第三幕 輪攻墨守の果てに 五頁目
「おおぉぉぉぉぉぉぉ!?」
永遠のような一瞬が連続する。
秒毎…………ではなく刹那の時が過ぎるたびに全身から命の源が失っていくのが理解できる。
ヒュンレイの人形から撃ちだされる銃弾は数限りがなく、息を吸いこむことさえ困難を極める。
「ダメだ! 防ぎきれねぇ!」
地面から生やした鉄の壁と水流のバリケードが数多の弾丸を防ぎ続けるのだが、百メートル程離れた位置から撃ちだされる氷弾が発する冷気は、彼らの肉体にまで腕を伸ばし、瞬く間に彼らを追いつめた。
「原点回帰!」
誰かが耐えろと言うであろうことはわかっていた。
しかしここで使わなければ皆が死ぬことを本能で感じ取った蒼野が能力を使い、鉄と水の守りを消しながら、目前に迫る脅威を取り除く。
「がぁ?」
がそれから間髪入れず蒼野の腹部に鈍い痛みが奔る。
視界の悪いこの場ではそれの正体を完全に理解できる者はおらず、後方へと吹き飛んで行き雪の中に身を沈めた蒼野の姿を、ゼオスを除いた三人が目撃した。
「蒼野!」
「目離すな!」
「っ!」
積の怒鳴り声を聞き、吹き飛んで行く蒼野に視線を向けかけていた康太が目前に控える最強の敵を睨む。
「……そういえばヒュンレイさんは近接もお手の物だったな」
視界を奪う程の霧が晴れ、その奥に潜んでいた姿が顕わになる。
感情というものを完全に奪い去られ無表情を貫き三人を見据えるヒュンレイの両手には、先程まで使っていた機関銃ではなく長さと太さの違う二本の棍棒が握られており、先程までと同様に氷の結晶を羽ばたかせながら向かって来た。
「来るぞ!」
ヒュンレイ・ノースパスは今構えをとっていない。ただ羽ばたきながら近づいてくるだけだ。
だというのに彼らの体には既に氷点下を遥かに超える冷気が襲い掛かっており、ここで勝負を終わらせると決意した覚悟が揺れる。
「積! クソ犬!」
「おう!」
「任せておきなさい!」
その弱気を吹き飛ばす様に声をあげる康太に呼応した二人が前に出て、粒子を練る。
そうして作られたのは虚空に浮かぶ無数の鉄の剣と彼らを覆い隠す無数の盾だ。
「行け!」
積の作りだした無数の剣は一つ一つが大人程の大きさもあり、冷気の壁に触れても康太や優の撃ちだす小さな物体のように止まることはなかった。
「――――!」
しかしそれが人形となってなお絶対的な強者として君臨する彼に届く理由にはならない。
「全部同時に叩き落とすなんて…………やっぱヒュンレイさんはおかしいわ!」
「今更だな!」
正確に言えばコンマ一秒にも満たない僅かな差はある物の、迫る鉄の剣を短く小さい棍棒で全て撃ち落としながら前に進むヒュンレイ。
そのあいだ空を飛ぶ彼の速度を一切衰えることはなく、むしろカウンターのチャンスと感じ速度を上昇させ、巨大な棍棒を構えた。
「二人とも下がりなさい!」
迫る冷気が彼らの体内から熱を奪っていくのだが、優が自身が作りだした水の盾で全員を囲い、冷気を防ぐためのバリケードを作成。しかしそれはヒュンレイが僅かに近づくだけで凍りつき、無造作に放たれた棍棒の一撃であっけなく砕け散った。
「原点回帰!」
「――!」
しかしその盾の意味は確かにあった。
優の必死の時間稼ぎにより三秒という時間を稼ぎきった瞬間、最前線まで戻って来た蒼野が万物を滅ぼす赤い光を撃ち出し、目前まで迫ったヒュンレイの身を襲う。
棍棒を振り下ろした直後であった人形は綺麗な回避行動が取れず、地面に沈むように着地。
同時に蒼野達では感知できない速度で武器を二丁拳銃に変化させ、彼らの全身に照準を合わせた。
パペットマスターが驚愕に顔を歪めたのはこの時だ。
大地に着地したヒュンレイ・ノースパスの肉体が――――姿勢を保てず崩れかける。
糸越しに指示を送り立ち上がらせようと考えるパペットマスターだが立ち上がるための右足が消えており、その身を雪が積もった大地に沈めかけた。
「行くぞ!」
そのチャンスを待ち続けていた康太が、声をあげ走りだす。
今この瞬間こそが最大の好機だと確信し、冷気によるダメージさえ度外視に走りだす。
「威力増強紋章最大重複!! 属性装填!」
冷気の対策で炎属性は使い切り、全属性の中でも最も量が少なかった雷属性も使いきった康太。
彼は残る八属性の中から鋼と水を除いた六属性を全て出しきり、自身が行える紋章展開も全て行使し威力を増強。
「――――――――征け!」
積も普段では決して見せないような真剣な形相を浮かべながら過去最大数の鉄の剣を作り出して発射させ、優も身の丈を超える巨大な鎌を作りだすと大きく振りかぶり、全身全霊で振り抜いた。
「「「!!!」」」
それでも『超越者』の領域に踏み込んだ彼には届かない。
凄まじい勢いで二丁の拳銃を巨大な棍棒に持ち変えたかと思うと、無造作に行われた一度の薙ぎ払いで三人の抵抗を退けた。
それはまさに次元の差。
抗いようのない無力感が彼らに襲い掛かり膝を折りかけるが、
「ヒュンレイさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
それでも彼らは自分たちの役目、すなわち蒼野を彼の目の前にまで届けるという目的を果たしたことに、それ以上の達成感を抱いていた。
「本当に――――――」
次段の補充から打ち出すまでに掛かる時間は三秒。康太達三人が稼いだ時間は僅か一秒。
二秒もあれば蒼野一人を退ける程度ならば十分であると理解した人形師がヒュンレイ・ノースパスの体を持ちあげ、更に棍棒を拳銃に変貌させながら右手を掲げ狙いを定める。そこまでの行為をするのには一秒もかからない。
後は引き金さえ引けば全てが終わるはずであったのだが、そこで人形師は大きな失敗に気がついた。
ヒュンレイ・ノースパスのあるはずの右腕が――――――存在しないのだ。
「本当に――――――――――!!」
慌てて左腕を掲げ狙いを定め始めるよう指示を出すパペットマスター。
彼は蒼野が最後の一撃を撃ちだすまでの時間よりを僅かにだが自身が上回ると確信を抱くのだが、
「すいません!!!」
蒼野は刀身に中途半端に宿った赤い光を撃ちださず、そのままヒュンレイ・ノースパスの左腕に接触。
彼の左腕は何の抵抗もできずに消滅し、パペットマスターが見過ごしていた可能性に気づき硬直した瞬間、強烈な赤い光が周囲を照らし、
「原点回帰!」
逆袈裟斬りの型で撃ちだされたそれは目前の肉体を両断。その勢いを殺すことなく空へと伸びていくと雲を貫き、その奥から姿を現した太陽が二人の体を照らした。
「…………俺達がもっと強ければこんな風にあなたの死体を消す必要はなかった。俺たちが弱いから…………貴方とこんな別れ方をすることしかできなかった!」
雨ではない別の液体が彼の瞳から溢れてくる。
「クソ犬。回復を頼む」
「ええ」
先を急がねばならないとわかっている康太達三人も蒼野に言葉を掛ける事もなく前に進み、彼らに対処するためにヒュンレイについていた糸も消失。その結果、二人だけがその場に残された。
「貴方はもっと多くの人に見送られるべきだった! もう一度色んな人と会えるはずだった!! もう一度………………善さんと会えるはずだったんだ!!!」
止めどなく溢れる後悔の念。耐える事のない無力感。
それらは濁流の如き勢いで彼の口から吐きだされ、最大の障害を退けたにもかかわらず、声を震わせ手を地面に付けながら語る彼の心は延々と沈み続けていた。
「俺は弱いままだ。あなたを失った日から…………何も変わっちゃいない!」
なおも謝罪の言葉を吐き続ける蒼野。
そんな彼の前で袈裟に斬られたヒュンレイの下半身が完全に消滅し、残された肩から上の部分だけが雪の上に沈んでいった。
「ヒュンレイさん!?」
その時起きた事は完全な偶然だ。誰の手によるものでもない。
落下した時と同時に発生した物音を聞き、蒼野が閉じていた目を開き彼の残された僅かな肉体に視線を移す。
「――――――」
すると消え行く彼の肉体をその視線で捉えるのだが、彼が浮かべている表情を見て彼は言葉を失った。
人形として様々な用途で動かすために死後硬直を避けていた体の表情は柔らかく、生前と同じように様々な表情を浮かべられるように彼は設計されていた。
最初の不時着による影響か。最後の攻撃を受けた時の衝撃か。それとも他の理由かはわからない。
「そんな体でなお…………俺を励ましてくれるんですか?」
ただ一つ言える事。それは――――――消滅間際に彼が浮かべた表情、それが笑顔に近いものであったという事だ。
「いや」
完全な偶然であると頭で理解していたのだが、それでもその表情は蒼野の心に振り続けていた雨を一瞬で振り払い、彼が先へ進むには十分すぎる程の力を与えた。
「そんなわけないよな!」
ヒュンレイさんが迷っている俺に叱咤激励をしてくれた
そんな事をふと思い浮かべる自分を自嘲するように笑い、死に体ながらも勢いよく立ち上がる蒼野。
彼は今回の作戦で最も重要な事を思い出し、涙を拭き吹雪から嵐へと戻った戦場へと一歩踏み出す。
「さようなら。ヒュンレイさん」
消えていった男に対し別れの言葉を口にする古賀蒼野。
そんな彼の行く末を太陽が照らした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で読者の皆さまこんにちは!
お久しぶりのお昼更新です!
さて今回の話でVSヒュンレイ・ノースパスは終了。
筆者としては一章の最後でしっかりとした別れができなかったのはどうしても残念で、
今回こそはと考え執筆したので、満足していただければ幸いです。
天国にいるヒュンレイさんも、満足してくれると信じてます
さて次回ですが、ついにVSパペットマスター最終話!
その結末、ぜひご覧ください!
こちらについては普段通りの時間に投稿するつもりなので、よろしくお願いします
それではまた次回、ぜひご覧ください




