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第四幕 嵐を超えたその先へ 一頁目


「パペットマスター!」

「チィッ!」


 最大の障害を退け、乾坤一擲の意志を込め駆けていく康太・積・優。

 その姿を前にして人形師が舌打ちするがそれは迫る三人の少年少女を指してのものではなく、蒼野の使う『原点回帰』の知らなかった情報に対してだ。

 彼は今まで赤い光の性質は『接触したもの全て消滅させる』と考えていたのだがその認識は誤っていた。

 あの能力の正しい性質は『接触したものを消滅させ、そこから繋がっているものを完全に抹消するまで侵攻する』というものだ。

 その最大の証拠がヒュンレイの肉体の消滅で、右足首を傷つけた赤い光は、傷口から残った肉体へと向けゆっくりとだが昇って行き、彼の右足全体から右腕までを侵食。

 打ち出すだけでなくそのまま斬りつける件も含め、蒼野は破壊した『樹龍』の残骸からその性質について気がつき、人形師は最後の最後まで気がつかず、それが勝敗を左右した。


「死ねやコラ!」

「口悪いなお前! まあ気持ちは同じだけどさ!」


 ついに操ることのできる人形を失った人形師に対し子供たちが攻撃を仕掛けていく。

 康太と積は離れた距離から残りわずかな粒子を用い遠距離攻撃を行い、優は人形師の背後に回り込んでから拳による打撃を行う。


「無駄DEATHヨ!!」


 それらの攻撃を全てを、十全になった両腕で捌ききる人形師。


「繋ぎ、折り込み、描き、演じ――――」


 彼は自由になった両手を天へと掲げると、両手から出した無数の糸を用いて内部に細かなマス目を備えた円を描き、


「創り糸――――鎮魂歌」


 その円の縁の至る所から、鋼属性の強度を備えた無数の糸を放出し、自身へ迫る戦士たちへと注いでいく。


「はやっ!?」

「いやそれ以上に多いぞ!」

「うぅぅぅぅ!!?」


 速度・量・貫通力、そのどれもがこれまで使ってきた攻撃の中で最大のものであり、遠距離から攻撃を続けていた康太と積は回避に徹することで難を逃れたが、至近距離で戦っていた優はその全身を無数の細長い殺意に貫かれた。


「クッカッカッカッカ!」


 人形師が嘲笑する。


 しょせんはその程度であるのだと。お前たちでは人形のない自分にさえ敵わないのだと


 最後の最後に行われた攻撃は圧倒的であり、満身創痍の彼らが膝を折るには十分な要素となりえるものであった。


 しかし降り注ぐ雨をその身に受けた少年たちはなおもその目に闘志を燃やし、残り少ない体力を消耗していきながらも、勝利へと繋がる糸を携えようと躍起になっていた。


「…………っ」


 そしてその意志は、四肢の大半を失った少年にさえ宿っていた。

 彼は残る右腕で地面を叩き宙に浮くと、手にしていた漆黒の剣を彼へと向ける。



「ええい! 死にぞこないが面倒な!」


 そのような姿でなおも動く少年を、人形師は心底煩わしげな視線で睨む。

 その視線には確かな苛立ちが見て取れるものであり、過剰な程の声を上げたかと思えば地面を蹴り、地面から生やした木の根でゼオスに残されていた最後の四肢を吹き飛ばし、漆黒の剣が天を舞う。


「これで今度コソ終わりだ」


 そうして邪魔者を一人消し去った事に安堵し、意識を目の前に迫る三人とその背後にいる蒼野に向けたパペットマスターだが、


「古賀康太! 尾羽優!」

「「!」」


 なおも諦めぬ少年は咆哮し、その意図を瞬時に察した優が彼の体を『弾き』の紋章で宙に浮かせ、康太が天を舞う漆黒の剣を銃弾で下へと弾いた。


「…………っ!」

「!!」


 空を舞う刃が彼の肉体へと向け落下していき、四肢を失ったゼオスが口で漆黒の剣の柄を咥えると、首を捻り完全に油断しているパペットマスターの右腕へと向け歪な弧を描く。


「き、ききキき黄樹貴基――――貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 安堵し捨て置いたゼオスから意識を外し、残る面々に意識を注いでいたパペットマスターから完全に想定外の一撃であり、パペットマスターが地面へと衝突したゼオスを睨みつける。


