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第三幕 輪攻墨守の果てに 二頁目


「氷水守護陣」

「無駄だぁ!」


 毒々しい赤に対し、氷と水の二つの属性を兼ね備えた守りを展開した『鎧亀』が、何の抵抗もできず消滅。赤い光を撃ちだした主は、手駒を一つ失った人形師を見下した。

 蒼野が声高々に宣言してから数分後、戦いはギルド『ウォーグレン』の五人が優勢に進めていた。


「あと四体!」


 パペットマスターが展開した四体の切り札を次々に葬り、残るは巨体を誇る龍一体に鳥が二体、そして亀が一体の状況にまで追いこんでいた。

 とはいえそこまで追いこんだ当の本人の体力は大きく消耗しており、未だオーバーとヒュンレイの人形は破壊できずにいるため、最後の一手だけはどうしても決めれずに戦いは進んでいた。


「粘りマスねェェェェェェ!」

「ここで膝をついたら、皆を守れないからな!」

「テメェも俺が回復させた分くらいはしっかり働けよ!」

「…………わかっている事を叫ぶな古賀康太。うっとおしい」

「んだとコラ!」

「斬り糸――――狂騒曲!」

「原点回帰!」


 人形を操るのに使っていない指一本から数えるのも馬鹿らしくなるほどの糸を垂らし、繊細な動きで雪が積もった大地を何度も斬り裂く。

 するとそれを目にした蒼野が空に浮かぶ『禍鳥』から視線を外し自分たちへと飛来するそれらを消滅させるのだが、逃した数本の糸が大地を斬り裂き、巨大な岩の塊が固まっていた五人に襲い掛かっていた。


「……させん」


 それら叩き落とすのが今のゼオスの仕事だ。

 生命変換・炎を使った事で使える属性粒子はほとんど失ったゼオスであるが、疲弊しきり悲鳴をあげている肉体に鞭打ちこの戦いの鍵である蒼野を守る。


「そこだぁ!」

「本当に面倒ナ男DEATHネ古賀康太!」


 その勢いを殺すことなく攻撃を続けようとするパペットマスターであるが、その意識の変化を察知すると康太が二丁の拳銃を駆使してそれを阻む。

 

「鬱陶シイDEATHネ!!」


 攻撃に使っていた左手を防戦に回し、自分に向かってくる雷の弾丸と鋼の弾丸の対処に向ける人形師。

 最速かつ高威力で迫る雷を固めた弾丸を前にして、彼は正面から糸をぶつけるのではなく銃弾の平らな部分を叩いて明後日の方角へ飛ばす。


「ム!」


 その勢いを落とさぬままもう一発の弾丸を弾き落としたパペットマスターであったが、その時雷の弾丸の軌道上に、もう一発弾丸が存在していたのを確認。


「小癪!」


 発砲音を雷の轟音で隠され、今の今まで気づかなかった事実を内心で恥じながらも、雷の弾丸同様地面へと叩き落とす。


「何!?」

「木属性を使った跳躍弾だ。こういう不意打ちにはぴったりだろう?」


 しかし弾丸はそのまま季節外れの雪に埋まる事はなく、地面に刺さったかと思えば跳ね返り、右手の掌に衝突する。


「…………そこだ」

「ここで決める!」


 ほんの一瞬、パペットマスターが右手で操る四体の獣が静止。

 その隙を逃さずゼオスが剣を抜き『鎧亀』を八分割に斬り裂き、


「地面に~~~~!!」

「埋まりなさい!!」


 蒼野は優と積が地面に叩きつけた『樹龍』を先頭にして、ヒュンレイとオーバーが重なる位置にすぐに移動。『原点回帰』の発動により撃ちだされた赤い光が三体に襲い掛かる。


「ちぃっ」


 急いで立て直しを図るパペットマスターだが、右手を襲われたことで操れなくなった『樹龍』を助けるほどの時間はなく赤い光に呑みこまれ、時点にいるヒュンレイは右足首が飲みこまれるが回避。最後に残ったオーバーは余裕をもって回避に専念した。


「させない!」


 はずであったのだが、オーバー回避行動に移った瞬間、自らの両足が焼けるのも思考の外に置き、優が地面に叩きつけるため頭部を蹴る。


「優!」

「きゃ!?」


 がしかし真上へと飛翔するオーバーを完全に抑えることはできず、彼の肉体は空へと飛翔し、体中に纏った溶岩の鎧が赤い光に呑みこまれるが、肉体には傷一つ付かず九死に一生を得る形で回避する。


