尾羽優、二人の部屋を訪問する
「さて、終わった終わった。今日はゆっくり休んでいいって話だったし、お言葉に甘えさせてもらうとするか」
それから二時間後、残った食料庫と最奥にあった牢屋を案内され、戻ってきた善も合わせ摸擬戦の最中の改善点を指摘されたり早めの夕食を摂っていると、時刻は十八時を過ぎていた。
ウークに出てからこれまで、多少の休息は取ったと言えどそれ以上に動き続けていた蒼野の体には疲労が溜まっており、ベットに備え付けのシーツを装着しその上で大の字で倒れた彼は、重くなった瞼に逆らうことなく瞳を閉じた。
コンコン
「ん? 誰だ?」
そうして眠りにつこうと考えた蒼野であったが、そんな彼の考えを妨げるように扉から規則的なノックの音が聞こえ、ベットに沈めていた体をのそりと持ちあげる。
着ていた服は私服であったため、服装に関してはさして問題はないと判断し、自室の扉を開けると、
「やあやあお疲れ。ちょっとお邪魔するわね!」
「お、おい!」
扉を開けた場所で立っていたのは、自分と同じ背丈の少女、尾羽優だ。
彼女は蒼野が扉を開けるとさして遠慮などする様子もなく、右手を斜め上にあげご機嫌な様子でそう口にしながら蒼野の部屋の中に入って行った。
「へぇー。アンタの部屋はこんな感じなのね……ちょっと質素な気もするけど、清潔感もあっていい部屋じゃない」
「ありがとう。って、いやいやそれどころじゃないな。いきなり入ってきてどうしたんだよ優」
素直に褒められうれしい気持ちがこみあげてきた蒼野だが、それ以上に突如現れた彼女が、どのような意図でやってきたのかを知りたくて話を変える。
「どうって…………何がしたいかってこと?」
「まあ、そういう事だな」
「それなら見ての通りよ。アタシは、アンタの作った部屋が気になってやってきたのよ」
「部屋?」
「そ、部屋チェック」
さも当たり前という様子でそう告げる彼女の姿を見て、思わず力が抜ける。
そんな様子の蒼野を前にしながらも彼女は部屋の中の散策を止めず、好奇心に満ちた目で部屋の中を覗いていた。
「うーん。普通ね」
黄緑色のカーペットの上を歩き、置かれていた調度品を触ったり机の上に置いてあったノートを少し戸惑いながらも開いていた優が、一通り見終えた末に空色のシーツの上に腰を下ろした。
「ま、孤児院暮らしなんてそんなもんさ。ジコン自体はある程度裕福だったけど、孤児院の子供達はそこまででもなかったからな。特徴の一つや二つはあれど、同室に誰かはいってきても恥ずかしくない程度さ。あ、ペットボトルしかないけどお茶飲むか?」
「そんなものなんだ。ていうか、数日前に会ったばかりの他人を易々と部屋にあげたのはそう言う心構えだったからなのね。正直もっと嫌な顔されると思ってたからびっくりしちゃった」
「いや、遠慮する気持ちがあったのにあんな勢いで入ってきたのかとお前は」
投げられたペットボトルのお茶を綺麗にキャッチした優が、図星を突かれたため少々顔を赤くしながら押し黙り、視線を明後日の方角へと飛ばす。
「だって、善さんに拾われてからこれまでで、同い年くらいの奴と一緒に住むのって初めてで。で、アタシって経歴からして変わってるじゃない? だから、普通の十六歳ってどんな部屋かどうしても知りたくって」
それから顔を背けながら口を背けそう言うと、その姿が少し滑稽で蒼野は笑い、優がバツの悪そうな表情で蒼野を見つめた。
「わ、笑う事ないじゃない!」
「いや悪い悪い。まあそういう事なら、優の知的好奇心を満たせたのならよかったよ」
「…………本当に変わったところや隠すべきものはないの。アタシ、そう言うのを楽しみにしてたんだけど」
「変わったところねぇ。俺の部屋はそう言うのはあんまりないと思うな。あ、でも他の人のより少しいいもの揃っていると言えば本だな」
「本?」
蒼野がそう告げるとベットに座っていた優が立ち上がり、蒼野の部屋に設置されている本棚に移動した。
「アタシってアウトドア派だから本についてはあんまりわからないのよね。どうすごいの?」
「限定品やら希少本の類が幾つかある。その中でも『ピースウッド冒険譚』って書いてある本の扱いだけは気を付けてくれ」
「どうして?」
「不揃いだし初回限定版ではないんだが、安い奴でも一冊三万円、高い奴だと十万円を超えるんだ」