「よくやったゼオス!」

「っ!」


 その瞬間、頭に血が昇ったパペットマスターの全身に康太の放った弾丸が注がれる。

 すぐに冷静さを取り戻した彼は銃弾を捌き始めるが、片腕では対処しきれず、僅かではあるがその肉体を貫いた。


「ぬ……ぅ!」

「はぁ!」


 続いて放たれた優の拳は何とか躱し積の援護も対処する人形師。


「鎮魂歌!!」


 彼は片腕になったため崩壊しかけた虚空の円になおも力を注ぎ、最大量の糸を発射。


「「!」」


 虚空に浮かんだ最大奥義を失うという結果こそあれど、康太と積を後退させ、優の全身を無数の糸が貫き、三人の子供達を今度こそ退けた。


「パペット!」

「!!」


 そしてその瞬間、


「マスタァァァァ!!」


 雪の積もった地面を踏みながら、最後にして最大の挑戦者が彼の目前に現れた。


 こんな時に!


 その姿を確認すると同時に彼は残った左腕を動かそうと意識するのだが、その意志に反し彼の全身が硬直。その事情を知ってから知らずか蒼野が必勝の射程圏内にまで肉薄。


「覚悟!」


 現れた蒼野の持つ剣には既に真っ赤な光が宿っている。

 あとは自身の真上へと構えたそれを振り抜けば全てが終わりだという状況に至った瞬間、彼の体は再び動き出し戦場全体に意識を注いだ。


 古賀蒼野と原口積…………距離が離れすぎているため選択肢に入らず


 ゼオス・ハザード…………自身の斬り飛ばした右腕と一緒に能力で距離を取ったため選択肢外


 尾羽優…………自身の真後ろで疲れや負傷からか動けずにいる!


「オヤオヤ、ちょうどイイところにいるじゃありませんか!!」


 そこまで理解した彼の動きは早い。

 糸で縛りつけるのでは時間が掛かりすぎると理解すると彼女の足元から木の根を生やし、何らかの抵抗をされるよりも早く彼女の全身を包みこむ。


「原点!!」

「さアどうしマスか古賀蒼野?」

「!」


 土壇場で思いついた人形師の策、それはあまりにも分かりやすい選択であった。


「撃てますカ?」


 広範囲を覆う『原点回帰』を撃たれれば至近距離ゆえ避けきれないが、彼の背後にいる尾羽優も殺してしまう。

 斬撃や突きなどの狭い範囲の『原点回帰』ならば躱せるし、今から早さを活かした風属性に変えようものなら、その隙に十分な反撃を行える。


「撃てまスカ?」


 絶体絶命の危機においてまさに最善の選択。

 古賀蒼野にとって決して選べない選択を突きつけるという最後の切り札。


「撃てマスカ撃テマスカウテマスカ………………」


 この場にいる仲間に聞いても、善に聞いても、ゲイルに聞いても、シャンスに聞いても、いや誰に聞いても最大の弱点を彼は少年に突きつけ、


「ウ・テ・マ・ス・カァァァァァァァァァァァァァァ!!!!??」


 嗤う。この上なく嗤う。

 目前に控えた勝利の選択肢を選べない少年を――――嘲笑う。

 その様子を優と蒼野を除いた三人が遠巻きから眺め、



「「「勝った」」」



 三人が同時に同じ感想を口にして、



「回帰ォォォォォォォォォ!!」

「馬鹿ナ!?」


 

