幕間 ある男の肖像
「なんでこんなにも会えねぇのか疑問に思ったんだが」
「?」
「あんたの正体からして、恐らく俺は避けられてたんだな」
「ああ、その件ですか。申し訳ないとは思っていたのですが、お察しの通りです」
木漏れ日が差し込み暖かな空気が溢れる廊下を、善とシャンスの二人が肩を並べて歩く。
ジコンにある孤児院にいる彼らが目指しているのは、先日パペットマスターと話をした子供たちが居るレクリエーションルームだ。
十二時過ぎに蒼野と康太の故郷であるジコンを訪れた善は、出迎えられて少ししたところで、気になっていた事を口にした。
「あなたは昔私と直接会ったことがあるじゃない? だから顔を合わせればリンプーに告げ口されると思ったの」
「既に打ち切られてるとはいえアンタの捜索願は変わらず出たまんまだったからな。まあ状況次第なところはあると思うが、警戒しておくに越したことはねぇわな」
「でしょう」
善の他にも蒼野達が助けたゲイルに関しても彼女は警戒しており、彼の前に決して姿を現さなかった。
とはいえそれは妹に見つかった先日までの話で、今はこうして気軽に話しながら、共に目的地へと向かっていた。
「ところで一つ気になったんだが……」
「?」
「子供たちが俺を避けて歩いて行くんだが、俺の見た目はそんなに怖いか?」
「……もうしあげにくいのですが……その、子供受けする格好ではないかと」
「すれ違いざまにパンチしてくる奴らもいるんだが、これは有効の印ではないと?」
「たぶん、テレビで出てくる怪人とでも思ってるのではないかと…………」
目を伏せ申し訳なさそうに伝えるシャンスの言葉に善が肩を落とす。
善は子供好きであったので、彼女の指摘は彼にとって大層堪えるものであった。
「……これからはもう少し子供に好かれそうな格好に変えるべきかねぇ」
「今の服装にこだわりがないのであれば、それがよろしいかと」
敵対する相手を萎縮させるためにかなり派手目かつ荒々しい服装を好んで着る善だが、子供はかなり好いている。そのため子供を怖がらせているというのは本人の心を深く傷つけ、自身の格好について一考するきっかけとなった。
「…………いやまあ、こだわりがあるっちゃあるんだが……」
「そ、それは失礼しました。そうですよね、好みは人それぞれですよね……」
「いやこの格好は好み云々じゃなくて戦場で相手を威嚇するためでだな」
「大丈夫ですよ善さん! 人の趣味趣向は千差万別で! そんな事までして取り繕っていただかなくても私は受け入れますよ!」
「いやだからこれは俺の趣味趣向じゃなくてだな……」
「あ、レクリエーションルームに着きましたよ。二人ならあそこで本を読んでいますね」
「少しは話を聞いてくれよ……まあだが、今は話を聞くのが優先だな」
シャンスの一歩後ろを歩いて行く善。
彼女が声をかけると二人の子供が満面の笑みで迎えてくれたのだが、その背後にいる善を見た瞬間、怯えた表情を見せ二人で身を寄せ合った。
「え、ええとね二人とも、このお兄さんは世界中で悪を倒す正義の味方でね、すっごくいい人なの! それでその正義の味方さんが二人と話したいって言ってるんだけど、ちょっとだけいいかな?」
「正義の、味方?」
「うっそだぁ! こんな怖い顔の正義の味方なんていないよ!」
「うぐっ!」
まだ幼い子供というのは歯に衣を着せて喋るという事を知らない。
そのため口にする言葉全てが本心からのものであり、お世辞もなければ嘘もない。
それを知っている善は胸を押さえて顔を強張らせた。
「だ、大丈夫ですか?」
「正直かなり効いた。戦場で傷を負うのなんかより遥かに痛い。主に心が」
だからといってここで引き下がってしまえばそもそもここに来た意味がなくなってしまう。なので善は自分の胸を撫で落ち着きを取り戻すと、できるだけ友好的空気を醸し出すよう意識しながら二人に近づいていった。
「あーえっとな、俺は原口善っていうんだ。よろしくな二人とも。二人の名前は?」
彼らと同じ視点になるよう片膝をついた善が、最大限努力した優しげな口調で二人に尋ねかける。
「…………僕は良助。こっちの女の子は里香ちゃんっていうんだ」
名前を聞かれたからと言って無闇やたらに答えないようにしっかりと教えられているのであろう。善が名前を聞くと二人は戸惑いながら彼の背後にいる育ての親の顔を覗きこみ、彼女が優しげな笑顔で頷いたのを見ておずおずとした様子で自己紹介をした。
「お、うまく自己紹介ができたな。なら俺からのプレゼントだ。二人で分け合って食べるんだぞ」
そう言いながら彼がポケットから取りだしたのは、コンビニなどで売っているシンプルな装飾の板チョコだ。
(おやつの時間以外に甘いものを食べないように教えているんですが)
(悪いな。捜査のお手伝いとしてこの場は見逃してくれ)
背後から飛ばされる冷ややかな視線と念話を受け、謝罪を返しながら善がチョコレートを仲良く半分に分けて二人に渡すと、二人の子供は勢いよくそれを頬張った。
