第四幕 嵐を超えたその先へ 二頁目
「うっぷ!」
「大丈夫だ蒼野。ゼオスは嘘をついてねぇ」
それから五分間、神教最大の脅威を退けた五人は陽の光を遮れる場所で各々がするべきことをして過ごした。
蒼野は能力の効く範囲で全員の怪我を治すことに時間を多少使うと、その後はその場に残っていた人形の破片に座り項垂れたまま動かなくなっていた。
康太は銃の整備を僅かな時間で済ませた後は項垂れている蒼野の元に移動し、気持ち悪そうにしている彼を落ち着かせようと努力していた。
(なぁ、やっぱ帰ろうぜ。こんなの正気の選択じゃない)
「…………」
その二人からある程度距離を取ったところでは積が念話でゼオスに対し必死に訴えかけ説得しているが、ゼオスは胡坐を掻いて息を整え、目をつぶるのみで何も答えない。
「さ、後はアンタら二人だけよ。できる限りの事はするから、じっとしててね」
最後の一人である優はと言えば水属性の優れた回復術で自分を含めた全員の体力を回復させており、最後に残った康太と蒼野の二人に自分の粒子を分け与えることで属性粒子を補充する作業をしていた。
「…………五分だ」
「止めようって! お前の予想が当たってるとしたら、死にに行くようなもんかもしれないんだぞ!」
夏の日差しが戻ってくると寒さでその場を離れていた動物や虫たちが徐々に戻ってきて、夏を体現するかのような蝉の声が彼らの耳に聞こえてくる。
それはまさに耳を塞ぎたくなるほどの騒音だというのに、ゼオスの声は怯える蒼野の耳にはっきりと入ってきた。
「……古賀蒼野」
「………………あぁ」
今にも気を失いそうな意識を必死に保ち、ゼオスが無造作に投げ捨てたものにまで近づいていく。
「っっっっ!」
ゼオスが投げ捨てたもの、それは彼が四肢を犠牲にして奪い取ったパペットマスターの右手だ。
ピクリとも動かない腕からは未だに多少の血が流れており、それを目にした蒼野は。自分の犯した罪を見せつけられているようで吐き気を覚えた。
「大丈夫だ。絶対にうまくいく。お前はパペットマスターを…………殺しちゃいない」
多少のタメを作りはっきりと伝えたいことを口にする康太。
その意図が伝わったのか蒼野の顔色は多少ながら良くなり、僅かにだが吐き気が引き少しだけ楽になった彼はその場で大きく深呼吸を繰り返す。
「――――――――行くぞ!」
迷いを断ち切るようなはっきりとした口調で言いきる蒼野。
彼は康太が口にした通り、自分がまだ罪を犯していないと信じ地面に落ちている腕を見据える。
「時間回帰」
唱えられたのは万物の時間を戻す自らの能力の名。
主の命に従い現れた青い丸時計は一直線に目標へと飛んで行き、ゼオスが奪ったパペットマスターの腕に直撃。
「戻れ!」
目に見えない真実に縋りつくような必死な声で、何かを願うかのように命じる声に従い、時間が戻る。
一分……二分……三分……四分…………
「うっっっっ!?」
「蒼野!」
そこまで戻ったところで胃の中の物がひっくり返るような感覚に陥り、膝を折る義兄弟の姿を前にして康太が急いで寄りかかり背を擦る。
「大丈夫だ。本当に……大丈夫だ!」
一目で衰弱が見て取れるがそれでも時計の針だけはゆっくりと動かし、心臓が締め付けられるような感覚に襲われながらも真実に向けなおも進み始める。
そして生物に対しての限界時間である五分。死者ならば再生が終わる限界地点にまで辿り着く。
が、時計の針は止まらない。
「は、はぁぁぁぁぁぁ!?」
それを見た瞬間、蒼野の全身から力が抜ける。
訪れた結末に心底から安堵し地面に横たわる。
「よくやった! 本当によくやったな蒼野!!」
「別にどうって事ない……って格好つけたいところだが、精神的にかなり来てたよ」
談笑を話しあう中でも蒼野の能力は続いており、先程完全に姿を消したパペットマスターが完全に復活し、これまでの戦いの様子を逆再生で行っていく。
