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第二幕 古賀蒼野と原点回帰 四頁目


 数年前からパペットマスターは『人形』というものの限界について考えていた。

 敵を操り相手を動揺させることや、気絶した相手や殺した相手を操り情報を奪ったり不意の一撃を与えるなど、こと絡め手に関して言えば、『人形』は最良といっても良い手段であると彼は考えていた。

 しかし戦闘となれば話は別で、粒子を自力で生みだせない人形は、様々な武器を搭載しそれらを駆使して戦う程度が精一杯であり、その部分が致命的な弱点であるように彼は思っていた。

 そう考えたパペットマスターはそれから様々な人形を試作し、その結果属性粒子を内蔵しておくことで、その属性の攻撃を行える人形を制作。

 パペットマスターの使う人形において最大の脅威と呼ばれる、四体の傑作を作りだした。


 それによりパペットマスターはさらに猛威を奮う事になるのだが、彼の研究は更なる地点を目指し着々と進んでいた。


 毒や銃弾以外にも様々な属性を使った攻撃ができるようになった人形だが、攻撃の手段は人形が可能な範囲という限界があるため、どこか単調なものになってしまう傾向があった。


「クカ」


 問題点がわかれば、あとはそれを克服するだけで、次なる彼の目標は、生身の人間と同等、いや一流の使い手と同等の力を持った人形を作りだす事である。


 そのために様々な案を出しては実行したパペットマスターであったがうまくいかず、この案は不可能であるという現実にほどなく直面したのだが、彼はそこで諦めなかった。


 『無』から一流の使い手と同等の人形を作りだす事は不可能である事は分かった。

 それならば最初から一流の使い手である人間の死体を利用し、これまでにない人形を作りだせばいいと考えたのだ。


 答えに辿り着いてからの彼の行動は迅速であった。

 人が死に活動停止状態になったとしても、脳さえ残っていれば肉体には確かな技術が染みついているというのは、この世界では遥か昔から取り上げられていた定説であり、その論を証明するような能力者もいくらか存在していた。

