第三幕 輪攻墨守の果てに 一頁目
「あと十体!」
声を張り上げ勢いに乗る蒼野。そんな彼へと向け、三体の『死虎』が放たれる。
「うらぁ!」
迫る三体に囲まれぬよう細心の注意を払いながら雪原を駆けまわり、モグラ叩きの要領で一体ずつ確実に赤い光で飲みこんでいこうと思案する蒼野。
「強力無比な能力DEATHガ、どうヤら剣に溜めて撃ちダす事しかできナイようDEATHネェ」
『死虎』を見事に操り撃ちだされる真っ赤な光を躱す人形師が、その様子を観察し声をあげ、黄緑色の毒で染まった爪を、蒼野へと向けていく。
「う、お!?」
古賀蒼野が新たに得た力が消滅系である事は疑いようのない事実である。
しかしそれを発動する形が決まっており、十分に抑えることができるとなれば話は至極単純なものへと変化する。
すなわち、撃たれる前に対策をするか、撃ちだしたとしても第二波を打たれるまでの間に物量で攻めきってしまえば問題ない。
「やべぇ!」
触れれば速攻で全身に巡る麻痺毒の牙で噛みつく『死虎』を躱し距離を取る。
がしかし、自身を囲うように動き回る三体の動きに風属性による機動力の強化なしでは対応しきれず、蒼野が次第に翻弄され始める。
「しまっ!?」
雪に足を取られ、体勢が崩れる。
その隙を見逃すまいとした『死虎』の内の一体が接近すると、瞬時に刀身を真っ赤に満たす光を放出しそれを呑みこむのだが、それが罠であると気がついたのはそれからすぐの事であった。
光の奔流が目前の障害を排除した次の瞬間には残りの二体が蒼野を挟みこむように迫っており、急いで手にしている剣に真っ赤な光を補充させる蒼野だが一歩間に合わず、残る二体の爪先が彼の肉体を深々と抉る……
「たくよぉ新しい力を得て勢いづくのはいいがな、調子に乗ってんじゃねぇよお前は」
「ム!」
寸前に、康太が撃ちだした風の弾丸が二体の体に衝突し、虚空へと投げ飛ばした。
「周りを見渡せ蒼野。お前は……一人で戦っているわけじゃない」
「…………そうだな。そうだった」
康太の銃弾によって宙を舞う二体の『死虎』を赤い光で消し去った蒼野が、落ち着いた声でそう呟きながら周囲に視線を移す。
そこでは息も絶え絶え、満身創痍という言葉がピッタリな様子ながらも自分の側へと寄ってきてくれる仲間の姿が存在し、蒼野へと向け様々な気持ちを乗せた視線を向けていた。
「どうやら大層強い能力を会得したようだが、それだけで逃げたり勝てたりできるほど奴は甘くはねぇだろ。なら……どうする?」
引き金を引き続け、絶えずパペットマスターにプレッシャーを与える康太に、側にまで迫ったヒュンレイ・ノースパスの銃弾を防ぐ優と積。そして自分と同じく抗いがたい倦怠感に襲われてなお立ち上がり、先頭続行の意志を示すゼオス。
彼らを一通り眺め蒼野は答えを得る。
「勝てる状況に変化させる。一人でできないのなら………………仲間の力を借りる」
思わぬタイミングで強力無比な力を得たことで蒼野は忘れていた。
彼らは元々、五人で一人前とされていた事を。
そして五人が揃えば、例え『十怪』が相手でも負けない実力を培ってきた事を。
そして今目の前にいるのは目標にして怨敵である人形師・パペットマスター。
今こそ、その成果を発揮する時である。
「そうだ。なら、今やることは一つだ。皆を助けることだ」
自らが一番に行うべき道を見直し、剣を構え治す。
「おりゃ!」
掛け声と共に撃ちだされた赤い光が、絶え間なく飛来する氷の弾丸へと向け飛んで行く。
「させまセン!」
それを防ごうとパペットマスターが地面を蹴るといくつもの木が瞬時に生え、木の盾を形成すると赤い光を防ぐために立ちふさがる。
「いけぇぇぇぇぇぇ!!」
一枚、二枚、三枚と衝突しては呑みこんでいき、愚直に先へと進む赤い光。
それはどれだけの障害を破ろうとも一切速度を緩めることなく、飛来する無数の弾丸をも容易く飲みこんだかと思えば、更に少し進んだところで溶けるかのように原形を失い虚空に消えた。
「対象の数ヤ粒子の密度ニ関係なく…………恐らく一定の距離を進むまで止まるコトなく進み続ける赤イ光…………」
その原理まではパペットマスターにはわからない。しかし今現在集まった情報を元にこの能力を現すとしたら、口にする事ができる言葉は一つしかなかった。