「一応聞いておくけどよ」

「!」

「流石に人形まで破壊するなとは言わないよなお前」


 その時、オーバーの真上から声が聞こえる。

 パペットマスターが驚きながら視線を向けたところには黒い穴が開いており、そこから現れた康太とゼオスそして蒼野の三人が、空へ飛びあがったオーバーへと自らの得物を向けていた。


「ああ。流石にそこまで意固地にはならないよ!」

「そりゃよかった!」


 蒼野の言葉を聞ききるよりも早く、ゼオスが鎧を失ったオーバーの肉体に漆黒の剣を突き刺し胴体を貫通。剣を引く抜くと出来た腹部の傷口へと真っ黒な銃弾を握った拳を康太が突っ込む。


「…………二度と蘇るな第七位。貴様は、あまりにも面倒だ」


 吐き捨てるように言いながら康太が離れたのを確認し渾身の力で巨体を蹴り飛ばす漆黒の剣士。

 すると巨体は勢いよく大地に衝突し、その瞬間オーバーの肉体が溢れんばかりの光を放ち、


「うぉ!」

「きゃ!」


 地上で残りの人形とパペットマスターの相手をしていた積と優が、積もった雪を吹き飛ばす威力の爆発を見届けた。


「あと三体!」


 血反吐を吐きながら血気迫る表情でそう叫ぶ蒼野。

 全身を襲う疲労感から落下の勢いに任せ目を閉じてしまいたい欲求に駆られるが、歯を食いしばり全身に力を込める。


「来るぞ!」


 そうして康太とゼオスを脇に抱えた彼は、パペットマスターへと至る道筋において立ちふさがる最大の障害――――ヒュンレイ・ノースパスを見下ろす。

 するとヒュンレイの視線も彼へと注がれており、周囲の空気が瞬く間に氷点下を下回り、なおも気温を下げていく。


「う、お!?」

「………………おい、この寒さをどうにかしろ。死ぬ」

「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ! 来るぞ!」


 そのまま彼は落下していく三人へと両手を向け、腕に携えている氷の機関銃が勢いよく音を立てると、彼らの視界が真っ白な銃弾で埋め尽くされた。


「ゼ、原点回帰!」


 迫る極大の脅威を前に蒼野が新たな力の名を唱える。

 それにより刀身に宿った赤い光が銃弾の雨を呑みこみ無事地面に着地するのだが、それを見越したかのように放たれた弾丸が赤い光を避けて地面に触れ、大輪の華を咲かせた。


「お、おぉぉぉぉぉぉ!?」


 着弾した位置は蒼野やその側にいる二人からはかなり離れた位置であった。

 しかし地面に着弾した瞬間それは超広範囲を冷気で埋めつくし、空気を凍らせたかと思えば無数の凶器へと変貌し蒼野達の体を貫いていた。


「や……ぱ強ぇ!」


 ボルト・デインとオーバーも人形になってなお十分強い相手であった。

 四体の獣も厄介だった。


 だがしかし、その二人と比べてもヒュンレイ・ノースパスは格段に強い。

 敵意や殺気を宿らせることもない。本来の技量と比べれば遥かに劣る実力しか出せぬはずなのだが、それでもこれ以上ないというほど蒼野達を追い詰めている。


「……すぐに次を用意しろ古賀蒼野! 下から来るぞ!」

「!」


 蒼野が再び能力を発動するよりも早く、ヒュンレイの人形が足の裏で地面を叩き、生えて来た氷柱が三人を吹き飛ばす。


「もう炎属性もほとんどねぇんだがな!」


 このまま防戦一方になるのはまずいと感じた康太が威力を強化した炎属性の銃弾を撃ちこむが、それらは体に到達するよりも遥か前に凍結し地面に叩き落とされ、同じように斬撃として撃ちだしたゼオスの炎も容易くかき消される。