 そのことについてはパペットマスターももちろん知っており、その性質を利用し新たな人形を作成することを彼は思いついた。


「クカカカ……」


 この計画にまず必要だったのは、自身の思考を汲み取り思い通りに人形を操る力であった。

 だから彼は、巷では支配針と呼ばれている『対象の脳に直接突き刺し、意のままに操る』武器を作りだした。

 それからその機能を徐々に拡大させ、最終的に死者の脳に眠っていた記憶まで読み取れるものを作成。


「クカカカカカ! 素晴らシイ! 素晴らしい力DEATHヨヒュンレイ・ノースパス!」

「クソッ」

「ホウ! あれを喰らって耐えマスカ! 情報にアッタ、周囲一帯の空間を戻す力DEATHネ!」


 その成果が今、蒼野達に牙を剥いた。

 周囲一帯の時間を『時間回帰・領域』で戻した蒼野が優とゼオスの手を掴みながら疾走。迂回などすることもなく、まっすぐにパペットマスターへと近づいて行く。


「行きナサイ!」


 するとそれを確認した人形師は康太へと体を向けていたオーバーを操り、腕だけを彼らへと向けると、無数の溶岩弾を発射。

 それらを躱しながらなおも前に出ようとする蒼野だが、積の相手をしていたボルト・デインまでもが三人の元まで瞬時に移動し、三人が何かするよりも早く大地に叩き落とした。


「らぁ!」


 そのまま二人を引っ張り続ける蒼野の両腕を破壊しようとボルト・デインを動かすパペットマスターだが、手が空いた康太と積がパペットマスターへと向け遠距離攻撃を行うが、


「ムダDEATH!」


 その悉くがパペットマスターの前で立ちふさがるヒュンレイ・ノースパスが視線を向けるだけで凍りつき、雪が積もった大地に沈んだ。


「はぁ! はぁ!」

「辛ソウDEATHネェ…………まだ私には指一本触れらレテないノニ」



 ワンサイドゲーム


 そんな言葉がピッタリの戦いであった。


 蒼野達五人がどれだけ足掻こうが、それ以上に圧倒的な力を前にして差が広がる。

 絶望的な位置にまで、離れていく。


 その事実が五人全員の胸にのしかかるが、しかしそれも彼我の戦力差を考えればさしておかしなことではない。


 善が追い詰めて満身創痍にしてなお、二人掛かりで辛勝だったオーバー。


 五人全員が持ちうる手段全てを使い勝利したボルト・デイン。


 そして善が奥の手を出してやっとの思いで下したヒュンレイ・ノースパス。


 この三人が息の合った見事な連携を繰り出せば、蒼野達に勝てる道理などあるはずがないのだ。


「ゼオス! もうちょっとだけ行けるか!」

「……他に手段はなかろう」


 致命傷となる攻撃だけは必ず避け、迫りくる最悪の瞬間を遅らせる蒼野が、少し離れた位置でボルト・デイン相手に自身と同じように命を削るゼオスに声をかける。


 すると蒼野の提案を聞いた残る三人が胸を痛めるが…………その感情を口に出すことはできなかった。


 皆わかっているのだ。

 蒼野とゼオスが命を燃やす。それが最良の手段だと。


 どれだけ狭い道だとしても、それだけが自分たちにとって唯一の活路となりえるのだと。


「手数じゃ突破は無理だぞ! どうする蒼野!?」


 普段格上を相手にする場合の蒼野達五人の戦術や戦略は、相手の処理能力を超える攻撃を与え続け、中・長期戦に持ちこみ相手にミスや見逃しを多発させ、仕留めていくというものである。


 だがその方法はパペットマスターにだけは通じないと彼らは考えていた。

 なにせパペットマスターは一度に二十万近い人数を操れる程の情報処理能力を持っているのだ。

 襲い掛かる様々な危機を対処するという意味では、彼らがこれまで出会った誰よりも優れていると言いきることができた。


 ゆえに彼を相手にした場合にとる手段は限られてくる。いや一つしかない。


「全力だ! これから三十秒…………持てる力全てを出しきるぞ!」


 ごく短い時間に全てを注ぎこみ勝利への活路を作り上げる、通常の戦術とは真逆の超短期決戦だ。


「了解!」

「ここまで来たらやるっきゃないか!」


 誰かが頷き、誰かが声をあげ応じる。

 それらを認識した蒼野が一度だけ頷くと、心臓が破裂するのではないかというほど活発に動くのを認識しながら全てを出し尽す様に駆けだした。

 発動から三分近く経った今、彼の全身は大量の鉛を括りつけたような重さが襲っていた。


「あぁぁぁぁぁぁ!」


 それらを振り払うように叫び、降り注ぐあられをその身に浴びながら、一心不乱に駆ける蒼野。


「…………」

「邪魔だハゲ頭!」


 それを遮るように出てくるボルト・デインに対し康太が引き金を絞る。

 後に温存するなどということは一切考えず、持てる力全てを出しきり、ボルト・デインとその背後に控えるパペットマスターに向け攻撃を続ける。


「ソンナものガ届くワケがないデしょう……」


 ボルト・デインの体を飛び越え、爆発弾が迫った。炎の弾丸が迫った。雷の弾丸が迫った。


「無駄DEATHヨ」


 その全てが、ヒュンレイ・ノースパスが放った冷気に押し負け消滅した。


「…………死ね」


 だが決死の覚悟で突き進む彼らはその程度では止まらない。

 冷気の壁を身に纏う紫紺の炎の熱で和らげ、何とか耐えきったゼオスが二体の人形に肉薄。


 オーバーの放った拳をくぐり抜け、ヒュンレイの人形へと剣を向ける。


「…………」

「…………きついな」


 命を削り穴という穴から炎を溢れださせるが、それでも冷気を防ぎきることはできず体の内部から凍えていくのがはっきりとわかる。

 しかしそれでも、最大の壁である元上司を放置することだけはできないと理解しているため剣を振るって彼の体を人形師から離して行くと、体を襲う冷気を必死に耐え、攻撃を続けていく。


「ヒュンレイさんの体相手に容赦ねーなあいつ!」


 ボルト・デインとヒュンレイ・ノースパスの足止めが成され、最後に残ったオーバーへと向け、優と積が駆ける。


「ム!」


 すぐにそれを察知したパペットマスターが糸を操るが、ボルト・デインの相手をしながらも康太が撃ちだした弾丸が接続されていた糸を討ち抜き、二メートルを超える巨体は動きを止め、優の手で投げ飛ばされる。