「十万円!?」
蒼野の話を聞いた優が声を裏返らせる。
それほどの値段がする本が存在し、それが自分の目の前に置かれているなど、一切思ってもいなかったのだ。
「ど、どうしてそんなすっごい値段がするのよ?」
「その名作の作者である『神崎優香』さんは正体不明の作者なんだ。年齢不明、名前から女性と考察はできるが姿形もわからない。そんな人が書いた作品なんだ。分かってるのは、果てしない程の長寿ってことくらい。そこにある本の原文はな、ものによっては千年前の物だったりするんだ」
「せ、千年前!?」
蒼野の発言を聞いた優の声が裏返り、その反応を聞いて満足気に蒼野が頷く。
「気に入ってくれたなら貸すぞ。本をあまり読まないっていうのなら、良い機会だろうし」
「え、いいの!」
「ああ。好きに呼んでくれていいよ」
笑顔でそう告げる蒼野に対し一瞬顔を明るくする優であるが、すぐに何か思い当たることがあったかのように顔を曇らせ、渋々と言った様子で蒼野に本を返した。
「やっぱりやめておくわ」
「どうして?」
「いやーアタシって結構感情が出やすいタイプだから。なんか、感情が昂った拍子に、本に無駄なシミとかつけちゃわないか不安で……」
「そういうことか。まあでも心配する必要はないさ。一週間以内に返してくれるんだったら俺の能力で時間を戻せる」
「なら……ちょっと読んでみようかしら」
少々恥ずかしそうに蒼野が勧めたピースウッド冒険譚を受け取り取る優。
それを見て蒼野も自然と頬が緩んだが、それから少ししてふと気になった言葉が蒼野の口から出た。
「ところで、同い年くらいの奴らの部屋を見て回るっていう事は康太の部屋も見るのか?」
「そりゃモチロン。むしろあの野蛮なモンキーがどんな部屋なのか見て、思いっきり腹抱えて笑うのが今夜のメインディッシュよ。蒼野も来る?」
手の指をめちゃくちゃに動かし、意地の悪い笑みを浮かべる少女の姿を見て、蒼野が右手を額に置きため息を吐く。
「行くよ。行かなきゃ昼過ぎの試合の延長戦を始めかねないからな。あ、本はお前の部屋に置いておけよ。康太と喧嘩し始めたら、塵一つ残らない可能性だってあるんだ」
「うっ…………了解」
煽るよりも先程の戦いの消化不良を失くす事が目的であると察した蒼野が釘を打ち、優が一度部屋に戻り廊下で落ち合い康太の部屋を目指す。
「康太、いるか? 入ってもいいかー?」
「蒼野か。良いぞ入れ入れ」
ノックを二回行い康太から許可を得て扉を開ける蒼野。
「そうか。邪魔するぞ」
「おう」
「じゃ、アタシもおじゃましまーす」
「…………なんでお前までいるんだよコラ」
最初はさして驚いた様子もなく蒼野を迎えた康太であったが、その後ろから優が入ってきたのを確認し瞬時に顔を強張らせた。
「騙したようで悪いな康太。けど、そもそも部屋を見たいって言いだしたのは優なんだ。同年代とこうして遊んで、部屋を見たりしたことがなかったらしくってな。それで俺達二人の部屋を見てみたいらしい」
「…………事情は分かった。だが、勝手に部屋の物いじって壊したりするなよ」
「安心なさい。そういうことだけはしないって誓ってあげる。昔っから善さんやヒュンレイさんに、物っていうのはどれも生産者の苦労の末にできたものだから大切にしなさいって言われてるの」
「そうかい」
舌打ちをする康太ではあるのだが、優の答えを聞くとどこか安心したように息を吐き、それから部屋の壁に背を預け腕を組んだ。
「ねぇ蒼野」
「ん?」
「あんたは孤児院出身の部屋なんて質素なものだみたいに言ってたけど、アタシにはこれが質素の類には見えないんだけど?」
「それについては俺も驚いてる。俺の思ってたのとだいぶ違う部屋だな康太」
「犬っころの訪問は完全に予想外だったんだけどな、ちょうどお前に部屋を紹介したかったんだ。だから呼ぶ手間が省けて助かったぜ」
そう言って胸を張る康太の部屋は、質素で落ち着いた雰囲気の部屋である蒼野の部屋とは大きく違っていた。
部屋の至る所に良く分からない武器の類が飾られており、テレビにベット。机や椅子は孤児院では見たことのない特注品。加えて科学の実験でも行うためのフラスコやよくわからない薬品なども置いてあり、部屋の一部が研究所のような様子であった。