「食べながらでいいからお兄さんに昨日の昼頃にあった事について教えて欲しいんだ。昨日会った男の人ってのはこの人か?」
「うんそうだよ。おじさんはこのお兄さんの知り合い?」
「おじっ!? ま、まあそんなもんだ。それでこのお兄さんと何をしてたか教えて欲しいんだが、教えてくれないか?」
自分が老けていることについてはある程度自覚があるとはいえ、真正面から言われたことに少々傷ついた善が、再度顔を強張らせるもののすぐに気を取り直し話を進める。
「うーん。いいのかな?」
「難しいね」
「なんだ? 言いにくい理由があるのか?」
「うん。昨日会ったお兄さんは自分の事を秘密にしておいてほしいって言ってたんだ」
「でもおじさんはお兄さんの知り合いなのよね? それならお話ししていいかしら?」
「大丈夫だ。お兄さんにはおじさんから伝えておくよ。だから教えてくれ。教えてくれたらほら、御褒美もやるよ」
「あの、傍から見たら本当に悪い人にしか見えませんよ善さん」
自分がおじさんでパペットマスターがお兄さんである事や、シャンスから伝えられる言葉を考慮の外に置き話を進める善。
「わかったよ! お兄さんに人形劇が面白かった事も伝えておいてね!」
「えっとねそれでね、私たちがお兄さんと会ったのは、みんながいなくなっちゃった時の事なの!」
すると二人の子供は目と顔を輝かせながら、昨日あった事を話しはじめた。
「どうですか善さん?」
「まあ子供の話すことだからな。多少は期待てたんだが、話の内容がとっ散らかりすぎていけねぇ。ただまあ、子供に対しては異様に優しいことは分かった。それだけで正体不明の奴の正体に近づいたと思えば、聞けて良かったよ」
笑いかけながらそう伝える善であるが落胆の感情を殺しきることはできておらず、シャンスの胸に申し訳ない気持ちが募る。
「んーと…………おにいさんとの話はこれくらいかな」
「そうか。ありがとな。なら持ってきた残りの菓子も渡しとくよ。それとお兄さんへのお礼はしっかりと伝えておくよ」
「ありがとうおじちゃん!」
顔を再び輝かせながら追加で出されたお菓子を受け取る二人。
「あら? 里香、それは?」
その時シャンスが気がついたのは、少女が手に持っていた一冊の絵本だ。
その絵柄に見覚えはあったのだが、これまで孤児院に置いていなかったものである事に気が付き、彼女はふとした様子で尋ねた。
「これ? これは昨日会ったお兄さんが暮れた絵本だよ」
「そりゃ本当か!」
少女の言葉を聞き善が声を張り上げ聞き返すと、彼女は縮こまってしまい閉口してしまい、少年が彼女を守るように前に出た。
「あ、ああ悪い。その……お話した事以外にも覚えてることがあったら教えてくれねぇかな。例えば……何か物を貰ったのなら見せてほしい」
「おじちゃん、あなた達二人がすごい貴重なものを持ってってびっくりしたみたい。二人ともいい子だからお兄さんから貰ったものを見せてくれない?」
「わかった。僕と里香ちゃんはね、これと……これを貰ったの!」
そう言って彼らが指差したのは地面に置かれた子供でも持てる大きさのアタッシュケースと彼女が持っている絵本。
それを確認すると善がアタッシュケースを持ちあげ、シャンスが絵本を手に取り、その中身を覗く。
「これは人形かしら?」
「うん! また人形劇を見たいって言ったら、それは難しいって言ってて。それなら他の人たちでも自分と同じことができるようにって、それをくれたの!」
少女の言う通りアタッシュケースの中には綺麗に折りたたまれた数体の人形と背景、それに人形の動かし方の指南書が入っており、人形劇をやったことがない者でも、それを見れば一通りはできるであろうことがわかった。
「お兄さんはすごいのね。じゃあ今度私が、これを使って人形劇を開きましょうか」
「わーい!」
「お兄さんみたいな人形劇を見せてねシスター!」
「あいつレベルってのはハードルがたけぇな。しかし意外なことだがあの野郎は絵本の趣味は良かったようだな」
「その絵柄……オルステッドさんの絵本かしら。もしそうなら、確かに良いチョイスね」
「フロイム・オルステッドの本か。懐かしいな」
フロイム・オルステッドは世界中で名の知られた絵本作家だ。
子供好きで知られる彼は成人してすぐに世界中で愛されるいくつもの絵本を作りだし、それから四十年間、多くの絵本を作りだしては子供たちを喜ばせてきた。
それに加え自分自身の作品の読み聞かせや人形劇も数多く行っており、自分のような人たちが増えて欲しいという事で、絵本の作り方や人形の動きを無償で指南したり、善意からの募金活動なども行っていた。
「善さんも知っているのですね?」
「あぁ。俺や積がちっこい時は親によく読み聞かせをしてもらってな。『アライグマの『パウ』とカメの『コックン』とか、母親鳥『チュウ』とかは大好きだったぜ」