その様子はかなり滑稽なものであるのだが、重要な真実に辿り着いた彼らの胸中は複雑だ。
自分たちが本物と、いや世界中が本物と思い込んでいたパペットマスターは人形だ。本物は別にいる。
「なぁなぁ、何でお前はあのパペットマスターが人形だって気がついたんだ?」
立つことすらままならない蒼野を康太が背負い、優がゼオスと同様に周囲の状況に目を配り敵襲がないか確認する。
ただ積だけはそれらをしておらず、興味本位を半分、非難や後悔を半分といった声で先頭を歩くゼオスにそう尋ねると、周囲に撒いていた意識を僅かに声の方角へと向け、口を開いた。
「……きっかけは今回の戦いであったパペットマスターが四体の獣の操作を止めたところだ。俺はその動きを見て違和感を持った」
「違和感?」
普段と変わらぬ声色で、話す内容を整理するため僅かに時間を置き口を開くゼオス。
一般と比べれば声が小さいゼオスに対し、積が近づいていき続きに耳を傾ける。
「……有り体に言うならば非人間的……とでも言うところか。もっとわかりやすく言うならば、人間が見せる動きの止め方ではなかった」
「というと?」
全身を取り戻した人形が誰に言われるまでもなく戻っていき、ヒュンレイが凍らせた大地から離れていく。そのまま人形は彼らが死闘を演じたホテルを超え、最初の遭遇場所であるコンクリートで舗装された道の場所まで戻ると、そこからは更に前の段階まで戻りだす。
「……あの時パペットマスターは指一本動かさず静止している状態だったがその姿が少々奇妙だった。人間が動きを止めて何かを企むというよりは、糸の切れた人形、いや主を失ったロボットのようだった」
「けどよ、それは俺達にヒュンレイさんの人形を見せて絶望させるためだろ。そのために出してた奴らを放棄してまで動きを止めたんじゃないのか?」
少々こじつけが過ぎると反論する積に対し、ゼオスは反論することなく頷いた。
「……原口積、貴様の言い分は正しい。確かに俺もこの時点では違和感を抱いてはいた。パペットマスターが俺達を絶望に落とし込むたけだけに行った演技なのではな、とな。その可能性も十分にあると睨んでいた。だが……」
「だが?」
「……その考えは時間が経つにつれ薄れた。ホテルでの戦いまでの件ならば貴様の口にした内容で説明がつくが、古賀蒼野が能力を得る前後から度々同じような事が起き、自分の人形を失っていったからな。あれがわざととは到底思えん」
「そりゃまあ、な」
そう説明するゼオスに積が納得する。
確かに最後に残った二体の『禍鳥』を撃破でできたのは、いきなり動きを止めたからだ。 結果として彼らは蒼野の援護に向かえ、ヒュンレイ打倒を成しえる事ができた。
更に少し前に遡ればゼオスが人形師との一騎打ちに持ちこめた事自体が、他からの横やりがなかったからだ。
それらの要素がいくつも会った結果、彼らは一人も欠けることなくパペットマスターを撃破することができたのだ。
その結果を望んでいなかったのは消える際の彼の慟哭から理解できる。
「おい……ここって!」
青い光に包まれ戻っていくパペットマスターの肉体が、驚くべき場所に入って行く。
そこは午前中に蒼野達が問題解決の交渉に伺った場所であった。
彼らは今、誰も知らない真実に辿りつこうとしていた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて…………延長戦です
まあ振り返っていただければパペットマスターの憎しみの動機については動けなくなった謎など、
様々な問題があったので、その答え探しとでもいう話ですね
なのでもう少し続くのですが、付き合っていただければ幸いです。
暇つぶしになる程度のお話は、しっかり出来ると思うので
それではまた明日、ぜひご覧ください




