尾羽優が口にしたそれは、その場にいた全員が抱いた感想であった。


 彼らの前に現れたのは、美しく磨かれた陶器のような白い肌に琥珀色の瞳。

 左手に降りて来た時に降り注いだ光と同じ純白の鳥かごを携え、背中に金の縁をあしらえた『何か』を備えた、肩に触れるか触れないかまで伸びた銀の髪を携えた十二、三歳程度の外見をした水色のキトンを纏った少年だ。


 それは一般的な感覚の優や積だけでなく世界中の様々な観光都市を巡った蒼野にさえれまで見てきたあらゆるものの中で最も美しいと感じさせ、生まれや性格から美的感覚には疎い康太やゼオスでさえ戦場であるのも忘れ目を奪われた。


「征け!」


 その少年の姿を模した人形の全身が主の命を耳にすると輝き、六枚の翼を形成し、鳥かごを持っていない右手で拳を握り、


「っ!?」

「は?」


 次の瞬間、知覚できない速度で動いたそれは、積の腹部を殴打し、彼を吹き飛ばしていた。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


最後の敵、出現。

最初からクライマックスです。

この勢いで最後まで一気に駆けていくので、ぜひぜひご覧ください。

また二話更新をする際は連絡するので、よろしくお願いします


それではまた明日、ぜひご覧ください

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