「そうですね。オルステッドのさんの絵本は孤児院でも大人気です。読み聞かせをする日なんかは、子供たちはみんな寄ってきます」
そう言い愛おしげな目で二人の子供が持っていた絵本の中身をめくるシャンスだが、次第に眉が歪んでいき、最終的に首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「いえ……絵柄や字の書き方は確かにオルステッドさんなんですが、その……こんな本あったかしら?」
「パペットマスターが持ってきた本なんだから、それまで持ってないのは当然じゃないのか?」
「そう言うことではないんです。ここにはオルステッドさんの書いた絵本は発行当初の者から全て置いてあるんですが、その…………こんな内容の本を見たことがなくって」
「なに?」
「ちょっと待ってください。六十冊ほどあったはずですけど、何とかして持って来てみます」
「俺も手伝おう。どこにあるんだ?」
「書庫です」
「そうか、ならそこまで移動しようぜ。そっちの方が手っ取り早い。っと、それはそうと二人ともありがとな。少しだけこの絵本を借りてくが後で返すから許してくれよ」
「「うんわかった!」」
二人の子供達の笑顔に見送られ、自然と善の頬も緩む。
そのまま二人は著者がオルステッドとなっている本を探しだし、書庫で見つけた彼の本と見比べていくと、確かにその本だけは見つからなかった。
「ここもおかしいな」
違和感はそれに加えてもう一つあり、書庫に置かれている全ての本のブックカバーには作者の顔写真付きの自己紹介が書かれていたのだが、二人の子供たちが持っていた本にだけはそれがなかった。
「善さん。これはどういう事なんでしょうか。もしかして巷で騒がれているパペットマスターの正体は、オルステッドさんなんでしょうか?」
「結論を急いじゃいけねぇ。普通に考えればそれはありえないはずなんだ」
「どういう事ですか?」
「シャンスさんに聞きたいんだけどよ、この人の本は最近出てるか?」
小太りで、餅が膨らんだような頬をした老人は写真の向こう側で幸福そうな笑顔を浮かべており、その写真を見つめ目を細めていた善は、困惑した声を絞りだす彼女に尋ねる。
「そういえはここ数年は拝見していませんね。以前なら定期的に新しい絵本を出していましたし、公にも顔を出していたと思うのですが。あ、あの……何か気に障ることを言ってしまいましたか私」
「いや言ってねぇよ。むしろ驚かせちまって悪いな」
そう口にする善を心配げに見つめるシャンスだが、善はこのままでは話は進まないと感じ、少々躊躇いがちにだが口を開いた。
「まあもう頭の片隅に浮かんでるかもしれねぇが、その人はもういない。数年前にこの世を去ったよ」
「な、なぜ?」
心底残念そうに伝える善に対し彼女がほぼ反射的にそう返すと、善は空を仰ぐように首をあげ、口を開いた。
「その人のいた町はある事件に巻きこまれちまってな。その結果死んだんだ」
「町全体に被害があったほどの事件………………それはおかしいです! それほどの大事件なら、世界中の人々が知っているはずです! それなのに私はその事件を知りません!」
「箝口令が敷かれたんだよ。この事件が、自分たちにあまりにも不都合だったからな」
思いもよらぬ事実に早口で尋ねるシャンスと、対照的にどこまでも事務的かつ淡々と語る善。
「そんな事ができるはずがありません! 一個人の口を閉じる程度ならばともかく、それほどの規模の事件を隠蔽するなんて!もしできるとすればそれは、それ、は………………」
顔を青くして口に両手を置く彼女を善は黙って見守る。
「気がついたか。まあ詳しいことは言えないが、恐らくお前が思った通りだ」
その後落ち着いた声で、動揺する彼女に語りかける善。
しかし彼女の衝撃はそう簡単には収まらないようで、熱に浮かされたような表情を浮かべたかと思えば、額に手を置き息を吐いた。
「すこし……少しだけ待ってください」
だがそれも仕方がないだろう。
この件を隠ぺいした犯人が自分の信仰する人物であると知れば、その衝撃は計り知れない。
「その…………本当に本当なんですか?」
支離滅裂な言い方をする彼女をしかし善は笑わない。
背を擦り続けていた彼は、シャンスが僅かにではあるが落ち着きを取り戻したのを確認し、再び口を開いた。
「…………この事件で多くの奴らの人生が狂った。多くの無辜の民の命が失われ、それを守ろうと足掻いた英雄達が死んだ。その結果、俺は神教を抜ける決意を固め…………そして」
「そして?」
「世界中の平和を願った英雄は膝を折った」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
最後の戦いに続く幕間
ちょっと長くなってしまいましたが、一話でまとめました。
次回から最後の戦いです。よろしくお願いします
それではまた明日、ぜひご覧ください