「勝負だパペットマスター!」

「クカカカカ! いいデショウ。相手になってアゲまス!!」


 そうして彼らにとって最大の好機。蒼野とパペットマスターによる一騎打ちの状態が出来上がる。

 と同時に、蒼野の全身からその身を裂くような量の風属性粒子が溢れ出る。

 限界間近に迫った状態から更なる負荷が彼の体を侵食。身が割けるような痛みが襲い掛かり、意識に霞が掛かるのをはっきりと認識するが、


「おらぁぁぁぁ!」


 それしきの事が理由で古賀蒼野が止まれるわけがない。

 四人が作りだした僅かな、しかしこの上ないチャンスを掴み取るためにそこから更に命を削り、過去最大量の風を発露させる。


「風塵……烈破ぁ!」


 パペットマスターの視線が届かない背後に瞬く間に回り込み、風の砲弾を撃ちだす。

 今蒼野が行っているのは、以前ゼオスを攪乱し追い詰めた戦術だ。

 それらを用いパペットマスターに襲い掛かる蒼野の速度は過去の戦いで出した最高速度を遥かに超える勢いだ。


「ホウ!」


 それを糸で容易く弾くパペットマスターだがその時には既に第二撃を撃ちだしており、パペットマスターの体を真横から襲う。


「ホウ!!」

「背後に目でもあるのかよこの野郎!!」


 第二撃が弾かれる瞬間には三撃目を、三撃目が弾かれる頃には四撃目を……

 息をつかぬ連撃が続き時折パペットマスターの体に触れる場所まで追い詰めるが、直撃することは一向にない。


 弄ばれている――――


 その事実に気がついたのは第一打から十数秒ほど経過した後での事であり、その頃になると蒼野は鼻と口から血を流しており、自身の体がとうに限界を超えている事を理解。


「風陣…………」


 すると全身にみなぎる力に比例し心臓がその鼓動を勢いよく早め、やせ我慢では耐えきれな一戦が迫っているのを認識。


「結界!」


 残された時間は少なく、恐らく次の一撃が最後の一手となる。


 そう判断した蒼野は決定打を与えられなかった風の大砲を撃ちだすのを止め、自らを守るよう風の壁を形成。自身の体を天災をも打ち砕く最後の弾丸へと変貌させ、パペットマスターへと迫っていった。


「重ネ糸……」


 対する人形師は三体を操ってなおも余裕がある右手の指に、百を超える糸を通し、綺麗に編み一本の縄にする。


「円舞曲」


 と同時にしめ縄の如き太さの糸は目には見えない速度で振り回され、自身の目の前にまで迫った蒼野の真横に迫る。


「お、おぉぉぉぉ!?」


 膨大な量の風が縄を弾き返そうと足掻き、蒼野の体から僅か数センチ離れたところで風の壁と衝突。

 主の身を守る最後の障害として機能するが、


「!」


 蒼野がパペットマスターの脇腹に向け剣を突き出した瞬間、脇腹に強烈な痛みが奔り、綺麗に九十度軌道を変化させ吹き飛ばされた。


「が…………あぁぁ!?」


 自分は鞭打ではなく強烈な炎を浴びたのではないか?

 燃えるような痛みを感じた蒼野が発生源である脇腹に手を伸ばすが感覚はなく、仕方がなく視線を脇腹に移せば、そこにあるはずであった肉がきれいに削り取られているのを目にした。


「く、そ……」


 時間を戻し傷を癒すが心臓の鼓動と脳にかかる熱を取り除くことはできず、それまでは一切感じなかった吐き気を催す。


「あぁぁぁぁ!」

「強すぎ!」


 それでもなお足掻こうとする蒼野が両肘で体を支え立ち上がろうとすると、彼の耳に積の悲鳴と優の吐き捨てるような声が聞こえてくる。


「積……優!」


 積と優が崩れ落ちる姿をその目で捉え、勢いよく康太とゼオスに視線を移せば、康太はボルト・デインの巨大な腕に首を掴まれた状態でうめき声をあげており、ゼオスは全身を震わせ荒い息をしながらもなお傷一つ付かないヒュンレイを睨みつけていた。


「終劇………………言い方ヲ変えレバ幕引きDEATHね」


 地を這う蒼野の耳に嘲笑の混じった声が聞こえてくる。

 見上げてみれば愉悦を感じ表情を歪ませたパペットマスターの姿があり、勝ち誇るその姿がこの戦いの終わりを告げていた。


「まだだ……まだ…………ま!」


 ここで諦めるわけにはいかない。

 その思いが蒼野の体を動かす燃料となり、おぼつかないながらも立ち上がるが、蒼野の体にはそこが限界地点であった。

 恐ろしい速度で動いていた心臓が一際大きく跳ねたかと思えばほんの一瞬だが動きを止め、同時にそれまで吹きだしていた風の属性粒子が霧散。口から大量の血を吐きだすと、一歩遅れて全身が震え片膝をつく。


「…………マア君がどれだけ足掻コウが結末ニ変わりはアリマせん。では……まずは捕獲してイる古賀康太カラ殺りマショウか」

「や、やめろ!」


 崩れ落ちてなお大量の血を吐きだし、大地に積もった豪雪を赤く染めながらもパペットマスターに手を伸ばし叫ぶ蒼野。


 けれどもそれは力となることない弱弱しい懇願でしかなく、


「が!?」


 木の幹のような太い腕とその先にある掌に首根っこを掴まれた康太は、絞り出すような声を発しその意識を現世から解き放った。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


嫌いな方には申し訳ないのですが、引き続き子供たち劣勢回です。

苦手な方からすれば申し訳ないですが、恐らく次回には状況が変わるので耐えてくださればと思います


個人的にやりたかったのはヒュンレイさんツエーな回です。

まあ彼だけ、パペットマスターを含めても別格なので。


あと、感想やブクマもぜひお願いします。

あるとすごくうれしいので


それではまた明日、ぜひご覧ください


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