「っ!」


 有り体に言ってしまうと、ヒュンレイ・ノースパスという存在は人間としてのスケールが違った。

 誰かが言葉で語ったわけではないのだが、蒼野に康太、そしてゼオスが確かな事実としてそう実感した。


「…………」

「…………何?」

「引いた、だと?」


 このまま攻められれば自分たちの敗北は決まっていた。

 そのような状況にも関わらずパペットマスターは顔をしかめながらヒュンレイの人形を使った猛攻を止め、残る二体の『禍鳥』を前線に出し防御を固めた。


「三人ともお疲れ! ゼオスから回復するから一旦引いて!」


 そんな三人の元に優と積が辿り着くと、彼女はゼオスの腕を引っ張り一歩後退。

 積が鋼属性を用いた強固なバリケードを張るのと同時に、前線で戦っていた三人の回復を行い始めた。


「来たぞ!」

「原点回帰!」


 するとパペットマスターが二体の人形を操り雷と炎を纏った木の槍を撃ちだすが、先程までの猛攻と比べればぬるま湯の如き攻撃は全て積の作りだした強固な壁で防がれる。


「うおお、やっぱ怖ぇ! 帰りたい! てか帰ろう! 全員集まったんだし、ここでゼオスと優が戻って来たら撤退でいいだろこれ!」


 とはいえその守りを展開した当の本人は五人の中で唯一覚悟を決めきれず、それを見た康太が舌打ち。


「馬鹿言うな。予想だにしない蒼野の成長があった結果とはいえ、俺たちは恐らく世界で一番パペットマスターを追いつめている。あの野郎が逃げず、蒼野が撤退を決意しない限り徹底抗戦だ」

「い、いやだーー! 死にたくなーい!」

「命削ってる蒼野とゼオスが男を見せてんだぞ。テメェもちっとは頑張れ!」

「…………なあ康太」


 壊れたテレビを叩くかのような勢いで康太が積を叩き叱咤激励を掛けるその横で、雨のように降り注ぐ攻撃から身を守り、更なる人形が展開されないかに意識を注いでいた蒼野が疑問を口にする。


「パペットマスターは何でヒュンレイさんを使って総攻撃に出ないんだ?」

「……言われてみればそうだな」


 振り返ってみれば奇妙な事に、これほどの戦力を抱えているにも関わらずパペットマスターは今なお力を温存しながら戦っている。

 今はもう姿を消したボルト・デインやオーバーにしてもそうだが、生前の技を数多く模倣しながらもそれを連発することはほとんどなかった。

 最初はこちらを倒すのにはそれで十分というパペットマスターの判断や、連携のために仕方がなく攻撃を抑えていると考えていた一同であったが、事ここにいたりヒュンレイの人形を使った猛攻を行わないのは明らかに奇妙であった。


「…………………………いや、考えてみれば当たり前の事だったな。今のヒュンレイさんはどこから力を使ってる?」

「「あ!」」


 顎に手を置き唸る積を前に康太が疑問を口に出すと、その言葉を聞いた蒼野と優が短く返事を返した。


「そりゃ確かに盲点だった。俺たちの知ってるヒュンレイさんならこれくらい余裕でできるが、相手は人形だ。そうはいかないわけだ」


 人形が属性攻撃を使えない理由は既に説明した通り、粒子を作りだす事ができず、かつ周囲の粒子を集めることもできないためだ。

 この問題をクリアするためパペットマスターは使う人形に粒子を集めた宝石などを嵌めこんでいる。

 これは生きている人間が体内で無意識に粒子を生みだす事ができるのに対し、人形や死体ではそううまくはいかないための苦肉の手段であるのだが、この法則は目の前で戦っているヒュンレイの人形にも当てはまる。


「てことはこのまま持久戦に持ちこめば、ヒュンレイさんは何もせずとも無力化できるってことか!」

「さてそこまでうまくいくかはわからねぇな。オレがあのクソ野郎の立場なら、絶対に粒子不足にだけはしねぇ。人形用の粒子の塊くらい用意してるはずだ。今攻撃してないのだって、それを取り変えるためだと思った方がいい」

「お前はどうしてそんなに聞いてて悲しくなることを言うんだよ! もうちょっとこう……目を輝かせて希望を持とうぜ!?」

「希望的観測ばかり語って重大な見落としがあっちゃ世話ねぇよ」


 季節外れの極寒の大地で言い合いをする康太と積を尻目に、蒼野の視線は先程能力を当てたヒュンレイと既に機能を停止し動かなくなった『樹龍』を観察。

 その後試しに自身の手に真っ赤な光を纏ってみて地面に当てると、


「…………その話題も勝つためには重要なんだが二人ともちょっと待てくれ。どうやら、思った以上に事態は好転しているようだ」


 彼はそれから起きた、完全な偶然を目にして自身の能力について確信。


「へ?」


 口にした言葉に対し、今度は康太と積二人が不意を突かれ声をあげた。


「みんな聞いてくれ。パペットマスターを倒す算段がついた」


「!」


 そして彼は話し始めた。

 目前の嵐を乗りこえるための、最後の作戦を。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


書いていて常々思うんですが、積の感覚が一番現実に近い気がする。

何というか、他人な感じがしない。友達としてなら一番楽しそう。

蒼野も仲良くなれそうですけど、見てて時折怖い気がする。康太はきつそう・


さてここからが最終フェーズ。蒼野達の正念場。

知恵と勇気(言葉そのまま)そして手にしている手札全てを使い切った戦いです


それではまた明日、ぜひご覧ください

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