 その言葉を証明するかのように、主の決意を込めた声と共に、破滅を招く赤い光の奔流が解き放たれる。

 それは少女と人形師の全身を確かに呑みこみ、この戦いの終焉を告げた。




「この、私ガ…………コ……ノ…………ワタしがぁぁぁぁぁぁ!」


 身を滅ぼす赤い極光が彼の体を呑みこんでいく。

 尾羽優を人質にしてなお能力を使った蒼野に驚きを隠せずにいる彼が感じたのは、自分の下半身が根こそぎ奪われていく喪失感。

 それは彼の体を通りすぎ、少女の体さえ呑みこんでいくのだが、不思議な事にその肉体には傷一つ付きはしなかった。


「馬鹿ナ……なぜ…………ナゼ!」


 未だ胸部から上を残していたパペットマスターが疑問を零す中、古賀蒼野が尾羽優へと近づいて行き、木の根から解放された彼女の体を持ちあげた。


「ひどい怪我だ。優、短剣を!」

「う、うん」 

「そ、そノ剣ハ!」


 少年の声に促された少女が握っていた物から手を離し、少年のこの上なく優しい能力に身を包む。すると手から零れ落ちた物が地面に刺さったのだが、それを見て人形師は全てを理解した。


 それはこの世界を千年守護していた男が持っていた得物の内の一本。

 目の前の少年が手にした強力な能力に打ち勝てる唯一の例外として考えていた武器――――すなわち神器だ。


「貴様、ナぜソれを使わなカッタ。いヤそれ以前ニ…………ナゼソレを持ってイル!」


 左腕と僅かな胴体。そして首から上のみを残した彼は声をあげ、優の体を再生させた蒼野が彼の方を振り返り口を開く。


「これはつい先日、ゲゼルさんから郵便で送られてきたものだ。

 ゼオスや俺…………いや俺達の中でこれを真に使いこなせるものはいない。ただ能力を無効化する力は便利だったから、俺が預かってたんだ。それを優に渡した」


 あらゆるものを消滅させる能力が神器を上回るかどうかが最大の問題点であったが、その結果は先程掌の中で確認できた。

 それに加えゼオスから伝えられた情報もあり、彼は今回の作戦を実行する決意をした。


「最後の切り札を当てたのは俺達だったな」


 蒼野はわかっていた。いや蒼野だけでなく全員がわかっていた。

 手札を全て晒した状態で戦えば、どれだけ強力な力を備えていようと自分たちは必ず負けると。


 パペットマスターが想定した状況、すなわち持ちうる札を全て提示した状態で戦うとしたのならば、万事に対応するこの男には決して勝てないと理解していたのだ。


 だからこそ、彼らはそのテーブルだけには座らないことを決めていた。

 戦うフィールドはもっと別の、隠していた切り札の提示に持ちこんだ。


「古ガ蒼ヤ…………コガソウヤァァァァァァァァァァァ!」


 画して稀代の人形師は敗北し、その身を現世から消滅させる。

 後に残ったのはゼオスが斬り落とし自分の下に敷いていた右手のみ。


「あ」

「雲が……」


 それからすぐに雲が掻き消え、降り注いだ陽の光が彼らの体を照らしつける。


 それは此度の戦いの勝者が誰であるかを、これ以上ないくらい明確に示していた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日二話目の更新。

そしてついに決着です!

個人的にはこれまでの戦いの総まとめみたいな物語を描いてきたつもりだったので、楽しんでいただいたのなら心底嬉しいです。


あと余談なんですが、今回の話でゼオスは一ヶ所だけ普段のように会話の前に間を開ける事をしませんでした。

これは普段ならば話す前に周囲の状況やら自身の考えをまとめてから喋る彼が、脇目を振らず口にしたという形になります。


今回の物語が良かったと思った方は、ぜひ感想や評価・ブクマを

作者のエネルギーになるので、大変ありがたいです


それではまた明日、ぜひご覧ください

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