「化ケ物…………としか言いようがアリマセンね」
目の前で数度繰り返された光景はこのうえない脅威であり、パペットマスターは今自分を睨みつけている彼らが、過去最大の敵である事を認めるしかなかった。
「しかし、だ。この上ナク滑稽ダ!」
同時に、これ以上面白いものはないと笑みを浮かべる。
「古賀康太デモ尾羽優でもゼオス・ハザードでもナイ。原口積ですらなく、よりニモよって君が! 不殺ヲ誓う君が! 万物ヲ消滅させる力を得るトハ!!」
不殺を誓い平和を愛する少年がその真逆の力、あらゆるものを破壊し消滅させる力を得たことを、この上なく愉快であると人形師は笑う。
「教エテください古賀蒼野! 君は今! 一体ドンナ気持ちなんDEATHか? 君の信念とは真逆ノ、万象全てを消し去ル事ができるであろう力ヲ得テ! 一体どんな気持ちナンDEATHカ?」
心の底から楽しげに笑うパペットマスターを前に、しかし蒼野の心は一切陰らない。
油断せぬよう意識を集中させ、醜悪な笑みを浮かべる人形師をまっすぐに見据え口を開く。
「勘違いするなよパペットマスター」
「…………なんDEATHって?」
「この力はあらゆるものを破壊する凶器なんかじゃない。あらゆる危険を打ち消す万物の守り手……皆を守るための力だ!」
その意志に、一切の迷い無し。
例え破格の力を得たとしても、自身の根底にある思いはなに一つ変わりはしないと、彼は吹き荒れる風と雪に負けぬ声ではっきりと言い切り、
「………………守る力。つまりそれは…………君自身が万物の守り手になるトイウ事DEATHか?」
「そうだ。よーく見ておけよパペットマスター。俺はこの新しく得た力で、全てを守ってみせるぞ。康太も、優も、ゼオスも、積も」
訝し気に聞き返す彼に対し自身の立ち位置を誇示。
決して破ることのない誓いを声高に宣言し、
「そして…………お前だって、この力で救ってみせる」
絶対の自信と意志を込めて、彼は目の前の存在にそう言いきった。
蒼野の言葉は何らかの根拠があって言っているものではない。
ただこれまでの人生で自身が行い成してきた行為を今ここでも行うと、胸をはって言いきった。
「私ヲ……救ウ? 殺すデハなく救うト?」
その思いもよらなかった言葉を聞き、思わず反芻するパペットマスター。
「そうだ。とっ捕まえて、法で裁いて、しかるべき処置を受けた後に、殺した人、傷つけた人、泣かせた人、その全ての人達に報いるために働いてもらう」
かつてジコンに訪れた犯罪者や先日訪れたリンプー・N・マクシームが辿ったように、自身の命を狙ったゼオス・ハザードが今もなお行っているように、お前も必ずその道を進ませてやると、蒼野は刃のない剣を向けながら言いきり、
「…………」
「まあ死ぬまで掛かるかもしれねぇが、そりゃお前のせいだ。そこは諦めてくれ」
なおも沈黙貫く人形師に対してそう言いきると
「……………………………」
しばらくの間互いの間には奇妙な空気が流れる。
残る十体の獣の形をした人形とヒュンレイ・ノースパスとオーバーの人形。そしてそれらと対峙するゼオスや康太なども動きを止める。
「クカカカカ」
それが二秒三秒と続く中、やがてパペットマスターの肩が不規則に揺れ、口元から彼特有の笑いがこぼれると、あまりの重圧から彼らが存在する周囲一帯の空間が獣の如き唸り声をあげる。
「面白イ! 君ハ本当に面白イ! いいデショウ! 君がその力で全て! 私さえ救うというのナラバ!」
パペットマスターの両腕に力が籠る。荒唐無稽、この世界において甘すぎる信念を口にする少年を見定めようと腕が舞い、
「今ここで!! 証明しろ!!!」
人形師が再び動きだし、応戦するために子供たちも駆けだした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
少年少女にとって間違いなく過去最大の戦いです。
次回から終戦まで、勢いよく流れていくのでぜひ見ていただければと思います
二話連続更新もどこかでするかも
それではまた明日、ぜひご覧ください
なお、twitterではヒュンレイさんがこの戦いを見て暴れているので、そっちも見ていただければ
https://twitter.com/urerued