「孤児院にいた時から今度一人部屋を持った際には趣味と実用性を兼ねた部屋を作りたいと思っててな。このキャラバンの壁やら扉やらは大分強固で、しかも好きなようにリフォームしていいって聞いてたのもあって、これまで思い描いていた部屋をそのまま作ることができたんだ」
そう語る康太の表情は心底嬉しそうで、蒼野もその姿を見て自然と笑みがこぼれる。
「そうだ。そこの写真棚なんて懐かしいものを結構飾ってあるぜ」
「おお! ほんとだな」
康太が親指で指した先にはいくつもの写真が飾られており、そこには孤児院での昔から今に至るまでの生活が映されていた。
「あ、そういえば聞いたか康太。善さんが一度ジコンにあいさつに行こうと思ったらしいけど、残念な事にシスターは予定が合わないらしい。だから、町長だけに会うらしいぞ」
「そうなのか。そりゃ残念だ」
「色々こだわりがあるのは分かったんだけど、この部屋臭いわ。なにこの臭い、機械油?」
「……お前なぁ」
棘のある言葉で鼻を押さえながらそう口にする優を視界に収め、蒼野と穏やかな様子で話していた康太の様子が一変、かなり苛立った様子で優を睨みつけていた。
「人はわざわざ部屋にあげてやったってのに何だその言いぐさ。え?」
「だって臭いんだもん」
「お前のご考察の通り機械油のにおいだ。これから換気するってタイミングで、やってきたお前が悪い」
「臭い」
「だからそりゃお前が悪いつってんだろ」
「臭い!」
「おいお前いい加減に!」
「臭い!!」
「…………はぁ。わかったもういい」
鼻を押さえたまま何度もそう口にする優の姿を見て康太の頭の中で堪忍袋の緒が切れる。
すると普段から使っている二丁拳銃をホルスターに装着し、様々な薬品を四次元革袋の中に装着し優を睨んだ。
「来い駄犬。昼の試合が引き分けで終わって消化不良なのはお前もだろ。ここらで一つ格の差を思い知らせてやるよ」
「あらぁ? ヒュンレイさんは素の実力じゃアタシの方が上って言ってたんだけど、猿の小さい脳みそじゃ覚えきれなかったのかしら?」
「上等だ。単純な実力の上下だけじゃ勝敗は決まらないってことを身を持って痛感させてやる」
互いが互いを威嚇しながら、部屋を出て訓練室へと向け歩いていく両者。
「まったく。良いところで切り上げろよお前ら」
思った通りの展開を目にして、ため息混じりにそう言って部屋へと帰ろうとする蒼野であったが、
「何言ってるの蒼野」
「え?」
「オレとこの猿の勝負の審判はお前がやらず誰がやるってんだ」
「え、え?」
「考えてもみなさいよ。この頭だけ回る猿なら、どれだけアタシが勝っても負けを認めないじゃない」
「負けるたびに本気じゃない。ズルをしたなんて言われてみろ。どれだけ時間があっても終わりゃしねぇ」
「だから」
「お前がしっかり見届けろ」
「え、え、え……えぇ」
口裏を合わせた化のように交互に言い合う二人の言葉を聞き、蒼野が心底迷惑げに声をあげるが、そんな様子の蒼野の事など一切考慮せず、二人が片腕ずつ持ち蒼野を引きずる。
「実力も心も、いいものを備えている子供たちが仲間になってくれましたね」
「いやそりゃそうなんだが、優は何でそのうち片方とあんなに仲が悪いんだ。なんかあったのか?」
「さあ? そこら辺については詳しくは知りませんね」
その様子を唯一防音設備がされていないリビングのガラス窓から善とヒュンレイが覗きこみ、思い思いの言葉を口にしながら見守っていた。
「さて、今日は新たな仲間が増えた記念日です。ギルド『ウォーグレン』の良き未来を信じて、いいワインでも飲みましょう」
「ま、明日に影響がない程度でな。あいつらも、あんま長くまで戦ってるようなら止める必要がある」
そう言って、ヒュンレイが厳選したワインを口に運ぶ善。
その五時間後、深夜零時になりまだ戦い続けている二人を止める事になるとは、この時どちらも思ってもいなかった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
これにてギルド『ウォーグレン』の案内は終了。次回から、ここでの本格的な生活となります。
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